IDIOM.異世界の落ちこぼれ魔女は、現代でクーデレなエージェントに管理される

るりたては

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第2章 コカトリス

08. 追跡する二人

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「……はい。それでは、警察内部への根回しをよろしくお願いします。……はい、ありがとうございます。失礼します、宇奈月課長。」

黒薙は通話を着ると、寂れた田舎道に止めた車へと戻る。その車のすぐ横にはフェリエッタの姿もあったが、彼女の様子は少しおかしかった。

「うっ……げほっ。」

車の影にしゃがみこんでいるフェリエッタは、口元に手を当てながら、必死に吐き気を抑え込んでいる。

「少しは落ち着きましたでしょうか?」

「あぁ、はいぃ……。」

未だ具合が悪そうにこちらを見つめているフェリエッタに、黒薙は近くにあった自動販売機で購入したばかりの水を手渡す。

「飲料水です。どうぞ。」

「あ、ありがとうございます。……えーと――」

「黒薙です。」

ペットボトルを受け取ったフェリエッタが口ごもっているのを見て、黒薙は自分の名前を告げる。

「す、すいません……。」

「いえ、気にしていません。こちらこそ、特に説明をせずに無茶な運転に付き合わせてしまい、申し訳ございませんでした。」

「あ、あの……さっきの人たちって何者なんですか?」

フェリエッタは先ほどまで自分たちを追いかけていたサイレンの音を思い出しながら、黒薙に尋ねる。黒薙が彼女を一瞥して、静かに答える。

「彼らは、我々の世界の治安維持機関です。……ただ、私たちの事情を説明している時間は無いと判断したため逃亡しました。もう追ってくることはありません。」

「そ、そうだったんですね……。」

フェリエッタはペットボトルの蓋を必死に叩きながら、納得したように頷く。どれほど力を込めて引っ張っても開かない蓋に、不思議そうに眺めていた。

「……貸してください。」

黒薙は一言そう断ると、フェリエッタの手からペットボトルを取り上げる。手慣れた動作で蓋を回すと、彼女に返したのだった。



黒薙にペットボトルを開けてもらうと、フェリエッタは車の影に隠れるようにしゃがみ込み、ごくごくとおいしそうに水を飲む。

「ぷはっ、この水、おいしい。」

ペットボトルから顔を上げた彼女の視線が、次は背後にある自動車へと移る。

「それに、こんなに早く走る乗り物があることも驚きです。……私、本当に異世界に来たんだなぁ。すごいなぁ!」

次第に緊張が解けてきたフェリエッタは、改めてこの場所が“異世界”であることを実感していた。彼女はキョロキョロと楽しそうに辺りを見回していた。

――そんな彼女の姿を見た黒薙は、少しの不信感を抱く。

「どうして……そんなに平常心でいられるのでしょうか?」

黒薙から問いかけに、フェリエッタは不意を突かれたように顔を上げる。

「え……?」

「ご協力には感謝しています。しかし、あなたは別の世界に連れてこられたばかりなのですよ。この状況の異常さは分かるはずです。……怖くはないのですか?」

「そ、それは……、」

黒薙は冷静に言葉を続けていた。疑問を投げかける彼女の真剣な瞳を見て、フェリエッタは思わず視線をそらしてしまう。

「……ま、前から一応知ってたんです。異世界に行く魔法が昔にあったって。それで、もともと少し興味はあったから……的な?」

フェリエッタは手元にあるペットボトルを持ち直すと、彼女は指先で蓋の縁をなぞりながら、歯切れの悪い曖昧な口調で答える。

「……ただ、今は元の世界に戻る方が怖いです。」

最後に小さく呟いたフェリエッタは、静かに顔を伏せた。

『あんたには無理、そういう“運命”なのよ。』

彼女の脳裏には、ジョシアが冷笑を浮かべながら手紙を踏みつける姿がよぎる。彼女の声が、まるで現実のように耳に蘇る。

(……違う!……私だって、この世界でなら――)

