1年間限定異世界講座

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8月

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「今日は私が先生ですわ!!」

 町の中央の広場で、オリヴィアは胸を張って言った。オリヴィアの前には15人の老若男女が椅子に座っている。

「さぁ、まずは形から入りましょう。皆様これを着てくださいな」

 オリヴィアは制服を広げた。シンプルな緑色の服で、胸元に花の装飾が施されている。

「ではミネルヴァさんからこちらに、服を合わせますわ。受け取ったら町長の家で着替えて、またここに集合ですわよ」

 こうしてオリヴィアは、全員に制服を配っていった。




 約30分後、広場に全員が再度集まった。制服のサイズはピッタリで、用意した職人の技量が伺える。

「皆様よくお似合いですわ!では今から、私オリヴィアによる来客応対マナー講座を始めましゅ!…………始めますわ!」

 オリヴィアは虚勢を張って仕切り直した。

「まずは礼の仕方からです。皆様お立ちになって!こういうのは実際にやってみるのが1番ですのよ!」

 オリヴィアの授業を離れたところから見ていた先生は、関心関心とうなずいた。

「なかなか様になってるじゃないか。先生は嬉しいよ」
「先生、薪の量はこのくらいでいいのかってステラの爺さんが」

 駆け寄ってきた少年に、先生はうなずく。

「うん、今行く」

 先生はその場を離れた。





「これで一通り叩き込みましたわ。皆様よく復習して、身につけてくださいませ!」

 ありがとうございました、と住民が次々と立ち去っていく。しかし、その向かう先は皆同じだ。

「……何かあるんですの?」

 オリヴィアは若い女性に聞いた。

「えぇ、今日はお盆ですから。来てみればわかりますよ」

 そう言われ、オリヴィアも後を追う。しばらく進んで、到着地点はステラの家の前だった。
 ステラの扉の前で、薪が焚かれていた。薄暗い中に、炎の淡い光が揺らめいている。薪の炎が奏でる音が、オリヴィアの心を落ち着かせた。

「あ、オリヴィアちゃん。来たんだ」

 先生が薪のすぐ近くから手を振った。オリヴィアは人の間を縫って、先生の元へ行く。

「先生、なんですの?これは」
「送り火だよ」
「送り火……?」

 聞いたことのない言葉に、オリヴィアは首を傾げた。

「前世の風習でね、今日はお盆なんだ」
「それ、先程も聞きましたわ。お盆とはなんですの?」
「亡くなった人とかご先祖様が、あの世からこの世に帰ってくる日のこと」
「…………え」

 亡くなった人が帰ってくる。それはつまり、ステラも帰ってくるということか。オリヴィアはこの気持ちを形容できなかった。嬉しいような、悲しいような、どっちつかずの感情に、オリヴィアは戸惑った。

「送り火、迎え火っていうのがあってね。迎え火を焚くことで、帰ってくる人の目印にする。だから焚くのは大抵、玄関先とか庭先とかなんだ」
「では送り火は?」
「あの世に帰る人たちのお見送りのためかな」
「お見送り…………」

 オリヴィアは薪の炎を見ながらつぶやく。

「とは言っても、僕は霊感とかないから、本当に帰ってきてるのかどうかはわからないけど」
「それは私もですわ。ですが先生、大事なのは気持ちではないのですか?」
「…………そうだね。そのとおりだ」

 先生は嬉しそうに言った。

「スーちゃん、また来年会いましょうね!」

 炎がオリヴィアの方向に、強く傾いた。





 しばらくぼーっとして、オリヴィアと先生は薪の炎を眺めていた。人はだんだんとまばらになってきている。そんな中、口を開いたのは先生だった。

「実はお盆には、お盆飾っていうものがあってね。お盆にお供えするものなんだけど」
「ふむふむ」
「これの1つに、キュウリで作った馬とナスで作った牛がある」
「…………へ?」

 オリヴィアはキュウリの馬とナスの牛を想像した。オリヴィアの脳内は、緑色の馬と紫色の牛で埋め尽くされた。オリヴィアは顔をしかめる。

「な、なんだか気持ち悪いですわ……」
「違うものを想像してないかな?キュウリに割り箸……あぁ、木の棒を刺して脚に見立てて馬。ナスも同じように木の棒を刺して牛ね」
「馬と牛には何かありますの?」
「いい着眼点だね」

