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初夏の涼風の章

今日の茉莉花堂は(その二)

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「プリシラ嬢でしたら、こちらとこちらのドレスが室内用にお勧めですね」

 言いながらメルが取り出したのは、片方は古の大帝国時代にとても流行ったことでそう呼ばれているエンパイア・スタイルのドレスだった。エンパイア・スタイルは胸のすぐ下でウエストが絞られて、すとんとしたボリュームが控えめのスカートが特徴の、ゆったりとしていながら上品なシルエットのドレスだ。
 草木染めで優しいピンク色をした薄手の生地でできているため、とても見た目に涼しげだし、ぷっくりと小さく膨らんだ半袖も可愛らしい。
 
 もう一着は、ローウエストで小さめの白いセーラーカラーの、紺色と白の縞模様が鮮やかなワンピースドレス。
 今日のメルがセーラーカラーのドレスだからというわけでもないが、夏にはやはり海を連想させてくれるセーラーカラーのドレスが涼しげに見えると思う。
 上質の綿でできたそのワンピースドレスには、白いタイと赤いリボンも付属していて、どちらでも好きな方を気分で胸元に飾れるようになっている。もちろん、あえてタイやリボンを付けない着こなしも有りだ。


 タイプの異なる二つのドレスを見て、ミウシアは目を輝かせながらどちらがよりプリシラに合うかと、この上なく楽しく悩み始める。

 その様子を微笑ましく見ていたメルをちょいちょいとつっついて、メアリーベルがこっちもアドバイスをお願い、という目で見上げてくる。

「ねぇねぇ、メルお姉さん、私のほうはここまで決まったのだけど、手に持たせる小物と帽子をどうしようってしているところなの、この腰がぷっくり膨らんだバックスタイルが華やかなドレスには何が合うのかしら?」
「なるほど、バッスル・スタイルのドレスですね。そうですね、このドレスですとお帽子は小さめの、ヘアピンで止めておくようなこういう帽子になりますね。とくにお勧めは麦わらの素材に布の造花を飾ったこのあたりでしょうか」
 いくつか、メアリーベルのドールであるレナーテイアに合うサイズの帽子を出して見せてみる。この華やかなスタイルのドレスに大きな帽子を合わせるのはくどくなりすぎてしまうので、小さくまとまった、頭頂部にちょこんとのせるような帽子がとても合うのだ。
「それと手に持つ小物ですね。これはなんといっても日傘ですね。こちらのドレスのお色ですと、白レースのものはもちろん、黒レースの日傘も合いますよ。茉莉花堂の日傘はどれも柄に紐がついていて、手首にかけられるようになっております。あと他に合うものは……そうですね、こちらの薄手のショールも素敵ですよ」

「うわぁぁ……どうしよう、メルお姉さんのおすすめするの、みーんな可愛い……うぅ、どうしようかな……今日は、そんなにはご予算ないですよって言われているのに……ううぅ……」

 男爵令嬢メアリーベルもまた悩み始めてしまう。
 彼女たちがお茶とお菓子を食べれるのは、まだまだ先になりそうだ。

 と、そのとき、思案顔でうつむいていたミウシアとメアリーベルがほぼ同時に顔をあげた。
「ねぇねぇ、ママぁ」
「ねぇねぇ、おかあさまぁ」
 二人がほとんど同時にそれぞれの保護者に向かって甘えた声をだす。
 だが
「駄目ですわよ」
「駄目ですからね」

 ……彼女たちのおねだり攻撃はいきなり失敗したようである。
 これはまだもうしばらくは、時間がかかりそうだ。



 サマープディングと冷たいお茶をおかわりして、ファイデア子爵夫人自身も自分のドール用の買い物をすませて、二組の貴族母娘は選びぬいた沢山の品物を抱えてほくほく顔で店を後にする。
 もちろん、また来ますからね、というお言葉付きだ。


 馬車ががらがらと音を立てて走り去っていく姿をメルが見送っていると、店の奥のカーテンをやや乱暴に開けてシャイトが姿を見せた。

「やれやれ、ようやく帰ったか。こっちは風もまともに通らない場所だから、暑くて作業もはかどらなかったよ」
「シャイト先生もおつかれさま、冷たいお茶飲む?」
「飲む、多めに注いでくれ」
「はいはい。それにしてもシャイト先生、夏ぐらいはあんな風が通らない場所じゃなくて、お店のカウンターの方で作業してもいいんじゃないかな。きっと作業光景を見たがるお客様も居るだろうし――」
「断る、俺のドールドレスは売り物だが、俺の作業は見世物じゃあないんだ。それに何より、気が散ってしょうがなし、お前みたいに愛想ふりまいたりもできないよ」
 メルはお茶を注ぎながら小さくため息をつく。
 この茉莉花堂の店主であり、メルのドールドレス作りの師匠でもあるシャイト・ラシャはよく言えば職人気質であり、悪く言えば人嫌いで自分の作品のことしか考えられないわがままな性質なのだった。

 本当、これでよく私弟子入りできたよね……というか、あの時命を助けて貰えたよね……。
 シャイトとはじめて出会ったときのことを思い返しながら、メルはサマープディングをお皿に盛り付け、さらに生クリームとベリーソースをかける。
 あの、月も星も無い雨の夜、メルはシャイトに救われた。
 その恩はいまでも忘れないし、生涯忘れることもないだろうし、なによりシャイトはメルの師匠なのだが、もう少しちゃんとした大人らしくして欲しいと思うのは仕方のないことだろう。あまりにもあんまりすぎるのだ、シャイトの性格は。

「それにしても、今日はあれか、あいつらは来ないのか?」
「今日の予約はファイデア子爵夫人とご令嬢、それにベルグラード男爵夫人とそのご令嬢だけよ?」
 そのメルの言葉に、シャイトは首の代わりに手に持った冷たい紅茶のはいった茶器を振りながら言う。

「そうじゃない、そっちじゃなくてだな、あいつらだよ。そっくり双子と――それに白薔薇の貴公子……名前はジルセウス・リンクス・リヴェルテイアだったかな」

 不意打ちで恋人の名前を出されたメルは、思わずサマープディングの皿をシャイトに差し出したまま固まってしまった。


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