黒狼の牙 〜領地を追われた元貴族。過去の世界で魔法の力を得て現在に帰還する。え、暴力組織? やめて下さい、黒狼会は真っ当な商会です〜

ネコミコズッキーニ

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音楽祭 騎士たちと皇女たち

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「二階席は問題ないな……」

 クインシュバインは自身も直接上級貴族専用スペースに立ち入り、周囲を警戒していた。そして何気なくエルヴァールに近づく。

 現在エルヴァールは、閃刺鉄鷲の暗殺者をハイラント派閥の貴族に差し向けた疑いが持たれている。そして冥狼と対立を鮮明にした黒狼会とも距離を詰め始めている。

 そんなエルヴァールがこの機に乗じて何か仕掛けてこないか、警戒していたのだ。

「エルヴァール殿の従者は規定通り2人だった。おじいさんの方は、本当に従者……というか、執事だろうか」

 言葉にはできないが、何か違和感を感じるじいさんだった。見た目的にも穏やかな好々爺というよりは、どこか刃物の如き鋭さを感じさせる印象だった。

「もう一人は……護衛、だろうな」

 そしてもう一人の男。こちらは明らかに従者ではなかった。

 服装は従者のそれでも、よく身体を鍛えているのが分かる。十中八九、黒狼会の関係者だろう。そんな人物をここに連れて来たエルヴァールの狙いは何だと考える。

「本当に単なる護衛なのか……あるいは、何か仕掛けるつもりなのか……」

 だが会場には人の出入りを厳しく制限したし、黒狼会の関係者が一人紛れ込んだところで何かできるとは思えない。

 何より黒狼会は現状、騎士団に対して協力的だ。これがまたクインシュバインの判断を難しくしていた。

「考えていても仕方がないな。私はここで周囲を警戒するのみだ」

 一階では息子のリーンハルトが見回りをしているし、他にも騎士団の多くが会場で警備をしている。クインシュバインは演奏に耳を傾けながら、何も起こらない事を願っていた。





「ヴィローラ様、アデライア様。そしてディアノーラ様。よろしければどうぞ」

 リーンハルトの従妹で、メルディナの娘であるフェリシア。彼女は会場でお茶を淹れていた。間近で憧れのディアノーラが見られて、僅かに頬を赤らめている。

「あら。フェリシア、ありがとう。さぁアデライア、遠慮しないで」
「……はい」

 ディアノーラはアデライアと同じテーブルに座っていた。今日に備えて特注のお茶菓子も用意したのだ。後ろにはジークリットも控えている。

「アデライア。私、ずっとあなたとこうして話したかったの」

「……なぜです?」

「なぜって。私たち、姉妹じゃない。歳も近いし。これまで軽く話す事はあっても、互いにしっかりと話した事は少なかったでしょう? 少し寂しかったの」

 ヴィローラはフェリシアの淹れたお茶に口を付ける。そしてそれとなくアデライアにも促した。

「ディアノーラも。アデライアを守っていただいてありがとうございます」

「いえ。これもアルフォースの務めですので。それに、私はアデライア様の騎士ですから」

 演奏に耳を傾けながら、ヴィローラとアデライアは簡単に言葉を交わしていった。もっとも、話の多くはヴィローラが振っていたのだが。

「……む」

「あら? ディアノーラ、どうかした?」

「いえ。その、見事な演奏だと思いまして」

「そうですわね。さすがルングーザが外国からわざわざ招いただけはありますわ。グローウォッチ音楽団なんて、私知りませんでしたもの」

 とっさに誤魔化したが、ディアノーラが気になったのは演奏ではなかった。遠目にエルヴァールの隣に控えるヴェルトの姿を確認したからだ。

(何故彼がここに……? 服装から見て、おそらくエルヴァール殿の従者……に見せかけた護衛だろうが。ミドルテア家と黒狼会は懇意の仲なのか……?)
 
