ブレイクソード

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九十話 昔話

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夢への第一歩、魔法大学校の一次選考合格通知を両親に目の前で破られて、魔法研究の趣味も全否定。狭い鳥かごの中を飛び出して世界に飛び立ち、数年の歳月を経て身籠ってまた、鳥かごの中に戻って子を育てた女の人の話。



まぁそれが俺の母親。どれだけ理不尽なことがあっても笑顔を絶やさなかった母を俺は尊敬していた。だからどんなことがあっても泣かないって決めていた。でも世界は運命と言わんばかりの現実を叩きつけてきた。



「赤髪が来たぞ!」「相変わらず汚いわ!」「近づいたらゾンビになるぞ!」俺は小さい頃いじめられていた。それも町単位で。外に出れば石を投げられ、家に居れば窓や壁を壊される。いじめの理由はただただ気に喰わなかった、ということらしい。



正確には神聖な赤い髪を持った人間が粗暴な行動をしているのが嫌だったから、らしい。両親は茶髪だったし隔世遺伝で俺の髪が赤くなっていた。そのことを知ったのは祖父と会ってからだった。



両親に迷惑をかけたくなかった俺は七歳で外に出ては傷を負い、転々と動いていた。治りもしない傷に、満たされることのない空腹。そして何よりも孤独に俺は絶望していた。



そんな中で唯一の希望だったのは幼馴染のブランだった。彼女だけは分け隔て無く俺に優しく接してくれた。



でも俺に優しく接してくれた彼女にもいじめの被害が出るようになった。だから俺は言ってはいけないことを言ってしまった。彼女を自分から遠ざけるように。



「お前の顔なんて見たくない。どっか行け」と。俺の言葉を聞いた彼女の悲しそうな顔。そして何も言わずに去り際に見せた涙。俺の心はまた深く抉れた。



あの時は何が正解だったのかもわからない。周りが全てが悪に、敵に見えた。そうして俺は時間が経つごとに荒れていった。



そんな中俺に転機が舞い降りた。いつもの様にいじめられていた俺。だが、普段とは状況が違った。誰も来ないような深い路地裏に声も響かないコンクリートの壁。それにいじめてきた三人。



いつもの様に殴られて、血を流していた。右ストレートを喰らい地面に倒れ込んだ時、手元に何か、鋭い、悪意の塊のようなものがあった。



誰かが落とした、恐らくは冒険者が落とした使い捨てのナイフ。この時に俺の中の何かが暴れだした。なんてことは無く、刃毀れもしていた汚いナイフでは何も変えられなかった。



本当に変えてくれたのは隠居していた祖父だった。祖父は偉大な人物で世界中を回り旅をして、地図を描いた人だった。今まで隠れていた理由は地図を描いていたかららしくて、本当はすぐにでも来たかったというのを実際に聞いた。



その時はなんで地図を描くのを止めて来てくれなかったんだよと思ったが、現金な俺は完成した地図を貰った瞬間にそんなことはどうでもよくなった。



それからは祖父が暮らしていた郊外の方に移って生活をした。今までとは考えられない位に落ち着いた生活に初めの方は困惑いたが、次第に慣れていった。それと同時に今まで俺が生きてきたのは本当に狭い世界だったんだと実感させてくれた。



「ブレイク、剣に興味はあるか?」同じ家に暮らす様になって数年が経って、街でのことを忘れかけていた時に祖父に聞かれた。



「うん!」俺が元気に返事をすると祖父は笑って魔法で隠された部屋に案内してくれた。その部屋には溢れんばかりの金銀財宝、武器に防具。そして祖父が半生以上の年月をかけて書いたであろう地図が部屋中に走っていた。



その時に俺は雷に打たれたような衝撃を受けた。俺の家族にはここまで凄い人がいたんだと。そしてこの出来事以上に衝撃的な発言を聞いた。



「わしはもう長くない。最後にこれを見せたかった。俺の夢を」と。その満足した横顔を見たときに俺は泣いた。悲しいからとかそんな感情では無くて、憧れを俺が目指すべき人物像を目の前にしたからだ。



「夢は綺麗で美しいだろう?それにはな、たくさんの辛い思いと涙が詰まっているからじゃ」笑顔で頭を撫でてくれた赤髪の祖父のその言葉に俺はまた心を掴まれて泣いた。



「これをブレイクに託す。名前は無い。自分に自信が持てたときに名を付けてやってくれ」そうして渡されたのは俺の身長よりも高い大剣だった。金属特有の光沢があり、刀身には反射して俺が写っていた。



