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10月
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先生は目を丸くしていた。あまりの衝撃に、一緒にいた町長と共に固まっていた。
なんとか再起動を果たした先生は、テントの近くにある巨大な釜を指差した。
「オ、オリヴィアちゃん……?」
「驚きましたわね、先生!」
オリヴィアが台車にもたれかかりながら、してやったり、と強気に言う。
「これ、何?」
「見ての通り、五右衛門風呂をモチーフにしたお風呂ですわ。旅の疲れを癒やすなら、お風呂に入るのが1番ですもの」
「………………………………、」
先生は口元に手を持ってきて、しばらく静止した。時間にして5分ほど、先生は動かなかった。
「あぁ、これは考え込んでますね」
町長が言った。
「先生はいつもこうなんです、考え込むと周りが見えなくなる。根っからの学者気質なんですよ」
「そうなんですのね……新たな発見ですわ」
「オリヴィアちゃん」
ふっ、と顔を上げた先生が、オリヴィアを呼んだ。
「いいと思う」
「へっ?」
予想外の言葉に、オリヴィアは気の抜けた声を出してしまった。少し恥ずかしくて、口を抑える。
「確かに、疲れを癒やすにはお風呂は最適だ。というかそもそも一般家庭やホテルに浴槽なんてないから、物珍しさに皆利用すると思う」
「そ、そうなんですの!?」
オリヴィアは驚いてビクリと肩を跳ねさせる。
「実はそうなんだよねこれが。前世だと一般的だったんだけど、外国にはあまりなかったし」
「そ、そうなんですの……」
「すごいねオリヴィアちゃん、よくできました」
先生が拍手する。オリヴィアはあまりの嬉しさに両手を上げて飛び上がった。
「やりましたわ!やりましたわー!」
先生と町長は微笑ましそうにその光景を見つめた。
「さて、オリヴィアちゃん。お風呂はまぁ、オリヴィアちゃんが帰ったあとに準備するとして、一大イベントだよ」
「大丈夫ですわ、ちゃんと白い布とお菓子も持ってきましたの」
「白い布っていうのはよくわからないけど、とりあえず通りに行こうか」
先生と町長の先導に、オリヴィアは台車をひいてついていった。
「な、なんですのこれはーーーーー!?」
通りに来た瞬間、オリヴィアは思いっきり叫んだ。
どこを見ても皆奇天烈な格好で、いつの間にか隣にいた先生と町長も謎の格好をしている。町長は先の尖った黒い帽子を被り、先生は顔のようにくり抜かれたかぼちゃを頭に被っている。
「ほらほら、オリヴィアちゃんも仮装仮装」
「は、はい、わかりましたわ!」
オリヴィアは持っていた白い布を広げて、頭から被った。
「……それ、前見えてる?」
「見えませんわ」
仕方なく、オリヴィアは白い布を首元で結んで、ローブのように工夫した。
「先生、このイベントは一体なんですの?」
「ハロウィンだね。外国のお祭りだよ」
「一体どんなお祭りなのか想像もできないのですけれど」
先生は笑いながら、かぼちゃの被り物を抑える。
「ハロウィンはね、秋の収穫をお祝いすると同時に、先祖の霊を迎えて、悪霊を追い払う行事なんだ。仮装もそのためね」
「どういうことですの?」
「仮装をして悪霊を驚かして追い払おうってことさ」
「なるほど……悪霊が仮装に驚くんですの?」
「それは…………言っちゃだめだよ」
先生は苦笑いをしながら言った。
「このかぼちゃはジャック・オー・ランタンといってね、魔除けの役割を果たしてるんだ。部屋の窓とかに飾るんだよ。というわけで、」
先生はポケットから何かを取り出した。それをオリヴィアの手のひらに乗せる。
「可愛いですわ……!」
それは小さな、手のひらサイズのジャック・オー・ランタンだった。
「オリヴィアちゃん王族でしょ?ほら、恨み買いそうだし」
「せーんーせーいー?」
「あーごめん、ごめんって」
オリヴィアが拳を握る。先生は手を前に出して少し距離を取った。
「姫様ー!!」
その時、通りの奥から仮装した子どもたちが走ってきた。4人全員籠をぶら下げている。
「まぁ、可愛らしいですこと」
「姫様、トリックオアトリート!!」
「はい?」
「僕も僕も!トリックオアトリート!!」
「がおー!お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ!」
