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退屈
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「一体、僕と君は何が違うと言うんだい?」
「そんな疑問を持つ君は、ずいぶんと変わり者だね」
夏の季節が変わり、少しずつ冷たさを帯びた風が吹く。
その風にかかる軽い髪を手で避けながら、彼女は僕に、僕は彼女に。
この世界では御法度の会話を始めていた。
人間である以上、異性に興味を持つのは種として当然のように思える。
それは遺伝子が“種の保存”を行うために組み込まれた本能だ。
太古の昔から変わらない絶対的な宿命。
人間はいつしか「人生」という名前を生み出し、自らに枷をはめた。
しかし、その要因はどこから生まれたのだろう。
繁殖を繰り返し、いつしか世界の支配者となった僕たち人類は、今、迷っている。
かつて恋い焦がれた熱いときめきを、もう思い出せなくなってしまったことに。
彼女には不思議な魅力があった。
特別美しいわけではないのに、なぜか記憶に残る。
奇妙なほどに、頭から離れない。
僕は彼女から目が離せなかった。
一億人以上いるこの国で彼女を探すのは難しいはずだ。
六十億人以上いる人類の中から探すなんて、もっと不可能なはずだ。
けれど僕だけは、彼女を探し当てる自信があった。
根拠なんてない。ただ胸の高鳴りが、確かにそう教えてくれる。
「君って変わっているって言われない?」
「そっちこそ変わってるって言われるでしょ?」
「私はあなた以外に言われたことはない」
そう笑いながらも、彼女の声には少しだけ寂しさが混じっていた。
僕たちは忘れてしまったものを、もう一度取り戻せると信じている。
かつて小説や映画の中で見た、甘酸っぱい“ご都合主義なときめき”を。
僕と彼女でもう一度。
この小さな町を歩けば、少なくとも一万人以上の人々が、それぞれの役割を背負って生きている。
ある者は他人の生活を支えるために体と時間を使い、
ある者は誰かの人生に喜びを与えるために才能を使い、
ある者は知識を伝えることで社会に貢献している。
それぞれが持つ特性を活かして、この世界は成り立っている。
ただし、秘められた能力が正しく咲くとは限らない。
僕はまだ蕾のままだ。いつ咲くのかも分からない。
もしかしたらこのまま咲くことなく終わるのかもしれない。
多くの人はそれに気づかないまま、一生を終える。
「ねえ、何読んでるの?」
彼女は机に肘をかけ、両頬を包み込むようにして笑みを浮かべる。
「きっとつまらない本だよ」
「大丈夫。きっと君よりは面白い本だと思うから」
何が大丈夫なのかは分からないが、確かに彼女は僕をからかっていた。
目の前から本が消え、彼女の手に渡る。
「美貌格差」――タイトルを見て、彼女は顔をしかめる。
言葉にはしないが、「何それ」と言いたげな表情だった。
「あなたって変わっているわね。そんなことに興味を持つなんて」
「そうかな? 読んだことあるの?」
「読んだことはないけど、タイトルで想像できるわ」
「そうかい。で? この本は僕よりも面白いと思う?」
「さあね」
どんな話なの、と聞かれ、僕はしぶしぶ答える。
「人間は見た目の印象でどれだけ差が開くのかを研究した内容だよ。
例えば、美人と不細工を比べると、就職も給料も評価も、美人の方が有利らしい」
僕は淡々と事実だけを述べた。
得意げでもなく、ただ知っていることを伝えるだけ。
彼女は喉で小さく音を立てる。
「で? それを学んでどうするの?」
「どうもしない。ただの好奇心。
昔は外見で偏見を持たれる社会があったらしい。今とは違うね」
「今とは大違い」
たしかに、昔とは違う。
たった百年で、価値観は大きく変わった。
でも、十七年しか生きていない僕には、昔の世界など想像できない。
今見えている世界こそが“当たり前”なのだから。
周囲で楽しげに話すクラスメイトたちも同じだ。
彼らにとっては知る必要も、考える必要もないこと。
