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初戦を終えて 黒狼会とダグド

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「ふぉっふぉ。広範囲に攻撃できるというのは便利じゃのう」

「よせよ。1対1じゃじいさんには敵わねえって。それに同じ広範囲ならロイの方が威力もえぐい」

「そんな。僕なんて大したことないですよ」

 6人の男たちが目の前で死んだが、俺たちは日常の様に会話を続ける。そして俺はダグドへと向かって足を進めた。

「ひ……! た、頼む! 金ならやる! 助けてくれ!」

「言っただろう。俺たちは自分たちの縄張りを荒らされた慰謝料を貰いにきたと」

 俺はゆっくりと右腕を震えるダグドの肩に乗せる。ダグドはビクッと全身を大きく震わせた。

「あんたの指示だったって事は分かっているんだ」
「も、もう二度と黒狼会には手を出さない……! 約束する……!」

「別に。手は出してきて構わんぜ。その度に返り討ちだし、報復もきっちりするからな」

 少し右腕に力を込める。ダグドは両目から涙を流し始めていた。

「しかし水迅断というのは、大きな組織なんだな。あんたも幹部の一人でしかないんだろ?」
「そそ、そうです……!」

「で、その幹部の一人であるあんたは、俺たち4人にここまでいい様にされたわけだ。一つ興味本位で聞くんだが。ここで俺たちに土地も金も奪われたあんたは、本部に戻ったらどうなるんだ?」

 ダグドは大きく目を見開く。きっと今、その脳内では自分の未来を思い描いているのだろう。だがそれが明るいものではないという事は、顔を見れば直ぐに分かった。

「こ、この6人はボスから預かった武闘派の者です。全てを失った上にこの事まで知られたら……」

「あんたも組織に追われる身、か。あんたが万人に慕われてその地位に就いているんなら、庇ってくれる奴も出てくるだろうがなぁ。こんな業界でそこまでのし上がってきたんだ。恨んでいる奴や、空いた幹部の椅子を狙っている奴らなんてのもいるんじゃないか?」

 まぁ聞くまでもなく、多くの恨みを買ってきているだろう。では何故わざわざ聞いたか。それはこいつが今、絶望の淵に立っているという事を自覚させるためだ。  

 そして。人はそんな時に希望の糸を垂らされたら、すがらずにはいられない。例えその糸がどれほど禍々しく、またより深い闇に繋がっているものだったとしても。

「このまま組織に戻っても待っているのは惨たらしい死。そして今はこうして俺たちにその命を握られている」

 ダグドはみるみるうちに顔から血の気が引いて行く。こいつは初めからこの手の脅しが通じる奴だと分かっていた。

 どう見ても腕一本でのし上がってきたタイプには見えないし、初めから籠城なんて手を選んだくらいだからな。

 しかしそんな男が何故裏社会で地位を得る事ができたか。それは腕っぷし以外にその才覚があったからだ。具体的な中身までは分からないが。

「だがダグド。俺は裏社会におけるお前の才覚をある程度は評価している」

「……へ?」

「もしお前が黒狼会でその手腕を振るうというのなら。その命、しばらくは預けてやっても良い」

「そ、それは……」

 戸惑いの声。だがその瞳に希望の光が宿ったことを、俺は見逃さない。

「今の俺は気分が良いからな。うかつにうちに手をだしたバカでも、それくらいの温情はかけてやるさ。だがあと5秒もすれば、その気も変わるだろう」

 ここからゆっくりと右腕に力を込め始める。ダグドの判断は早かった。

「し、従います! 私はあなた方に忠誠を誓います!」

 恐怖で言う事をきかせた忠誠など、あってない様なものだ。自分の命惜しさに声をあげたに過ぎない。だが今はそれでも十分。

 こいつは水迅断の貴重な情報源だからな。できれば自分から協力する様に仕向けたい。俺は右腕を離すと、兜越しににこやかに笑った。

「そうか。よく決断したな。それじゃ最初の仕事だ。水迅断ではなく、お前個人に付いてくる配下はどれくらいいる?」

「は、はい。ここにいる者たちは、ほとんどが私の直属の配下になります。水迅断では、ボスを始め幹部たちは自前で配下を揃えているんです」

 なるほどな。それでボスが持つ、とびきりの戦力を特別に借りていた訳か。ゼルダンシア王国やルングーザ王国でも、地方領主は自前で軍を持っていたからな。規模は違うが、似た様なものか。

