Twilight ECHO

海月 翡翠

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いまあいにいくね

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夕暮れの空がオレンジ色に染まる中、私はいつものように学校の最寄り駅まで歩いていた。
制服のスカートが風に揺れる。友達と笑いながら話す人たちの声が、どこか遠くで反響している。
私は配信の準備を頭の中で確認する。今日も登校は順調に行くはずだ。

電車に乗ると、いつも座る窓際の席に腰を下ろし、イヤホンを耳に入れる。
画面を開くと、昨日の動画を開き、コメントを見る。
これが私の日課だ。

登校を終え、駅を降りてシェアハウスへ向かう。
湊はリビングでゲームをしていて、私を見つけると軽く手を振る。
薫はキッチンでお茶を入れてくれていて、私の帰りをさりげなく待ってくれている。
紬はテーブルに広げた資料を眺めながら、ふと目を上げて笑う。
若菜は窓際に座り、外の景色を眺めつつ軽くメモを取っている。

「おかえり」
「ただいま」

家に帰ると、自然と笑顔になる瞬間がある。
みんなで集まるリビングは、騒がしくも落ち着く場所。
今日の学校であったこと、配信での出来事を話しながら、みんなでおやつをつまむ。

その日は特に平和で、夜の配信も盛況だった。
湊は画面越しにコメントに応えつつ、さりげなく話題を振る。
薫は少し照れながらも私の話にツッコミを入れ、コメントにリアクションしてくれる。
紬と若菜も画面外でサポートしてくれる。
画面の向こうの世界と、シェアハウスでの居場所が、私にとって一番安心できる空間だった。

夜、寝る前にふと窓の外を見る。
遠くの街灯に映る不思議な影が、ゆらりと揺れる。
「……何でもないよね」
小さく自分に言い聞かせる。ほんのわずかに背後の空気がざわついた気もしたが、気のせいだと思うことにした。

その翌日も、学校への通学電車はいつも通り。
窓際の席に座り、スマホを手に登校する。

放課後、友達と話しながら歩く帰り道。
風に揺れる樹の葉、遠くで聞こえる自転車のベル。
日常の景色が、当たり前のように、しかし心に深く刻まれる。

夜、シェアハウスでの配信を終えた後、私は自分の部屋に戻る。
窓の外には、月が静かに光を落としている。
机の上には、学校で使ったノートや配信の準備資料が並ぶ。
ふと、ノートの端に小さな影が映ったような気がした。
でも、振り返ると何もない。
「疲れてるのかな……」
微笑みながらも、胸の奥に、ほんのわずかな違和感が残る。

その日々の中で、私は何も恐れるものがないかのように過ごしていた。
笑い合い、配信を楽しみ、シェアハウスで過ごす時間――
それは、後に起こることの影を知らない、まさに無垢な幸せの日常だった。

̖́---

放課後、一人で駅へ向かう。夕暮れの空は血のように赤く、風が頬を撫でる。通学路は普段と変わらないはずなのに、背後に冷たい空気を感じる。
「気のせい…だよね」
足音が自分の倍くらいの速さで後ろを追いかけてくるように感じ、思わず鞄を強く握り走った。

家に着き、ポストを見ると、見慣れない私宛の封筒が入っていた。差出人はなし。中には手紙と写真が入っていた。
写真は駅のホームで立つ私の後ろ姿。夕暮れに染まったシルエットが不自然に静まり返っていて、息をのむ。

手紙を開くと、整った文字でこう書かれていた。


---

「陽葵ちゃんへ
今日も元気そうで安心した
いつもちゃんと見ているから安心して♡」


---

胸がぎゅっと締め付けられる。息が詰まる。誰にも言えない。

夜、シェアハウスで湊と薫と一緒に配信を始める。紬と若菜も側で支えてくれる。
画面の向こうではコメントが流れるが、手紙のことを思い出すと、背中に冷たいものが張り付く感覚が消えない。

翌日、電車で登校中、視線を感じる。振り返っても誰もいない。
耳元で微かに囁くような風の音。吊革が揺れる音が、誰かが背後で呼吸しているかのように聞こえる。
スマホの画面に目を戻すと、手の震えに気づく。コメントの文字が揺れて見えるような気がした。

帰り道、角を曲がるたび、背後の気配が濃くなる。柔軟剤の甘い匂いがふわりと漂い、冷たい風に混ざる。振り返っても誰もいないのに、影が体の一部を押さえつけるような感覚。
手が震え、心臓が胸を突き破りそうに早鐘を打つ。

