治癒師くんと殿下の話

すずしな

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その治癒師の名は…

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「殿下、またサボりに来たんですか」




ここはアロゼタ大陸にあるハイドナタータ国。四季があり山や海もある豊かな国。
ハイドナタータ城がある城下町で治癒師として生活しているハイネは今日も公務をサボりにきたリンデル殿下に呆れていた。

「少しでもハイネと一緒にいたくてね」
「あっそ。俺は仕事中なんだが?」

殿下をあしらう男の名はハイネ。淡いオレンジ色の髪と左右で違う色をした特徴的な瞳、城下町で祖母が暮らしていた家を改修し治癒師として一人暮らしている。
治癒師とは魔法師の中でも生命を生かす事に特化した魔法師のことで、魔力量が多ければ多いほど向いている職である。魔力に優れている家系の出で特に多くの魔力を所持しているハイネは治癒魔法を極めた。極めたと言ってもちょっとの怪我には魔法を使わずお手製の塗り薬やガーゼで手当する。所謂頼れるお医者さん枠である。
ハイネにあしらわれた黒髪の男の名はリンデル。ここハイドナタータを治める王の長男である。国を愛し国民を愛しそしてハイネも愛する。よく公務を抜け出してはハイネの店にやってきて仕事をするハイネを眺めている。
「今日もハイネは美しいね。早く私のものになればいいのに」
リンデルはそう呟くとハイネの腰に手を回しぐっと引き寄せる。そしてそのままハイネの背中にあるコルセット紐を解こうとする。
「あぁ、ハイネ、キミの魅力を引き出すその紐を解いてもいいかい?キミに直接触れたい」
紐の隙間から指を差し入れ素肌に触れる。ハイネの服は正面から見ると普通のノースリーブに見えるが後ろは大胆に開いている。紐を全て解いてしまえば背中を覆うものは何もない。
「手を入れるな、まだ仕事中だ。んっ…、おいやめろって」
身を捩りリンデルの手から逃げようとするが更に引き寄せられてしまう。
「いいじゃないか。久々にキミに会えたのだから少しぐらい触れたっていいだろう」
「…殿下?あー…その…口で良ければシてやれるが…?」
久々に会うの言葉に色々と察したハイネは視線を合わせ小さく口を開き舌を覗かせるとその舌はリンデルの唇によって塞がれ吸われた。
「んんっ…!」
じゅぱじゅぱと音を立てて吸われ嬲られる。逃げるハイネの舌を逃がすまいと追いかけ絡めて深く吸われる。
「はっ…ん、でん…っ!」
舌を吸われ口内を荒らされハイネはビクビクと震え始める。足に力は入らずリンデルに凭れかかってなんとか立っている状態。
「震える身体もその蕩けた顔も何もかもが美しいね。今すぐにでもキミの奥まで食べてしまいたいがそれはまた今度にしよう」
力の抜けたハイネを支え作業場の椅子にそっと座らせ軽く口づけする。そして、コーヒーを淹れてこようとキッチンの方へ向かっていく。


「で、今日はなんの用ですか殿下。ただサボりに来ただけじゃないでしょう」
リンデルの淹れたコーヒーを飲みながらハイネが問う。
「言っただろう?ハイネに会いに来たと。書類仕事は息が詰まってしまうよ」
「リンデル」
茶化すような言いぶりのリンデルにハイネが呼ぶ。普段は「殿下」と敬称で呼ぶが真意を聞きたい時などはこうやって名を呼ぶとこがある。それはリンデルにとって殿下という肩書きからただ一人の「リンデル」になる時でもある。
「…父が近いうち次の国王を決める。まだ降りる訳じゃないが決めるのは早い方がいいだろうって。メアもラケルも優秀だが二人は座に座らないって言い出して…」
「そうか…」
「だがそうなってしまったら私は…俺はキミ一人を愛するわけにはいかなくなってしまう。ここに来れなくなってしまう。それを考えたら…」
俯き沈むリンデルの姿にハイネは近づきそっと頭を抱き寄せ宥めるように背中を軽く叩く。暫くそのまま時間だけがゆっくりと過ぎていく。
「良いことじゃないか。お前が王になればまだまだこの国は安泰だ。そもそも王の息子であるお前が護衛も付けずにここに来るほうが色々問題だったんだ」
「だが私はキミを、ハイネを愛している。だから…」
「リンデル。ちゃんと考えろ。この国の将来だ。国を守るのがお前の仕事だろ、俺の存在がお前の足枷になるのならこの国から出て行く。…お前に守られなくても生きていける」
「私はっ…」
リンデルが言葉を発する前に店の扉がドンドンドンと激しく叩かれる。ハイネが扉を開けると街の男が一人慌てた様子で入ってきた。
「先生っ忙しいところすまねぇ!3番通りの資材置き場が崩れちまって何人か怪我したんだ。でかい怪我負ったやつもいて俺達じゃ対処しきれねぇ」
「わかった、3番通りだな。準備してすぐ行く」
「助かる!俺は先に戻ってる」
男はハイネの返事を聞くと急いで来た道を走って行く。
ハイネも急いで準備に取り掛かる。治癒術を使えば手っ取り早いが軽いケガには使わないし治癒術も万能では無いから薬品は沢山あって損はない。
カバンにあれこれ詰めて扉に向かうとリンデルに引き止められた。
「待ってハイネ!その格好で行くのかい?上に何か羽織り給え」
「手当てするんだ、身動き軽い方がいい」
「ダメだ。いいかいキミのその格好は情操教育に良くない」
「…本当は?」
「…………キミのその姿を見ていいのは私だけ」
「ふはっなんだそれ」
近くにあった丈の短い上着を羽織り、リンデルに口付ける。
「そもそも俺はお前の前でしかこの格好にならないが?ほら行くぞ」
「ハイネ~~~!」
先に行くハイネと戸締りをちゃんとして追いかけるリンデル。どっちが家主だ。
「あ、ハイネ!その上着結局背中見えてるじゃないか!」