オリヴィアは突然の出来事に、頭の中で疑問符が大量生産された。
「お菓子かイタズラか、ほらオリヴィアちゃん。お菓子をあげないとイタズラされちゃうよ」
「え、えぇ……キャンディでよろしいですか?」
「わーい!ありがとー!!」
オリヴィアはキャンディを1つずつ、子どもたちの下げる籠に入れていった。
「じゃあねー!」
走り去っていく子どもたちに手を振りながら、オリヴィアはポカンとしていた。
「……なんですの?今のは」
「子どもたちにとっての目玉行事。お菓子がたくさんもらえる、1年に1度の楽しい遊び」
「そうなんですのね……」
「次に来たら、ハッピーハロウィンって言って渡すんだよ」
「え、えぇ、わかりましたわ」
その後しばらく、オリヴィアは襲来し続ける子どもたちにキャンディを配り続けた。
「そうですわ、先生」
帰り道。馬車の停まっている場所まで、先生とオリヴィアが歩いていた。
「何かな?」
「こちらを」
オリヴィアはお菓子の入っていた籠から、巾着袋を取り出した。
「どうぞ」
先生は、差し出された巾着袋を受け取る。
「…………えっと、」
「中身はただののど飴ですわ。ここ数ヶ月、先生風邪をこじらせていらっしゃるでしょう」
「あー…………」
先生は困ったように、目をそらした。
「まぁ、うん。そうだね」
「咳が酷そうでしたので、これでも舐めて元気になってください」
「…………………………」
先生はうつむいて、悲しそうにわらった。
「ありがとう」
「えぇ、どういたしまして」
それ以降、先生は何も言わなかった。
10月31日 晴れ
作戦は大成功、先生は五右衛門風呂に驚いていましたわ。してやったり、です。町長も巻き添えをくらいましたがそれはそれです。
今日はハロウィンだそうです。秋の収穫を祝い、先祖の霊を迎え、悪霊を追い払う日だとか。魔除けとして、先生からジャック・オー・ランタンをいただきました。さっそく窓辺に飾りました。皆一様に仮装をし、子どもたちはトリックオアトリートと言ってお菓子をもらい歩く、1年に1度の大イベントに私は参加できました。城にいてはできない、とても貴重な体験をさせていただきました。
来月はついに宿泊施設が開店です。残念ながら開店初日に私は町に行くことはできませんが、商売繁盛を願うことにいたします。
来月が待ち遠しいです。賑わっているといいなぁ。
なんとか再起動を果たした先生は、テントの近くにある巨大な釜を指差した。
「オ、オリヴィアちゃん……?」
「驚きましたわね、先生!」
オリヴィアが台車にもたれかかりながら、してやったり、と強気に言う。
「これ、何?」
「見ての通り、五右衛門風呂をモチーフにしたお風呂ですわ。旅の疲れを癒やすなら、お風呂に入るのが1番ですもの」
「………………………………、」
先生は口元に手を持ってきて、しばらく静止した。時間にして5分ほど、先生は動かなかった。
「あぁ、これは考え込んでますね」
町長が言った。
「先生はいつもこうなんです、考え込むと周りが見えなくなる。根っからの学者気質なんですよ」
「そうなんですのね……新たな発見ですわ」
「オリヴィアちゃん」
ふっ、と顔を上げた先生が、オリヴィアを呼んだ。
「いいと思う」
「へっ?」
予想外の言葉に、オリヴィアは気の抜けた声を出してしまった。少し恥ずかしくて、口を抑える。
「確かに、疲れを癒やすにはお風呂は最適だ。というかそもそも一般家庭やホテルに浴槽なんてないから、物珍しさに皆利用すると思う」
「そ、そうなんですの!?」
オリヴィアは驚いてビクリと肩を跳ねさせる。
「実はそうなんだよねこれが。前世だと一般的だったんだけど、外国にはあまりなかったし」
「そ、そうなんですの……」
「すごいねオリヴィアちゃん、よくできました」
先生が拍手する。オリヴィアはあまりの嬉しさに両手を上げて飛び上がった。
「やりましたわ!やりましたわー!」
先生と町長は微笑ましそうにその光景を見つめた。
「さて、オリヴィアちゃん。お風呂はまぁ、オリヴィアちゃんが帰ったあとに準備するとして、一大イベントだよ」
「大丈夫ですわ、ちゃんと白い布とお菓子も持ってきましたの」
「白い布っていうのはよくわからないけど、とりあえず通りに行こうか」
先生と町長の先導に、オリヴィアは台車をひいてついていった。
「な、なんですのこれはーーーーー!?」
通りに来た瞬間、オリヴィアは思いっきり叫んだ。
