87 / 119
婚約破棄?その言葉待っていました!
闇の中の邂逅(ユリウス視点)
祖父の部屋で魔術細工の箱を開けた後、気付くと俺は何かの動物になっていたようだ。
言葉を発することができなくて、目線が低い。手足の感覚が違う。
辺りは真っ暗で、闇に溶けた自分の姿は見えない。
すると誰かが近付いてきた。
匂いからレイだと分かる。
彼女は犬だと思っているようだが、もちろん俺だとは気付いていないだろう。
彼女は慌てる様子もなく、ゆっくりと腰を落ち着かせて、暗闇の中じっとしていた。
レイが座ったことで、俺の視界に彼女の姿が入るようになった。こんな闇の中で一人、怖くて声が出ないのだろうかと心配になったのだが、彼女は妙に落ち着いている。何というか感情が凪いでいる。
いつもは淑女の微笑みを浮かべている彼女が初めて見せた、憂いを帯びた表情。年齢以上の大人びた顔に、俺はしばらく見入ってしまった。
それは全てを諦めてしまったような、どこか寂しげな様子だった。
俺は彼女の傍に寄る。こんな姿で言葉も発せないが、彼女を慰めたかったのかもしれない。
すると彼女は俺に気付いて、優しく背中を撫でてくれた。
これは夢なのだろうか?
だとしても、彼女の傍にいるのは居心地が良い。暗闇でも、静寂でも、こんなにも心穏やかにいられるなんて。
彼女の顔を見ると、穏やかに微笑んでいた。貴族用の顔ではない微笑みで、やはり年齢よりも大人びて見えた。ずっとこうして、笑っていてくれたらいいのに。
すると何かが近付いてくる気配がして、俺は警戒を露わにする。
「ユリウス様!ご無事だったのですね?」
安心したようなレイの声がした。
現れたのは俺の姿?どうして?
「アレキサンドライト」
俺の姿をした者は、声まで同じだ。
しかしそれは俺ではない。俺はレイに「アレキサンドライト」と呼んだことがない。
彼女は気付いてくれるのか?
そうこうするうちに、身体がなくなり、意識だけになった。
俺の姿をした何かと、レイのやり取りを見せられている?
これが祖父の魔法?
二人のやり取りから、あの魔術細工の箱の中に、この魔法を閉じ込めていたようだと分かった。魔法と魔術を組み合わせるなんて、確かに画期的な試みだ。
過去に二人がどのような話をしたのか気になるが、このアイデアは幼いレイによるもので祖父が形にしたというところだろうか?
そうならば、祖父がレイのことを『才能の原石』と称した理由がよく分かる。
「ふふふ……ユリウスのことが気掛かりでね。最後のお節介だ」
ああ、お祖父様は最期まで俺の身を案じてくれたのだな。これを生前に準備してくれていたのだから、相当心配させていたのだろう。祖父の気持ちを素直に嬉しいと思う。
「しかしこれは本来ユリウス様のためでしょう?」
「だとしたらどうする?」
「閣下の想いが、ユリウス様に伝わると良いと思います」
レイの気持ちが嬉しかった。
本人はこんなことに巻き込まれるなんて、思ってもみなかっただろう。それなのにこんな時まで他人のことを気遣うなんて。
「ユリウス様はなくてはならない方です。大切に思うのは当然かと」
「それは自分にとって?国にとって?」
「すべてにとって」
はっきりと言い切るレイに少し驚く。
彼女にとって俺は『なくてはならない存在』になれたのだろうか?出会った頃よりは距離が近付いたと思っていたけれど……。
「そういう割には、あれと距離を置いている。傍に置かないのか?」
そうだ、レイは特定の誰かを傍に置かない。学園の中で付き合いがある者でも、誰も彼女のプライベートは知らなかった。彼女はいつも一人で動く。
「私には妻との思い出があったからな。君は誰かを傍に置く前に、その者を喪失した後のことばかりを考えている。ユリウスを選んでから、いつか来る別れを恐れても遅くないだろう?」
