噂の補佐君

さっすん

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保健室の前まで走って来た俺は肩を上下させながら立ち止まる。
ゴシゴシと雑に頬や目尻の涙を袖で拭いてから、保健室のドアに手をかけ、開けた。

「サボりか?」

突然入って来た俺に驚きつつもにこやかに対応してくれる冬木先生にホッとする。
おいで、と手招きして俺をベッドの端に座らせ、その隣に腰を下ろす冬木先生。

「とりあえず腕見るから、袖まくるな」
「はい」

コク、と頷いて俺は跡が付いていた腕を前に出して、袖をまくりやすいように伸ばす。

「うん。ほぼ消えてるな」

冬木先生は俺の腕を優しく撫でて頬笑む。

「お茶淹れるからちょっとゆっくりしてけよ」

そう言って立ち上がる冬木先生。
俺は、お茶よりも冬木先生が離れていくのが嫌で思わず白衣の袖を掴んでしまった。
冬木先生はびっくりした様子で立ち止まり、丸い目を俺に向ける。
俺はなんだか恥ずかしくて、いたたまれなくなって手を離し、俯く。
冬木先生は少しの間微動だにしなかった。
しかし突然俺の隣に腰を下ろした。

「お前、一年の頃はよく保健室に来てたよな。いつも疲れたような悲しそうな顔してた」

確かに一年の頃は精神的に疲れてきってしまった時期があって、その間はよく保健室にお邪魔していた。
その時に当時保健委員で現保健委員長の梓先輩や冬木先生と仲良くなった。
にしてもなんで今そんな話を持ち出すんだろうか。

「そん時は早く晴がこの学園に慣れるのを応援してたけど、いざ慣れて、保健室に来なくなってから正直ちょっと寂しくなったんだよ」
「え?」

ハハッと自嘲気味に冬木先生は笑う。
冬木先生も寂しいって思ってたんだ。
順応して、保健室に行く理由がなくなってしまって行けなくなった。
それが俺の新たな、小さいけれどストレスになった。
というか、保健室に行くのが冬木先生達の迷惑になるってずっと思ってた。
だから余計行けなかったんだ。

「たくさん頼れる人や場所が出来て、相談とかしてくれなくなるんだろうなって思った。

でも、そんな事なかったんだな」

ゆっくり顔を上げると温かな目をした冬木先生と目があった。

「なんかあったんだろ?こうやって保健室ここに来てくれて、俺を頼ってくれて、嬉しい」

優しい微笑が俺の気持ちを包み込んだ。

けっこう恥ずかしいな、とほんのり頬を赤くする冬木先生に俺は笑ってしまった。
クスクス笑う俺を冬木先生は笑うな、と頭を小突いたが、俺はなかなか止まれなかった。

なんだか、冬木先生には全てを話せてしまうような気がする。
落ち着いた俺は意を決して口を開いた。

「俺、捺と爽に告白されたんです」

冬木先生は驚いた様子もなく無言で頷く。

「その時、俺、勝手に裏切られた気分になったんです……。
友達だって思ってたのは俺だけなのかって。
筋違いにも程がありますよね」

俺の口から乾いた笑いが出た。
自分に呆れているのだ。
随分とあまちゃんな考えをしているんだな、俺って。

「俺、何してるんでしょうね」

沈黙が流れる。
授業が始まっているのか、校内はとても静かで俺の声がやけに大きく響いている気がする。

「晴は、好きっていわれて嫌だったか?」

不意に冬木先生がそう言った。
優しい声だった。

「嫌では、ないです」
「それならいいんじゃないか?」

どういう意図を持ってそう言っているのか分からず俺は冬木先生を見上げる。
声と同様、温かな微笑を浮かべている冬木先生がそこにいた。

「その気持ちの名前がなんであろうと、赤坂や青野が晴を大事に思ってるのは変わりない事実だ。
二人の告白に嫌悪感を抱いたなら話は別だが、そういう訳ではないんだろう?」

確かめるように冬木先生は言った。
俺はゆっくり頷く。

「大事……」

そっか。
二人は俺の事、大事に思ってくれているんだ。
やっぱり裏切られただなんてお門違いだ。
二人に失礼だ。
俺の気持ちはすっかり晴れた。

「ありがとうございました、先生。
俺、教室に戻ります」
「おう。頑張ってな」

にこっと目を細める冬木先生。
ベッドから立ち上がり、失礼します、と言って頭を下げる。
冬木先生に背中を向けた時、晴、と名前を呼ばれた。
振り返ると冬木先生も同じく立っていて。
それで、ものすごく近くに顔があって。
固まる俺の耳に唇を寄せ、甘い声で囁いた。

「俺も、お前の事大事に思ってるから」
「えっ」

顔を赤くする俺を、冬木先生はニヤニヤとして見ていた。
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