 先生に褒められて、オリヴィアはえへへと頭をかいた。

「馬は足が速いだろう?牛は反対に足が遅い。だから馬に乗って早く帰ってきて、あの世に帰るときは牛に乗ってゆっくりと、っていう意味がある」
「なるほど、面白い発想ですわね!先生の前世は面白いものが溢れていますわ!」
「そういえば、これはお盆とはあまり関係がないんだけど」
「今日は止まりませんわね先生!」

 話を続けようとする先生に、オリヴィアが嬉しそうに言った。先生はハッとして、

「ごめん、もう帰らなきゃいけない?」
「いえ、今日だけ特別なんですの。父上も母上も、実は明日まで帰って来ませんのよ。遠出ですから。ですから教えてくださいまし」
「了解、そういうことなら」

 先生は1度咳払いをして、薪を見る。オリヴィアもつられて、薪に目をやった。

「f分の1ゆらぎっていうものがあってね、これは人が心地よく感じるゆらぎの1種なんだ」
「へぇ……もしかして、この薪もですの?」
「そう、よく気づいたね。このゆらぎは人にリラックス効果をもたらすだけじゃなくて、集中力とかも上げる効果がある」
「まぁ、すごいですわ。城の経理部署に暖炉でも置くべきでしょうか……」 
 
 先生が笑った。オリヴィアはムッとする。

「な、なんですの?私は至って真剣ですのに……」
「ふっ、ははっ、ごめんごめん。それじゃ夏になると熱中症で皆病院送りだよ」
「はっ、それもそうですわね」

 オリヴィアは口元に手を動かした。考える人のポーズである。

「f分の1ゆらぎは薪の火だけじゃないよ。例えば雨の音とか、波の音とか。あと木目なんかも。経理部署なら、机を木目調にしてみたら?」
「それですわ!」

 オリヴィアはぽん、と手をグーとパーにして叩いた。

「それにしても、自然のものばかりですのね」
「うん、自然だね。考えてもみてよ、森林浴とか気持ちよくない?」
「気持ちいいですわ」
「あとはそうだな……浜辺を散歩とか。気持ちよくない?」
「気持ちいいですわ」
「ほらね?」
「本当ですわ」

 オリヴィアはうなずいた。

「雨の日が、ちょっと憂鬱じゃなくなった気がします」
「それは良かった」

 その後しばらく、ぼーっと二人は薪の炎を見つめ続けた。そして、ゆっくりと火が消えていく。煙だけになった頃には、もうすぐ夜を迎えようとしていた。

「では先生、今日はこのあたりで帰りますわね」
「その前に、はいこれ」

 先生は30枚ほどの紙束を手渡す。受け取ったオリヴィアは、感嘆の声をもらした。

「まぁ、これは広告用のチラシですの?」
「印刷機とかないから全部手書きだけど……エリンが頑張ってくれたよ。疲れて寝ちゃったから、今度来たときにお礼言ってあげて」
「はい、わかりましたわ!」

 こうしてオリヴィアは、少し遅めの帰路についた。









8月15日 晴れ

 今日は私が先生でした。誰かにものを教えるというのは本当に難しくて、先生の凄さを改めて実感しました。制服も皆様とてもよくお似合いで、エリンのセンスを褒め称えたいです。
 また本日はお盆だそうです。亡くなった方々があの世から帰ってくる。とても素晴らしい風習です。キュウリの馬とナスの牛は、少々気持ち悪い気もしますが、どうやら想像しているものが違うそうです。迎え火と送り火も、亡くなった方々に対するお気持ちが素晴らしいと思いました。
 また、f分の1ゆらぎというものも教えていただきました。雨の音や波の音など、人が心地よいと感じるものだそうです。木目などもその1種で、いつも過労気味で死にそうになっている経理部署の机をすべて木目調に変えると決意しました。きっと来週には木目調になっていることでしょう。これで少しはリラックスできるとよいのですが。
 父上と母上は、今後とも遠出をもっと頻繁にすると良いと思います。
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