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欲しいなら作りましょう
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クロード殿下の御心が離れている──そう感じたのはいつからだったろう。そうだ、学園に入学してからだ。
クロード殿下の婚約者は私だ。クロード殿下は次期国王陛下となり、国を背負って立つ御方だ。それ故に入学の際は話題になった。その流れで、婚約者である私の存在も学園中に知れ渡った。
だから、私という婚約者がいるクロード殿下に近寄ってくる女はいないと思っていた。だが、それは浅はかな考えだったらしい。
サラサラの金色の長い髪、くりくりとした青い瞳、白い肌に桃色の唇。性格は極めて温厚であり、ふわふわとした可愛らしい女の子。殿下と同学年であり、必然的に私とも同学年である、貴族学園に流れ星の如く現れた平民の天才少女。
殿下に尽くしてきたつもりだった。殿下に、ひいては国母に相応しい女になれるように身だしなみに気を遣い、作法に勉学、果ては魔法まで完璧になれるように努力した。
完璧すぎるのが駄目だったのか。周囲は私を褒め称え、我が国の将来は安泰だと言ってくれたけれど。今思えば、殿下は私のことを褒めたことなど一度もないし、何より素っ気なかったと思う。前兆はいくつもあった。殿下の御心があの女に傾いていることに気がついたから、前兆だったのだとわかったのだが。
──と、メイドに愚痴をこぼした。
「今更うだうだとお考えになられても致し方ないのでは?後の祭りというやつです」
「それは…………わかっています。でも、愚痴くらい言わせてください」
「お嬢様、それは愚痴ではなく自虐でございます」
「いちいち煩いわ、メイドの分際で」
「そういう天まで届きそうな傲慢さがクロード殿下の御心をはなれさせてしまったのでは?」
「クビを切られたいのかしら? …………もういいわ、そういう人だものねお前は」
このメイドは態度が悪い。だけれど幼い頃から私に仕えているからか、私のことをよくわかっている。使用人だが友人のような存在で、クビを切るわよというジョークはもう何度言ったかわからない。
「お嬢様はアレです、悪い男に引っ掛けられて捨てられてもその男が忘れられないタイプ」
「お前、そのうち不敬罪で牢獄行きよ」
「バレなきゃいいんですよ。まぁ、あれだけ尽くしてきたのに捨てられたお嬢様のお気持ちもわからなくはありませんが」
「捨てられてません! 捨てられるものですか。この婚約は政略結婚、国の未来がかかっているのですよ」
「どうですかねぇ、恋は盲目とも言いますし」
「ッ…………」
何も言い返せない。メイドの言う通りなのだ。
最近の殿下の行動は目に余る。人目をはばかることもなく、婚約者でもない女と仲睦まじく学園生活を送っている。それこそ、恋という霧に目隠しをされ、盲目となってしまっているかのように。
「そんな男、こっちからフッてやりましょう。レッツ婚約破棄です」
「そんなピクニックに行くようなノリでなんてことを言うのですお前は……」
「それとも、まだ恋心を諦められませんか?」
その言葉に無言を返す。無言とは即ち肯定の意。
そうだ。私は、殿下の御心が欲しい。
「そんなに欲しいのでしたら、お作りになられてはいかがでしょう」
「────は?」
メイドはそう、あっさりと言った。
「丁度こちらに、『人造人間の作り方』という手引本がございます」
メイドがどこかからか取り出した本は、児童書のように薄かった。黄色の表紙に、可愛らしい文字でタイトルが刻まれている。それがなんとも歪で、不気味で、悪寒が走った。
「お前、そんな本をどこで……」
「自作しました」
「は……自作?」
そのような知識をどこで手に入れたのだ。人を作るなど、倫理に反している。常識的に考えて、どうしてそのような発想に至るのだ。
「人造人間であれば、お嬢様が手ずからお作りになるのですから、お嬢様のお好きなように設定することができます。もちろん、お嬢様以外の女に目がいかないようにすることなど赤子の手をひねるよりも簡単なことです」
