魔法戦士 トイ・ドールズ

森原明

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1 異世界からの侵略

シーン7 うめの木市 うめの木学園

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「・・・優子、それ…切り離したの?」


 教室に入ってきた優子を見掛けた広美は、挨拶を交わすと同時にいつもとは違う彼女のカバンに目をやった。

 昨日の夕方見た時は大きなペンギンのぬいぐるみの一部のようにくっついていたはずの、リスのぬいぐるみが優子の肩に背負っているカバンのポケットからひょっこりと顔を出しているのを見つけたからだ。
 広美は、寝不足そうな顔をしている優子の様子よりも新入りのぬいぐるみの方が気になったようである。


「・・・え?あ、うん。ま、まあね・・・」

 優子が寝不足なのは期末テストのために勉強していたからではない。
リュックのポケットから顔を出しているぬいぐるみ。
コイツとの絡みであまり眠れなかったからだ。



「ボクと契約して、魔法戦士になってよ」



 理由も解らないまま、いきなりそんな事言われてもOK 出来るわけはない。
第一、戦うということは少なくとも命を掛ける事になる、という事になる。

…いや、それよりもなによりも。
なぜコイツは自分を選んだのか…。
一応理由は聞いてはいるのだが、彼女はそれに納得できているわけではなかった。





「そう言えば自己紹介がまだだったね。
ボクの名前はピクセリオン・フォン・デビュリュート。こう見えてもあちらの世界じゃあ魔道士としてちょっとは知られた人間なんだ」

 なんか妙に自慢げにそんな事言うぬいぐるみに、ますます不信感をつのらせた優子には相手の言葉が頭の中に入る余裕などあるはずがない。


「ぴくせりおんのでびゅーとん???」
「ピクセリオン・フォン・デビュリュート!ピクセリオンって呼んで・・・」
「長いからピック。ピックでいいじゃん」

 鼻っから相手の名前なんか覚える気がさらさら無い彼女は、有名な魔道士を名乗る相手の名前を即座に短縮してしまった。


「ピックアップ(拾った)っていう意味と上手く重なるし、私もその方が呼びやすいし」

「・・・なるほど…って、納得すると思うのかい?仮にもそこらの国のお抱え魔道士よりは優秀なボクを……」
「仮にそうだとしても・・・
私から見れば今のアンタはただのリスのぬいぐるみでしか無いんだけど?」

自分の勉強机 ーー親のパソコン用デスクのお下がりを使っているーー からB5サイズくらいのミラースタンドをひょいと掴んだ優子は、ピクセリオンを名乗ったぬいぐるみの魔道士様の前に立てかけた。



「あう・・・わ、分かっちゃいたけど……」

 自らの姿を目の当たりにされて、ピクセリオンは頭を抱えた。


「我ながら、情けない・・・」

本人にそんなつもりは無いだろうが、姿が姿なのでそんな仕草が哀れみの度合いを増しているのだった。



「…ねえ?」

 その姿に少しだけ安心感を抱いたのか、優子はピクセリオンに顔を近づけて話しだした。
その彼女の瞳には興味心が溢れているのが落ち込んだ精神不安定気味な自称魔道士にもよく分かる。


「…そもそも、どうしてそんな姿になってるの?
魔道士っていうんならお得意の魔法とかで、もう少し違う姿が選べたんじゃない?」



「・・・・・まあ、色々事情があったんだ。何も好き好んでぬいぐるみを憑代よりしろにするつもりなんて無かったんだけど。
向こうの世界からこちらに来るまでに色々あって激しく魔力を消費しちゃってさ・・・」

「憑代ってことは…その体はあなたそのものじゃないってこと?」

「そういう事に詳しいのかい?随分理解が早いみたいだけど」

 この話を始めてから益々目の輝きが増した優子にちょっと苦笑いしながらも、ピクセリオンは話を続けた。


「こちらの世界では向こうの人間はそのままの姿でいると、あっという間に身体が石化して動けなくなってしまうんだ。だから触媒を用意してから来るのが正しいんだけど、何しろ時間が無かったから・・・」
「どうして石化するの?」

 異世界からの訪問者に出会える機会なんて、早々あるものじゃない。
そう顔にはっきり書いてあるくらい前のめりに食いついた優子がその先を話すように促してくる。


「…こちらの世界は、向こうでは現実世界夢を創る場所って言われてる。
ボクのいた世界…つまり向こうの世界は、キミ達人間が想い描く “夢” によって成り立っている世界なんだ」

「いわゆるファンタジー世界ってやつかしらね?」
「・・・めちゃくちゃ飲み込みが早いなぁ!早すぎて調子が狂っちゃいそうだ」
「だって、そういうの大好物なんだもん」


ふうぅ・・・と深い溜め息をついたあと、ピクセリオンは話をさらに続ける。


「…だから夢の世界の住人であるボク等は現実世界では夢の力をほとんど摂取出来なくなって活動が出来なくなっちゃう訳だけど……」
「…宇宙で人間が酸素摂取出来なくなって死んじゃうのと似ているわね、それ」

