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第4章 俺、ご主人様

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「こんな美女の顔を忘れるとは・・・・それだけで万死に値するよ、私的に」
 とても残念そうに首を振りながら美女は続ける。
「しかも、会ってから一週間しか経っていないというのに・・・・・・・少年の脳はとても残念なのだな?」
「い、一週間前?・・・・・・・・・」
 仁の脳裏に一週間前に同じように人の事を残念呼ばわりし、マイペース過ぎるお姉様の記憶が蘇ってきた。
「あっ・・・・・・鞘火さん?」
「思い出すのが遅すぎるぞ、少年」
 仁が美女の名前を思い出した。鞘火のつり上がっていた目が少し下がる。
「さっきの人は・・・・・・・水緒さんだ」
 段々と思い出してきたのか、先程の老婆の名前も仁の口から出た。
「ホッホッホ、鞘火の拳骨が効きましたかな?思い出して頂けてなによりです」
 いつの間に部屋に入ってきたのか、水緒が鞘火の後ろから顔を出した。
「仁様が目を覚ましたと伝えたら、鞘火がすぐに様子を見たいと言いましてな。よっぽど心配だったのでしょうなぁ」
「余計な事を言うな、水緒!私はただ、少年をからかうと面白いからだなぁ・・・・・」
「やっぱりからかっていたんですね・・・・・・・」
 痛む頬と頭をさすりながら仁はボヤいた。
「まぁ、私どもの顔を忘れていた仁様も悪いですな。先程のやりとりはとてもおもしろかったですよ?」
「見ていたんなら止めてくださいよ!」
「ホッホッホ」
 笑ってごまかす水緒。その様子にこれ以上言っても無駄だと感じた仁は、現状の説明を求めた。
「ここって、どこなんでしょうか?それと、治療って・・・・」
「フム、聞きたいことが山程あるという顔だな。ちなみに、ここは前に少年を招待した私達の事務所が入っているビルの一室だ」
 そう仁に声をかけて、鞘火はベットから立ち上がった。
「さて、少年には色々と説明が必要なようだ。水緒、二人は事務所か?」
「仁様の目が覚めたことは伝えておいた。すぐに応接室に戻ると言っていたぞ」
「では、二人に紹介できるな」
 鞘火が仁の顔を伺いながら問いかけた。
「顔色はいいようだが・・・・・・・気分が悪かったり、痛む所はないか?」
「はい、背中に少し違和感がある位で、他には何も」
 仁の言葉に安堵したように鞘火が頷いた。
「さすが水緒だな・・・・・・・・内臓破裂寸前の状態だったのに」
「えっ?」
 水緒と部屋から出ようとしていた鞘火の言葉は、距離があった事と、尻すぼみに声が小さくなったことで仁には聞き取れなかった。
「何でもない。起き上がれるか?問題がないなら着替えてもらおうか。さすがにジャージ姿では落ち着かないだろう?着替えは用意してあるぞ」
「ハイ、わかりました」
 鞘火に促されてベットから起き上がる仁。そこで、仁は自分の服装が先日のものとは違うことに気がついた。鞘火の言葉にも不吉なものを感じる。
「あれ・・・・・・俺、服が違う・・・・・・」
「血まみれでしたから、洋服は洗濯しておきましたぞ。治療にも邪魔でしたし」
 仁は水緒のセリフを聞いて、ズボンを引っ張って下着を確認した。
「パンツも違う・・・・・・」
 仁は自分のパンツを覗き込みながらワナワナと震えている。
「こちらが着替えです。サイズは問題ないと思いますぞ・・・・・・・全て確認しておりますからな」
 そんな仁の様子を素知らぬように流しながら、水緒は仁に洋服を順番にベット脇に置いていく。シャツ・ズボン・パンツ・・・・と
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください?これってどういうことですか?もしかしてなんですが・・・・・・」
「もしかしなくて少年の想像している通りだよ。クックック、中々イイ体をしているじゃないか?」
「イヤァァァァァァァァ」
 未だ成人ならぬ思春期の少年にはあまりに残酷な事実だった。現実から目をそらすようにベットに戻って布団に包まってしまう。
「コラコラ、少年よ。既に起こった事はしょうがないのだ。現実逃避してもしょうがないだろう?」
 半笑いで話しかけてくる鞘火。明らかに仁の反応を楽しんでいる。
「童貞でもあるまいし、減るものではないだろうが?」
 仁の隠れている布団がビクッと震えた。その様子に、鞘火が更に笑いを深くしていく。
「おやぁ?まさか・・・・・本当に汚れを知らない少年だったのか?それは悪いことをしたなぁ、クックック」
「ひ、ひどすぎる・・・・・・・・・」
 布団の中から絶望しきった仁の声が聞こえる。
「コラコラ、鞘火よ。そんなに若者をからかものではないぞ?」
 水緒は仁が包まっている布団に優しく手を当てて語りかけてきた。
「仁様・・・・・・悪いとは思ったのですが、治療のためには本当にしょうがない事だったのです。許して頂けませんかな?」
「み、水緒さん・・・・・・・」
 水緒の優しい言葉に、布団から少しだけ顔を覗かせる仁。しかし、仁が見た水緒の顔も半笑いであった。
「それに中々立派だったのは本当の事です。誇らしいではないですか」
「イヤァァァァァァァァ」
 再度悲鳴を上げて布団の中に戻る仁。

シクシクシクシクシクシク

「あ、あんまりだ・・・・・・・こんな現実あっていいのか」
布団の中から仁がさめざめと泣く声と恨み言が聞こえてきた。最初はニヤニヤと仁の様子を見ていた鞘火だったが、いつまでも布団から出てこない仁にイラついてきたようだ。
仁の包まる布団にいきなり前蹴りを入れて、ベットから仁を蹴り落とした。
「うわっ、何をするんですか!」
「鬱陶しい」
 鞘火の言葉は簡潔だった。そもそも、仁の落ち込む原因は鞘火のせいなのだが。
「さっさと着替えろ。ウチの所長が待っているこということを忘れるなよ」
「コラコラ、鞘火。折角治療したのにまた怪我をさせる気か?」
 水緒は、蹴り落とされてベット脇に転がっている仁を助け起こす。
「さて仁様。冗談はこれくらいにして、お着替えをお願いいたします。これまでの事の説明を致しますので」
 からかっていたのは水緒も同じなのだが、そんな事はおくびも出さずに仁に言う。
「・・・・・・・はい、わかりました。すぐに着替えますので部屋の前で待っていてもらえますか?」
「急げよ」
「では、着替え終わられたらお声を掛けてください」
 そう言って、二人は部屋を出て行く。
「ハァァァァ、一体なんだっていうんだよ、もう」
 ベットの上に置いてくれた替えの服は鞘火に蹴り落とされた時に一緒に落ちていた。仁は、自分の身に次々と降りかかる不幸を嘆き、深く溜息を付きながら服を拾い集めて、服を着替えを始めた。
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