IDIOM.異世界の落ちこぼれ魔女は、現代でクーデレなエージェントに管理される

るりたては

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第3章 横断歩道の幽霊

21. 加治伊美

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黒薙とフェリエッタは住宅地のとある一軒家を訪れていた。

玄関を通された二人は、綺麗に掃除がされた居間にある淡い水色のソファに並ぶように座る。彼女たちの目の前の机に、一人の女性が客用のお茶を置いていた。

「黒月さんでしたか。その……今日は遊馬のことでいらっしゃったんですよね。」

お茶を出し終えた加治伊美かじいみは向かいにある椅子に腰かけると、黒薙から受け取った名刺を眺めながら話しかける。

彼女はベージュのカーディガンをまとい、どこかやつれた様子を見せていたが、その顔立ちは柔らかく、30代後半とは思えないほど若々しかった。

「はい、別の事件の取材をしている中で5年前の事故の話が出てきまして、もしよろしければご協力をお願いできないでしょうか。」

黒薙の静かな言葉に、伊美は少し迷うように視線を彷徨わせていたが、やがて意を決したように小さく頷いた。

「……分かりました。私で良ければ、お話します。」

「ありがとうございます。」

頭を軽く下げた黒薙は、伊美の顔を真っ直ぐに見つめ、慎重に言葉を選びながら話を切り出した。

「遊馬さんのことで最近、何か変わったことは無かったでしょうか。」

「変わったこと、ですか?」

黒薙からの予想外の問いかけに、伊美の眉が少し動く。考え込むように顔を伏せた彼女は、しばらくの沈黙の後、小さく首を横に振った。

「いえ……特に思い当たることはありません。」

そう答える伊美の表情は、どこか寂しげに見えた。黒薙はそんな彼女の横顔を見つめながら、さらに質問を続ける。

「例えば、事故のあった公園付近で不審な噂を聞いた、変な物を拾った、などの些細なことでも構いません。身の回りで、普段と変わったことはなかったでしょうか。」

黒薙の真剣な眼差しに、伊美は再び下を向いて考える。彼女は記憶を手繰るように頭を悩ませていたが、やはり先ほどと同じように静かに首を振った。

「最近あの場所には行っていませんし、そのような心当たりもないです。」

彼女は声を低くして、絞り出すように話していた。物静かに会話をする伊美の言葉に、明らかな動揺の色や嘘をついている様子は見られない。

――さらに情報を聞き出そうと、黒薙が口を開きかけた、その時だった。

「その……お二人は随分とお若いようですけど、失礼ながらおいくつですか?」

伊美が顔を上げると、控えめな表情で尋ねる。

唐突な質問に驚いた黒薙は、少し目を見開きながら考えるような表情も見せたが、すぐに落ち着きを取り戻して質問に答えた。

「……今年で16です。」

黒薙の返答を聞いた伊美は、目の前に座る少女が思った以上に幼い年齢であることに驚きを隠せない様子だった。

「え!その歳で、記者のお仕事をされているんですか?」

「正直なところ、ジャーナリストをしている叔父の手伝いで、このような調査を行っているのです。アルバイトのようなものだと考えてもらっても構いません。」

「そ、そうだったんですね。……驚いてしまってごめんなさい。」

伊美は納得するように頷くと、少し申し訳なさそうに頭を下げた。

「すいません、息子の遊馬も、生きていれば今頃15歳なので、ちょっと気になってしまって……。」

ひっそりと話している彼女の笑みは、悲しげな色を帯びていた。彼女の言葉が沈むように消えた後、部屋の中には静かな時間が流れたのだった。



張り詰めるような静寂が、彼女たちを包み込む。その沈黙を破ったのは、黒薙の隣でおいしそうにお茶を飲んでいたフェリエッタだった。

「……その、よかったら遊馬君のこと、教えてくれないですか?」

フェリエッタの柔らかな声が、部屋の中に響く。

伊美が彼女の問いかけに驚いた様子で、フェリエッタの方に顔を向ける。彼女は少し戸惑った後、静かに小さく呟いた

「遊馬のこと……」

彼女の視線は遠くを彷徨いながら、やがて窓の外へと向けられる。外には落ち葉が散る中庭が見え、薄曇りの空が広がっていた。