パンデミックでも起きない限り、社会は数年で変わることなどない。
つまり。
「そんなことないさ」
僕はゆっくりと息を吸い、応える。
「少なくともこの現状を見る限り、事態は飛躍しているように思う。
比較なんて、人間の持つ無駄な感情だよ」
「じゃあ、こんな世界なんて嫌い?」
「さあ……。僕はこの世界の住人だし、昔が良かったなんて言わないよ」
だけどこうも思う。
「もし昔が良かったのなら、変化を求めなければよかった。
でも、変わらなければいけなかったんだと思う」
「そっか」
彼女は軽く頷き、本を僕の手元に返す。
「そんな悲観的な考えしかできないから、友達ができないんだよ。
言ってることは難しそうに聞こえるけど、あなた自身、何も答えを出してないじゃない」
まるで戯言だと言われているようだった。
だけど、、、
「でも、私はそんな君が面白いと思うけどね」
そのとき、彼女は笑っていた。
けれど僕には、その笑顔の中に、別の意味が隠れている気がした。
自分も笑ってみたら、こんな風に目尻や口角が動くのだろうか。
共感とは、そういうことなのだろうか。
重くなった体を持ち上げるように席を立つ。
「どうしたの?」
「次の授業のために移動するんだ。ほら、あと五分しかない」
本をリュックにしまい、教室を出る。
彼女を置いて。
一瞬、後をついてくるかと思ったが期待しすぎだった。
移動した教室で授業が始まる。
今度は化学と物理の講義。
特別興味があるわけでもなく、先生の声はやけに眠気を誘う。
「今日はニュートンの運動法則について学びます。
第一法則を説明できる人はいますか?」
教室に沈黙が落ちる。
「では答えてもらおうか。No.1006」
名前を呼ばれ、僕は答える。
「物体は外部から力を加えられない限り、その運動の状態を保ち続けることを言います」
先生は満足そうに頷き、次の話題へと進む。
正解らしい。
窓から入り込む涼しい風と、柔らかな日差しが眠気を誘う。
僕は思う。
みんなして同じものを共有している。
同じ時間、同じ教育、同じ価値観。
そして――同じ顔。
「みんな同じで、何も面白くない」
退屈のあまり、僕は誰にも聞こえないほど小さな声でつぶやいた。
「そんな疑問を持つ君は、ずいぶんと変わり者だね」
夏の季節が変わり、少しずつ冷たさを帯びた風が吹く。
その風にかかる軽い髪を手で避けながら、彼女は僕に、僕は彼女に。
この世界では御法度の会話を始めていた。
人間である以上、異性に興味を持つのは種として当然のように思える。
それは遺伝子が“種の保存”を行うために組み込まれた本能だ。
太古の昔から変わらない絶対的な宿命。
人間はいつしか「人生」という名前を生み出し、自らに枷をはめた。
しかし、その要因はどこから生まれたのだろう。
繁殖を繰り返し、いつしか世界の支配者となった僕たち人類は、今、迷っている。
かつて恋い焦がれた熱いときめきを、もう思い出せなくなってしまったことに。
彼女には不思議な魅力があった。
特別美しいわけではないのに、なぜか記憶に残る。
奇妙なほどに、頭から離れない。
僕は彼女から目が離せなかった。
一億人以上いるこの国で彼女を探すのは難しいはずだ。
六十億人以上いる人類の中から探すなんて、もっと不可能なはずだ。
けれど僕だけは、彼女を探し当てる自信があった。
根拠なんてない。ただ胸の高鳴りが、確かにそう教えてくれる。
「君って変わっているって言われない?」
「そっちこそ変わってるって言われるでしょ?」
「私はあなた以外に言われたことはない」
そう笑いながらも、彼女の声には少しだけ寂しさが混じっていた。
僕たちは忘れてしまったものを、もう一度取り戻せると信じている。
かつて小説や映画の中で見た、甘酸っぱい“ご都合主義なときめき”を。
僕と彼女でもう一度。
この小さな町を歩けば、少なくとも一万人以上の人々が、それぞれの役割を背負って生きている。
ある者は他人の生活を支えるために体と時間を使い、
ある者は誰かの人生に喜びを与えるために才能を使い、
ある者は知識を伝えることで社会に貢献している。