フェリエッタの指先が無意識のうちに力が入ると、ペットボトルは僅かに音を立ててへこむ。真剣に何かを睨む彼女の姿を、黒薙は黙って見ていたのだった。



「……そ、そんなことより、今はコカトリスじゃないですか?早く追いかけないと、手遅れになっちゃいます!」

しばらくの沈黙の後、水を飲み終えたフェリエッタが勢いよく立ち上がった。彼女は空になったペットボトルを片手に、黒薙に詰め寄る。

「そうですね。体調はもう良いのでしょうか?」

「はい、ばっちりです!!」

黒薙の冷静な問いかけに、フェリエッタは元気いっぱいに腕を振り回しながら答える。その顔色には、先ほどのぐったりした様子は見られない。

「コカトリスが逃げたのって、この辺りなんですよね。」

「はい、コカトリスと思われる巨大生物の目撃情報は何件か報告されています。この地域で目撃されたのが、今のところ直近の情報です。」

黒薙は念のために携帯電話の通知を確認するが、新しい情報は届いていない。これ以上の情報をここで待っている時間は、残っていないだろう。

――笹平に残された猶予は、すでに1時間半ほどしかなかった。

「追いかけるにしても、何か手掛かりがあればいいんですけど……。」

腕を組んだフェリエッタは、眉をひそめながら周囲を確認するが、それらしきモノは見当たらない。考え込んでいる彼女を、冷たい木枯らしの風が襲う。

「うぅ~、さ、寒い……。」

フェリエッタはローブの裾を引き寄せて身体を丸めるが、魔法学園の制服では寒さを防ぐには少し心もとなかった。

「もう春なのに、こっちの世界ってすごく寒いんですね。」

「いえ。この世界では今の季節は冬になったばかりです。」

「え!?」

黒薙の淡々とした答えに、フェリエッタは驚いたように目を丸くする。彼女たちのいたアリスティア魔法学園では、すでに春の季節を迎えかけていたからだ。

「……そっか。世界そのものが違うんだから、季節も違ってもおかしくないんですね。それにしてもここまで寒いと、私、冬眠――」

納得したように頷いていたフェリエッタが、軽く冗談を言いかけた時だった。彼女は何かに気が付いたように、顔を明るくする。

「そうか、コカトリスは休眠してたんだ!」

フェリエッタが思い出していたのは、最初にコカトリスに襲われた旧校舎にある地下室の様子だった。あそこは異様な冷気に包まれており、真冬のように寒かった。

ヘビと鶏の両方の特性を持ったキメラであるコカトリスは、外気温に体温を依存し、気温が低下すると冬眠をするヘビの特性も持ち合わせている。

「低い外気温によって冬眠していたコカトリスが、ジョシアさんの“灼熱の火柱スコルバルク”の魔法を受けたことによって、急激に体温が上昇したんだ!」

フェリエッタが大きく声を上げたのを見て、黒薙が目を細める。

「……何か分かったのでしょうか。」

「はい!」

フェリエッタは黒薙の方へと振り返ると、興奮を抑えきれない様子で言葉を続けた。

「コカトリスがこちらの世界に来た時、冬眠から覚醒した状態でした。しかし、今のこの冷たい外気温では長く活動を続けることは難しいはずです。」

「……つまり、コカトリスは再び冬眠するということでしょうか?」

「はい!コカトリスは再度冬眠するために、失われた脂肪分やエネルギーを補給しようと摂食活動を行うはずです。だから、おそらく次に狙うのは――」

フェリエッタがそこまで言った時、黒薙の携帯電話が鳴り始める。

「失礼します。」

黒薙はポケットから携帯電話を取り出し、通話ボタンを押す。

「黒薙です。……分かりました。」

フェリエッタに見守られている中、簡潔に通話を終えた黒薙が携帯電話をポケットにしまう。

「新たな目撃情報が入りました。この近くにある農業畜舎付近で、コカトリスらしき巨外生物が目撃されたそうです。」

「やっぱり……コカトリスは脂肪分の多い家畜を狙っているはずです!」

「民間人への被害が出る可能性もあります。急ぎましょう。」

黒薙が運転席に乗り込もうとしたところで、ふとフェリエッタの様子に気がつく。彼女は神妙なおもむきでその場に立ち尽くしていた。

「……どうかされましたか?」

黒薙は一瞬動きを止め、彼女に声をかける。フェリエッタはその言葉にハッとしたように顔を上げる。

「い……いえ。なんでもありません。……その、また、コレに乗るんですか?」

フェリエッタが不安そうな視線を、黒薙の車に向ける。

「……安全運転に努めます。」

それだけ言うと、黒薙は運転席に乗り込み、エンジンをかけるのであった。
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