巨大生物現出災害事案

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言い訳

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「すぐに運航許可は出せない。」

海上自衛隊厚木基地司令の言葉に、飯山ら三人は思わず唸ってしまった。

彼らは、試験艦『あすか』に搭載されているアメリカ製のカドミウム弾を調べるため、厚木基地のヘリを使い、『あすか』まで向かおうと訪れていた。

しかし、厚木基地に到着した時には既に、中国戦闘機と護衛艦隊は戦闘状態に突入していた。
そのため、安易にその空域にヘリを飛ばすことは出来ず、その現場責任者である厚木基地司令は、慎重な決断を出さざるを得なかったのである。

「ですが、すぐにでもミサイル一発あたりのカドミウム搭載量を実際に乗艦し、調べなければ!」

生物は東京を蹂躙する事になる。亀山教授は途中まで口は開いたものの、その先は言わなかった。
しかし、司令官室にいた誰もがその続きを脳裏で呟いた。こうしている間にも生物は一歩ずつ確実に東京へ進んでいる。その焦りが亀山の発言を生んだ。

「しかし、敵戦闘機が滞空している以上、ヘリを飛ばし、尚且つ艦への着艦を行おうなど自殺行為に等しい・・・。」

後ろ頭を掻きつつ、元ファイターパイロットである中村一尉はそう口を開いた。

「イージス艦がいるんでしょう?前ニュースで見ましたよ!イージス艦は凄い船だと!それでもダメなんですか!」

亀山教授は食い下がって見せた。何としてもヘリを飛ばしてくれなければ状況が前に進まないからだった。しかし、自衛官らの反応は変わらなかった。
飯山も今回ばかりは打つ手がないといった表情を見せていた。

「とりあえず、該当空域の安全が確保されない限りヘリは飛ばせません。空自の戦闘機が護衛に付いていれば別ですが、この度の戦闘では戦闘機は飛ばせない。総理からの通達がそう来ています。隊員の命と民間人である貴方の命、それが保障されない状況下での飛行許可は、責任者としては出せない。」

沈黙が室内を包む中、厚木基地司令は最終的な結論としてそう言い切った。飯山はそれを聞き、険しい表情になりつつも頷いて見せた。

「着艦する前に撃墜される可能性しかありませんからね・・・。」

渋った顔で中村は厚木基地司令の決断を擁護した。確かに、目的の船に辿り着く前に死んでは本末転倒であり、それを未然に防ぐ手段は、ヘリを飛ばさないの一択しかなかった。

それを段々と理解し始めた亀山教授は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ舌打ちをした。

打つ手はないのか・・・。

解決策を導き出すため亀山は、ポケットから手帳とボールペンを取り出し、アイディアを書き殴ろうとした。その時、基地司令が発した民間人の命という言葉。その一言に引っ掛かる何かを感じた。

そしてある案が、脳裏に浮かび口を開いた。

「確認なんですが、戦闘海域の周辺には各国の潜水艦がいて、見物している。そうでしたよね?」

すっと手を低くあげながら、そう周りに問い掛けた。突拍子のない問いに、自衛官らは眉をひそめた。
国際的な援助を求めるつもりなのか。自衛官らはそう予想した。

「はい。イギリスを始め、オーストラリアなど、複数国の潜水艦が確認されています。しかし、亀山さん。今更、国際的な救援を求めても無理ですよ、安保理も中露がいる時点で使い物にならない。第一、アメリカも今の状況じゃ・・・、」

中村はその考えだと思い、先に否定に走った。だが、亀山は表情を変えず、

「違うんです。それじゃありません。」

その一言で返した。周囲の予想が外れ、自衛官らはますます意味が分からなくなっていた。
何を考えているんだ。その言葉が脳裏に浮かぶ。その中、亀山は自身のプランの説明に入った。

「国際緊急無線でも何でもいいです。その周囲の方が聞けるもので。それで、このヘリには民間人が乗っている事。それを流しながら向かうんです。」

少し笑みを浮かべながら、亀山はそう提案してきた。だが、その案は自衛官達が到底受け入れられるものではなかった。予想外且つ有り得ない話。司令室にいた幕僚の一人は、鼻で笑ってしまっていた。
飯山も、思わずの提案に呆れて頭を抱える仕草を見せる。

