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エピローグ
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「メ、メイド長!」
リステンブルスク皇国の隣国にて。王城は今日もてんやわんやである。
窓拭きをしていたアリスは、部下のメイドに呼びかけられて手を止める。
「どうかしましたか」
「王女様がどこにも見当たりません!」
「またですか」
アリスはため息をついた。
「どこかに出かけるなら1言声をかけろとあれほど言っているのに……今日の夕飯、トマトサラダとミートスパゲティに変更を。汁物はトマトスープ、デザートのミートパイにトマト挟んでやりましょう」
「そ、それ王女様の苦手なものじゃ……」
「苦手だからこそですよ、トマトづくしです。仕返しですよ仕返し」
「え、えぇ……」
部下のメイドは戸惑いながら引きつった笑みを浮かべる。
「姫様ならおそらく学校では?あの人よくお忍び教師してますし」
アリスは雑巾の汚れた面を内側に折りたたみ、部下のメイドに手渡した。
「私が様子を見てきます。窓拭き代わってください」
「は、はい!」
そう言って、アリスは階段を下りていった。廊下を進み、庭を駆け抜け、城門にたどり着く。
「姫様を探してきます。もし私が出ている間に姫様がお帰りになられたら、今日の夕飯はトマトづくしですよと脅しておいてください」
「は、はい!?」
新人であろう門番は、脅すという言葉に顔を青くした。そうしているうちに、アリスはもう見えなくなった。
アリスは困り果てている学長に許可を取り、学校の中庭に入った。菊の髪飾りにズボン姿のオリヴィアが、子どもたちと一緒に鬼ごっこをしている。
「私の座右の銘は有言実行!捕まらないと宣言したからには絶対に捕まりませんわ!」
「王女様を捕まえろー!!」
「待てーー!!」
アリスは笑顔で逃げているオリヴィアの真正面に素早く移動し、オリヴィアの頭を抱え込んだ。
「ぐぇっ!?」
「姫様、今日の夕飯はトマトづくしですからね」
「ア、アリス……?何故ここに!?」
オリヴィアが驚きながら距離を取る。アリスはため息をついて、腕を組んで仁王立ちした。
「姫様が行くところなんて、病院か学校くらいでしょう。もう3年は専属メイドをやっているのです、わかりますよ」
「お姉さんメイドさんなのー?」
「はいそうです」
アリスは中腰になって、子どもたちと目線を合わせながら言う。
「すみません、このお転婆王女様は明日とっても大事な用事があるのです。ですから今日はここまで」
「えーー!?まだ遊びたいよぉ!」
子どもたちからブーイングが飛ぶ中、アリスは口の中央に指を1本立てた。
「内緒ですよ?今日は、ですから。また今度遊べばいいのです」
「本当ですの!?」
「あなたは反省するがいい」
「痛っ!?」
アリスにデコピンされたオリヴィアは、額を抱えてうずくまった。
「全く、あなたはこの国の王女なのです。お転婆も暴走も程々になされてください」
「なんだか段々リアーナに似てきてますわ……」
「仕込まれてますから」
「仕込まれて!?」
「ほら立ち上がってください、帰りますよ」
アリスがオリヴィアの腕を掴んで、引き上げる。オリヴィアは渋々立ち上がって、子どもたちに手を振った。
「うぅ、デコピンしなくてもいいじゃありませんの」
オリヴィアは私室で、額に氷嚢を当てながらうめく。
「デコピンくらいで氷嚢とか大げさじゃありません?」
「あなたのデコピンは凶器ですのよ!」
「なんと」
アリスはわざとらしく手で口を覆った。
「姫様、明日はルイス様の命日でしょう。遠出ですから、今日はお早めにお休みになられてください」
「えぇ、そうしますわ。夕飯はなんですの?」
「トマトづくしです」
「……はい?」
「トマトづくしです」
オリヴィアはうなだれた。
3月4日。この国の王女であるオリヴィアは、何があろうと必ず祖国に帰ることで有名だった。雨が降ろうと風邪をひいていようと、お構いなしに強行すると。
本日の天気は雨である。断念しようとメイドが進言するが、オリヴィアはこう返した。
「雨の音はリラックス効果があるんですのよ。お仕事のお休みだと思って、道中リラックスしてください」
そう言われてしまうと、メイドたちは何も言えなくなってしまう。仕方なく、メイドたちもオリヴィアに続き馬車に乗り込んだ。
馬車に揺られてしばらく、ガシャンと大きな振動の後、馬車が急停止した。
「何事です?」
アリスが馬車を降りて、車掌に問いかける。
「も、申し訳ありません!溝に引っかかってしまいまして……!」
そう頭を下げる車掌に、馬車から降りたオリヴィアが優しく声をかける。
「河童の川流れ、ですわね」
「え?」
「どれだけ上手な方でも、ときには失敗することもあるという意味ですわ。大丈夫、馬車を引き上げましょう。さぁ!」
