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現実と脅威の影
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「十二旅団司令部より、化防隊二個中隊と施設一個大隊を練馬に前進させる通達来ました。」
「十二ヘリ隊長通達。練馬駐屯地グラウンドを、航空機臨時整備地とする要請来ました。」
「市ヶ谷通達。戦没者の遺体安置後方施設開設に向け、設備等の整備要請です。」
受話器や、無線機を片手に隊員達はその内容を書き殴る。練馬駐屯地の本部隊舎内に置かれた臨時指揮所では、その場の全員が動いていた。各地から休まることなく連絡が届き、指揮所内は仕事が追いついていなかった。その中、
「葉山一尉!飯山三佐です。」
その場を統括していた葉山に、飯山を呼びに来た一尉が声を掛けた。忙しく陸曹らと打ち合わせをしていたが、その声に葉山は手を挙げて応え、廊下に出てきた。
「お忙しいところ、申し訳ありません。業務隊の葉山一尉です。」
飯山を見るなり、葉山は頭を下げ、そう挨拶をした。それを見、
「お若いですね。」
思わず素の感想を飯山は言ってしまった。何故ならば葉山の姿は20代後半だったからであった。その言葉に葉山は軽く頭を下げつつ、
「一般大の院卒で、27歳です。」
そう返した。優秀なんだな。飯山はそう感じたが、不信感がよぎった。この年齢で経験値の隊員に指揮所の統括を任せるのか。その考えから眉をひそませる。そして、
「業務隊長はどちらに?」
そう問い掛ける。葉山はその質問に顔を渋らせた。
「はい。業務隊長は立川に支援に行っています。他の幹部も前線の方へ支援に・・・。そのため、練馬は自分が指揮を執っています。」
葉山は声を小さくしつつ、そう返答した。その内容に飯山は思わず絶句する。
「まてまて。じゃあ、練馬の責任者はお前か?一体どういうことだ。市ヶ谷は何をしている!」
今の状況を聞き、呆れつつ飯山は噛みついた。しかし、葉山はその反応に困っていた。それを見、飯山は眉を歪ませた。その様子に呼びに来た一尉が、
「三佐。落ち着いて聞いてください。神奈川県沿岸部に展開していた第二戦闘団は、生物の火力攻撃によって全滅。沿岸部には巨大なクレーターが出来ました。生物は上陸し内陸部を進行中です。」
冷静な表情で、そう説明をしてきた。しかし、その内容は飯山がすぐに理解出来るものではかった。
「現在、化学攻撃を模索中です。官邸から至急連絡をするよう通達が来ました。対応をお願いします。」
頭の整理が追いつかない中、葉山が続けるように口を開いた。飯山は一分ほど固まっていたが、立て直し、
「状況は理解出来た。通常兵器が生物に叶わないことは分かっていた。しかし、この現状はなんだ?」
第七艦隊壊滅に続く衝撃に、心を落ち着けつつも、飯山は指揮所を見つつそう問い掛けた。指揮所で勤務する八割の陸曹は、その肩章が予備自衛官のものであったからだった。
「はい。第二戦闘団全滅に続き、前線に幹部が足りないということで、支援というより異動になっています。業務隊長は立川の第一科長に上番しました。他の幹部や、予備自の幹部も市ヶ谷に朝霞と、各地に引っ張りだこです。自分と、隣の一尉にも朝霞の司令部付隊に向かうよう、先程通達が来ました。そのため、後任を曹長にお願いしようとしていた所です。」
苦しい声になりつつ、葉山はそう答えた。それを聞き、飯山は言葉を失う。しかし、この状況を傍観している訳にはいかない。一人の佐官としてこの現場は見過ごせなかった。
「官邸に連絡はする。しかし、練馬を予備自の曹長に任せるわけにはいかないだろ。」
葉山と、もう一人の一尉に対し飯山はそう吐き捨て、指揮所内の受話器を手に取った。
(総監部市丸二曹。)
呼び出し音が流れ二回、まだ若い男性の声が飯山の耳に飛び込んできた。
「練馬飯山三佐。人事責任者に繋いでくれ。」
人差し指を机にトントンと叩きながら、飯山はそう口を開いた。お待ちくださいという返事の後に待機音が流れる。それから一分弱、
(はい。総監人事倉本一佐。)