「わざわざ、ここにいますと自分から宣伝するようなもんですよ。真っ先に的になりますよ。」

飯山は溜息交じりにそう反論した。だが、中村はただ一人亀山に同調の姿勢を見せた。

「いえ、いけるかもですよ。」

その中村の発言に、周囲は耳を疑うような素振りを見せる。

「中村、お前マジか。敵に撃ってくださいと言ってるようなもんだろ。」

飯山は思わずそう返したが、

「今回の戦闘は、先の輸送機テロとは訳が違います。中国海軍の花形艦隊が出向いてきている。つまりはテロリストがやったことだと国をあげて言えない状況です。天地がひっくり返っても正規軍だと世界は認識していると思います。その中で、民間人が乗っていると主張している機体を撃墜することは、まず出来ないと考えます。」

案の本筋。それを理解した中村が説明する。亀山はそれを聞きつつその通りだと深く頷く。

周囲の自衛官はその内容を聞き、返答に詰まった。

「賭けになるな・・・。」

様々な考え、思いがその案に対し交錯する中、基地司令はそう呟いた。

「黙って飛ぶより、マシになります。」

その呟きを聞き、中村は押して見せた。周囲の目線が基地司令に向けられる。だが、

「誤射。と言う言い訳も中国側は出来るんじゃないか?戦闘中だし。」

幕僚の一人が、そう指摘してきた。基地司令はそれを聞き、眉をひそめる。

「民間人が乗ってるヘリをわざわざ誤射しますか?仮に誤射したと言っても国際的批判は半端なものでは済まないと思います。」

「今現在、戦闘行為を吹っ掛けてきている時点で国際非難も何もないだろ。気にしないと思うぞ。」

「今は正規軍同士且つ、限定的な戦闘で留まっているから、各国の反応も薄いんですよ。民間人主張の案は、有力で賭ける価値はあると考えます。」

その一言から、幕僚ら基地の自衛官らは議論に入ったが、正規軍且つ、限定的な戦闘だからという発言を最後に、全員が口を噤んだ。理由は、全員が中国とインド国境で度々生起している戦闘を連想したからだった。2020年6月には、両国間の戦闘で死傷者が発生したが国際的にはさして大きな問題には発展しなかった。そのため、今回の戦闘も、国際的に見れば小規模な紛争に過ぎず、戦闘馴れしていない自衛隊だからこその価値観、考え方になっていると全員が思うに至っていた。

「確かに、中国とインドの武力衝突の際に、民間人を乗せていると主張しているインド側のトラックが通ったら、中国側は撃っただろうか・・・。」

比べるのはまた別の問題かもしれない前提ではあったが、幕僚の一人がそう呟いた。それを聞いた基地司令は、大きく息を吐き出した。

そして、

「戦闘行為には関わりがない人道的輸送任務を命令する。作戦使用機には、人道輸送だと分かるようマーキングを行え。また、運航計画の策定。これを速やかに実施。掛かれ。」

厚木基地司令は決断し、その命令を言い放った。それを聞き、幕僚ら、基地要員は一礼して、司令室を後にする。

「感謝します。」

基地要員が退室した後、飯山と中村は基地司令に深く頭を下げた。

「安全に任務を完遂出来る。その見込みが生まれたからですよ。私が命令を下す基準は変わっていません。画期的な案を出した亀山さんのお蔭です。」

自身の椅子にゆっくりと腰を掛けつつ、基地司令はそう返した。

それを聞き、亀山は照れながらも軽く頭を下げて見せた。

「では、自分達も準備がありますので、失礼します。」

そのやり取りが終わったのを確認し、飯山は短く基地司令にそう告げ、3人は静かに退室していった。










 日曜日の午後3時。本当であれば子供達の元気な声が響いている時間帯だ。しかし、今は無人となった住宅街は、不気味な様相を醸し出していた。その中を、巨大生物は大きな2足の足で破壊しながら進んでいた。まるで、人間の作り出した思い出も消し去るように、瓦礫に変えて・・・。

(目標は、さいたま市西区に進入。進路速度変わらず。送れ。)

憎悪に満ちたその顔と巨体。恐怖しつつも、OH1観測ヘリのパイロットは、生物の後方、その上空から定時報告を入れた。





 「目標、作戦区域内に進入。荒川混成団、配置完了。射撃指示を待っています。」

荒川の河川敷に展開している対戦車部隊。首都圏進入を阻止すべく急ごしらえで編成された隊。

それを統括する指揮所にて、二等陸佐の階級章を付けた佐官が混成団長である一等陸佐に口を開いた。

一等陸佐の混成団長は額に汗を流しつつ、砂盤を眺めている。こんな作戦など無茶だ。その言葉が彼の脳裏にはあった。特科、機甲科、海自のSSM、空自の爆撃等の統合作戦ですら意味を成さないと知った今、ゲリラ攻撃のような対戦車火器を掻き集めた今回の作戦には何の意味があるのか。混成団長を拝命した彼は、歯がゆさから体中を掻きむしりたい衝動にかられていた。