オリヴィアは馬車の下に手を入れて、力を込めた。
「王女様!?」
「あぁお気になさらず、ああいう方なのです。姫様、お1人でなされるおつもりですか」
アリスもオリヴィアの隣で、馬車の下に手を入れた。それに続き、他のメイドたちも馬車を引き上げようと尽力する。
10分後、馬車は無事引き上げられ、道に戻った。
「ここまでで大丈夫ですわ、後はアリスと2人で行きます」
メイドたちは驚いて、声を上げる。
「姫様!?危険では!?」
「大丈夫ですわ、顔見知りが多い町ですの」
オリヴィアはくすりと笑って、アリスとともに町に入った。
通りにいた人々は、オリヴィアを一目見てざわついた。町は、オリヴィアが嫁ぐ前よりも賑わっている。オリヴィアは嬉しくなって、歩みを速めた。
「あらスーちゃんの家、喫茶店になってますわ。この1年間でここまで変わりますの」
「後で寄っていかれますか?」
「えぇ!」
ステラの家を通り過ぎ、広場に出る。新しくできた噴水のそばのベンチに、エリンがスケッチブックを持って腰掛けていた。
「キャンバスじゃないということは、今日はただの趣味ですの?」
「当たり。あそこのチビっ子描いてる」
エリンは筆から手を離して、立ち上がった。
「久しぶり、元気してた?」
「えぇ、学校の子どもたちと鬼ごっこしてますわ」
「あっはは、王女様のイメージをことごとくぶっ壊すね君は」
「それが私ですのよ」
そうだった、とエリンが笑う。オリヴィアもつられて笑った。アリスは顔を背けて、くすくすと隠れて笑っている。
「オリヴィアは今から?墓参り」
「えぇ、後でスーちゃんの家の喫茶店で合流しませんこと?」
「賛成、せっかくだから似顔絵描いてあげる」
「可愛く描いてくださいな」
エリンは親指を立てて、その場から立ち去った。オリヴィアも足を進める。
広場を抜けて、通りを歩く。町長の家を通り過ぎたあたりで、突き当りを右に曲がった。
人通りが少なくなり、草木が多くなってくる。小石が散らばっているが、オリヴィアはつまづかない。
開けた場所に出る。オリヴィアは並んでいる墓を通り過ぎ、中央奥にある墓の前で膝をついた。
手を合わせて目を瞑る。後ろで控えていたアリスが、オリヴィアに花束を手渡した。オリヴィアは花束を墓前に置き、優しく微笑む。
「先生、私嫁ぎ先で学校を作りましたの。流石に教える立場にはなれませんでしたが、義務教育を確立しましたのよ。ねぇ先生、」
オリヴィアは目に水の膜をはり、笑顔で言った。
「“よくできました”をくださいな」
リステンブルスク皇国の隣国にて。王城は今日もてんやわんやである。
窓拭きをしていたアリスは、部下のメイドに呼びかけられて手を止める。
「どうかしましたか」
「王女様がどこにも見当たりません!」
「またですか」
アリスはため息をついた。
「どこかに出かけるなら1言声をかけろとあれほど言っているのに……今日の夕飯、トマトサラダとミートスパゲティに変更を。汁物はトマトスープ、デザートのミートパイにトマト挟んでやりましょう」
「そ、それ王女様の苦手なものじゃ……」
「苦手だからこそですよ、トマトづくしです。仕返しですよ仕返し」
「え、えぇ……」
部下のメイドは戸惑いながら引きつった笑みを浮かべる。
「姫様ならおそらく学校では?あの人よくお忍び教師してますし」
アリスは雑巾の汚れた面を内側に折りたたみ、部下のメイドに手渡した。
「私が様子を見てきます。窓拭き代わってください」
「は、はい!」
そう言って、アリスは階段を下りていった。廊下を進み、庭を駆け抜け、城門にたどり着く。
「姫様を探してきます。もし私が出ている間に姫様がお帰りになられたら、今日の夕飯はトマトづくしですよと脅しておいてください」
「は、はい!?」
新人であろう門番は、脅すという言葉に顔を青くした。そうしているうちに、アリスはもう見えなくなった。
アリスは困り果てている学長に許可を取り、学校の中庭に入った。菊の髪飾りにズボン姿のオリヴィアが、子どもたちと一緒に鬼ごっこをしている。
「私の座右の銘は有言実行!捕まらないと宣言したからには絶対に捕まりませんわ!」
「王女様を捕まえろー!!」
「待てーー!!」
アリスは笑顔で逃げているオリヴィアの真正面に素早く移動し、オリヴィアの頭を抱え込んだ。
「ぐぇっ!?」
「姫様、今日の夕飯はトマトづくしですからね」
「ア、アリス……?何故ここに!?」
オリヴィアが驚きながら距離を取る。アリスはため息をついて、腕を組んで仁王立ちした。
「姫様が行くところなんて、病院か学校くらいでしょう。もう3年は専属メイドをやっているのです、わかりますよ」
「お姉さんメイドさんなのー?」
「はいそうです」
アリスは中腰になって、子どもたちと目線を合わせながら言う。
「すみません、このお転婆王女様は明日とっても大事な用事があるのです。ですから今日はここまで」
「えーー!?まだ遊びたいよぉ!」