レイは両親を亡くしているから、喪失の痛みを余計に恐れているのだろう。
そうだ、彼女は実の両親の話をあまりしない。今の家族との仲が良いから忘れがちだったが、実の両親のことも抱えているのだ。まだ16歳なのに……。
「剛胆かと思いきや、意外と臆病なのだな」
「自分でも承知してます」
臆病?いつも堂々としている彼女からは想像できない。しかしレイの憂いを帯びた表情を見た後だから、彼女が見せていない一面があることは分かる。
臆病でもいい。
それでも、彼女が望んでくれるなら。
共にいたいと思ってくれるのなら。
「ユリウスの何処が気に入っている?」
「……優しいところです」
「容姿に目を向ける者が多い中、変わっている娘だ」
「ユリウス様は確かに美しいですが、それは彼の一部であって本質ではありません」
レイの言葉がストンと胸に落ちてきた。
素直に、純粋に、嬉しいと思った。
何かが認められた様な気がした。
たぶんずっと欲しかった言葉なのかもしれない。
自分の容姿を目当てに集まってくる人とは違う、公爵家目当てに集まってくる人とも違う。
俺自身を見てくれて、自分の意思で側にいてくれることが純粋に嬉しかった。
今まで抱えていた何かが慰められたような気がして、俺の中の何かが認められた気がして、心が満たされてゆく。
何年も胸の中にあったわだかまりが、解けていくようだ。
俺は彼女のことが好きだ。
彼女を馬車で送ったあの日からずっと気になっている。
初めてセレス領で彼女と話した時からずっと惹かれている。
こんなにも人を好きになれるなんて。
他人に不信感を抱いていた俺でも、見つけることができた。
『自分にとって必要な人』を。
祖父の言葉は正しかった。
そして誰かを好きになって良かったと、初めて思うことができた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
お読みいただきありがとうございます。
今日はもう1話投稿します。
明日からレイ視点に戻ります。
お気に入りやいいね下さった方、いつもありがとうございます。読んで下さる方がいると励みになります(^-^)
拙い文章ですが2人のこれからを見届けてもらえると嬉しいです
言葉を発することができなくて、目線が低い。手足の感覚が違う。
辺りは真っ暗で、闇に溶けた自分の姿は見えない。
すると誰かが近付いてきた。
匂いからレイだと分かる。
彼女は犬だと思っているようだが、もちろん俺だとは気付いていないだろう。
彼女は慌てる様子もなく、ゆっくりと腰を落ち着かせて、暗闇の中じっとしていた。
レイが座ったことで、俺の視界に彼女の姿が入るようになった。こんな闇の中で一人、怖くて声が出ないのだろうかと心配になったのだが、彼女は妙に落ち着いている。何というか感情が凪いでいる。
いつもは淑女の微笑みを浮かべている彼女が初めて見せた、憂いを帯びた表情。年齢以上の大人びた顔に、俺はしばらく見入ってしまった。
それは全てを諦めてしまったような、どこか寂しげな様子だった。
俺は彼女の傍に寄る。こんな姿で言葉も発せないが、彼女を慰めたかったのかもしれない。
すると彼女は俺に気付いて、優しく背中を撫でてくれた。
これは夢なのだろうか?
だとしても、彼女の傍にいるのは居心地が良い。暗闇でも、静寂でも、こんなにも心穏やかにいられるなんて。
彼女の顔を見ると、穏やかに微笑んでいた。貴族用の顔ではない微笑みで、やはり年齢よりも大人びて見えた。ずっとこうして、笑っていてくれたらいいのに。
すると何かが近付いてくる気配がして、俺は警戒を露わにする。
「ユリウス様!ご無事だったのですね?」
安心したようなレイの声がした。
現れたのは俺の姿?どうして?