「・・・ま、まあ、そんなところ、かな?理解が早くて助かり過ぎるなぁ…」


「そんな連中がこの世界に来る目的って・・・」



 夢を接種することで生きる異次元人……
その ”夢” を創り出しているこの世界で望むことがあるとすれば・・・。
 優子の頭にひとつの答えが浮かんだ。


「・・・つまり、連中は夢を生み出すこの世界を牛耳って、自分達の都合のいいようにしたい…ってこと?」

「その通り。だからキミ達を排除したり抹殺したりするわけではなくて、家畜のように管理、コントロールしょうと企んでるのさ」

「・・・で。
それを何らかの方法で "偶然、もしくは唐突に” 知ってしまったアナタは、何の準備もできないままこの世界へやって来た…逃げ込んできた、ということかしらね?」


 少し意地悪そうに口元を歪ませながらふふん!と鼻で笑った優子にピクセリオンは再び頭を抱え込み


「仕方ないじゃないかぁ!ほぼ決定に近い状況で、議会でそんな事言われたら普通は賛成するしか無いんだから!」
「それをアナタは反対して、いわゆる反対勢力として何かしらの粛清を受ける羽目になっちゃった…というところかしら?
案外異世界でもお決まりのパターンってあてはまるものなのね~」

 呆れ顔で頭をコリコリ掻いた優子を見て、命からがら必死で逃げてきた当の魔道士はイラッとした。


「・・・な~んか、そこまで理解されてると嬉しいってよりも腹が立つ・・・
まあ、実際ほとんどその通りなんだけどさ」

「・・・バカね~。その場はやり過ごして準備すればよかったじゃない」

「そんな簡単じゃないんだ。議会の前には必ず聖書に手を当てて誓いを立てるんだけど、嘘をついたらすぐにバレてしまうんだから」
「・・・そんなところまでお約束なんだね~…」

 魔道士が本番よろしくジェスチャーでそんな仕草をするのを見た優子は半分呆れるような口調でそう言った。



「キミ・・・もしかして、キミ以外も、この世界の人間はそんな感じで異世界のことを把握してるのかい?なんかあまり詳しい説明とかしてないのに・・・」

「う~ん・・・そういう訳でもないっていうか……。
この世界じゃ、いわゆる娯楽でアニメとか映画とかドラマとかが色々なジャンルで作製されててね。
そういうものが好きな人は意外といるってい言うか、何と言うか・・・オタク文化ってやつ?
だからそういうのに耐性がある人はそれなりにいると思うなぁ・・・」

「その…さっきから言ってるアニメって一体・・・」

このピクセリオンの何気ない質問のせいで、二人は寝不足が確定することになる。



「・・・ピックも見てみる?
ちょうど今夜から新作カットを加えたものの配信が始まるんだ~♪」

 優子は新たにアニメ仲間を増やし引き込む…布教チャンスとばかりに、異世界の大魔道士に自分のお気に入りアニメを見せ始める。


「い、いや、ボクは、そんな・・・」

 初めはそんなつもりまではなかったピックも、小さなスマホ画面の中で展開されるドラマ性の高いアニメを見ているうちにすっかり引き込まれ・・・


「凄いんだね…絵がこんなになめらかに動いて、しかも生きてるみたいだ…」


 こんな感想を素直に言うピックに、優子が得意気にならないはずもなく。



・・・こうして二人のアニメ鑑賞会はこの後暫く続くのだった。







「で?勉強の成果は出たのかね?藤原優子くん」

一時限目のテストが終わった後、明が優子の肩をぽむっと叩きながら爽やかに聞いてくる。


(・・・こんにゃろ。爽やかな顔しちゃって・・・さては出来が良かったなぁ?!)

 昨日の広美のヤマが当たっていたこともあり、思いの外テストの問題は解ったから良かったものの…寝不足であんまり爽やかな状態ではない優子にしてみれば余裕が溢れてる明が羨ましくなってくる。


「・・・あら?そのお様子だと明様は出来がよろしかったんですのネ?」

妙な敬語、というよりはお嬢様風口調を真似た広美が明の背後で腕を組みながら微笑みながら問いかける。


「あっはっは☆任せ給え広美クン。私に解けないテストの問題など存在しないのだよ」
「広美のヤマが大当たりだったからってだけでしょう?昨日3人で勉強した時はからっきしダメだったじゃん?」

 図星を突かれてぐっ!と体を捩らせた明は再び空笑いしながら天井を仰ぐ。

そんな時だった。




 この教室の全員のスマホから一斉にけたたましいアラート音が発せられ、教室いっぱいに響き渡った。



    
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