家に帰ると、ポストに再び封筒が入っていた。昨日より厚く、写真も近距離で自宅前の私を撮ったもの。
手紙にはこう書かれていた。


---

「今日もずっとそばにいたよ。見つけられた?」


---

息が止まるような感覚。甘くてツンとする柔軟剤の匂いが、部屋の中まで漂ってくるようだ。窓の外の木々が、誰かの腕のように揺れる。

1週間、毎日届く封筒。日常が少しずつ侵食され、胸の奥に常に冷たいものが張り付く。
リビングに集まった仲間に打ち明けると、湊は落ち着いた表情で「怖かったね、もう大丈夫だよ」と声をかけてくれる。
薫は封筒を手にして、しばらく黙ったあと、低く声を出す。
「……許せねぇ」
紬と若菜はそっと手を握り、声をかけてくれる。少し安心するが、背中の冷たさは消えない。

ある日、いつも通り電車で投稿していると、背後から甘く囁く声がした。

「今日も会えたね、いつも見てるよ♡」

思わず息を飲み、辺りを見回す。目に入るのは、湊と薫、紬と若菜だけ。車内の他の乗客はスマホや窓に目を向けている。声をかけた人物は見当たらない。

しかし、背中に冷たい何かが触れる感覚。耳元に微かな息、髪の間をかすめる甘くツンとする匂い。
スマホの画面の光だけが、日常と非日常の境界を照らしている。


次の日の朝、登校前にポストを見ると封筒が入っていた。


---

いつも君に迷惑をかけてしまって、本当にごめん。
まずは、僕の軽率な行動を謝りたい。
あの日からずっと、反省している。
いつも後をつけてしまったこと、本当にすまない。
人間として、してはいけないことをした。
言い訳になってしまうが、君が好きなだけなんだ。
苦しく、不安にさせたこと、申し訳ない。
寝る時も苦しい思いをさせて本当に申し訳ない。


---

陽葵と薫は、いつものように言い合いながら帰る準備をしていた。
ストーカーが反省してくれたのなら良かった~。これで一件落着かな。
そう考えていた時、一人の男がやってきた。
杉山。
地味な見た目。あまり人と話さないクラスメイト。
その顔が異様に蒼白で、手が震えていた。 
「あの、小鳥遊さん。鳴宮さん。この後時間あるかな……伝えたいことがあるんだ……」

̖́---

「……来てくれて、ありがとう。ほんとは、顔を合わせる資格なんてないんだけど」
「……何の話? 私たち、急いでるんだけど」
「……ずっと、陽葵ちゃんのことを……後をつけてた。……最低なことをしてた。
ほんとにごめんなさい。謝っても、許されないってわかってる。……でも、ちゃんと話したかった」
「それだけじゃ済まねぇぞ。写真まで撮ってたって聞いてんだけどな」
「え……?俺、写真は撮ってない。
ただ、見てるだけで、満足だった。……それも気持ち悪いって言われるのは当然だけど……」
「……じゃあ、この写真は?」

陽葵が写真を見せる。
写っているのは駅のホーム、夕暮れの陽葵の姿を後方から望遠で撮った1枚。

「……これ、俺じゃない。本当に。
だって……これ撮ったやつ、鳴宮くんより背が高いじゃん。
俺、陽葵ちゃんより背ちっちゃいのに…」

沈黙が落ちる。

「……そういえば、他にもあとをつけてた人がいた。俺、1回だけ見たことある。夜の帰り道……。
すごく背が高くて、帽子とマスクしてて……で、何より……独特な匂いがしたんだ…。」

彼はその場で鼻をすん、と鳴らす。

「ちょうど、この匂いみたいな。甘くて、柔軟剤っぽい、でもちょっとツンとする……」

「……あれ……この匂い…...」

そのとき――

ガンッ!!

鈍い音とともに、杉山の身体ががくりと崩れた。

「っ……!杉山くん!」

その直後――

ゴッ

陽葵の後頭部に、硬い何かが振り下ろされた。
視界がブレて、世界が反転する。

「陽葵っ!!大丈夫かっ!」
「...っ!――おい、お前」

ドンッ

薫の言葉が終わる前に、後頭部を強打され、沈黙が落ちる。

チャリン……
――小さな金属がぶつかり合う。
バッグにつけたキーホルダーの、よく聞き慣れた音。

コツ……コツ……
――固くて高いヒールの音。
よく聞いたような……。

そして……
すん、と甘い香り。
――柔軟剤。
この香りは、日常にあまりに近すぎて、逆に怖い。
だって、この柔軟剤、私がプレゼントしたんだもの。
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