今度は野太い、貫録のある声が飯山の耳をざわつかせた。一回呼吸をし、
「練馬飯山三佐です。練馬業務隊の葉山一尉の、朝霞司令部付隊異動に関し、撤回をお願いします。もし、一尉が異動になれば、練馬の指揮は予備自の曹長が執る事になります。」
当然の意見具申だ。情報が行き渡っていないだけの事故だ。そう思いつつ飯山は意見した。しかし、
(通達は出てる。無理だ。君、三佐と言ったか?君が執ればいいじゃないか。いや、君、所属どこ?空いてるなら武山に行ってくれ。通達出すぞ。)
飯山の意に反した答えだった。それどころか、それ以上の怒りを覚える内容に、飯山は絶句した。
「自分は統合作戦本部の指揮下で動いています。総監部の人事では動かせません!それよりも!練馬を予備自の曹長に任せることに何も思われないのですか!」
思わず、飯山はそう叱咤した。だが、倉本と名乗った人事担当者は気にする素振りを見せず、
(それなら仕方ないか。ん?練馬か。今はただの中継地だ。陸曹でも仕事は出来る。予備自でもな。定年退職者なら問題はない。階級に問題があるなら曹長から幹部に昇進も可能だ。それよりもだ。前線に幹部がいない。それの方が問題だ。諦めろ。)
その回答を最後に、倉本は電話を切った。飯山は肩を落としつつ受話器を置く。それを見、
「最前線では、三曹が小隊長をしているとまでと聞いています。幹部の人手不足は深刻なんです。仕方ありません。」
自分のために動いてくれた。その思いを噛みしめつつ、葉山はそう口を開いた。それを聞き、飯山は拳を机に打ち付ける。その言動に、数人の陸曹が動きを止める。
「人員削減を限界までしてきたツケか・・・。」
飯山は小さく吐き捨てた。練馬はこれ以上どうしようもない。そう言い聞かせ、再び受話器を手に取り、官邸に繋いだ。
市ヶ谷に、ヘリのローター音が響き渡る。AH1S対戦車ヘリが防衛省本省を旋回していた。その他にも、その敷地内を囲むように、自衛隊車両が警備にあたっていた。
省内では、ドーランを顔に塗ったフル装備の普通科隊員が走り抜け、その様相は戦地と化していた。その中、地下の統合作戦本部では焦燥感にかられた高級幹部らが、会議室にて熱論を繰り広げていた。
「生物は五里山に向け、依然進行中です。都心に進路がないだけ助かりましたが、官邸より被害を出さない進行阻止命令が来ています。」
刻々と変わる状況。生物を後方から追跡しているUH1からのライブ映像を見ながら、官邸担当の二佐が口を開いた。それを聞き、数人が唸る声が聞こえる。
「しかし、沿岸で受けた被害を見た後では・・・。」
「被害は甚大です。鎌倉に置いた総合戦闘団司令部は無事でしたが、第一戦闘団に命令下達をしても、動ける者はいないでしょう。いや、第一、クレーターを作る程の威力を見せられた後では、命令を出せない。」
後ろ向きだが、現実をついた意見が飛び交う。高級幹部らは完全に弱腰になっていた。
「通常兵器では歯が立たないことは良く分かっただろ。米軍が使ったカドミウム弾は、どうなってる?技術供与を受けたんじゃないのか?」
その中、海幕副長が口を開いた。米軍頼りの計画に、期待をする者は誰一人としておらず、忘れ去られていた計画だった。しかし、今の状況に注目せざるをえず、数人から声が漏れた。
「はい。技研からの最終報で、呉のドックにて試験艦『あすか』への搭載が完了したとのことです。攻撃システムは以前から改修が進んでいた、国産の艦対地ミサイルシステムを流用する予定でしたが、米軍から供与されたミサイルとの互換性に異常が確認され、依然調整中です。」
海幕副長の問いに、一等海佐の階級章を付けた佐官が答えた。彼は技研出向組で、今回初めてこの会議室に姿を見せた。しかし、彼の回答に高級幹部らは唸ってしまった。
小笠原と、相模湾での作戦に投入が出来なかった経緯を初めて知ったからだった。
「しかし、何故いままで黙っていた?」
技研出向の一等海佐の説明に違和感を覚えた、陸幕副長が眉をひそめつつ問い掛けた。状況を逐一報告していれば、もしかすると解決の糸口が見えたかもしれなかったからだった。