 貴族が特定の商人や組織と繋がっているのは、珍しいことではない。犯罪者集団と明確な繋がりがあれば糾弾もされるが、黒狼会は指名手配されている組織ではない。商会としての顔もあるため、貴族と繋がりがあっても不思議ではなかった。

 だが相手は大貴族ミドルテア家だ。最近ではハイラント派閥に対して、刺客を送り込んだと黒い噂も立っている。もちろん証拠はないため、話全てを鵜呑みにしている訳ではない。だが気にはなるというもの。

(ふむ……。貴族が集う場に堂々と連れてきておるのだ。ヴェルト殿の事は、私の様に分かる者が見れば特定できるはず。エルヴァール殿はそれでも構わないと……。これまで特定の商人などと繋がりを示す様な事をしてきた御仁ではなかった様に思うが……)

 ディアノーラは政治や貴族間同士の機微に詳しい訳ではない。自分が知らないだけ、というのも十分考えられる。

 第一、ミドルテア家ほどの貴族がどこの組織とも繋がっていないはずがないのだ。

(ミドルテア家との繋がりは気になるところだが。ヴェルト殿の事だ、何か良からぬ事を企んでいるとも考えづらい。……いや、これは私の一方的な希望だな)

 ディアノーラはヴェルトに対し、どちらかと言えば好感を抱いていた。自らの強さにおごらず、謙虚な姿勢は自身も参考にしたいと考えている。

(先日もアリゼルダが危ないところ、黒狼会の幹部が見事に賞金首を仕留めたという話だしな。気にはなるが、警戒の意識は一段階下げても良い対象だろう)




 
 リーンハルトは緊張しながらも、会場の見回りを続けていた。最近貴族院を卒業したばかりであり、騎士団入りして直ぐに大きな仕事に携わる事になったのだ。

 新人らしい使命感の強さと、失敗したくないというプレッシャーの狭間に立ってはいたが、こうして本格的な騎士としての仕事に携わる事自体は嬉しさも感じていた。

(綺麗な音色だな……)

 グローウォッチ音楽団の演奏は、素人が聞いても分かるくらいに澄んだ演奏だった。リーンハルトも耳を傾けながら、会場にはしっかりと目を通す。

(ここにいる貴族の多くが上級、もしくはその少し下くらいの貴族か……。二階席には特に家格の高い貴族が。そして特設スペースには皇族の方々がおられる……)

 この間まで一緒に仕事をしていたディアノーラは、今や皇族の護衛を務めていた。きっとこの会場のどこかにいるだろう。

(しかしアルフォース家の生まれでもないのに、ヴィローラ皇女の護衛を務めていたジークリットさんって。もしかして凄い騎士だったのかな……)

 厳密に言うと女性の騎士は、女性皇族の専属護衛として優遇されやすいという理由があった。そのためある程度の腕さえあれば、アルフォース家かどうかはそれほど重視されない。家柄が良いに越した事はないのだが。

(帝都にこんなにも貴族がいたなんて……。ダンタリウスもどこかから見ているのかな。そういえば最近姿を見ていないけど、ルズマリアも元気にしているだろうか。……いけない、今は会場警備に集中しないと)

 だがこれだけの警備体制に加え、ここには皇帝陛下を含めた数多くの貴族がいるのだ。万が一にも大きな騒ぎはないだろう。

 あるとすれば、パーティが始まってからお酒が回り始めた頃合いに、少し騒ぎ出す者がでるかもしれないくらいだ。そうした事情もあり、リーンハルトは演奏に耳を傾けながら、様々な事を思い出していた。

(貴族院での生活は実りがあったと思う。同年代のいろんな家の子と仲良くなれたし。それに改めて、父さんの様に騎士団の一員として身を立てていこうとも思えた。……最後までディアノーラに勝てなかったのは心残りだけれど)

 ディアノーラとの試合も良い刺激になった。正直、貴族院に入るまで自分は同年代で最強だと思っていた。

 だがディアノーラは見事にその鼻をへし折ってくれたのだ。身近なところに目標ができたおかげで、より強くなれたとも思っている。

(騎士団の修練では、昔の様に父さんにも鍛えてもらえる。その日が楽しみだな)

 演奏は初めこそ荘厳なメロディーが多かったが、今は落ち着いた曲調のものになっていた。曲に合わせてリーンハルトもどこか気が緩み始める。

 そして。誰もが穏やかな演奏に耳を傾けていたその時。

 舞台に突如、獣の怪物が現れた。
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