「よし。それじゃ今日からここは俺たちの土地だ。その事を配下に伝えろ。だが水迅断本部にはその事が洩れないように気を付けろ。あくまでお前はまだ水迅断の幹部として、ここに住んでいる風を装うんだ」

「な、なぜ……」

「今は理由を聞くな。いいからさっさとやれ」

「は、はい!」

 ダグドは小走りで部屋を出て行く。まぁ逃げ出した奴らもいるし、遅かれ早かればれるだろうがな。とりあえずはこんなもので良いだろう。

「いいんですか? このまま逃げ出すかも……」

「それならそれで構わないさ。どちらにせよここは俺たちのものになったしな」

 だがダグドが逃げる事はないだろう。ああいう奴だ、追手の存在に怯えながら生きていくことはできまい。

 だからといって、自分から死ぬ度胸もない。つまりは俺たちが扱いやすい奴だということだ。

「しかしヴェルト。あいつを引き入れてどうするつもりだ?」

「狙いは二つ。いや、今は三つになったかな。一つは水迅断を含め、帝都に蔓延る裏組織の情報収集だ。それなりの規模の組織で幹部をしていたんだ、青鋼や灼牙の連中よりは詳しいだろ」

 これから乗り出す界隈なのに、俺たちはまだその全容を掴んでいない。輪郭すら見えていないのだ。こまめな情報収集は、戦略を立てる上で欠かせないポイントだからな。

「二つめは、城壁内への経路確保だ」

 水迅断は城壁内に本拠地があるという話だった。そして幹部ともなれば、本拠地にも行くはずだ。

 ダグドは城壁内に入る手段を持っている。これを活用しない手はないだろう。

「三つめだが。ここに来るまでに立ち向かってきた連中、そこそこ良い武具を身に付けていただろ?」

「ああ、確かに」
 
「で、そいつらはダグドの私兵だったわけだ。随分金回りが良いと思わないか?」

「なるほどのぅ。金脈を掘り当てた訳か」

 具体的な中身は分からないが、ダグドが何かしら金を得る手段を持っている可能性は高いだろう。内容によっては、それをそっくりそのまま黒狼会が吸収する。

「まぁ細かい点も入れれば他にもあるが。それらを踏まえて、しばらくは利用価値が高いと判断した」

「ほっほ。坊がわしらのリーダーで良かったのぅ。わしなら問答無用で殺しておったわい」

「血の気の多いじいさんだこと……」
 



 
 いろいろ後始末に時間がかかったが、次の日の昼にはレッドとログを元ダグド邸に呼び寄せた。フィンとガードンも一緒だ。いつものメンツにダグドも入れて、話し合いを始める。

「兄貴! まずは勝利を祝わせてください!」

「ヴェルト様。俺、あなたに一生ついていきます……!」

 ログとレッドからすれば、とんとん拍子に黒狼会がでかくなったからな。今や城壁外西部の大部分を支配域に収めたといってもいい。

「まさかたった4人で完全制圧してしまうなんて……!」

「で、ダグドはこのまま生かしてやった訳ですか」

「ああ。役に立つうちは殺さないでやるという約束でな。おい。挨拶しろ」

「は、はい。元水迅断の幹部、ダグドです。これからは黒狼会の一員として生きていく所存です……!」

 俺たちの勝利はレッドとログには伝わったが、しばらく大々的に言いふらすなと伝えてある。表向き、ここはまだ水迅断の支配域だという風を装わせていた。

「ダグド。こっちの二人はフィンとガードンだ。フィンはこの見た目だが、この二人も俺たちと同等の力を持つ。便宜上俺がボスを務めているが、黒狼会は実質俺たち6人が中心になっている組織だと考えていい」

