溢れんばかりのお花に包まれて

おおば かもん

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最後に残るものは感謝の気持でした

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 あの日からもう一年だ


施設から離れた母は、いまこの机の近くで微笑んでいる

声を聞くことはもうできないけれど、手を握ることもできないけれど


気持ちも落ち着いたので、忘備録として綴っていこう



話は去年まで遡ります


 昨年末に施設にいる母との面会は可能だったんだけど

私の体調の不良と仕事の忙しさに名を借りた言い訳を作っているうちに

面会を今年の1月5日にまで伸ばしてしまった 前回の面会から2月ほどのご無沙汰だった

久しぶりの面会に中期のアルツハイマーを患った母は

しばらく私を認識できていたのか、出来ていなかったのか、今になってもわからないけれど

ずっと何も言わずで、じっと私の顔を見つめているだけだった

「母さん、来たよ!息子のひろしだよ!わかるかい?」

「体調はどうだい?ちゃんとご飯はたべてるかい?」

何度繰り返してもじっと顔を見つめているだけ ホントにもう忘れてしまったんだろうか?

しばらくご無沙汰してしまったから? 寂しいような申し訳ないような思いで胸が詰まる

そんな事を思いながらも面会の時間は過ぎていき

「そろそろ帰るよ またすぐに来るよ」といった言葉に母は

「帰らんといて 帰らんといて またすぐに来ておくれ ひろし」と突然の言葉を上げた

それは嬉しくて、心地よい言葉だった 気持ちが弾んだ 

まだまだ大丈夫 きっと長生きしてくれる そう思えた

今までも、幾度の入院からも無事に退院してきたし 看取りと言われたときも、ちゃんと回復してきた

そう信じていた 

次の面会は2週間後 叔母も連れて行く予定だ


とおもった9日後 14日の夕方

施設から電話がなった

いつものごとく、薬を飲み忘れさせてしまったとか、移動時に痣を作ってしまったとかの

報告だろう わざわざご苦労さまだなぁと思いながら取った電話の声は悲痛だった

「お母様が呼吸をされていません。 すぐに来ていただけませんか? これから救急車を呼びます」

すぐに行きますと言いながら、仕事の残りも放り出して僕は車に向かって走っていた

なんかの間違いだろう? 大袈裟に言ってるだけだよな ちょっと喉を詰めたんだろう

と自分に言い聞かせながらも、覚悟は決めていたような気がする


施設に着くと看護師さんが入り口に立って迎えてくれた 移動しながら説明を受けた

「夕食の後、お部屋にお連れしましてベッドに移乗したあと時間をおいて見回りに参りましたら
 吐瀉されたようで、すぐに吸引を始めましたが脈も呼吸も戻ってこないのです
 申し訳ありません 申し訳ありません」

エレベーターにすぐに乗れるよう待機していた職員さんがいた

母の部屋に着くと職員さんがたくさんいた

母は穏やかな顔をしていたけど喉の奥には液体が見えた

吸引を繰り返しても湧いてくるらしい

頬を触るとまだ温かだった 手を握ってみたけど握り返してはくれなかった

母さん 母さん 呼びかけてみても反応してくれない

もうすぐ救急車来るからね それまで頑張ってね 頑張ってね

力いっぱい手を握りながら 優しく語り続けた



救急隊員さんが来てくれた 担架に乗せられ 僕も同じ車内に乗り込む

声掛けをしたり 脈拍や血圧を測ってくれたりはしたけれど

喉の奥に見える液体は吸引する様子は全然なかった

吸引しないと、液体があると呼吸できないですよね はやく息ができるようにしてください

心臓マッサージもお願いします 母を助けてください 生き返らせてください

心で思っていたけど口には出さなかった

もう母は何をしても戻っては来ないと分かっていたから

うん 電話を受けたときから分かっていたから 



いつも母の入院を受けてくれる病院に搬送が決まった

救急車から降りて、施設の人に報告をして車であとを追いかけた

病院につくと救急の診察室に呼ばれ、死亡宣告を受けた

お医者様が言ってくれた

ホントは待合室で待っていてほしいんだけど、書類書き終わるまで

お母さんの横にいてあげてくださいと丸椅子を持ってきてくれた

ありがとうございます ありがとうございます 少しでも横に居たいです

手を握り、頬を撫で、髪型を整える、まだ温かみのあるうちに もうこれで最後だ

二人ですごせる時間は二度とない


お医者様が戻ってきた

一応、警察署で検死を受けるということだった 

お疲れでしょう 早く体を休めてください 体調や気分は大丈夫ですか?

