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第6章 俺、力持ってる?

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 スーハー、スーハー
 高鳴る鼓動を抑えるように大きく手を広げて深呼吸をする。仁が少し落ち着いてきたのを見計らって、鍔木が仁に天神五大元神剣を渡した。
「今から行うのは測定であって計測ではありません。本当ならきちんと計測した方がいいのですが、今はそれを行える者がおりません。ですので、ある程度の力の大きさを測るとご理解ください」
 測定と計測の違いが仁にはよく分からなかったが、取り敢えず頷いておいた。
「測定方法はそんなに難しくありません。『天剣』を使います」
「天剣?」
 仁が聞きなれない言葉に反応した。
「『天神五大元神剣』名前が長ったらしいから、私達は略して『天剣』と呼んでいるのだ。兼倶もそう呼んでいたからな」
 鞘火が仁の質問に答えた。
「それで、どうやって測定するんですか?」 
 手の中にある天剣を持ったまま、どうしていいのか分からず、鍔木に問いかけた。しかし、鍔木は仁にの問いに答えず懐からメモ帳を取り出して何かを書き付けた。
「これが私達の名前です。漢字で書くと一目瞭然だと思いますが、司る五行と剣の部位がセットになっているのです」
 鍔木は書き付けたページを仁に向けた。そこには『鞘火』『鍔木』『水緒』と名前が書かれている。
「そう言えば、所長の名前って何なんですか?所長って肩書きであって名前じゃないですよね」
 そこに書かれていた名前は3つしかない。仁は今更ながらに所長の適当な自己紹介に気づいたのだった。
「・・・・・・・・俺は自分の名前があまり好きじゃないんだ。土行を司っているのは昨日教えたから、それで充分だろ」
 所長は嫌そうな顔をして仁の質問に答えなかった。仁も嫌がるものを無理に聞き出そうとはせずに、再度名前が書かれているメモ帳に目を向ける。
「名前としては普通でしたので、こんな意味があるとは思っていませんでした。兼倶がつけてくれたんですか?」
「違いますよ。名前をつけてくれたのは五山。兼倶に道教を指南した僧侶です」
「ちなみに、陰陽道は宗家の加茂存盛に習ったそうだ。この3人で天剣は作られた。この剣には神道・道教・陰陽道のそれぞれの技術が盛り込まれている」
 鍔木の言葉の後に所長が話を補完した。
陰陽道は古代中国に起った陰陽説・五行説とそれにともなう諸技術が日本に入り時代の推移とともに陰陽道という形になったものである。
古代中国においても陰陽五行説が道教と習合し、その集合した部分を含めて伝来してきたので、日本において形成された陰陽道は、陰陽五行説・讖緯思想・祥瑞思想、特にその中核は道教という複雑な様相を有している。
それゆえに陰陽道・道教を混同しがちであるが、もともとは別個のものだった。
「それぞれの技術は門外不出!ってイメージがあったんですが、そうでもなかったんですね」
「吉田神道自体が色々取り入れて確立させたものだからなぁ。兼倶は権力も持っていたし、財力もあった。いいものはなんとしても取り入れていこうという節操のなさが凄かったな」
「真摯に教えを乞うて柔軟に学んでいた、とか言ってやれよ。それだと只のわがままみたいじゃないか」
 鞘火の人物評に、苦笑しながら所長がフォローする。
「私はその剣の鍔に憑いている憑神で五行は木です。鞘火さんは鞘の憑神で火。水緒さんは」
 鍔木は鞘に巻かれている黒い革紐を指差す。
「その紐の事を下緒といいます。水緒さんはその下緒の憑神で水を司っています」
下緒さげおは鞘を着物の帯に結び付けて鞘が帯から抜け落ちないように、また不意に差している刀を奪われないようにする為のものである。