「は、はいぃ……!」

 今は俺も黒曜腕駆を解除し、その顔をダグドに見せている。そして昨晩の内に、ダグドの資金源について話を聞いていた。 

「しかしまさか奴隷商もやっていたとはなぁ……」

「元々私は奴隷商上がりなんです。でもこういう仕事なので、裏社会の者たちとは接する機会も多くて……」

「で、水迅断の庇護下に入っていたわけか」

 水迅断の看板を得てからは、多少強引な商売もできる様になったそうだ。そうして得た資金と看板の力で、城壁外西部を仕切る邪魔な青鋼と灼牙を吸収しようとした。

 ダグド自身は今、奴隷商を中心にいくつかの商売をしているらしい。まぁ金の匂いにはどこの組織も敏感だろうし、ダグドの様に商人上がりで裏組織に所属する者たちはたくさんいるんだろうな。

 俺たちはダグドから必要な情報を収集していく。

「城壁外にいる者が城壁内に入るには、金で許可証を買うのが基本ね……」

「はい。貴族の招待状でもあれば話は別ですが、だいたいはどこかの商人やそれこそ組織を頼って用意してもらいます」

 貴族以外で城壁内にいる者が外に住む者を呼び寄せる場合、金で許可証を用意して届けるそうだ。許可証は役所が発行しているが、その管理は杜撰でいくらでも手に入れる機会はあるとの事だった。

「まぁ城壁内にいる商人たちからすれば、小遣い稼ぎみたいなものです。もちろん正規ルートで申請すれば金はそれほどかからないのですが……」

「いつ発行されるか分からない、か」

「はい。役所も金を積んできたところを優先して発行しますので……」

 本来ならちゃんと正面から申請をあげるのだが、許可証はいつしか金で買うものに変化していき、今ではほとんど形骸化している風習とのことだった。

 城壁内に入ること自体は、思っていたほど高いハードルではないようだ。

「そもそも帝都に住まう民を、役所が発行する許可証だけで管理はできないのです。あまりにも人が多すぎるのですから」

「なるほど、風習になる訳だ。城壁内に伝手があれば良いが、なければ頼みこんで高く買うことになるんだな」

 許可証はそもそも、城壁内に住居を持つ者には必要ないものらしい。ダグドも居住地は城壁内に登録しているため、自身の許可証は持っていないとのことだった。

「城壁内に住居を持つ者は、数人であれば外から連れていく事が可能です」

「お、そうなのか?」

「はい。それくらいザルなんですよ」

 本当に形骸化しているな……。まぁ今もその仕事を残しているおかげで、得している誰かもいるんだろう。

 許可証についてはログやレッドからも少し話を聞いていたが、ダグドからはより詳細な話を聞くことができた。

 引き続きダグドからは水迅断についても話してもらう。

「幹部は全部で8人。10日に一度は全員が本拠地に集まる、か。結構な頻度だな」

「はい。ボスのヒアデスはタスク管理が好きですから。細かく進捗を聞いては、遅れている者をひたすら詰るのです」

「嫌な上司だな……」

 水迅断に限らず、城壁内で幅を利かせる裏組織は暴力面だけではなく、商売関連で強い者が多いとのことだった。堂々と商会としての看板を掲げている組織も多いという。

「はっきり言って、荒くれだけで固めているのは城壁外を拠点にしている組織か、城壁内でも小規模の組織だけです。そしてそういう組織はより上の組織から金で使われています」