「遊馬は、元気で……本当に明るい子でした。」

伊美は口を開くと、ゆっくりと語り始めた。

「何にでも興味を持って、とても優しい子でした。学校で困っている友達がいれば助けるような子で、先生からも褒められることも多かったんです。」

その声には、思い出を語る喜びと、心に残る痛みが混じりあい、激しい悲しみが見え隠れしていた。息子を思う彼女の気持ちが、ひしひしと伝わってくるようだ。

「……良い子だったんですね。」

フェリエッタが穏やかに言葉を返すと、伊美は微笑みながら頷く。

「はい、自慢の息子でした。」

その短い言葉にも、彼女の愛情が現れていた。伊美の優しい表情を見たフェリエッタは、少し迷うような素振を見せながらも、不意に問いかける。

「伊美さん……もし、遊馬君にもう一度会えるんだったら、会いたいですか?」

「……え?」

その問いに驚いた伊美は、フェリエッタの方へと顔を向ける。彼女は少々躊躇ためらいがちに、けれども真摯な瞳で伊美を見つめていた。

「え、ええ。もちろん会えるなら、会いたい。けど……」

少しずつ言葉を紡いでいく伊美の口元は、微かに震えていた。

「……もし、もう一度会えたとしても、今の私があの子とちゃんと向き合えるかは分からないです。色々と変わったこともあるし、それに――」

伊美の声がそこで途切れた。彼女の視線が再び落ち、言葉は言いよどんでしまう。

「私、あの子に会っちゃたら、もう二度と失いたくないって思う。そのためには、どんなことでも出来てしまいそうで……少しだけ怖い、かな。」

そう告げた伊美は、そっと手で目元を拭った。涙が溢れた目元を押さえながら、彼女の肩は小刻みに震えていた。

「え、あ、ご、ごめんなさい。と、突然、変なこと聞いてしまって……」

涙を流す伊美を見て、フェリエッタは慌てた様子で謝り始めた。彼女の必死な様子を見た伊美は、涙を目に溜めたまま、思わず微笑んでしまった。

「いいえ、大丈夫よ。お茶、おいしかったの?」

フェリエッタの空になったティーカップを見て、伊美が和やかに尋ねる。

「は、はい!すごくおいしかったです。」

「お口にあったようで良かった。ちょっとお替り、持ってこようかしら。」

そう告げた伊美は、涙を拭った手でティーカップを持ちあげる。彼女は、少し急ぎ足で居間を後にしたのだった。



「フェリエッタさん、帰りましょうか。」

居間から出ていく伊美の姿を見届けると、黒薙が立ち上がりながら声をかける。彼女の冷静な声は、どこか切り替えの早さを感じさせるものだった。

「え!?」

「あの方は、非常に正直です。おそらく“アイテム”に関連することは、本当に何も知らないのでしょう。ここにいても、これ以上の情報は得られません。」

黒薙はフェリエッタの困惑には目もくれず、落ち着いた声でそう言い放つと、脱いでいた黒いコートを手に取る。

「ちょ、ちょっと、黒薙さん。」

フェリエッタが慌てて声をかけるが、その時にはすでに黒薙は出口の扉へと歩き出していた。黒薙が居間を出た瞬間、ちょうど廊下を歩いていた伊美と鉢合わせる。

「あら、もう帰るんですか?」

色褪せた分厚いアルバムを持った伊美が、少し驚いたように眉を上げる。

「はい、本日は貴重なお時間をいただきありがとうございました。」

「そ、そうですか……。」

黒薙が丁寧に頭を下げるのを見て、伊美は少し残念そうに微笑みを浮かべた。

「私も、あなた達くらいの歳の子と話せて良かったわ。せっかくだったら、遊馬のこと、もっとお話ししたかったけれど……」

彼女は手に持ったアルバムを軽く見つめながら、その拍子を優しく撫でる。

「調査、頑張ってください。きっと、あの子“たち”も喜ぶわ。」

「……“たち”?」

その言葉を聞いた黒薙の眉が、微かに動いた。

「あの事故での被害者は、遊馬さんだけでは?」

黒薙が探るように尋ねると、伊美は少し困ったように眉を寄せる。彼女は手に持っていたアルパムの表紙に目を落とした。

「いえ、あの事故で亡くなったのはもう1人……ううん、もう1“匹”いますよ。」

伊美が静かにアルバムを開くと、ページの間に一枚の写真が挟まれていた。そこには幼い男の子と一緒に、抱き着かれたコーギー犬が写っていたのだった。
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