3番通りに着くと辺りは木材やペンキ、ネジなど色々なものが転がっている。砂埃や砂利に混じって血の跡がありケガをした人たちもちらほら見える。
「うっわ、だいぶ派手に崩れたな…何してたんだ?」
「おぉハイネ先生!わざわざすまんな。最近資材置き場でちびっこ共が遊び場にしていてな。危ないから注意はしていたんだがこの通り見事に崩しちまってなぁ」
「あーなんかトワが言ってたな。なるほどね、で、怪我人は?怪我してないやつ早く帰れ~」
ぐるりと辺りを見渡すと大人たちに付き添われ泣きながらも手当てを受けている子供たちの姿が見える。
「ハイネ、こちらだ」
先に様子を見て回ってたリンデルがハイネの腕を掴み誘導する先には腕にざっくりぱっくりと裂けた傷を負った子と資材が強く落ちてきたであろう変色した足首をした子がいた。ぐすぐすと泣きながら痛いと言い続けている。
「これまた酷いな。お前たちトワのところの子だろ。ここに来ちゃいけないって言われなかったか?」
傷口を見てお手製の消毒液を容赦なくかける。同時にわっと響き渡る子供たちの泣き声にリンデルが慌てる。
「ハ、ハイネ…痛々しい怪我をしてるし子供だ…さすがにそれは」
「殿下は黙っててください」
食い気味に返事をされ、つい引き下がってしまう。付き添っていた女性にも、ここ(城下町)ではいつものことですよとニコニコしながら言われてしまいリンデルは見てるだけになった。
「ハイネ先生~痛い~!!」
「痛くしてるからな。なんでダメって言われたのにここで遊んだんだ」
「だって~っみんなでかくれんぼするのに…ここがよかったの~!」
資材置き場故、影になる場所は多く子供たちにとっては最高の遊び場になっていた。遊んではいけないなるべく近づかないようにと再三注意されても遊んでしまうやんちゃ盛りの子供たち。今回の件でここは危ないと身を以て経験した子供たちは今後ここで遊ぶことは無いだろう…きっと。
「お前たちが怪我をして悲しむのはトワだぞ。あいつのことだ、また泣いてしまうがいいのか」
「よくない~!!!」
「ごめんなさい~~~~っ!」
「もう危ないことはしないな?」
「う”ん”!!!」
べしょべしょに泣きながらここにはいない自分たちの先生に謝る子供たちを見て、今回はまぁいかあとはトワの仕事だな。と判断すると傷口に手を翳す。
「”ネーベル”」
ハイネが言葉を紡ぐと淡く青い光が手のひらを中心にふわりと出てくる。光は傷口を覆い弾けるように消えた。
「次こんなことしたらもっと痛い消毒かけてそのまま縫うからな」
そしてちゃんと釘を刺しておくのも忘れない。
「ハイネありがとうね。あとは私らがやるから大丈夫だよ」
礼を言う女性は子供たちを引き受けると手を引き人が多いところへ戻って行った。恐らく皆まとめて家に送るのだろう。

他に怪我人がいないかぐるっと見て周り、もう大丈夫だとのことでハイネ達は店に戻ることにした。帰り道でハイネはふと思い出したかのようにリンデルに聞く。
「すぐに城に戻るか?城の治癒師から注文書を受け取りに行きたいんだが」
「そうなのか?私が受け取って明日届けようか?」
リンデルの帰る家は残念ながらハイネのところではないので、自分が受け取りまた会いに来る口実にしようとしている。そんな思惑をお見通しなハイネは大きな溜息をつくとじとっと軽く睨むような目で見つめる。
「…まだ一緒にいたい、と言っているんだが。ふー、殿下にその気がないようでしたら明日届けて頂いてもよろしいでしょうか」
公務をサボって店に来るリンデルのことを毎回嗜めたりしているが、会いに来てくれることは嫌いではないし会えることに喜びもしている。本人には決して言わないが。
「~っ!ハイネ!もちろんだ、一緒に城へ行こう!」
貴重なハイネからのデレにご機嫌なリンデルはハイネの腕を掴み歩き出す。
「なぁ、ハイネ。私はいつかこの国の王になる。でもそれは今じゃない、まだ…時間はあるんだ。だから一緒に居られるように考えよう」
今、キミと居られることはとても幸福で一番大切なことなんだ。
リンデルは国の民を愛している、そして誰よりもこの治癒師ハイネを愛している。
「そうだ、城に来るなら夕食でもどうだい」
「はいはい、お付き合いしますよ」
握られた腕をそっと外し手を重ねる。重ねられらた手は互いの手を優しく握り合い夕暮れの道をゆっくり歩き出す。

「あ、背中のヒモも解いていいかい?」
「ふふっどうしようかな~」

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