ブレイクソード

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七十一話 八咫烏

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二人と旅を始めてから一年が経った。世界樹の根はもう目の前というところまで来ている。今いるところは観光名所としても名高いワールド・シードという名前の街だ。



ここは世界樹の根もとに街を作っていて、壮大な世界樹を見上げることができる。また恩恵も凄まじく、長寿の水や長期保存食になる木の実が遥か上空から落ちてくる。これに当たって死んだ人間はいるとかいないとか。



「やっとここまで来ましたね」隣にいるのは一年間共に過ごしてきたレーネとフィーレだ。前までは頼りの無い顔だったが、今では頼もしいと思える顔になっている。



「もう少しで終わりですね」悲しそうにフィーレが呟いた。



「仕方が無いことですよ。町に入って準備をしましょう」フィーレを励ますようにテンションを上げて町に入る。観光の地ということもあって誰でもすぐに入れる。門も無いし、警備する人間も居ない。



それもそうだろう。ここは世界の端っこ。こんなところに来る人間なんて限られている。よっぽどの金持ちか、腕の立つ人間くらいだろう。こんなところに住んでいる人間も強いから犯罪も起きないらしい。




「それではいつもの時間に三日後、広場で会いましょう」俺たちが旅をする間に決めていたことがいくつかある。出発の時間は同じにすること。集合場所は分かりやすいところにすること。寝床は分けること。



一つ目は簡単な話だな。時間がルーズになると進行状況がぶれてしまう。それを防止するために設けられた決まりだ。



二つ目を分かりやすい。町なんかに泊まったときは迷うことが多い。だからあらかじめわかりやすいところにする。ギルドだったり、大通りに面した広場だったりな。



三つ目は二人を安心させるためだな。知らない人間といきなり寝てくれなんて慣れている人間でも嫌がる。変なストレスを与えて進めなくなるのも避けておきたかったからこれを作った。俺はロリコンじゃないが、一応のためだ。



「今日空いてますか?」二人と別れた後、俺は速攻で宿を探した。観光しに来る人間も少ないから空いているとは思うがいつもの癖で探してしまう。



「空いてますよ。それでは代金をいただきます」フロントで金を渡して鍵を貰う。この瞬間から気分はお休みモードだ。



「今日は久しぶりにベッドで寝れる」部屋に着いた俺は体を伸ばしてベッドに飛び込む。ここ最近は野宿ばっかりで体の節々が悲鳴を上げている。二人に一級品のテントを貸しているのもあるだろうが、一番は船に乗っている時間が長かったからだろう。



急ぎだったとはいえ、最低品質の船に乗ったのが間違いだった。船は少しの波で大きく揺れるし、酷いときは空を飛ぶ。だからまともに寝れたものじゃないし、船酔いも当然する。それが今になって響いてくるとは,,,



今思い返してみるといろんなことがあったな。二つ名に戦闘を仕掛けたり、二人を守るために三日間拷問されたり。ここでは語れない位の思い出がある。それでもブレイクとの思い出には勝てないな。あいつと旅をしていたのが一番心地よかったし頼もしかった。



初めからブレイクと出会えていれば俺も腐らないで生きて行けたかもしれないな。グロリア王国に居る家族と和解できたかもしれないし。



,,,グロリア王国で思い出した。あいつ国家転覆罪の疑いがあって指名手配されているんだった。元気にしているかな。最近は張り紙も張られていないからもう捕まって処刑されてんのかな。



流石にそれは無いか。ブレイクが捕まるのなんてあり得ないし捕まっても実力を見極める人間が引き留めるはずだ。そう信じておこう。あいつに追いつくためにも俺もできることはしておかないと。



「だるいが今日もやるか」懐から一枚の札を取り出して召喚の準備をする。これは大和国出身の旅人から貰ったものだ。なんでも大神を召喚できる人間は山予告では式神使いとして敬われているとか何とかで、役に立てればと。



一回も成功したことは無いが、毎日鍛錬をすることに意味があると思ってやっている。使い方があっているのかどうかも分からないがファントもこうやって召喚したんだ。あってるだろ。



「いつもとは違うことを考えるか」普段は俺の能力を補えるように魔法を使えるような神が欲しいと思っていたんだが、今日は俺の能力を底上げできる神を考えるか。



瞬発力とか、純粋なパワーでも底上げできるような神が欲しいな。姿はこの際どうでもいいや。まじで何か出てきてください。ほんとに報われたいんです。こんな感じのこと思っておけば優しい神様が来てくれるだろう。



「大神召喚!」言葉を発した瞬間からだが凄まじい虚脱感に襲われた。この感じは力を吸われている!どうにか遮断しなければ。札もいつもと違って煌びやかな赤色になって光っている。なんなんだ?成功したのか,,,?



