あふれる思い

うさのり

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拓海がふと目を覚ますと、枕の横に座った翔が、膝に雑誌を広げて、左手で自分の髪を梳いていた。
(あぁ、翔が帰ってきていたんだ・・・。)
少しうれしく感じていると、翔は拓海が目を覚ましたことに気づき、翔っぽく笑いながら机の上にある袋を持ち上げた。
「おはよう。食うか?」
袋を受け取り、中を見ると、菓子パンとミルクティーが入っていた。
「・・・ありがとう。」
現実に腹が減っていたので、拓海はベッドから降りて床に座り、座卓に袋の中身を広げてパンを食べ始めた。
「朝、まともに食べてなかったからな・・・。」
食事をする拓海の隣に座り、翔は話し出した。
「みんな心配してたけど、適当にごまかしといた。部屋に戻ったら拓海、寝てたから、・・・その、コンビニに行って・・・来たんだ。今日、これの発売日だったろ?」
珍しく言いよどむ翔は、先ほどから読んでいたサッカー誌を軽く持ち上げ、隣に座った。拓海は小さく頷いた。
「後で読むだろ?」
拓海はその言葉にも頷いた。
しばらくは沈黙が降りた。拓海が食べるパンの袋の音と、翔が雑誌をめくる音以外は、外から時折小鳥の声がするだけだった。
久しぶりの全日オフの休日だから、殆どの寮生は外に遊びに出かけているのだろう。いつもの喧騒は殆どしない。

拓海が食事を終えると、翔も雑誌を置いた。
「今、何時?」
ふと気になり拓海が呟くと、翔は枕もとの時計を確認して答えた。
「三時半過ぎ。」
「・・・。僕、そんなに寝てたの?」
「疲れてたんだろ?」
微苦笑しながら顔を覗き込んでくる翔に、拓海は情けない顔をした。
「うわ・・・。やっぱり、自分の情けない顔はあまり見たいものじゃないな・・・。拓海のなら可愛いんだけどな・・・。」
怒る気力も失せている拓海は、盛大なため息をついた。
「さて、それじゃ、行くか。」
拓海を楽しそうに見た翔が、突然そう言った。
「行くって、どこに?」
少し怯えつつ問い掛ける拓海に、翔は苦笑いをしながら言った。
「大丈夫。寮には殆ど人は居ないから、神経を張る必要は無い。それに、行くのは一条先輩のところだ。拓海が起きたら来るように言われてたから。ついでに、一条先輩だけは朝食の時に俺たちの状況を把握してたぞ?」
詳しく聞くと、朝食を済ませて部屋に戻ろうとしていた翔に、午後になったら二人で自室に来るようにと一条が言ったらしい。
「なんでも、準備をしておくと言ってたからな。」
その準備に不穏なものを感じたが、実家が陰陽師の家系だと公言している一条なら、こんなへんてこな自分達の状況を打破する方法を知っているかもしれない。
「・・・他に、僕たちのことを言ってた人はいた?」
その拓海の言葉に、翔は何故かくすっと笑った。
「近藤主将が代表して、翔の調子が悪いのかと聞いてきた。ただの下痢だと言っておいたよ。」
「下痢って・・・。」
今の時期、寮生は娯楽に飢えている。そんなところに笑いが取れそうな話を聞けば、それはたちまち噂として尾ひれが二~三十個ついて回る。更に、翔は今まで拓海以外に弱みを見せたことがない。つまり翔は自分から弱みを見せたことになる。
「俺のことだから、問題ないよ。さぁ、行こう。」
けろっとして、とんでもないことを言った翔は、立ち上がって拓海に手を差し伸べた。
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