虹霞~僕らの命の音~

朱音

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消えない好きの理由

01

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 穏やかなお茶の時間。仲の良い皆とテーブルを囲んで、温かい紅茶が美味しくて。
 こういう時間こそ幸せと呼ぶに相応しいんだろうな。ほっ、として口元が緩んだ時だった。
「トキに質問! リクを好きになったきっかけは?」
「はっ……、ゴホッゲホッ! ハル、いきなり何を……!?」
 突然の質問が目の前を真っ直ぐに通ったものだから、驚いて紅茶が気管に入りかけた。ハルは僕を窒息させたいのかな。
「だって、トキがリクを好きなのは知ってるけど、何がきっかけだったのかは聞いたことがないなと思って」
「そう言えばそうですわね」
 まだ咳込みが完全に治らずに苦しむ僕を心配してくれることもなく、にこにことしているハルと桜。そして質問を振られた張本人をそーっと伺うと、顎に手を当てて何やら思考している。
「どこに惹かれたんだっけ。今や好きなのが当たり前だから、改めて聞かれるとなぁ」
「ゴホッ! 考えなくていいよ、そして答えなくてもいいよ」
「顔、容姿かなっ?」
「んー、見た目じゃなかったかな」
 どうにかしてこの話題を断ち切りたいのに、僕の発言は聞き入れられないのか三人で会話の輪が出来ている。僕だけ仲間外れじゃないか。
 その上、きっぱりと見た目じゃなかったとか言われた複雑さをどう処理すればいいの。
「それでは性格でしょうか?」
「性格……? ちょっと違うかな」
「悪かったね、可愛くない心の持ち主で」
「誰もそんなことは言ってないだろ」
 自分が一番知っているさ。ひねくれているし、後ろ向きだし、控えめに言っても好ましい性格をしているとは到底思えない。それでも、はっきりと性格ではないと言われるとやはり少しは落ち込んでしまう。
 腕組みをしながら、絞り出すような声で思考の海に溺れている時雨を見ていられない。
 容姿も性格も魅力的じゃない人を好きになるなんてことがある? あり得ないでしょ。僕はいまだに、時雨が僕のことを好いているというのはおかしいと思っているからね。
 これを機に、抱く好意は勘違いだと気付いてくれればいいんだけど。そんなことを思ったのが先だったか、轟音が先だったかは分からない。突如、蝶番が外れんばかりの勢いで開かれた扉。
「お待ちなさい!」
「待てと言われて誰が待つんだよ」
 振り返ったと同時に、赤紫色の閃光が目の前を横切って、一瞬視界が真っ白になる。奪われた視界を補う耳には、カップが割れる音が届いた。
 全く、また月花が何らかの魔法を炸裂させたな。呆れながら瞼を開くと、派手に散らばっているカップの破片、ひっくり返っているテーブル。そして――
「時雨!? どうしたのさ!?」
「大変ですわ。すぐに手当てを!」
 うつぶせになって倒れ込んでいる時雨の姿があるなんて、想像できる訳がない。
「ピューっと入って来た魔法が、トキの後ろ頭に直撃したんだよ。あたし、見てたもん」
 いくら揺さぶっても、叩いても反応しない。一体どうして、こんなことになったのさ。そりゃあ話題を逸らしたいとは思ったけれど、時雨に怪我をさせてまで断ち切りたいとは思っていない。
「月花っ! 何をしてるのさ!」
「違うの、これは事故よ! 妖華に向けた魔法だったのに、ちょこまかと逃げ惑うから時雨に当たってしまったの」
「しかしねぇ、これはまずいことになったんじゃないかい?」
 両手を上げて無抵抗を表しながら、ひたすらに弁解する月花。そしていつもなら、妖華は僕と一緒になって月花を責め立てるはずなのに、なぜか歯切れ悪くしている。
 何……? まずいこと、って何? 一瞬だけ過った不安は、どうしてこうも的中するんだろうな。
「……いってぇ。このオカマ! いきなり何するんだよ!」
「キィィッ! 誰がオカマなのよ!」
 衝撃を受けたんであろう後頭部に手を添えながら、意識を取り戻したらしい。ほっと一安心。ハルや桜に当たってしまったら大ごとだけど、魔法耐性のある時雨に直撃したのが唯一の救いかな。
「時雨、大丈夫だった?」
 月花を本気で睨みつけているところから、今にもメイオンを生み出しそうだったので、慌てて服の裾を引っ張ってこちらに注目させたのだけど。まるで不思議な生物を見るかのような視線のまま、想像しようもなかった言葉が投げられた。
「お前、誰だ?」
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