「はい。米国からの口止めがありました。米国としては、今回のミサイルを同盟国に販売する目的で、マルチな使用方法で軍に導入出来ることを売り文句にしていました。今回導入されたミサイルも同様でした。しかし結果としては、システムの互換性に問題があり、米国としてはこれを公にして欲しくないとのことでした。」
手元の書類を見ながら、技研の一等海佐はそう返した。それを聞き、高級幹部からは溜息が漏れた。
「馬鹿が。それだけのために多くの隊員が死んだんだぞ。」
米国の行き過ぎた自国主義。それを実害として被ることになった自衛隊の実情を、彼らは身を持って知ることとなった。苦虫を噛み潰したような表情で、東部方面総監は、そう吐き捨てた。
「しかし、裏を返せば他国に真似が出来ないほど、今回のミサイルシステムは精巧だと言うことだろ。」
東部方面総監の言葉に、航空総隊の副司令官がそう返した。
しかし、その言葉には嫌味が含まれているようだった。
確かに、他国に真似が出来ないシステムを開発したということは称賛に値した。しかし、それは同時に、他国には使用しづらく共有が出来ないことを意味していた。
つまりは、多国籍軍の一員として国際的なオペレーションに参加するこれからの防衛指針に反するものを、自衛隊が導入していたことを意味していた。
鵜の中の蛙。ガラパゴス携帯を生み出した国だからこその特異な技術進歩。
集団的自衛権の行使容認に続き、防衛装備移転三原則を閣議決定したのにも関わらずの結果に、数人がそれを察し、乾いた笑いを見せた。
「とりあえずだ。生物は進行中、山間部を目指しているから、経済的損失は少なく見積もられる。今、部隊を動かした所で有効な攻撃手段がないことには費用対効果はない。静観するしかないと、私は思う。」
余談に走る前に、統幕副長が話を戻す意味も込めてそう口を開いた。雑談に走りそうになっていた幹部らも、それを聞き口を噤む。
「私も同意見です。カドミウム弾の実装が終了しないことには立案すらも出来ないと考えます。」
今は何も出来ない。悔しいが仕方がない。その現状に表情を硬くしつつ、海幕長はそう返した。その言葉に、周囲の高級幹部らは頷いて見せる。
「技研としては、どのくらいで終わるんだ?」
技研からの報告書。それを通読しつつ、統幕副長は問い掛けた。
「先程入った通達で、現在、最終調整試験を実施中で、あと6時間ほど頂ければドックを出れるとのことです。」
片手程のメモ用紙を手渡された技研の一等海佐は、内容を見ながら返した。その内容に、会議室の面々はほぼ同時に、自身の腕時計に目を移した。
「午前2時か。」
時計を見つつ、海将補の階級章を付けた自衛艦隊司令部の幕僚は唸りつつ、口を開いた。
それを聞き、海幕長も、
「深夜の出港、航行は危険です。」
首を傾けながら、渋った声をあげた。
「隊員の安全を言ってる場合か!今は有事だぞ!」
海自の、異常なまでの弱腰に陸幕の佐官は、思わずそう叱咤した。しかし、
「そういうことではない。」
海幕長を擁護するように、海幕副長が不定的な声をあげた。そして、
「現在、沖ノ鳥島沖合の公海上で、中国海軍の遼寧以下、駆逐艦五隻、補給艦一隻が遠洋航海訓練中なんだ。」
口元を歪ませつつ、海幕副長はそう続けた。その内容に、会議室の面々からは声が漏れた。
「定時報告にないぞ。何故そんな重大事項を!」
報告の遅れ。憤りを感じた陸幕副長は叱咤した。だが、
「元々は、レイテ沖にいた!しかし、生物が本土に近付くにつれて、空母艦隊も近付いてきた!沖ノ鳥島沖合に到達した旨の報告は十分前に来たばかりだ!」
怒りを隠しつつ、海幕副長はそう返した。陸幕副長は口を噤んだ。
「警戒は?」
一瞬、静まり返った会議室だったが、その沈黙を裂くように統幕副長が問い掛けた。
「はい。沖縄近海の領海警備に廻していた、護衛艦『あさぎり』以下、『あぶくま』の二隻と、海保の巡視船五隻を、沖ノ鳥島近海に向かわせました。尚、先程、潜水艦『せとしお』にも、動員命令を下達しました。」
心配せずとも、抜け目はなかった。それを知り、統幕副長は前のめりになっていた体を、椅子に倒した。
