噂の補佐君

さっすん

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俺は夕陽の差し込む誰もいない静かな廊下をひたすら走っていた。


なんで突然キスなんか……!!

まだ唇に残る、温かくて柔らかな敦先輩の唇。

俺にキスなんかする必要なんて。


「どういう意味なんだろ……」


俺はゆっくりペースを落とし、さっきの出来事を振り返る。


『俺の元に来て、俺とも話してほしい』


あまりにも敦先輩が真っ直ぐ見つめるから動けなくなって。

だんだん顔が近付いて来たな、と思ったらキスされて。


というか、いきなりした本人も顔を赤くしたから、何故?とツッコミたくなった。


誰かと間違えたのか……?

それとも……。


「俺が好き?」


その言葉は静かな廊下に溶けて消えた。


っ、そんな訳ない!!

勘違いするな俺!!


強めに自分の頬を叩き、忘れろ、と自己暗示する。


俺は心を改め、生徒会室に向かおうと思ったが、がむしゃらに走ってきたせいでここがどこなのか分からなかった。


……しくじった。


この学園に来て、今年で二年目。

けれど俺は未だに学園内で迷う事がある。

周りを見渡しても、いつも使わない特別教室や教材室があるだけで、ここがどこなのか皆目検討がつかない。


とりあえず、誰かに連絡しよう。

校内に残ってる人がいいだろう。

きっと捺達は既に寮に帰っている。


となると、あとは……。


電話帳を開いて、連絡がつきそうな相手を探す。

俺が迷った事を他言しない、頼れる人、といえばやはり一番は敦先輩だけど、あんな事があって、気軽き連絡なんて出来ない。


どうしよう……。


悩んでいると、突然携帯が震えた。

画面には、本日二度目の『会長』の文字が。


「もしも」
「お前今どこにいる!!」


『もしもし』を遮られるのも、『お前今どこにいる』と言われるのも、二回目である。


「分かりません……」


正直に答えると、あぁ!?と苛立った声が返ってくる。


「会長~。
そんなに怒っちゃったら、晴君萎縮しちゃうって」

「晴、あなた本当にどこにいるんですか」

「晴、無事……?」

「晴君、早くおいでよ~!」

「遅刻じゃ済まない時間になってるぞ」


会長はスピーカーにしているのか、生徒会の先輩方の声も届く。

俺はそれにすごくホッとした。

……でも、迷子になっている事を生徒会の先輩方に言うのはちょっと……いや、けっこう嫌だな……。


「あなたまさか迷ってるとか言いませんよね?」


う、さすが副会長……。

鋭い……。


「……そのまさかです」


正直に答えると、盛大なため息が聞こえた。


「近くに何があるか教えてください。
迎えに行きますから」

「あ、いや、迎えに来ていただなくとも大丈夫です。
口で説明していただければ……」

「え~、面倒だし、晴君また迷いそうじゃん」


……ないとは言い切れません。


岩下先輩の言葉に不本意だが納得し、近くにある特別教室の名前などを伝える。


「場所は分かったけど、なんでそんな所にいるの?」

「学園内でも随分奥ばった場所で、普通の生徒は普段立ち寄らないよ」


空先輩と海先輩の言葉に、俺は何をしているんだ、と自分に呆れる。

本当何も考えずに走って来たんだな、俺。


電話を切ってほどなくして、会長が現れた。

会長が迎えに来た事に俺は驚く。

こういうの面倒と言って他の先輩に任せそうなのに。


「お疲れ様です、会長」


会長は俺を見て深いため息をつく。


「何してんだお前は。
学園内で迷子なんて聞いた事ないぞ」

「じゃあ、俺が初めてですねー」


生意気言う俺に、会長はチッと舌打ちして、ギロリと睨んだ。


「帰るぞ。
今日はもう解散したから寮に向かうが、いいよな」

「はい」


もう生徒会終わったんだ。

結局サボってしまった……。


「……お前、カバンは?」


怪訝そうに俺を見つめる会長。

会長に言われて俺もハッとする。

俺、カバン持ってない……。

多分風紀室だろうな。

慌てて出てきてしまったから。


「風紀室に忘れて来ちゃったみたいです……」

「はあ?風紀室にカバンを忘れた?
お前、何やってんだよ。