所詮は、何もせず首都圏へ入れたくない市ヶ谷の見栄に付き合わされているだけ。百も承知だった。そのような作戦に部下を危険な目に遭わせなければならないことに、混成団長は申し訳なさを合わせて感じていた。色々な思いが巡っていたが、命令を下さなければならない時が来たと悟った。

指揮所内の全員が命令を待っている状況。周囲を見渡し、彼は、重いその口を開いた。

「目標、巨大生物脚部。混成団はこれより、対戦車火器の火力により、巨大生物の進行、これを阻止又は足止めを図る。射撃を開始。」

目の前に腰を降ろしている作戦幕僚らに対し、そう命令を下す。

それを聞き、指揮所内は一気に慌ただしくなった。




 (目標巨大生物脚部。中多、重MAT、01、指命。)

混成団長の命令。それは荒川の河川敷や、その周辺に展開している射撃部隊にすぐさま伝達された。

それを受け、命令を行動で移すべく、隊員らが慣れた手つきで操作を始める。


(目標巨大生物脚部。中多、重MAT、01、指命。)

(中多。目標管理番号11、12、斉射。指命。)

その中、河川敷の草原に停車している中距離多目的誘導弾、通称中多に具体的な射撃命令が届いた。

陸上自衛隊の保有する高機動車をベースに改良されたその車体には、後部に誘導弾六発が装填されており、射撃員は目標を確認、射撃装置に指を掛けるだけの状態に整えた。

(導通点検よし。重MAT目標確認。用意良し!)

(01。目標確認。直射。良し!)

それから数秒、他の火器も全て準備良しの報告が入った。直後、

(全火器撃てっ!)

指揮所から勢いのある声で射撃命令が届いた。射手は反射的に引き金を弾く。同時に鈍い発射音と同時に、全火器が火を吹いた。誘導弾が真っすぐ巨大生物の両足に向け飛行を始める。

荒川の周辺から50発以上が一斉に放たれ、弾頭は間もなく着弾した。爆発炎が巨大生物の足を包む。しかし、生物はそれに反応することなく歩を進め続けた。

(生物に効果無し!01及び中多、陣地変換!重MAT各砲は現在地にて次弾装填。射撃を継続!)

きな臭い火薬の臭いと、発射炎が周囲をまだ包む中、引き続きの命令が届く。

それを聞き、01式軽対戦車誘導弾を持つ射手は、素早い動きで空になった発射筒を投棄。切り離し式の誘導装置と次弾が入っている発射筒を持ち、その場から走り去る。

(重MATは01の陣地変換を継続射にて支援せよ。)

その間にも、重MATには断続的に命令が通達されていた。そのため、要員は手を休めることなく、射撃を継続していた。

(00。こちら三班。残弾3。補給要請!)

(観測手。目標に変化なし。攻撃目標の変更を具申!)

(00!こちら七班!残弾無し!重MATの補給!これを要請する!)

各所から白煙をあげ、次々と放たれる誘導弾。隊員達は奔走していた。それを表すかの如く、無線は入り乱れていた。指揮所テント内で調整を行う陸曹や幹部も、立て続けに止まる事のない要請や具申、報告に右往左往していた。

しかし、全ての報告に共通しているのは生物に攻撃の効果はないということであった。

「観測手より、攻撃目標の変換。これの意見具申がきています。」

その中、作戦幕僚の一人が、陸曹から受け取った片手程のメモ誌を見つつ混成団長に問い掛けた。

だが、

「変更はしない。脚部に攻撃、火力を集中!作戦区域外に目標が出るまで射撃を継続しろ。」

考えることなく、混成団長は即答した。倒すことは無理だと理解していたからだ。あくまでも、我々は市ヶ谷が派遣した言い訳部隊。自衛隊は出来る事はしました。それが言えればいいだけだからだ。

そのためには進行を阻止することを示す脚部に砲火を集中し、それらしく官邸に示す必要がある。その考えからだった。

それから間もなく、

「目標!作戦区域外に出ました!」

観測手から報告を受けた一等陸尉がその報告をあげてきた。それを聞き、

「我の被害は?」

短く問い掛けた。それに対し、

「現在集約中ですが、被害は今のところ報告ありません。」

少し陸曹らと打ち合わせをした後、三等陸佐の佐官がそう口を開いた。

それを聞き、混成団長は軽く頷く。そして、

「状況終了。指揮所の物品等は機密扱いを除き残置。現在地はまだ危険なため、速やかに撤収する。攻撃部隊にも速やかに安全区域への撤退を通達。」

とんだアピール作戦になったな。

混成団長はそう命令した後、深い溜息をつき、指揮所テントを後にした。

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