「だが、動きとしては怪しいな。外務省を通じて一度は釘をさしておこう。」
駐在武官経験のある、陸将補の階級章を付けた陸上総隊副司令官は、そう口を開き、後ろに腰を降ろしていた三等陸佐の部下に、指示を出した。
それを聞き、その三等陸佐は一礼して会議室を後にする。
「問題は、『あすか』だな。輸送機テロの続きがあるなら、空母艦隊が大人しく『あすか』を関東近海まで、安全に航行させてくれるわけはないか。」
官邸に連絡を入れるため退室する佐官の背中を見送りつつ、東部方面総監はそう口を開いた。数人が同調の声をあげる。
「どちらにせよ、『あすか』の護衛には『ちょうかい』、『すずつき』、『さみだれ』の三隻を充てる予定にあります。しかし、場合によっては空自の支援を頂くかもしれません。」
護衛艦隊司令部の海将補は、計画書を見つつ、そう口を開いた。
「空自としては、新田原の305飛行隊と、百里の301は動かせる。」
彼の言葉を聞き、航空総隊司令官は即答した。
その内容に、後ろにいた空自要員らは、部隊運用をスムーズに行えるよう、数人が会議室を後にした。
「分かった。『あすか』の件は、三時間後の統合運用作戦会議の際に決心が出来るよう、各部で細部を詰めよう。」
後は、各部署に散り細部を練らなければならない。ここで話すことはなくなった。
そう感じた統幕副長はその言葉を絞らせた。会議室の高級幹部ら全員が、その言葉に頷いて返す。
「よし。事後の行動に掛かれ。」
彼らの反応を見、統幕副長はそう言い、自身も、官邸で任務にあたっている統幕長に定時報告をするため、会議室を出た。
「十二ヘリ隊長通達。練馬駐屯地グラウンドを、航空機臨時整備地とする要請来ました。」
「市ヶ谷通達。戦没者の遺体安置後方施設開設に向け、設備等の整備要請です。」
受話器や、無線機を片手に隊員達はその内容を書き殴る。練馬駐屯地の本部隊舎内に置かれた臨時指揮所では、その場の全員が動いていた。各地から休まることなく連絡が届き、指揮所内は仕事が追いついていなかった。その中、
「葉山一尉!飯山三佐です。」
その場を統括していた葉山に、飯山を呼びに来た一尉が声を掛けた。忙しく陸曹らと打ち合わせをしていたが、その声に葉山は手を挙げて応え、廊下に出てきた。
「お忙しいところ、申し訳ありません。業務隊の葉山一尉です。」
飯山を見るなり、葉山は頭を下げ、そう挨拶をした。それを見、
「お若いですね。」
思わず素の感想を飯山は言ってしまった。何故ならば葉山の姿は20代後半だったからであった。その言葉に葉山は軽く頭を下げつつ、
「一般大の院卒で、27歳です。」
そう返した。優秀なんだな。飯山はそう感じたが、不信感がよぎった。この年齢で経験値の隊員に指揮所の統括を任せるのか。その考えから眉をひそませる。そして、
「業務隊長はどちらに?」
そう問い掛ける。葉山はその質問に顔を渋らせた。
「はい。業務隊長は立川に支援に行っています。他の幹部も前線の方へ支援に・・・。そのため、練馬は自分が指揮を執っています。」
葉山は声を小さくしつつ、そう返答した。その内容に飯山は思わず絶句する。
「まてまて。じゃあ、練馬の責任者はお前か?一体どういうことだ。市ヶ谷は何をしている!」
今の状況を聞き、呆れつつ飯山は噛みついた。しかし、葉山はその反応に困っていた。それを見、飯山は眉を歪ませた。その様子に呼びに来た一尉が、
「三佐。落ち着いて聞いてください。神奈川県沿岸部に展開していた第二戦闘団は、生物の火力攻撃によって全滅。沿岸部には巨大なクレーターが出来ました。生物は上陸し内陸部を進行中です。」
冷静な表情で、そう説明をしてきた。しかし、その内容は飯山がすぐに理解出来るものではかった。
「現在、化学攻撃を模索中です。官邸から至急連絡をするよう通達が来ました。対応をお願いします。」
頭の整理が追いつかない中、葉山が続けるように口を開いた。飯山は一分ほど固まっていたが、立て直し、
「状況は理解出来た。通常兵器が生物に叶わないことは分かっていた。しかし、この現状はなんだ?」