「さすがにその規模になると金の力が強いか……」

 帝都は今、二つの巨大組織が台頭しているらしい。そして多くの組織が、そのどちらかの派閥に属しているとのことだった。

「水迅断もその巨大組織とやらに所属しているのか?」

「はい。水迅断は冥狼という組織の派閥に属しています」

「冥狼……?」

「帝都最大規模を誇る組織の名は冥狼と影狼。それぞれ狼の名を入れていますが、これは二つの組織がそのルーツを辿ると、伝説の傭兵団群狼武風にいきつくからだそうです」

 ダグドの発言を受け、俺たちは剣呑な気を出し始める。部屋中にピリついた空気が充満し、ダグドたちは息苦しそうな表情を見せた。

「あ、兄貴……?」

「ああ、すまない。随分舐めた名を付けてくれたと思ってよ」

「は、はぁ……」

 よりによって、俺たち群狼武風の名を語るとはな。もう何百年も昔の話だし、当時を知る者は誰もいない。だからその威光を借りようって腹積もりか。

「ふぉっふぉ。こりゃ城壁内でやる事が増えたのぅ」

「だね! 身の程知らずって言葉がぴったりだよ!」

 そして俺たち黒狼会は、当時を生きた本物の群狼武風だ。帝都に狼の名が入った組織など、一つで十分。

「あ、あの。まさか冥狼と影狼に喧嘩を売るおつもりで……?」

「こっちから売るつもりはないが。向こうが超安値で売ってきたんでな。いずれ買わせてもらうさ」

「だ、だめです! あなた方がいくら強くても、あの二大組織には敵わない……! 彼らは暗殺ギルドとも関係が深いし、貴族との繋がりも太いんですよ!?」

 また物騒な名が出て来たな。じいさんの血の巡りが良くなりそうだ。

 まぁ全容も把握できていない内から仕掛けることもないだろう。いずれ潰すが、今は放置だな。それより先にやることがある。 

「で、ダグドよ。次の幹部会はいつになるんだ?」

「明日です……」

「明日かよ。早いな」

 だがこれはこちらにとって都合がいい。あと10日もダグドの敗北を隠し通せるとも思えないからな。

「よし。そこに俺たちをお前のお付きとして連れていけ」

「へ……ま、まさか……」

「そのまさかだ。その場で黒狼会は水迅断を乗っ取る」

 ダグドの話を聞いていくつか考えは出てきていた。ポイントになったのは、幹部はそれぞれに私兵を抱えているという点だ。

 つまりダグドと同じ様に裏切らせれば、水迅断の影響力をそっくりそのまま奪い取ることができる。もちろん、口で言うほど簡単なことではないだろうが。

「で、ですが……。ボスのヒアデスは、この間の6人とは違う兵も抱えています……!」

「ダグド。言っておくが俺たちはここを襲撃した時、本来の力の半分も出していない。アックスですらな」

「へ……」

 一瞬でダグド虎の子の6人を葬ったアックスだが、まだまだ本気のアックスはあんなものじゃない。 

 そもそも俺たちは魔法と見られないぎりぎりを攻めた戦い方をしているが、何でもありでいいのなら有利なのは俺たちだ。

 何せただ殺すだけで良いのなら、ロイが大規模な魔法を放てばそれで決着が着く。それに相手はただの荒くれの集団。裂閃爪鷲の様な、全員が精鋭の軍隊ではないのだ。

「そうだぜダグド。お前は俺たちが直接守ってやるから、安心して幹部会に顔を出せ」

「その前に一つ確認だ。もし黒狼会が水迅断を乗っ取った場合、他の組織にどういう影響が出る? 特に冥狼についてはどうだ?」

 ここは確認しなければならないところだ。まだ俺たちはこの界隈では新参だからな。

 敵対組織の全容が掴めるまで、場合によっては乗っ取った後の立ち回りを今から考えなくてはならない。

「おそらく帝都中の組織にその名が知られるでしょう。ボスと個人的に懇意にしている組織なんかは、報復に動く可能性もあります」

 まだボスをやるかどうかは分からないんだがな。

「ですが冥狼が乗り込んでくる可能性は低いかと」

「そうなのか?」

「はい。水迅断はあくまでその派閥に属しているだけです。直接の子飼い組織ではありませんから。ただし冥狼と影狼、両組織から接触してくる者は出てくるかと」

 新たに生まれた組織に対し、どちらに付くか選ぶ様に言ってくる訳か。

 冥狼からすれば水迅断の影響力を継続して確保しておきたいし、影狼からすればこれをチャンスと捉えて積極的なアプローチがあるかもしれない。

「まだ乗っ取りが上手くいくかどうかも分からないからな。ここからは幹部会にどう乗り込むか、具体的な方策を考えるか」

 だが確実にまた戦いになるだろうな。5人ともその気配を感じているからか、はたまた城壁内に乗り込めるからか。理由は定かではないが、みんな楽しそうだった。
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