「あとはこれを。わしがまで書けていない場所があったら足しといてくれ。」渡された大きな紙を広げると、世界中のことが書かれて地図だった。



町の名前やどのような地形なのか。複数枚の地図で構成された三次元的なそれは俺の心を大きく惹きつけた。



隠し部屋に案内されて三日が経ったときに、祖父は安らかにこの世を去った。葬式とか大きいことをしたかったけど、遺書にブレイクだけで穏やかに終わらせてくれと書いてあったので、俺が一人で終わらせた。俺に残されたのは身の丈に合わない大きな家と、大剣。そして祖父が愛した世界の地図だった。



遺書の裏面に部屋に入りたかったら入ってみなという挑戦的な文が書かれていた。最後まで遊び心を忘れない人だ。俺も初めの頃は開けようと躍起になっていたが、段々とその意欲は風化していった。



だけど、別の意欲が俺の中で大きくなっていった。町で俺のことをいじめてきた奴らを見返したい。両親の前では笑顔でいたい。



そう思った時にはもう行動していた。筋トレから初めて、体力をつけて、近くの森の中に入って自給自足の生活をしていた。慣れない狩りに料理に洗濯。今までやってきてもらったことがやるというのが難しくて初めは何度も何度も失敗した。



そんな過酷,,,までとは言わないが生活を送り始めて一年が経った頃、俺は大剣を持ち上げて振ることができた。ただそれだけの事。でも俺にはとても大きなことを成し遂げた感じだった。



大剣を振れるようになった俺は庭にあった訓練用のダミー人形をひたすら殴った。斬ったということは出来なかった。刃をまともに当てられないし、型も分からないから独学でただ地道に積み上げていった。



そこからまた月日が流れて、俺の背丈が大剣を越えた頃、町に被害をもたらしているモンスターがいるというのをブランから聞いた。彼女は俺に酷いことを言われても翌朝には気にもしていなかったようで、すぐに俺のことを探してくれていた。彼女の心の広さは海よりも広く、空の青よりも深かった。俺の居場所を見つけるのには随分と時間が掛かったようだが。



その話を聞いた俺は内心はざまぁみろとか思ったりもしたが、中には両親が生活をしていたから心配だった。そしてある感情が俺の中で芽生えた。



もし、そのモンスターを倒せたらみんなは俺のことを認めてくれるんじゃないかって。馬鹿な俺はまともな防具も着ないで大剣を一本だけ担いで出現したという森の奥に入っていった。



ここで俺は二回目の後悔をした。俺が到底勝てる相手じゃなかった。そもそも俺ごときが勝てる相手だったらとっくに討伐されている。



森の中に入って三日が経った頃に俺は情報と酷似したモンスターを見つけた。三メートルほどの体躯に凶悪な爪を持った前足。地面を抉る脚に、艶やかな毛皮に包まれた、熊を。



俺の本能は奴を見たときに警鐘を鳴らしまくっていた。早く逃げろ。死ぬぞと。だが俺の理性は本能に抗うように奴との対峙を選んだ。



震える手と足に力を入れて俺は大剣を振り下ろした。刹那、天地が逆転し俺は数十メートル後方に吹き飛ばされていた。



何が起きたかを理解するのに時間はいらなかった。圧倒的なまでの実力差。覆らない狩る者と狩られる者。ただの力も込めていない一撃で俺は戦闘不能状態に持って行かれた。



死を悟ったのはその時が初めてだった。目の前にいるのは絶対強者。いじめとは違い、殺すか殺されるかの世界。



もうだめだ。諦めかけたときに、熊の横から魔法が飛んできた。中級の魔法が十七連発。熊はそれに怯えたのか森の奥に走っていった。



何とか助かった。流れる血を止めるために服を破いて止血をしていると魔法使いが目の前にやってきた。魔法使いの正体は小さい頃から育ってきたブランだった。



「あんた死ぬ気!?いじめられて死んで満足なの!?」泣きながら俺は頬にビンタをされた。でも不思議と痛くは無くて温もりがあった。心の底からの言葉を始めてもらった気がした。