「誰でもいいので憑神の力を引き出してもらおうかと思います」
「えっ?力を引き出す、ですか。力の引き出し方なんて知りませんけど・・・・・・」
 鍔木は事も無げに言うが、仁は不安を隠せなかった。
「大丈夫です、そんなに難しい事はありません。そうですね、やっぱり鞘火さんが適任かしら?」
 そう言って、鍔木は鞘火を近くに招き寄せる。
「鞘火さん、簡易契約を結んでしまいましょう。できますよね」
「了解した」
 鍔木に言われた鞘火は何故か嬉しそうな顔をして仁に向き直った。
「では、少年よ・・・・・気を付け!」
「はい!」
 突然、大きな声で言われて反射的に姿勢を正す仁。
「そのまま顔を正面に!」
 言われるまま顔を正面に顔を向ける仁。その両頬を鞘火がガッチリと固定した。
「動くなよ・・・・・・・・っん」
 鞘火はそのまま仁に顔を近づけ、唇を奪った。
「!!!!!!!!!!!!!」
 いきなり唇を奪われた仁は驚いて顔を引こうとしたが、鞘火にガッチリと顔を固定されているため動くことができない。
「ふぅ、ご馳走様。中々美味だったぞ」
 数秒後、顔を離した鞘火が合掌している。仁は目を白黒させてその場に立ったままだ。
「これで簡易契約終了です。お疲れ様でした」
「い、一体何が・・・・・・ってか、き、キス・・・・・・・」
 まるで何事も無かったように冷静に言う鍔木。膝から崩れ落ちて地面に手をついている仁。
「本来なら式神との契約はちゃんと儀式を行わなければならないのですが、今は簡単な測定を行うだけですので簡易で充分。鞘火さんに仁殿の霊力を取り込んでもらって簡単にですが式神契約を結んでもらいました。まぁ、接吻を行うのが一番早くて簡単な霊力の取り込み方法なのです」
「は、初めてだったのに・・・・・・・」
 地面に向けて呆然と呟く仁。
「何事にも初めてある。それが私みたいな美人だったのだから光栄だろうが」
 その呟きを拾った鞘火は仁を脇に手を入れて強引に立たせた。
「まぁ、何にしてもこれで少年は一時的にではあるが私のご主人様になった訳だ。嬉しいだろ?」
「うぅ、これって夢ですよね。何が起こっているのか自分にはまったく理解不能です」
「・・・・・・・・・おいおい、やっぱり青少年には刺激が強かったんじゃないか?呆然としてるぞ、仁君は」 
 仁は鍔木と鞘火の話をまったく聞いておらず、遠い目をしている。
「こういう時にやることは決まっている。ほら、少年よ。これは現実だ目を覚ませ」
 鞘火はそういうと、仁の頬を捻った。
「イタタタタタ、って、すげぇ痛い!うぅ、やっぱり夢じゃないんだ」
「そうだ、現実を見るのは大切なことだぞ、少年」
 仁の目に光が戻ってきたことを確認した鞘火は、仁の頬から手を離した。捻られて熱を持った頬をさすりながら、仁は全てを諦めたように肩を落とす。
「はぁぁぁぁ、色々と覚悟を決めていたつもりだったんですが、いきなりファーストキスを神様に奪われる展開が待っているとは思いませんでした」
「それほど気にすることはないでしょう。事故だと思って気にしないで下さい」
 鍔木はまったく変わらぬ口調で仁に話しかけた。
……この人はまともだと思っていたけど、そうでもないんだ。油断してた
「さて、簡易契約も完了しましたので、仁殿の力を見せていただきましょう。天剣の力に関しては昨日簡単に説明した通りです。仁殿が力を発揮したいと心で念じるだけで私達が術とします」
仁にはいまいちピンとこないようだ。不思議そうな顔をしている。
「・・・・・・・・・最初は練習ということで、これをお願いします」
 鍔木はそう言って、足元にロウソクを一本置いた。
「これに、火がつくように念じてみてください」
「はぁ、了解しました」
 仁は火のついていないロウソクの先に視線を置いて、心の中で念じてみた。
……火よつけ~、火よつけ~・・・・・・・って、本当に火がでるわけないか
