IDIOM.異世界の落ちこぼれ魔女は、現代でクーデレなエージェントに管理される

るりたては

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第4章 囚われの姫

29. 陽光の衛士

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空を割るような獅子の咆哮が響き、周囲に熱気が立ち込める。巨大な白い獅子のモンスターは、燃えるような気迫でこちらを睨んできていた。

「それぃ!!」

飛び上がった枸橘が、獅子のモンスターに向かって蹴りを放つ。しかし、それは獅子の眼前に展開された光の壁によって防がれてしまうのだった。

「“理を介さず綴る筆オートマティスム貫く弾丸ファイン”!」

枸橘に続くように万年筆を構えた黒薙が、そのペン先からインクの弾丸を発射する。しかし、それも光の壁によって弾かれてしまう。

獅子の全身を球体のように囲っている光の壁は、あらゆる攻撃を退けていた。

「うー、駄目じゃな。」

そう呟きながら、蹴りを放った枸橘が地面に着地する。

地面に足をつけた彼女に、獅子が鋭い爪を振り回して襲い掛かる。枸橘は小さな身を素早くひるがえすことによって、それらを華麗にかわしていた。

「はい。ですので、私たちはフェリエッタさんの魔法が発動するまで、陽動に専念するしかありません。」

そう声をかけた黒薙の背後では、フェリエッタが杖を構えていた。

魔法の杖を胸の前に掲げた彼女は、何かに集中している様子で瞳を閉じており、その周りには青色の光の粒子が集まっている。

攻撃を避けていた枸橘が、ちらりとフェリエッタを見る。

「ふぇりえった殿、のう……」

やや不安そうな表情を浮かべた枸橘。そこには、組織に入ったばかりの彼女のことをまだ信用しきれていない猜疑心さいぎしんが滲み出ていた。

「あやつ、に大丈夫なのかえ、黒薙よ。」

どこか疑念の込められた枸橘からの問いに、黒薙は一瞬だけ目を伏せた。

「……確かに、フェリエッタさんは、こちらに来られてから日も経っていませんし、少々危うい点があるのも事実です。枸橘さんが心配されるのも分かります。」

そう言いながらも、静かに顔を上げた黒薙の表情には確固たる決意が浮かんでいた。枸橘を見据える彼女の目は、迷いを感じさせない。

「――ですが、私のバディをあなどってもらっては困ります。」

その一言に込められた強い意思が、枸橘の耳に響いた。周囲の激しい戦闘音が、黒薙の言葉に反響するように感じられる。

「……ほぉ。」

枸橘は、まるで黒薙の言葉の真意を探るように口を閉ざしていた。やがて、口元に薄い笑みを浮かべる。

「良かろう。お主のそれが聞けただけで十分かのう。」

枸橘の言い方には、どこか楽しげな響きすら混じっていた。彼女は力強く拳を握り直すと、鋭い視線で獅子のモンスターへと体を向ける。

「ならば、その信頼の揺るぎなきことを、ここで示してみせい!」

枸橘はその言葉とともに、拳を獅子へと叩きつけた。拳が空気を切り裂き、轟音とともに光の壁に打ち込まれると、その衝撃は周囲へと広がっていく。



黒薙たちと燃える獅子との激しい攻防戦が、繰り広げられている。

一方でフェリエッタは、胸の前に掲げた杖を握りしめながら、魔力を籠めた水を創り出していた。杖から溢れた水が、杖の先端に集まると渦を巻く。

目の前の戦いを見ながら、フェリエッタはつい口から溢した。

「……わ、私に出来るかな。」

それは小さな声だったが、彼女の言葉には不安が混じっていた。フェリエッタが、思わず自分の手元の杖へ視線を落とした時だった。

――グォオォォォン!!