第七艦隊壊滅に続く衝撃に、心を落ち着けつつも、飯山は指揮所を見つつそう問い掛けた。指揮所で勤務する八割の陸曹は、その肩章が予備自衛官のものであったからだった。
「はい。第二戦闘団全滅に続き、前線に幹部が足りないということで、支援というより異動になっています。業務隊長は立川の第一科長に上番しました。他の幹部や、予備自の幹部も市ヶ谷に朝霞と、各地に引っ張りだこです。自分と、隣の一尉にも朝霞の司令部付隊に向かうよう、先程通達が来ました。そのため、後任を曹長にお願いしようとしていた所です。」
苦しい声になりつつ、葉山はそう答えた。それを聞き、飯山は言葉を失う。しかし、この状況を傍観している訳にはいかない。一人の佐官としてこの現場は見過ごせなかった。
「官邸に連絡はする。しかし、練馬を予備自の曹長に任せるわけにはいかないだろ。」
葉山と、もう一人の一尉に対し飯山はそう吐き捨て、指揮所内の受話器を手に取った。
(総監部市丸二曹。)
呼び出し音が流れ二回、まだ若い男性の声が飯山の耳に飛び込んできた。
「練馬飯山三佐。人事責任者に繋いでくれ。」
人差し指を机にトントンと叩きながら、飯山はそう口を開いた。お待ちくださいという返事の後に待機音が流れる。それから一分弱、
(はい。総監人事倉本一佐。)
今度は野太い、貫録のある声が飯山の耳をざわつかせた。一回呼吸をし、
「練馬飯山三佐です。練馬業務隊の葉山一尉の、朝霞司令部付隊異動に関し、撤回をお願いします。もし、一尉が異動になれば、練馬の指揮は予備自の曹長が執る事になります。」
当然の意見具申だ。情報が行き渡っていないだけの事故だ。そう思いつつ飯山は意見した。しかし、
(通達は出てる。無理だ。君、三佐と言ったか?君が執ればいいじゃないか。いや、君、所属どこ?空いてるなら武山に行ってくれ。通達出すぞ。)
飯山の意に反した答えだった。それどころか、それ以上の怒りを覚える内容に、飯山は絶句した。
「自分は統合作戦本部の指揮下で動いています。総監部の人事では動かせません!それよりも!練馬を予備自の曹長に任せることに何も思われないのですか!」
思わず、飯山はそう叱咤した。だが、倉本と名乗った人事担当者は気にする素振りを見せず、
(それなら仕方ないか。ん?練馬か。今はただの中継地だ。陸曹でも仕事は出来る。予備自でもな。定年退職者なら問題はない。階級に問題があるなら曹長から幹部に昇進も可能だ。それよりもだ。前線に幹部がいない。それの方が問題だ。諦めろ。)
その回答を最後に、倉本は電話を切った。飯山は肩を落としつつ受話器を置く。それを見、
「最前線では、三曹が小隊長をしているとまでと聞いています。幹部の人手不足は深刻なんです。仕方ありません。」
自分のために動いてくれた。その思いを噛みしめつつ、葉山はそう口を開いた。それを聞き、飯山は拳を机に打ち付ける。その言動に、数人の陸曹が動きを止める。
「人員削減を限界までしてきたツケか・・・。」
飯山は小さく吐き捨てた。練馬はこれ以上どうしようもない。そう言い聞かせ、再び受話器を手に取り、官邸に繋いだ。
市ヶ谷に、ヘリのローター音が響き渡る。AH1S対戦車ヘリが防衛省本省を旋回していた。その他にも、その敷地内を囲むように、自衛隊車両が警備にあたっていた。
省内では、ドーランを顔に塗ったフル装備の普通科隊員が走り抜け、その様相は戦地と化していた。その中、地下の統合作戦本部では焦燥感にかられた高級幹部らが、会議室にて熱論を繰り広げていた。
「生物は五里山に向け、依然進行中です。都心に進路がないだけ助かりましたが、官邸より被害を出さない進行阻止命令が来ています。」
刻々と変わる状況。生物を後方から追跡しているUH1からのライブ映像を見ながら、官邸担当の二佐が口を開いた。それを聞き、数人が唸る声が聞こえる。
「しかし、沿岸で受けた被害を見た後では・・・。」
「被害は甚大です。鎌倉に置いた総合戦闘団司令部は無事でしたが、第一戦闘団に命令下達をしても、動ける者はいないでしょう。いや、第一、クレーターを作る程の威力を見せられた後では、命令を出せない。」
後ろ向きだが、現実をついた意見が飛び交う。高級幹部らは完全に弱腰になっていた。