「ごめん」俺はただ謝ることしかできなかった。これが三度目の後悔。



「そう思うなら、見返してみて」彼女は泣きながらそう言ってその場から去った。



そこからは俺はどうすれば見返すことができるのだろうかを考えた。粗暴な行動を慎むということは不可能に近かった。理由は祖父の夢に魅せられてしまったからだ。



それなら人の役に立てる様な行いをすればいいんじゃないかって考えた。建築を手伝ったり、誰もやりたがらない泥臭い仕事でも率先してやるとか。



でも俺はそれでいいのかって思った。俺の生き方をなんで周りの関係のない奴らに決められなきゃいけないんだって。



絡まった思考に俺は泣きたくなった。何をすればいいのか、何が正しいのか。何が正義なのか。気づけば俺は空に助けてと書いていた。神なんか信じる暇なんてなかった。いるなら俺はこうも苦しんでいないから。



俺はひと月ほど悩んで自由に生きいることにした。親にも迷惑が掛かるかもしれないって思ったけど、どうでもよかった。ていうか二人とも強いからそんな心配はいらなかった。俺が戦った熊を殺したのは俺の両親だったから。この話を聞いたのは俺が町から出る直前に聞いた。もっと早く言ってくれと思った。そうしたら悩まなくて済んだからな。



そのあとはまた鍛えるために大剣を振って、肉を喰らって、汗を流して生活をした。ブランに言われたことが頭にこびりついて離れなかった。満足なのかって。満足してないから戦ったんだろって俺は思ったりもしていた。



でも正直な話をすると満足だった。誰からも攻撃されない安全圏で生きていれたから。でも彼女の言葉で俺は一気に引き戻された。



彼女の言うことにも一理あった。このままあいつらの思うつぼでいいのかって。だから俺はまた体を鍛えた。何が得意なのか不得意なのかもわからない、暗闇の中をただただがむしゃらに突っ走った。



無茶をして死にかけることもあった。俺を死の淵まで追いやって熊の後も崖から飛び降りたり、モンスターと戦闘を何度も休みなく繰り返したりして。いつか糧になると信じて。



そうしてまた月日が経って魔法を独学で扱えるようになった。祖父の家に魔導書があってそれを読んで上級までは使えるようになった。初めは魔力の流れなんか全く分からないし、発動させても飛んでいかなかったり、形が崩れたりして、不完全なものが多かった。



やっと魔法が様になって無詠唱もできるようになった頃にブランがいじめられているというのを両親から聞いた。このころから両親も俺とコンタクトを取るようになって話をしたりなんかした。



その話を聞いた時、俺の中で何かがちぎれる音がした。俺の希望を絶やそうとする、ごみクズが世界に存在していると知って。怒りで自我を失いそうになったが母が止めてくれたおかげで何とか冷静になれた。



俺は聞いた。何故ブランがいじめられているのかって。そしたらバカみたいな回答が返ってきた。「魔法の才能があるから」って。本当にふざけてるよな。才能の無い奴は黙ってればいいのにな。俺みたいに。



また俺の怒りは頂点に達した。今度は制止されても振り切って町に駆け出した。あの時の両親の顔を今でも覚えている。二人が爆笑している顔を。あの時の二人は俺が敗けると思っていたんだろう。でもその予想に反して俺は勝利を掴んだ。



それもそうだ。才能の無い奴がある奴を貶めるところで燻っているだけ。俺が敗けるはずが無かった。



町に入った俺はすぐに注目を集めることに成功した。数年単位で失踪していた俺が突然戻ってきたから。翌日には町の一番広い広場にいじめの主犯格が俺のことを呼び出してきた。



俺にとってはチャンスだった。何回もビビッて逃したこれをやっとつかめる時が来たんだって。



大剣を担いで現れた俺を見ていじめてきた奴らはすぐに魔法を撃ってきた。数年も前の俺ならビビッて逃げてやられていただろうけど、長い年月が俺の精神を強くしてくれていた。



「初級かよ。俺は独学で上級まで上がったぞ?」向こうが繰り出したのは炎魔法の下級であるファイアだった。それに対して俺は独学で習得したフレイム・ブラストで迎撃した。



この世界では努力すればだれでも超級までなら扱える。理由は最も効率的な魔力制御の確立と魔方陣による補助があるからだ。俺は魔法の才が本当に無かったから全て上級で止まってしまった。独学じゃなかったら、もっとうまくいったのかもしれないが、過去の話だからどうでもいいか。



圧倒的なまでの地力の差に向こうはやってはいけないことをした。そう、ブランを人質にとったのだ。それが俺の逆鱗に触れた。



「お前がブランの幼馴染だってことはいじめて知ってんだ!こいつがどうなってもいいのプギャ!?!?」人質にとった奴の言葉を俺は最後まで聞かないで顔面を殴った。今まで俺のことを見下してきた人間を殴ったのは何とも言えない感情を入れに植え付けてくれた。