 っと仁が思っていたら、次の瞬間にはロウソクの先に火が灯った。
「あれ、火がついていません?」
「当たり前だ、私の五行は火だぞ」
「本当に火が出るとは思っていなくて・・・・・・」
「これで、仁殿に霊力がある事は確認できましたね」
 鍔木は火の灯ったロウソクを確認した。
「鞘火さん。仁様とのリンクは大丈夫ですか?」
「問題はなさそうだ。しかし、少年よ、適当だったな?最初はちゃんと念を感じられたが、すぐにダレてるとはどういうことだ」
「えっ?自分が考えている事がわかるんですか!?」
 仁は先程の思考を鞘火に言い当てられてかなり驚いている。
「主人の思考が読めないと、どんな術を使いたいか分かりませんからなぁ。式神との契約はそういう一面もあるということです」
 仁の驚きに水緒が解説を行う。水緒の言葉を聞いて仁は嫌そうな顔を浮かべた。
「それはちょっと困るというか、何というか」
 仁も青少年である、年中真面目な事を考えている訳ではないし、人に言えないあんな事やこんな事もあるのだ。その思考が読まれるというのは困る。非常に困る。
「安心して下さい。このリンクは主人のほうからオンとオフが可能です。仁殿のプライベートを探る気はありません。しかし、このリンクは勉強を行うときにも便利ですので、是非活用していきたいですね」
 ニコリともせず、事務的に鍔木は言う。
「それって、どうやってオフにするんですか?今はオンの状態なんですよね?という事は鞘火さんに頭の中を覗かれっぱなしという事に・・・・・・・」
「さっき少年が嫌がっていた時に考えていた読まれて困る事例はいくつか見えた。若いな、少年よ」
「・・・・・・・・・やっぱりこうなると思いましたよ」
 イヤラシイ笑みを浮かべて仁を生暖かい目で見る鞘火。しかし、仁は鞘火にからかわれる事に少し耐性がついたのか、思いのほか落ち着いていた。仁の照れた顔を見れなかった鞘火は不満そうだ。
「チッ、つまらん・・・・・・・」
「今はテスト中なので常時オンのままでお願いします。これからテストを行いますので、オフにしなければならないような事はありません。ですので、やり方も教えません」
 突き放すように言う鍔木は、床に置いてあったロウソクの横に小さいブロック木材を置いた。
「今度の対象物はこの木材です。先程と同じように念じて下さい」
「分かりました」
 思考を読まれているので、手を抜くこともできない。仁は先程とは違って、真面目に木に意識を集中した。
……燃え尽きろ!
 仁が意識を集中した次の瞬間には、木材は燃えるのではなく、一瞬で灰になってしまった。
「・・・・・・・・・これは」
 足元にある灰になった木材を見て、鍔木が驚いたような顔をしていた。
「今度の少年は集中していたな。さっきもちゃんと集中していればロウソクごと灰になっていただろう」
 鞘火は腕を組んで満足そうに仁の傍らに立っている。
「これは凄い。火力が強すぎて灰になってしまったのでしょうな。残滓で残る霊力でさえもかなりの力を感じますなぁ」
 水緒は鍔木の足元にある灰を手ですくって確認し、真面目な顔で呟いた。
「あの~、何かマズかったでしょうか?」
 全員が驚いている様子に、仁が不安げに口を開いた。
「何もマズイことなどありませんぞ。私達の予想以上の力であったので少し驚いただけです」
 仁と水緒が話している間に、鍔木は所長と何か話をしていた。ちょうど話が終わったのか、所長は地下から出て行ってしまう。
「あれ、所長は何処に行かれるんですか?」
「気になされないで下さい。測定に必要な道具をいくつか持ってきていただくようにお願いしただけです」
 所長と話を終えた鍔木はそのまま仁の方に歩み寄ってくる。

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