……なんかあったのか」


俺は会長から目を逸らす。

まぁ内容は分からずとも、何かあったのは鋭い会長なら気付くはずだ。

学園内で迷子になって挙げ句にカバンを忘れて来る。

振り返ってみても、たまたまで済ますには違和感があり過ぎる。


「……風紀室行くぞ」


会長はその事については何も聞かず、歩き出した。

聞かないでくれる会長の優しさを感じながら、俺は会長の後をついていった。

しばらく歩いて、ようやく見知った教室や景色が見え出した時、走って来る足音が聞こえ、名前が呼ばれた。

振り返ると、今最も気まずい敦先輩がいた。

手に同じカバンを二つ持っている。


「忘れ物だ」


いつもの調子で敦先輩は俺のカバンを差し出した。

俺はお礼を言って受け取る。

いつもだったら他愛ない話を一言二言交わしたかもしれないが、今はお互いそんな事が話せるような気分ではない。

沈黙が場を包む。

その沈黙を破ったのは、会長だった。


「おい。お前、晴に何をした」


敦先輩が何かしたのは確信しているらしい。

まぁ実際そうだが。

敦先輩は何も言わない。

すると突然、グッと肩を寄せられ、会長の方に体が傾いた。


「わっ」


驚いた俺を無視して、会長は言った。


「こいつは俺達のものだ。
勝手に手を出すな」


相変わらずの横暴っぷりですね。

俺はものじゃないんですけど。

もちろんそんな事は言わない。

そんな雰囲気じゃないし、言ったらうるさい、と一喝されるのが目に見えているから。

行くぞ、と会長は俺の手を引いて、踵を返す。


「晴はお前等生徒会のものではない」


ピタッと会長の動きが止まる。


「もとは俺達風紀の補佐になる予定だった。
しかし、お前等生徒会がそれを邪魔した」


え?どういう事だ?


「それがなんだ」


会長、否定しないんだ……。


「我が物顔をするな、と言いたい」

「負け惜しみにしか聞こえないな」


険悪な雰囲気だ。

確かにこの二人……というか風紀委員と生徒会は元来仲が悪い。

何度か風紀委員と生徒会が対面した場面に遭った事がある。

言い合いはしていた。

でもここまでピリピリした空気は初めてな気がする。


「なんにせよ、お前には関係のない事だ」

「は?こいつが不調で困るのは俺達なんだよ」

「それはそれでいいかもしれないな。
そしたら風紀に呼ぶさ」

「冗談も大概にしろ」


余程怒りを感じているのか、会長の俺の肩を掴む手に力が入る。

少し痛みを感じる程だ。

人間ってなんでこうも感情が昂ったら体に力が入るのだろうか。

呑気にそんな事を考える俺。

突然敦先輩の目がこちらに向けられる。

怒りはない。

いつもの冷静な顔だ。


「晴、突然あんな事をして、すまなかった」


敦先輩は深々と頭を下げる。

俺はそれに驚きつつ、顔を上げるように慌てて言う。


「だが、あれにイタズラのような気持ちは一切ない。
俺は、晴とあれ以上もしたいとすら思っている」

「なっ」


真剣な瞳で真っ直ぐと俺を見つめるから、逸らすに逸らせない。

ただ、ものすごく居心地は悪い。

というか、敦先輩って正直過ぎる……!!

そんな事言われたら照れてしまう。

冗談だなんて思えない顔で言われるから尚更だ。


「反省はしているが、後悔はしていない」


それだけ言い残して、あっという間に敦先輩は行ってしまった。

俺は更に顔が赤くなった。


敦先輩は何でもストレートに言うから良くも悪くも脳は振り回される。


“俺は、晴とあれ以上もしたいとすら思っている”


素直で率直過ぎる……!!


「晴」


今度は会長が俺の名前を呼ぶ。

すぐ隣にいる会長を見上げると、射抜くような瞳と目が合った。

会長までそんな顔して……!


「な、なんですか?」


パッと会長から顔を逸らす。

会長はそれが気に入らなかったのか、ガシッとしっかり俺の顔を挟んで、無理矢理顔を上げさせた。

だからこの人は本当に強引……!


「あいつには渡さない」


それだけ言って、会長は俺を解放し、スタスタと歩き出した。


風紀には渡さないってことだよな?
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