「通常兵器では歯が立たないことは良く分かっただろ。米軍が使ったカドミウム弾は、どうなってる?技術供与を受けたんじゃないのか?」
その中、海幕副長が口を開いた。米軍頼りの計画に、期待をする者は誰一人としておらず、忘れ去られていた計画だった。しかし、今の状況に注目せざるをえず、数人から声が漏れた。
「はい。技研からの最終報で、呉のドックにて試験艦『あすか』への搭載が完了したとのことです。攻撃システムは以前から改修が進んでいた、国産の艦対地ミサイルシステムを流用する予定でしたが、米軍から供与されたミサイルとの互換性に異常が確認され、依然調整中です。」
海幕副長の問いに、一等海佐の階級章を付けた佐官が答えた。彼は技研出向組で、今回初めてこの会議室に姿を見せた。しかし、彼の回答に高級幹部らは唸ってしまった。
小笠原と、相模湾での作戦に投入が出来なかった経緯を初めて知ったからだった。
「しかし、何故いままで黙っていた?」
技研出向の一等海佐の説明に違和感を覚えた、陸幕副長が眉をひそめつつ問い掛けた。状況を逐一報告していれば、もしかすると解決の糸口が見えたかもしれなかったからだった。
「はい。米国からの口止めがありました。米国としては、今回のミサイルを同盟国に販売する目的で、マルチな使用方法で軍に導入出来ることを売り文句にしていました。今回導入されたミサイルも同様でした。しかし結果としては、システムの互換性に問題があり、米国としてはこれを公にして欲しくないとのことでした。」
手元の書類を見ながら、技研の一等海佐はそう返した。それを聞き、高級幹部からは溜息が漏れた。
「馬鹿が。それだけのために多くの隊員が死んだんだぞ。」
米国の行き過ぎた自国主義。それを実害として被ることになった自衛隊の実情を、彼らは身を持って知ることとなった。苦虫を噛み潰したような表情で、東部方面総監は、そう吐き捨てた。
「しかし、裏を返せば他国に真似が出来ないほど、今回のミサイルシステムは精巧だと言うことだろ。」
東部方面総監の言葉に、航空総隊の副司令官がそう返した。
しかし、その言葉には嫌味が含まれているようだった。
確かに、他国に真似が出来ないシステムを開発したということは称賛に値した。しかし、それは同時に、他国には使用しづらく共有が出来ないことを意味していた。
つまりは、多国籍軍の一員として国際的なオペレーションに参加するこれからの防衛指針に反するものを、自衛隊が導入していたことを意味していた。
鵜の中の蛙。ガラパゴス携帯を生み出した国だからこその特異な技術進歩。
集団的自衛権の行使容認に続き、防衛装備移転三原則を閣議決定したのにも関わらずの結果に、数人がそれを察し、乾いた笑いを見せた。
「とりあえずだ。生物は進行中、山間部を目指しているから、経済的損失は少なく見積もられる。今、部隊を動かした所で有効な攻撃手段がないことには費用対効果はない。静観するしかないと、私は思う。」
余談に走る前に、統幕副長が話を戻す意味も込めてそう口を開いた。雑談に走りそうになっていた幹部らも、それを聞き口を噤む。
「私も同意見です。カドミウム弾の実装が終了しないことには立案すらも出来ないと考えます。」
今は何も出来ない。悔しいが仕方がない。その現状に表情を硬くしつつ、海幕長はそう返した。その言葉に、周囲の高級幹部らは頷いて見せる。
「技研としては、どのくらいで終わるんだ?」
技研からの報告書。それを通読しつつ、統幕副長は問い掛けた。
「先程入った通達で、現在、最終調整試験を実施中で、あと6時間ほど頂ければドックを出れるとのことです。」
片手程のメモ用紙を手渡された技研の一等海佐は、内容を見ながら返した。その内容に、会議室の面々はほぼ同時に、自身の腕時計に目を移した。
「午前2時か。」
時計を見つつ、海将補の階級章を付けた自衛艦隊司令部の幕僚は唸りつつ、口を開いた。
それを聞き、海幕長も、
「深夜の出港、航行は危険です。」
首を傾けながら、渋った声をあげた。
「隊員の安全を言ってる場合か!今は有事だぞ!」
海自の、異常なまでの弱腰に陸幕の佐官は、思わずそう叱咤した。しかし、