子どもたちからブーイングが飛ぶ中、アリスは口の中央に指を1本立てた。
「内緒ですよ?今日は、ですから。また今度遊べばいいのです」
「本当ですの!?」
「あなたは反省するがいい」
「痛っ!?」
アリスにデコピンされたオリヴィアは、額を抱えてうずくまった。
「全く、あなたはこの国の王女なのです。お転婆も暴走も程々になされてください」
「なんだか段々リアーナに似てきてますわ……」
「仕込まれてますから」
「仕込まれて!?」
「ほら立ち上がってください、帰りますよ」
アリスがオリヴィアの腕を掴んで、引き上げる。オリヴィアは渋々立ち上がって、子どもたちに手を振った。
「うぅ、デコピンしなくてもいいじゃありませんの」
オリヴィアは私室で、額に氷嚢を当てながらうめく。
「デコピンくらいで氷嚢とか大げさじゃありません?」
「あなたのデコピンは凶器ですのよ!」
「なんと」
アリスはわざとらしく手で口を覆った。
「姫様、明日はルイス様の命日でしょう。遠出ですから、今日はお早めにお休みになられてください」
「えぇ、そうしますわ。夕飯はなんですの?」
「トマトづくしです」
「……はい?」
「トマトづくしです」
オリヴィアはうなだれた。
3月4日。この国の王女であるオリヴィアは、何があろうと必ず祖国に帰ることで有名だった。雨が降ろうと風邪をひいていようと、お構いなしに強行すると。
本日の天気は雨である。断念しようとメイドが進言するが、オリヴィアはこう返した。
「雨の音はリラックス効果があるんですのよ。お仕事のお休みだと思って、道中リラックスしてください」
そう言われてしまうと、メイドたちは何も言えなくなってしまう。仕方なく、メイドたちもオリヴィアに続き馬車に乗り込んだ。
馬車に揺られてしばらく、ガシャンと大きな振動の後、馬車が急停止した。
「何事です?」
アリスが馬車を降りて、車掌に問いかける。
「も、申し訳ありません!溝に引っかかってしまいまして……!」
そう頭を下げる車掌に、馬車から降りたオリヴィアが優しく声をかける。
「河童の川流れ、ですわね」
「え?」
「どれだけ上手な方でも、ときには失敗することもあるという意味ですわ。大丈夫、馬車を引き上げましょう。さぁ!」
オリヴィアは馬車の下に手を入れて、力を込めた。
「王女様!?」
「あぁお気になさらず、ああいう方なのです。姫様、お1人でなされるおつもりですか」
アリスもオリヴィアの隣で、馬車の下に手を入れた。それに続き、他のメイドたちも馬車を引き上げようと尽力する。
10分後、馬車は無事引き上げられ、道に戻った。
「ここまでで大丈夫ですわ、後はアリスと2人で行きます」
メイドたちは驚いて、声を上げる。
「姫様!?危険では!?」
「大丈夫ですわ、顔見知りが多い町ですの」
オリヴィアはくすりと笑って、アリスとともに町に入った。
通りにいた人々は、オリヴィアを一目見てざわついた。町は、オリヴィアが嫁ぐ前よりも賑わっている。オリヴィアは嬉しくなって、歩みを速めた。
「あらスーちゃんの家、喫茶店になってますわ。この1年間でここまで変わりますの」
「後で寄っていかれますか?」
「えぇ!」
ステラの家を通り過ぎ、広場に出る。新しくできた噴水のそばのベンチに、エリンがスケッチブックを持って腰掛けていた。
「キャンバスじゃないということは、今日はただの趣味ですの?」
「当たり。あそこのチビっ子描いてる」
エリンは筆から手を離して、立ち上がった。
「久しぶり、元気してた?」
「えぇ、学校の子どもたちと鬼ごっこしてますわ」
「あっはは、王女様のイメージをことごとくぶっ壊すね君は」
「それが私ですのよ」
そうだった、とエリンが笑う。オリヴィアもつられて笑った。アリスは顔を背けて、くすくすと隠れて笑っている。
「オリヴィアは今から?墓参り」
「えぇ、後でスーちゃんの家の喫茶店で合流しませんこと?」
「賛成、せっかくだから似顔絵描いてあげる」
「可愛く描いてくださいな」
エリンは親指を立てて、その場から立ち去った。オリヴィアも足を進める。
広場を抜けて、通りを歩く。町長の家を通り過ぎたあたりで、突き当りを右に曲がった。
人通りが少なくなり、草木が多くなってくる。小石が散らばっているが、オリヴィアはつまづかない。
開けた場所に出る。オリヴィアは並んでいる墓を通り過ぎ、中央奥にある墓の前で膝をついた。
手を合わせて目を瞑る。後ろで控えていたアリスが、オリヴィアに花束を手渡した。オリヴィアは花束を墓前に置き、優しく微笑む。
「先生、私嫁ぎ先で学校を作りましたの。流石に教える立場にはなれませんでしたが、義務教育を確立しましたのよ。ねぇ先生、」
オリヴィアは目に水の膜をはり、笑顔で言った。
「“よくできました”をくださいな」
応援ありがとうございます!
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