獅子のモンスターが激しい咆哮を上げ、その口元が明るく輝き始めた。燃えているたてがみが揺らめいていき、熱気がさらに強まる。

「……え?」

次の瞬間、眩い熱光弾が獅子の口から放たれた。それは、フェリエッタを一直線に狙い、彼女へ凄まじい速度で迫りゆく。

光線が直撃する寸前で、黒薙が勢いよく間に飛び込む。

「“守る盾コース”!!」

ペン先からほとばしるインクが空中で拡がると、激しい熱気から盾となって、光線からフェリエッタを守った。

「大丈夫ですか、フェリエ――」

咄嗟にフェリエッタの方へと視線を向けた黒薙は、彼女が自信のなさげにこちらを見つめていることに気が付いて、言葉に詰まる。

「く、黒薙さん……」

「……フェリエッタさん。」

彼女の不安を感じ取った黒薙は、ゆっくりと口を開いた。

「コカトリスから私を助けてくれた時のことを、覚えているでしょうか。」

その言葉を聞いたフェリエッタは、小さく息を飲む。

「あの時、あなたは“何を思って行動するのか”が大事だと言いました。……今のフェリエッタさんは、何を思っていますか?」

そう話している黒薙は、いつもと変わらない冷静な表情をフェリエッタに向けていた。しかし、その目には強い光が宿るのだった。

「しっかりしてください。あなたには、自分で決めた“生き方”があるはずです。」

そう言い残して獅子へと立ち向かっていった黒薙の背中を、フェリエッタはしばらく見つめていた。やがて、彼女は杖を構えると呟くのだった。

「……ありがとうございます、黒薙さん。」

そこに、先ほどのような不安げな響きはもうない。彼女の持っている杖は、再び青白い光に包まれるのだった。



『準備できました!』

無線越しにフェリエッタの元気な声が響き渡る。

「おぉ、待っておったぞ、ふぇりえった殿!」

フェリエッタの言葉に反応した枸橘が、嬉しそうに拳を握る構えを改めた。彼女の顔には、期待と興奮が入り混じる。

黒薙もまた、黒い万年筆を獅子に向けて構え直した。

「では、お願いします、フェリエッタさん。」

「はい!」

黒薙からの冷静な指示を聞いたフェリエッタは、胸の前に掲げていた杖を全身が燃える獅子のモンスターへと向けた。

周囲に渦巻いていた水粒が、杖の先端へと集まっていく。

「“水の弾アクティラ!”」

彼女の詠唱とともに、水粒が水の弾となって発射される。

それに気づいた獅子は、咆哮を上げ、すぐに口を開ける。そこから放たれるのは、強烈な光と熱の込められた熱光弾だ。

――ドンッ!!

水弾と熱光弾が空中で激しく激突し、爆発したような音が鳴る。熱気と蒸気が一気に舞い上がり、周囲の視界が真っ白に染まった。

その瞬間を狙って、フェリエッタはすかさず新たな呪文を詠唱する。

「“水よ、揺らぎとなりて空を歪めろ、水鏡の幻想ザラスヴェラ”!!」

フェリエッタの構えた杖の先から、獅子の周りの漂っていた水蒸気が不規則に揺れた。その空気の歪みは、波紋のように広がると空間そのものを歪ませる。

それは、獅子を護っていた光の壁を徐々に霧散させいった。

「……魔力を籠めた水蒸気を操って、大気密度による光の屈折率を変えています。もう貴方に、光の防壁はつくらせません!」

フェリエッタは杖をしっかり握ると、漂う水蒸気の動きを緻密に操作した。周囲の空気が一つの流れとなって、彼女の意図通りに動く。

「黒薙さん、枸橘さん、今です!!」

「“理性の介せず綴る筆オートマティスム拘束する鎖シグネチャー”!」

フェリエッタの合図に応えるように、白い水蒸気の中から黒いインクの鎖が現れる。それは獅子のモンスターの体に絡みつくと、その身体を隙なく拘束した。

水蒸気をかき分け、枸橘が獅子に飛びかかる。

「後は、わしに任せろじゃ!」

そう言いながら出てきた枸橘の手には、鈍く光る鋼の刃が握られていた。その武骨な刃物は、さながら小さな刀のように見える。

枸橘が右手に持った小刀を、獅子の頭部に向けて突き立てる。

――右腕が炎に包まれるが、彼女は不敵な笑みを崩さなかった。

「”呪儀・篆刻鏨てんこくたがね『封緘』”」

枸橘が印を結ぶと、炎の獅子は吸い込まれるように刀身へと流れ込んでいく。獅子は抵抗するように咆哮を上げていたが、やがて跡形もなく消え去った。



「や、やった……」

獅子のモンスターが消えるのを見て、フェリエッタが呟く。一安心した彼女は、ゆっくりと杖を下ろした。

枸橘が獅子を封じ込めた小刀を戻すのを見て、フェリエッタが思わず声を震わせる。

「か、枸橘さん、腕が……」

彼女の小さな右腕はひどく焼け焦げ、皮膚の一部が黒く変色していたのだ。しかし、枸橘は痛みを隠しているような素振も見せずに、笑みを浮かべたままだった。

「おぉ、これかのう。」

彼女は傷ついた右腕に目をやると、少し肩をすくめた。

「ただの炎であれば、このような手傷を負うことなどありえなかったのじゃが……どうやら呪いの気を帯びておったようじゃ。」

枸橘の口調は落ち着いており、まるで些細な事のように話を続ける。

「このたぐいのものは、笹平の方が心得ておる。あやつに解呪させれば済む話じゃ。なに、気にするで無いぞ、ふぇりえった殿。」

「そ、そうなんです。」

枸橘の説明を聞いても、フェリエッタの顔にはどこか不安そうな色が残っていた。

彼女は枸橘の焼け焦げた腕から顔を上げると、遠くに目を向ける。そこでは、笹平たちが剣士のモンスターとの戦闘が行われているはずだ。

「……笹平さんの方は無事でしょうか?」

「分かりません。報告は入れますが、今は待つしかありません。」

フェリエッタの問いかけに、黒薙はそっと通信機を握りしめるのだった。
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