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兄が面倒くさすぎる!

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 王立魔法学園は、いわゆる貴族学園である。平民などの身分が低い者は入学を許されず、王族貴族の子息のみが入学を許される、狭き門。
 そのような校風であるために、頻繁にダンスパーティーが開かれる。本日も、月に一度の定期開催のダンスパーティーを開催中だ。

「ミネルヴァ」

 この国の王子であるルークは、婚約者であるミネルヴァに声をかけた。ミネルヴァは振り返り、慌てたようにドレスの裾をつまみ、お辞儀をする。

「ルーク様、気がつかなくて……失礼を」
「あぁいや、謝ることではない。私こそ、歓談中にすまないな」
「いいえ、ルーク様が謝られることではありません!」

 ミネルヴァは慌ててそう言った。その様子を見て、ルークは笑う。

「なら、だな」

 ルークはチラリ、と左側に目をやった。視線を感じたからである。視線の先には、恨めしそうにミネルヴァを睨んでいる少女がいた。
 彼女の名前はソフィ。貴族学園の例外中の例外、平民の出身の少女である。ルークは、彼女がであることを知っている。
 ルークは、この世界が乙女ゲームの世界であることを知っている。転生者であるからだ。婚約者のミネルヴァは悪役令嬢の立ち位置にいるが、ルークはミネルヴァを易易と手放すつもりはなかった。むしろ、絶対結婚してやるという確固たる意志を固めている。
 よって、ソフィはガン無視である。

「ミネルヴァ、一曲踊ってくれないだろうか」

 ルークは微笑んで、左手を差し出した。ミネルヴァは顔を赤くする。

「よ、よろこんで……」

 ルークはミネルヴァのこういった、照れ屋なところが好きである。好きな子ほどいじめたいの精神でついつい意地悪をしてしまうのだが、ルークは一向にやめようとはしない。
 ミネルヴァがルークの手を取ろうとする。その時、パシッとミネルヴァの手首を第三者が掴んだ。
 ルークは内心、舌打ちをする。手首を掴んだやつなど、顔を見なくてもわかる。

「お、お兄様……」

 ミネルヴァは驚いたように兄__レオンを見た。レオンはミネルヴァに優しく微笑んで、ミネルヴァの手を下げさせる。

「ミネルヴァ、こんな婚約者がいるにも関わらず他の女にうつつを抜かすような男とダンスを踊ってはいけない。もうそろそろ縁を切ったほうが良いのではないか?」

 ルークはピクリ、と眉間にシワを寄せた。

「何をおっしゃるかと思えば、私を浮気者扱いしないでいただきたい。私はミネルヴァ一筋だと、何度申せばお分かりになるので?」
「ル、ルーク様!?」

 ミネルヴァは顔を赤くした。頬に手を当てて、うつむく。顔からシューと湯気が出ていた。

「私は嘘はついていない。私は知っているぞ、貴様がミネルヴァを差し置いて、そこの平民の女と仲睦まじく話していることを!」

 それはだ!とルークは叫びたかった。
 ルークは、レオンも同じく転生者であることに気がついている。しかし、レオンの記憶は中途半端であり、転生者であるという自覚がないにも関わらず、何故か乙女ゲームのシナリオの記憶だけは存在しているのだ。おまけに、この世界での記憶と前世の記憶が混ざり合い、中和されているので質が悪い。

「寝ぼけていたのではありませんか?私はミネルヴァ以外の女性と仲睦まじく話した経験などありませんが。というか、ミネルヴァ以外の女性などお断りです」
「ッ……!」
 
 ミネルヴァは更に顔を赤くした。ふらついて、学友の女子生徒に支えられる。
 そんなことは露知らず、レオンは更に追撃する。

「私は知っているぞ!貴様が卒業パーティーでミネルヴァを断罪し、婚約破棄の宣言を企んでいることを!」
「婚約破棄?死んでも嫌ですね。ミネルヴァと結婚できないのであれば、私は王子をやめて駆け落ちでもなんでもしてやりますが」
「馬鹿馬鹿しい!軽々とでまかせを吐きおって……」
「本心です、神に誓ってもいい。私はミネルヴァのことが大好きだし愛している。ミネルヴァこそ国母に相応しいと思っている。ミネルヴァ以外の女性と結婚など、考えるだけで吐き気がするわ!」

 ルークが啖呵を切った。レオンがぐっと怯む。

「も…………」

 ミネルヴァが弱々しくつぶやいた。

「もうおやめください!恥ずかしくて死んでしまいます!!」

 ミネルヴァは顔を覆って、その場に座り込んだ。うぅ、と唸りながら叫ぶ。

「お兄様!ルーク様を疑うのはおやめください!私の愛するお方を侮辱なさるのですか!?」
「なっ……!?」
「ルーク様もルーク様です!!そのお気持ちは嬉しいですが、場をわきまえてください!恥ずかしくて恥ずかしくて死んでしまいます!!」
「あ、あぁいや……すまない、ついな」

 バッとミネルヴァは立ち上がり、ルークに詰め寄った。

「ルーク様はいつもそうです!ついつい、と私が照れるようなことをなされます!」
「え、あー……それは、その」
「突然後ろから抱き締めてきたり、手を握られたり。不意に可愛い、愛しているとおっしゃられたり……もう私は、ミネルヴァはもちません!!限界です!!」

 恥ずかしさが限界突破したのか、ミネルヴァはついに泣き出した。ルークはこれはまずいと、あわあわとハンカチーフで涙を拭う。

「ど、どうか泣き止んでくれ。すまない、あまりにも、度が過ぎてしまった」
「そういうところです!無自覚なのでございますか!?」
「す、すまない!若干癖になってきていて……」

 ルークがミネルヴァを泣き止ませることに必死になっている傍ら、レオンは肩をぷるぷると震わせていた。身体からドス黒いオーラのようなものが溢れ出し、歯を食いしばり拳を硬く握っている。
 そしてついに、爆発した。

「き、貴様ァアアアアアアアア!!」

 レオンの怒りが、ホール内に響き渡った。
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