お亡くなりになった原因は心不全だと思います

吐瀉物で窒息したのではなく、お亡くなりになったあと消化器から液体が上がってくることがあるのです

苦しそうな顔はされてませんよね あっという間にお亡くなりになったんだと思います

気持ちが安らいだ 苦しまなかったんだ ほんとに良かった ほんとに良かった


ずっと謝り通しだった施設の管理者にはすぐにこの事を電話で報告をした

あなたに責任はないです 母は苦しんでいません なのであなたも苦しまないでください

10年近くここでお世話になり ここで看取っていただいたことに感謝します ありがとうございました

施設の方は大泣きをしていた、看護師長にも同じ話をしたけれどやはり泣いていた

病院の事務の方から そろそろ警察の方が来られますので おつかれでしょう

お家に戻って体を休めてください

ねぎらってくれる言葉が何故かつらい 

ありがとうございます 大丈夫です 警察の方にご挨拶して母を見送ってから帰りますと伝えた


警察の方が来た 母は紺色のワンボックスに飲み込まれていった

お世話をかけます よろしくお願い致しますと声をかけ車に戻った 体の力が抜けていった


姉貴に電話した (実際は姉貴でなく30年来の姉貴のようであり母のようであり一緒に仕事をしている大事な人)

職場の頼りになる人に電話した いつもお世話になっている葬儀屋さんにも連絡した

あとは明日でいいや 慰められるのもつらいし

家に戻ると静かだった 猫がまとわりつく いつもの通り撫で、ご飯をあげる

いつもと変わりないことをしてるんだけど、母はもう戻らないという事実だけは分かっている

つらくなかった 悲しくもなかった 寂しさもなかった 何もなかった

疲れた体を横たえた すぐに眠りについた 夢も見なかったな


翌朝、いつもと同じように仕事に出る 責任と関わりのある人だけに母の死を伝えた

私の預かる部署の人達には全員伝えた 

みんな口々に僕がさぞや落ち込んでいるだろう 悲しみに浸っているのだろうと

慰めやお悔やみの言葉を伝えてくれる

休んで偲んであげてください 泣きたければここで泣いてもいいよ

お通夜呼んでくださいね お葬儀にも参加させてくださいね

心遣いありがとう だけど違うんだ

そういった感情がわかない 取り乱したくないし プライドは保ちたい 男ってそんなもんだろ


優しいお言葉ありがとうございます お心遣い胸にしみます

そう返しながらいつも通りの仕事をこなす

検死から返ってくるまで 何もすることないんだよ 待つしかないんだ


お昼すぎ 葬儀屋さんと連絡を取る

小さめなお部屋で良いです お通夜もするつもりはありません

私ごとのために会社の方の貴重な時間を取らせたくないのです

湯灌をしてあげてください それとたくさんのお花をお願いします

読経ははっきりとわからないのですが、真言宗のお話をしていたことがあります

それでお願い致します


2日後 葬儀屋さんから連絡があった

12時に警察署に来てください 私どもはそこで車に載せますとあとはお式の日まで

お遺体をお預かりすることになります その時にひと目お会いになりませんか?

はい、もちろん行きます お待ちしていますと警察署まで足を運んだんだけど

他に遺体があるということで霊安室に入れてもらえなかった

私の施設で3週間前にお亡くなりになった利用者さんが家族の連絡を待っていたからだった

葬儀屋さんのご厚意で近くの葬儀場のフロアを借り、お式の日までのお別れをした

母さんはまだきれいな顔をしていた 安らかな顔だった




それから2日め 今日は葬儀の日だ

会社の人達には散々言われた なんでお通夜しないの?

みんな忙しいのに遠いところまで申し訳ないじゃない

なんで本葬儀に呼んでくれないの?