「アレキサンドライト」
俺の姿をした者は、声まで同じだ。
しかしそれは俺ではない。俺はレイに「アレキサンドライト」と呼んだことがない。
彼女は気付いてくれるのか?
そうこうするうちに、身体がなくなり、意識だけになった。
俺の姿をした何かと、レイのやり取りを見せられている?
これが祖父の魔法?
二人のやり取りから、あの魔術細工の箱の中に、この魔法を閉じ込めていたようだと分かった。魔法と魔術を組み合わせるなんて、確かに画期的な試みだ。
過去に二人がどのような話をしたのか気になるが、このアイデアは幼いレイによるもので祖父が形にしたというところだろうか?
そうならば、祖父がレイのことを『才能の原石』と称した理由がよく分かる。
「ふふふ……ユリウスのことが気掛かりでね。最後のお節介だ」
ああ、お祖父様は最期まで俺の身を案じてくれたのだな。これを生前に準備してくれていたのだから、相当心配させていたのだろう。祖父の気持ちを素直に嬉しいと思う。
「しかしこれは本来ユリウス様のためでしょう?」
「だとしたらどうする?」
「閣下の想いが、ユリウス様に伝わると良いと思います」
レイの気持ちが嬉しかった。
本人はこんなことに巻き込まれるなんて、思ってもみなかっただろう。それなのにこんな時まで他人のことを気遣うなんて。
「ユリウス様はなくてはならない方です。大切に思うのは当然かと」
「それは自分にとって?国にとって?」
「すべてにとって」
はっきりと言い切るレイに少し驚く。
彼女にとって俺は『なくてはならない存在』になれたのだろうか?出会った頃よりは距離が近付いたと思っていたけれど……。
「そういう割には、あれと距離を置いている。傍に置かないのか?」
そうだ、レイは特定の誰かを傍に置かない。学園の中で付き合いがある者でも、誰も彼女のプライベートは知らなかった。彼女はいつも一人で動く。
「私には妻との思い出があったからな。君は誰かを傍に置く前に、その者を喪失した後のことばかりを考えている。ユリウスを選んでから、いつか来る別れを恐れても遅くないだろう?」
レイは両親を亡くしているから、喪失の痛みを余計に恐れているのだろう。
そうだ、彼女は実の両親の話をあまりしない。今の家族との仲が良いから忘れがちだったが、実の両親のことも抱えているのだ。まだ16歳なのに……。
「剛胆かと思いきや、意外と臆病なのだな」
「自分でも承知してます」
臆病?いつも堂々としている彼女からは想像できない。しかしレイの憂いを帯びた表情を見た後だから、彼女が見せていない一面があることは分かる。
臆病でもいい。
それでも、彼女が望んでくれるなら。
共にいたいと思ってくれるのなら。
「ユリウスの何処が気に入っている?」
「……優しいところです」
「容姿に目を向ける者が多い中、変わっている娘だ」
「ユリウス様は確かに美しいですが、それは彼の一部であって本質ではありません」
レイの言葉がストンと胸に落ちてきた。
素直に、純粋に、嬉しいと思った。
何かが認められた様な気がした。
たぶんずっと欲しかった言葉なのかもしれない。
自分の容姿を目当てに集まってくる人とは違う、公爵家目当てに集まってくる人とも違う。
俺自身を見てくれて、自分の意思で側にいてくれることが純粋に嬉しかった。
今まで抱えていた何かが慰められたような気がして、俺の中の何かが認められた気がして、心が満たされてゆく。
何年も胸の中にあったわだかまりが、解けていくようだ。
俺は彼女のことが好きだ。
彼女を馬車で送ったあの日からずっと気になっている。
初めてセレス領で彼女と話した時からずっと惹かれている。
こんなにも人を好きになれるなんて。
他人に不信感を抱いていた俺でも、見つけることができた。
『自分にとって必要な人』を。
祖父の言葉は正しかった。
そして誰かを好きになって良かったと、初めて思うことができた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
お読みいただきありがとうございます。
今日はもう1話投稿します。
明日からレイ視点に戻ります。
お気に入りやいいね下さった方、いつもありがとうございます。読んで下さる方がいると励みになります(^-^)
拙い文章ですが2人のこれからを見届けてもらえると嬉しいです
あなたにおすすめの小説
結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です
柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。
そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。
真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。
けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。
「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」
彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。
アンリは実は、亡き国王の婚外子。
皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。
白い結婚のまま、旦那様は薔薇のような美人に夢中になりました
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢リディアは、美貌で有名な侯爵レオンハルトに嫁いだ。
けれど結婚して二年、夫婦は一度も結ばれないまま――白い結婚だった。
それでも旦那様は優しかった。
冷たいわけではない。気づかいの言葉も、穏やかな笑顔もくれる。
だからリディアは、愛されてはいなくても、いつか少しは夫婦になれるのではないかと信じていた。
そんなある日、彼女は知ってしまう。
旦那様が薔薇の君と呼ばれる絶世の美女に心を奪われていることを。