「お前、それは、それだけはやってはいけないことです。殿下のクローンを作るなど、」
「でも欲しいんでしょう? 殿下が」
「ッ────!!」
「バレなきゃいいんですよ。やりようはいくらでもあります」
結局、私の心は弱かった。
◆ ◆ ◆
「殿下、お隣よろしいですか?」
クロードは動かない。
「ふふ、ありがとうございます」
お嬢様が隣に座った。それでもクロードは動かない。まぁ、当然なのだが。
「殿下、こんなにもいいお天気だと、眠くなってしまいますね」
お嬢様がクロードの肩に頭を乗せる。当然のことだが、クロードは動かない。
お嬢様が寝息を立て始めた。いつものようにブランケットを掛け、部屋を後にする。
お嬢様にとって、クロードは特別だ。宝物だ。半身だ。心臓だ。幸せだ。酸素だ。世界だ。だからこそ、お嬢様はクロードが死んだことを受け入れられなかった。
クロードが移り気を起こしているというのは、お嬢様の防衛本能だ。天才少女は創作物でしかない。
お嬢様の全てであるクロードが死んだことにより、お嬢様は妄想を起こすほどに壊れてしまった。同時に、私はメイドでしかなくなってしまった。
人造人間など、お嬢様が作れるわけがない。そもそも私も、人造人間の作り方など知りはしない。
自分でも狂っていると思う。すでに壊れているお嬢様をスクラップにしないように妄想の内容を保持しつつ、矛盾しないようにお嬢様の願いを叶える。お嬢様の願いは無論『クロードと共にいること』で、願いを叶える方法を、私はクローンを作るというもの以外に思いつかなかった。
クローンは陶器製の球体関節人形だ。だけれど人形がクロードの姿をしているのなら、お嬢様は妄想でその人形を生かすだろう。目論見は成功したわけだ。
お嬢様はどうしようもなく壊れてしまったけれど、今のお嬢様は幸せだ。壊れてしまったからこそ、辛い思いをしないで済むのだから。
「……お嬢様、私は自分勝手な人間です。いいえ、人ですらないのでしょう」
お嬢様は幸せだというのに。私自身で仕組んだことだというのに。私は、どうしようもなく幸せで、どうしようもなく壊れてしまったお嬢様を見ていることが苦しい。辛くて辛くてたまらない。
だから、私は──────────。
クロード殿下の婚約者は私だ。クロード殿下は次期国王陛下となり、国を背負って立つ御方だ。それ故に入学の際は話題になった。その流れで、婚約者である私の存在も学園中に知れ渡った。
だから、私という婚約者がいるクロード殿下に近寄ってくる女はいないと思っていた。だが、それは浅はかな考えだったらしい。
サラサラの金色の長い髪、くりくりとした青い瞳、白い肌に桃色の唇。性格は極めて温厚であり、ふわふわとした可愛らしい女の子。殿下と同学年であり、必然的に私とも同学年である、貴族学園に流れ星の如く現れた平民の天才少女。
殿下に尽くしてきたつもりだった。殿下に、ひいては国母に相応しい女になれるように身だしなみに気を遣い、作法に勉学、果ては魔法まで完璧になれるように努力した。
完璧すぎるのが駄目だったのか。周囲は私を褒め称え、我が国の将来は安泰だと言ってくれたけれど。今思えば、殿下は私のことを褒めたことなど一度もないし、何より素っ気なかったと思う。前兆はいくつもあった。殿下の御心があの女に傾いていることに気がついたから、前兆だったのだとわかったのだが。
──と、メイドに愚痴をこぼした。
「今更うだうだとお考えになられても致し方ないのでは?後の祭りというやつです」
「それは…………わかっています。でも、愚痴くらい言わせてください」
「お嬢様、それは愚痴ではなく自虐でございます」
「いちいち煩いわ、メイドの分際で」
「そういう天まで届きそうな傲慢さがクロード殿下の御心をはなれさせてしまったのでは?」
「クビを切られたいのかしら? …………もういいわ、そういう人だものねお前は」
このメイドは態度が悪い。だけれど幼い頃から私に仕えているからか、私のことをよくわかっている。使用人だが友人のような存在で、クビを切るわよというジョークはもう何度言ったかわからない。
「お嬢様はアレです、悪い男に引っ掛けられて捨てられてもその男が忘れられないタイプ」