それぞれが持つ特性を活かして、この世界は成り立っている。
ただし、秘められた能力が正しく咲くとは限らない。
僕はまだ蕾のままだ。いつ咲くのかも分からない。
もしかしたらこのまま咲くことなく終わるのかもしれない。
多くの人はそれに気づかないまま、一生を終える。
「ねえ、何読んでるの?」
彼女は机に肘をかけ、両頬を包み込むようにして笑みを浮かべる。
「きっとつまらない本だよ」
「大丈夫。きっと君よりは面白い本だと思うから」
何が大丈夫なのかは分からないが、確かに彼女は僕をからかっていた。
目の前から本が消え、彼女の手に渡る。
「美貌格差」――タイトルを見て、彼女は顔をしかめる。
言葉にはしないが、「何それ」と言いたげな表情だった。
「あなたって変わっているわね。そんなことに興味を持つなんて」
「そうかな? 読んだことあるの?」
「読んだことはないけど、タイトルで想像できるわ」
「そうかい。で? この本は僕よりも面白いと思う?」
「さあね」
どんな話なの、と聞かれ、僕はしぶしぶ答える。
「人間は見た目の印象でどれだけ差が開くのかを研究した内容だよ。
例えば、美人と不細工を比べると、就職も給料も評価も、美人の方が有利らしい」
僕は淡々と事実だけを述べた。
得意げでもなく、ただ知っていることを伝えるだけ。
彼女は喉で小さく音を立てる。
「で? それを学んでどうするの?」
「どうもしない。ただの好奇心。
昔は外見で偏見を持たれる社会があったらしい。今とは違うね」
「今とは大違い」
たしかに、昔とは違う。
たった百年で、価値観は大きく変わった。
でも、十七年しか生きていない僕には、昔の世界など想像できない。
今見えている世界こそが“当たり前”なのだから。
周囲で楽しげに話すクラスメイトたちも同じだ。
彼らにとっては知る必要も、考える必要もないこと。
パンデミックでも起きない限り、社会は数年で変わることなどない。
つまり。
「そんなことないさ」
僕はゆっくりと息を吸い、応える。
「少なくともこの現状を見る限り、事態は飛躍しているように思う。
比較なんて、人間の持つ無駄な感情だよ」
「じゃあ、こんな世界なんて嫌い?」
「さあ……。僕はこの世界の住人だし、昔が良かったなんて言わないよ」
だけどこうも思う。
「もし昔が良かったのなら、変化を求めなければよかった。
でも、変わらなければいけなかったんだと思う」
「そっか」
彼女は軽く頷き、本を僕の手元に返す。
「そんな悲観的な考えしかできないから、友達ができないんだよ。
言ってることは難しそうに聞こえるけど、あなた自身、何も答えを出してないじゃない」
まるで戯言だと言われているようだった。
だけど、、、
「でも、私はそんな君が面白いと思うけどね」
そのとき、彼女は笑っていた。
けれど僕には、その笑顔の中に、別の意味が隠れている気がした。
自分も笑ってみたら、こんな風に目尻や口角が動くのだろうか。
共感とは、そういうことなのだろうか。
重くなった体を持ち上げるように席を立つ。
「どうしたの?」
「次の授業のために移動するんだ。ほら、あと五分しかない」
本をリュックにしまい、教室を出る。
彼女を置いて。
一瞬、後をついてくるかと思ったが期待しすぎだった。
移動した教室で授業が始まる。
今度は化学と物理の講義。
特別興味があるわけでもなく、先生の声はやけに眠気を誘う。
「今日はニュートンの運動法則について学びます。
第一法則を説明できる人はいますか?」
教室に沈黙が落ちる。
「では答えてもらおうか。No.1006」
名前を呼ばれ、僕は答える。
「物体は外部から力を加えられない限り、その運動の状態を保ち続けることを言います」
先生は満足そうに頷き、次の話題へと進む。
正解らしい。
窓から入り込む涼しい風と、柔らかな日差しが眠気を誘う。
僕は思う。
みんなして同じものを共有している。
同じ時間、同じ教育、同じ価値観。
そして――同じ顔。
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