「黙れ。俺はお前らを拒まない。だから俺の大切なものに手を出すな」地面に倒れた奴を巻き込んで俺は魔法を発動させた。あれが俺の魔法史の中で一番威力が高かったのかもしれない。即興のオリジナル魔法で、町の片隅は消し飛んだから。



魔法が発動した直後にキーンと耳鳴りがして、その後には土砂が降って魔法の中心地には大きなクレーターができた。いじめてきた奴らは生きていた。ブランが魔法で守ったのだ。



「なんで守ったんだよ?お前、アイツらに苦しめられて,,,」俺はなんで守ったのかを聞こうとしたが、拒絶するかのように俺はグーで殴られた。



「やり過ぎよ!それに同じ土俵に立った終わりでしょ!考えなしに行動しないで!」また、俺は殴られた。いじめてきた奴の殴打よりもブランのが一番効いた。



「ごめん」俺はまた謝ることしかできなかった。これで四度目の後悔。何も成長していない自分に一番腹が立った。後悔をするだけして、学習をすることができない。木偶の棒。愚か者。能無し。カス。クズ。心の中で俺は自分のことを罵倒しながら町を出ようとした。後ろから女の子が泣いているような気配があったが俺は振り向くことができなかった。



「こんなことが許されると思っているのか!」門をくぐろうとしたときに門番に道を塞がれた。



「じゃあこいつらの行いも許されないんじゃないのか!!」ギロリと門番を睨みつけ、いじめてきた奴らを指さした。



「そ、それとこれは話が違うだろう!」



「どう違うんだよ!」声を荒げて俺は門番に詰め寄った。俺は悪いことをしている自覚があった。それでもこうするしか道が無かった。俺はどうしようもない___



「だ、だから,,,」狼狽える門番に追い打ちをかけるように俺は大剣を構えて忠告をした。



「次に同じ様な事がこの町で起こしてみろ。地図から消してやる」俺はそう言い放って町から出た。あの時の俺は本気だった。それにあの程度でビビっている門番なんてたかが知れていた。



そして俺はまた祖父の家に引きこもって鍛えた。地図から消すというのをできるようにするために。魔法を独学で鍛えて、大剣もどの構えからでも攻撃できるように。魔法空間も自力で開発して、今まで取れなかった素材なんかも集めて、錬金術にも手を出した。



初めはポーションからの作成,,,ってい言いたいところだが、錬金術は本当に能力でしかなれない職業だから断念した。まぁ、バフアイテムとかは作れたりはしたんだが。



できることはなんでもした。この世界についての事象もまとめるようになった。何かの役に立つかもしれないと思って。何故ものが下に落ちるのか。魔力とはどういった存在なのか。もう哲学の分野にまで到達していた。



結果としては魔法の精度は上がったし、オリジナル魔法も応用が利くくらいには扱えるようになった。魔法空間の原理も理解したし、瞬時に取り出せるようになった。今でも俺の奥の手として活躍してくれている。



大剣も上手く使えるようになった後は、短剣や盾、弓なんかも使えるように練習をした。慣れない動きに体は悲鳴を上げていたが、休んでいる時間なんて無かった。俺みたいな落ちぶれた奴には努力しか解決してくれないと思っていたから。



そしてある程度の武器が扱えるようになったときに俺は街戻った。その時にはもう十五歳くらいになっていたかな。周りは俺の立ち振る舞いでもう勝てないと悟ってくれたのか、友好的に接してくれるようになった。



だから俺もそれに合わせるようにみんなの意見を聞いて行動した。友好的なら友好的に。敵対するならとことん敵対する。枯れかけた俺の自由を満たすのにはこの方法しかなかった。



「そのあとはこうやって仲間を集めて旅をしている。ざっくりと話すとこんな感じだな」俺の話が終わるころにはいつもの様な喧騒が戻っていた。



「俺の目的は自由に生きること。運命もそうなっているっぽいしな。こんな俺でもよければ一緒に来てくれ」俺はそう話を締めくくった。



「お前も、大変だったんだな」泣きながらベータは俺の方に腕を回してきた。こいつって情に脆いんだな。



「ブレイク、これから、よろしく」アミスは手を出して握手を求めてきた。本当に結成できるな。



これからどうなるかは分からないが、今までよりも楽しくなるんだろう。でも少しだけ寂しいな。過去が褪せていくのは。勝手に彩られていくものだと思っていたが、そうでもないようだ。今を___生きよう。



空のには深い青の晴天が広がっていた。
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