「そういうことではない。」
海幕長を擁護するように、海幕副長が不定的な声をあげた。そして、
「現在、沖ノ鳥島沖合の公海上で、中国海軍の遼寧以下、駆逐艦五隻、補給艦一隻が遠洋航海訓練中なんだ。」
口元を歪ませつつ、海幕副長はそう続けた。その内容に、会議室の面々からは声が漏れた。
「定時報告にないぞ。何故そんな重大事項を!」
報告の遅れ。憤りを感じた陸幕副長は叱咤した。だが、
「元々は、レイテ沖にいた!しかし、生物が本土に近付くにつれて、空母艦隊も近付いてきた!沖ノ鳥島沖合に到達した旨の報告は十分前に来たばかりだ!」
怒りを隠しつつ、海幕副長はそう返した。陸幕副長は口を噤んだ。
「警戒は?」
一瞬、静まり返った会議室だったが、その沈黙を裂くように統幕副長が問い掛けた。
「はい。沖縄近海の領海警備に廻していた、護衛艦『あさぎり』以下、『あぶくま』の二隻と、海保の巡視船五隻を、沖ノ鳥島近海に向かわせました。尚、先程、潜水艦『せとしお』にも、動員命令を下達しました。」
心配せずとも、抜け目はなかった。それを知り、統幕副長は前のめりになっていた体を、椅子に倒した。
「だが、動きとしては怪しいな。外務省を通じて一度は釘をさしておこう。」
駐在武官経験のある、陸将補の階級章を付けた陸上総隊副司令官は、そう口を開き、後ろに腰を降ろしていた三等陸佐の部下に、指示を出した。
それを聞き、その三等陸佐は一礼して会議室を後にする。
「問題は、『あすか』だな。輸送機テロの続きがあるなら、空母艦隊が大人しく『あすか』を関東近海まで、安全に航行させてくれるわけはないか。」
官邸に連絡を入れるため退室する佐官の背中を見送りつつ、東部方面総監はそう口を開いた。数人が同調の声をあげる。
「どちらにせよ、『あすか』の護衛には『ちょうかい』、『すずつき』、『さみだれ』の三隻を充てる予定にあります。しかし、場合によっては空自の支援を頂くかもしれません。」
護衛艦隊司令部の海将補は、計画書を見つつ、そう口を開いた。
「空自としては、新田原の305飛行隊と、百里の301は動かせる。」
彼の言葉を聞き、航空総隊司令官は即答した。
その内容に、後ろにいた空自要員らは、部隊運用をスムーズに行えるよう、数人が会議室を後にした。
「分かった。『あすか』の件は、三時間後の統合運用作戦会議の際に決心が出来るよう、各部で細部を詰めよう。」
後は、各部署に散り細部を練らなければならない。ここで話すことはなくなった。
そう感じた統幕副長はその言葉を絞らせた。会議室の高級幹部ら全員が、その言葉に頷いて返す。
「よし。事後の行動に掛かれ。」
彼らの反応を見、統幕副長はそう言い、自身も、官邸で任務にあたっている統幕長に定時報告をするため、会議室を出た。
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※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち
半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。
最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。
本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。
第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。
どうぞ、お楽しみください。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
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当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
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