視界がグルんと周り、真っ暗になった。気絶しているの様な感じでもなくて何もない空間に入ったような感じだ。意識だけがあって、それ以外は何もないみたいな。



「我を呼ぼうとしたのは汝か?」暗闇の空間に現れたのは三本の足に太陽の様な輝きを持った烏だった。



「そうだ」ここで嘘を吐いたって何もいいことはない。それにこいつの素性も何もわからない。変に濁したりするのはやめておこう。相手の土俵だしな。



「面白いことを言うな。なら試練を踏破してみよ」烏が羽を広げると辺りが照らされていく。目の前には石で造られたゴーレムが佇んでいた。なるほど。これを壊せば終わりってことか。



「簡単だな。餓狼!」



「汝の純粋な力が知りたい。姑息な真似は禁じさせてもらう」烏が鳴くと餓狼はおろか、全てのスキルが使えなくなってしまった。剣もまともに無いのにどう戦えってんだ。



「ちっ!様子見に移るか」乾いた地面を蹴ってゴーレムから距離を取る。よく見てみると砂漠の様な地形になっている。気を抜けば足が取られそうだ。



弱点はどこだ。攻撃が通りそうな部位はどこだ。離れた場所に依然佇んでいるゴーレムをよく観察する。今までスキルに頼っていた分、目が疲れる。



「,,,」ごおぉぉぉんん!!



「!?」何が起きたのかわからなかった。気が付けば俺は空中に浮かんでいて、ゴーレムは腕を振り上げていた。



どさりと鈍い音を立てて俺は地面に倒れた。体中に激痛が走る。恐らくは全身のあらゆる箇所の骨が折れているか亀裂が入っている。死んでもおかしくない傷だが、死んでいない。恐らくはあの烏が死なないように空間を操っているのだろう。



「よくわかったな。諦めるか?」心の声まで読めるのかよ。なら言わなくても分かるよな?



「やはり,,,面白いな」体の傷が癒えていくのが分かる。これで俺は何度でも立ち上がれる。何度でも立ち向かえる。何度でも戦える。この空間で恐れるものは何も無い。



「真っ向勝負!」観察していても埒が明かない。何故ならどの部位に攻撃してもたいしてダメージの量が変わらないからだ。関節の様な部位は小さな石と粘土の様なもので構成されていて、自由自在な動きを実現している。他の部位は平らな面で硬さは変わらない。



要は殴らないと分からないってことだ。剣も無いし信じられるのは己の肉体だけになっている。



「っ!」綺麗な右ストレートを決めたが、予想していた通り硬い。難なく弾かれてしまった。



「,,,」腕が,,,



「!?」また俺は空中に吹き飛ばされていた。でも今回は何もわからなかったわけじゃない。攻撃する時に腕を伸縮させて攻撃している。それにさえ反応できれば攻撃を続けられる。



「まだまだ。勝負は始まったばかりだろ!」今度は地面を思いっきり蹴り上げ、腕が届かなさそうな頭部に攻撃を仕掛ける。ここなら腕が来ても自分を殴るだけだろ。



「,,,」どごおおぉぉぉぉんん!!!



「!!??」は?何が起きた?俺は意味が分からないまま地面に倒れた。傷はすぐに癒えるが、状況を理解するには時間が必要だ。



ゴーレムの頭が体に格納されている,,,だと,,,圧倒的な奇抜な発想に度肝を抜かれた。ゴーレムは腕が短いだとか、自分は攻撃できないだとかの固定概念に囚われ過ぎていた。この物語は自由だった。



「かかかっ。まだ戦うのか?」俺のことを嘲笑うように烏が聞いてくる。ここで逃げたらあいつに顔向けできないだろ。



「当たり前だっ!」地面を抉るように蹴り上げる。力が伝わらない?そんなの無理やり伝えりゃいいんだよ!攻撃が効かなかったら効くまで攻撃すればいい。そうやって俺は生きてきたんだ。こんなことで折れてたまるかよ。



「はぁぁっ!」弧を描くように足を振り上げ宙に浮く。サマーソルトをゴーレムの戻った頭に向かってぶち当てる。肉が潰れる音が聞こえたが関係ない。今集中しなければいけないのはこの後の攻撃をどう回避するかだ。



「,,,」やはり回避できない。



「なるほどな」空中にまた吹き飛ばされた俺はこいつの攻撃の仕方を完全に理解した。腕の関節を圧縮させて攻撃を繰り出している。だから溜めの時間がある。とはいってもその時間は刹那に等しいし、回避するのは至難の業だろう。



「だからって諦めるなんてことはしないがな」体に付いた砂をはたき落とし、攻撃の態勢を取る。頭、胴ときたら次は足を攻撃しよう。核もどこにあるか分からないし当たって砕けることしかできない。救いなのは何度だって挑戦ができる場所だ。



その後何度も俺は攻撃しては負けてを繰り返した。地面に倒れるたびに俺の弱さに付け入るように烏が『諦めろ』言ってきた。だけどあの頃の弱い俺じゃない。だから勇気を出して弱さを振り払う。



「やっとここまで来たぞ」幾億という敗北を超えて俺はゴーレムの核をむき出しにすることに成功した。後は核を攻撃して終わりだ。



そう、後は核に攻撃をするだけ,,,なのに振り上げた拳は振り下ろせないでいる。さっきまで死闘を繰り広げていた敵なのに今は愛着というか、敬意を抱いている。この状態でとどめを刺すのは俺が許さない。



「烏、試練はやめる。強くしてくれた奴と別れたくないからな」羽ばたいて上から見下ろしていた烏に告げる。こんなに強くなれたんだ。神まで欲しいなんて言ったら強欲も強欲だ。



「どこまでも面白い人間だ。我の名は八咫烏。いつでも召喚してくれ」空間がみるみるうち歪んでいく。どうやら試練には合格したようだ。気が付けば俺は宿屋のベッドの上に居て二人が俺のことを見ていた。どうやら俺は初めて約束を破ったようだ。
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