「お前、そのうち不敬罪で牢獄行きよ」
「バレなきゃいいんですよ。まぁ、あれだけ尽くしてきたのに捨てられたお嬢様のお気持ちもわからなくはありませんが」
「捨てられてません! 捨てられるものですか。この婚約は政略結婚、国の未来がかかっているのですよ」
「どうですかねぇ、恋は盲目とも言いますし」
「ッ…………」
何も言い返せない。メイドの言う通りなのだ。
最近の殿下の行動は目に余る。人目をはばかることもなく、婚約者でもない女と仲睦まじく学園生活を送っている。それこそ、恋という霧に目隠しをされ、盲目となってしまっているかのように。
「そんな男、こっちからフッてやりましょう。レッツ婚約破棄です」
「そんなピクニックに行くようなノリでなんてことを言うのですお前は……」
「それとも、まだ恋心を諦められませんか?」
その言葉に無言を返す。無言とは即ち肯定の意。
そうだ。私は、殿下の御心が欲しい。
「そんなに欲しいのでしたら、お作りになられてはいかがでしょう」
「────は?」
メイドはそう、あっさりと言った。
「丁度こちらに、『人造人間の作り方』という手引本がございます」
メイドがどこかからか取り出した本は、児童書のように薄かった。黄色の表紙に、可愛らしい文字でタイトルが刻まれている。それがなんとも歪で、不気味で、悪寒が走った。
「お前、そんな本をどこで……」
「自作しました」
「は……自作?」
そのような知識をどこで手に入れたのだ。人を作るなど、倫理に反している。常識的に考えて、どうしてそのような発想に至るのだ。
「人造人間であれば、お嬢様が手ずからお作りになるのですから、お嬢様のお好きなように設定することができます。もちろん、お嬢様以外の女に目がいかないようにすることなど赤子の手をひねるよりも簡単なことです」
「お前、それは、それだけはやってはいけないことです。殿下のクローンを作るなど、」
「でも欲しいんでしょう? 殿下が」
「ッ────!!」
「バレなきゃいいんですよ。やりようはいくらでもあります」
結局、私の心は弱かった。
◆ ◆ ◆
「殿下、お隣よろしいですか?」
クロードは動かない。
「ふふ、ありがとうございます」
お嬢様が隣に座った。それでもクロードは動かない。まぁ、当然なのだが。
「殿下、こんなにもいいお天気だと、眠くなってしまいますね」
お嬢様がクロードの肩に頭を乗せる。当然のことだが、クロードは動かない。
お嬢様が寝息を立て始めた。いつものようにブランケットを掛け、部屋を後にする。
お嬢様にとって、クロードは特別だ。宝物だ。半身だ。心臓だ。幸せだ。酸素だ。世界だ。だからこそ、お嬢様はクロードが死んだことを受け入れられなかった。
クロードが移り気を起こしているというのは、お嬢様の防衛本能だ。天才少女は創作物でしかない。
お嬢様の全てであるクロードが死んだことにより、お嬢様は妄想を起こすほどに壊れてしまった。同時に、私はメイドでしかなくなってしまった。
人造人間など、お嬢様が作れるわけがない。そもそも私も、人造人間の作り方など知りはしない。
自分でも狂っていると思う。すでに壊れているお嬢様をスクラップにしないように妄想の内容を保持しつつ、矛盾しないようにお嬢様の願いを叶える。お嬢様の願いは無論『クロードと共にいること』で、願いを叶える方法を、私はクローンを作るというもの以外に思いつかなかった。
クローンは陶器製の球体関節人形だ。だけれど人形がクロードの姿をしているのなら、お嬢様は妄想でその人形を生かすだろう。目論見は成功したわけだ。
お嬢様はどうしようもなく壊れてしまったけれど、今のお嬢様は幸せだ。壊れてしまったからこそ、辛い思いをしないで済むのだから。
「……お嬢様、私は自分勝手な人間です。いいえ、人ですらないのでしょう」
お嬢様は幸せだというのに。私自身で仕組んだことだというのに。私は、どうしようもなく幸せで、どうしようもなく壊れてしまったお嬢様を見ていることが苦しい。辛くて辛くてたまらない。
だから、私は──────────。
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