彼が触れなかったのは私にだけだったのだと。
都合のいい奥方として、役に立っていたと悟る
静かに離縁を決意したリディアは、実家へ戻ったあと、女子学院で働き始める。
すると侯爵夫人時代には当たり前だった実務のすべてが、外では驚くほど必要とされていた。
感謝され、認められ、自分の足で立ち始めた彼女は、少しずつ見違えるほど美しくなっていく
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫」と笑った夫。~王宮から私が去ったあと「愛していた」と泣きついても、もう手遅れです~
水上
恋愛
「君は完璧だから、放っておいても大丈夫だ」
夫である王太子はそう笑い、泣き真似が得意な見習い令嬢ばかりを優先した。
王太子妃セシリアは、怒り狂うこともなく、静かに心を閉ざす。
「左様でございますか」
彼女は夫への期待というノイズを遮断し、離縁の準備を始めた。
【完結】今さら執着されても困ります
リリー
恋愛
「これから先も、俺が愛するのは彼女だけだ。君と結婚してからも、彼女を手放す気はない」
婚約者・リアムが寝室に連れ込んでいたのは、見知らぬ美しい女だった――
アンドレセン公爵令嬢のユリアナは、「呪われた子」として忌み嫌われながらも、政略結婚によりクロシェード公爵家の嫡男・リアムと婚約し、彼の屋敷に移り住んだ。
いつか家族になれると信じて献身的に尽くすが、リアムの隣にはいつも、彼の幼馴染であり愛人のアリスがいた。
蔑まれ、無視され、愛人の引き立て役として扱われる日々。
ある舞踏会の日、衆前で辱めを受けたユリアナの中で、何かがプツリと切れる。
「わかりました。もう、愛される努力はやめにします」
ユリアナがリアムへの関心を捨て、心を閉ざしたその夜。彼女は庭園で、謎めいた美しい青年・フィンレイと出会う。
彼との出会いが、凍りついていたユリアナの人生を劇的に変えていく。
一方、急に素っ気なくなったユリアナに、リアムは焦りと歪んだ執着を抱き始める。
・全体的に暗い内容です。
・注意喚起を含む章は※を付けています。
理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました
ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。
このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。
そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。
ーーーー
若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。
作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。
完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。
第一章 無計画な婚約破棄
第二章 無計画な白い結婚
第三章 無計画な告白
第四章 無計画なプロポーズ
第五章 無計画な真実の愛
エピローグ
訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果
柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。
彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。
しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。
「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」
逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。
あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。
しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。
気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……?
虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。
※小説家になろうに重複投稿しています。
釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません
しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。
曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。
ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。
対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。
そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。
おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。
「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」
時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。
ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。
ゆっくり更新予定です(*´ω`*)
小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。