うん、ほんの身内だけで小さくしたいんだよ

予定は5名にしていたんだけど、3名駆けつけてくれて8名になるようだ

式まで少し時間があったので近くの理容店に駆け込んだ

せめて式にふさわしいようセットしてもらおうと思ったから

セットが終わって、鏡を見たらゲイじゃん もしくはピエールかよ

こんな時に全くと思いながら招かれた式場に入って驚いた

大きな花輪だらけだ。関わる色んな会社から花輪が届いている

大きな果物のかごもある 

みなさん ありがとうありがとう 感謝の気持で溢れた


棺に近寄っていくと母さんの顔が見えた

湯灌していただいたおかげで薄化粧まで施していただいていた

とても死に顔と思えないほどきれいなおばぁちゃんになっていた

頬にふれた 母さんと声をかけた一瞬だけ涙がこぼれた 母さんの肩に涙が落ちた


式が始まってからはあまり覚えていない

形式通りに焼香をし 喪主としての御御挨拶もしたような気がする

記念の写真を取り、長い読経を静かに聞いていた 真言宗の読経 つまんないとおもいながら


お式が終わり、母の周りにお花を飾っていく。きれいな花ばかりだ

代わる代わるみんなが手向けてくれるんだけどお花は減らない

母の棺には収まりきれそうもない花がまだまだ残っている

タバコなどの嗜好品。思い出の写真。おじいちゃんの日記。お数珠

とかを入れてもらい 最後の別れをする

棺の後ろを火葬場までついて歩く 現実味のわかない気持ちの中でも

棺は進んでゆく 止まることはない ついていくだけだ


火葬の装置に着いた 皆で合掌する

なにか説明を受けた気がするけど、覚えてない 上がる時間だけを胸に残した

そして溢れんばかりのお花に埋もれた母は機械仕掛けで装置の中に飲み込まれていった

高温の業火の炉の中で母の体は焼かれていく 最後の別れのときの顔をまぶたに焼き付けた

あとは時間まで外に出よう


ここで他の6名にはお暇していただくことにした

時間取らせちゃうし、申し訳ない

お骨は母がよく見知った人とだけ拾い上げたい 母もそう思っていたと思う



数時間後 名前が呼ばれた お骨上げするのだそうだ

比較的骨はきれいに残っていますね ではここが喉仏となります

と説明を受け、あちこちの骨を骨壷に移す 最後に頭蓋骨で蓋をする

きれいな箱に詰められ、きれいな布で巻かれる

それを首から下げて地下の車に向かう 小さくなっちゃったなぁ母さん


車のところには葬儀屋さんが待っていてくれた

沢山の花が余ったので、飾り用にいくつか作って用意してくれていた

果物は大きな袋に詰めて渡してくれた

仮の祭壇も用意してくれていた いつまでも用意ができるまで使っていてください

至れり尽くせりだ 感謝しかない 思えば役所の届けから全てして頂いてた

初めての喪主で何もわからない私の力になってくれ とても素敵なお式をセットしてくれた

小林さんには もう感謝しかない ありがとうございました 僕のお式もお願いしますね

お別れと感謝の言葉を伝え 家に戻る

ぎこちなく祭壇を用意し 選考と蝋燭 ご飯とお水を用意する

初めて叩くご輪の音 妙に心に響く

溢れんばかりのお花に包まれた母は、今は小さな箱に詰められ 僕の横に帰ってきた



母さん おかえり 今日からまた一緒だね

もうこれで寂しくないよ 10年ぶりの時を過ごそう 






「人間は二度死にます。まず死んだ時。それから忘れられた時。」

一度目の死は、医学的に死亡が確認されたとき。

しかし記憶にとどめてくれる人がいる限り、たとえ死んでもその人の心の中で生き続けることになります。

従って、二度目の死は全ての人の記憶から忘れ去られたときということになります


私は子をなしていません なので私が死んだときに母も2度めの死を迎えるのでしょう

すると私が死んだとき、誰の記憶にも残っていなければ同時に2度めの死を迎えることになります


2度めの死を大好きな母さんと一緒に迎えられるなら、これは親孝行になるのだろうか?

親不孝になるのだろうか?

どちらでもよいさ 仕方のないことだもの 誰に限らず死は訪れる


願わくば 誰にも悲しい思いをさせず 知られることもなく死んでいきたい

思い出されることもなく 誰と分かることもなく
 


母さん 僕を産んでくれてありがとうございました。





2023年1月14日午後6時 心不全により逝去 享年92歳




























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