どこを見ても皆奇天烈な格好で、いつの間にか隣にいた先生と町長も謎の格好をしている。町長は先の尖った黒い帽子を被り、先生は顔のようにくり抜かれたかぼちゃを頭に被っている。
「ほらほら、オリヴィアちゃんも仮装仮装」
「は、はい、わかりましたわ!」
オリヴィアは持っていた白い布を広げて、頭から被った。
「……それ、前見えてる?」
「見えませんわ」
仕方なく、オリヴィアは白い布を首元で結んで、ローブのように工夫した。
「先生、このイベントは一体なんですの?」
「ハロウィンだね。外国のお祭りだよ」
「一体どんなお祭りなのか想像もできないのですけれど」
先生は笑いながら、かぼちゃの被り物を抑える。
「ハロウィンはね、秋の収穫をお祝いすると同時に、先祖の霊を迎えて、悪霊を追い払う行事なんだ。仮装もそのためね」
「どういうことですの?」
「仮装をして悪霊を驚かして追い払おうってことさ」
「なるほど……悪霊が仮装に驚くんですの?」
「それは…………言っちゃだめだよ」
先生は苦笑いをしながら言った。
「このかぼちゃはジャック・オー・ランタンといってね、魔除けの役割を果たしてるんだ。部屋の窓とかに飾るんだよ。というわけで、」
先生はポケットから何かを取り出した。それをオリヴィアの手のひらに乗せる。
「可愛いですわ……!」
それは小さな、手のひらサイズのジャック・オー・ランタンだった。
「オリヴィアちゃん王族でしょ?ほら、恨み買いそうだし」
「せーんーせーいー?」
「あーごめん、ごめんって」
オリヴィアが拳を握る。先生は手を前に出して少し距離を取った。
「姫様ー!!」
その時、通りの奥から仮装した子どもたちが走ってきた。4人全員籠をぶら下げている。
「まぁ、可愛らしいですこと」
「姫様、トリックオアトリート!!」
「はい?」
「僕も僕も!トリックオアトリート!!」
「がおー!お菓子くれなきゃイタズラしちゃうぞ!」
オリヴィアは突然の出来事に、頭の中で疑問符が大量生産された。
「お菓子かイタズラか、ほらオリヴィアちゃん。お菓子をあげないとイタズラされちゃうよ」
「え、えぇ……キャンディでよろしいですか?」
「わーい!ありがとー!!」
オリヴィアはキャンディを1つずつ、子どもたちの下げる籠に入れていった。
「じゃあねー!」
走り去っていく子どもたちに手を振りながら、オリヴィアはポカンとしていた。
「……なんですの?今のは」
「子どもたちにとっての目玉行事。お菓子がたくさんもらえる、1年に1度の楽しい遊び」
「そうなんですのね……」
「次に来たら、ハッピーハロウィンって言って渡すんだよ」
「え、えぇ、わかりましたわ」
その後しばらく、オリヴィアは襲来し続ける子どもたちにキャンディを配り続けた。
「そうですわ、先生」
帰り道。馬車の停まっている場所まで、先生とオリヴィアが歩いていた。
「何かな?」
「こちらを」
オリヴィアはお菓子の入っていた籠から、巾着袋を取り出した。
「どうぞ」
先生は、差し出された巾着袋を受け取る。
「…………えっと、」
「中身はただののど飴ですわ。ここ数ヶ月、先生風邪をこじらせていらっしゃるでしょう」
「あー…………」
先生は困ったように、目をそらした。
「まぁ、うん。そうだね」
「咳が酷そうでしたので、これでも舐めて元気になってください」
「…………………………」
先生はうつむいて、悲しそうにわらった。
「ありがとう」
「えぇ、どういたしまして」
それ以降、先生は何も言わなかった。
10月31日 晴れ
作戦は大成功、先生は五右衛門風呂に驚いていましたわ。してやったり、です。町長も巻き添えをくらいましたがそれはそれです。
今日はハロウィンだそうです。秋の収穫を祝い、先祖の霊を迎え、悪霊を追い払う日だとか。魔除けとして、先生からジャック・オー・ランタンをいただきました。さっそく窓辺に飾りました。皆一様に仮装をし、子どもたちはトリックオアトリートと言ってお菓子をもらい歩く、1年に1度の大イベントに私は参加できました。城にいてはできない、とても貴重な体験をさせていただきました。
来月はついに宿泊施設が開店です。残念ながら開店初日に私は町に行くことはできませんが、商売繁盛を願うことにいたします。
来月が待ち遠しいです。賑わっているといいなぁ。
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