義理の妹が結婚するまで

夏目くちびる

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第一章 春休み(文也の場合)

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 あの夜から二日後、俺はいつものようにピザ屋のアルバイトに来ていた。一日置きのシフトは精神的にも体力的にも優しい。



 昨日、俺は三人の朝ごはん(もちろん調味料は普通の量)を作った後出かけてしまった為、彼女たちがその後どうなったのかを知らない。しかし帰ってこなかったのを見るに、あの二人のどちらかの家に泊まりに行ったのだろう。書置きにもそう記されていた。



 現在俺は、メイク台(店のキッチン)回りの掃除をしている。昨日の夜散らかしたのであろう、チーズやピーマンが大量に放置されていたからだ。



 「おはよ」



 スマホをいじりながら現れたのは、同期の中根紗彩だった。狙ったような清楚メイクと、小さな体躯に不釣り合いな巨乳が特徴だ。高校は違ったが、どうやら大学が同じで更に学部も被っているようだ。



 「おはよう」



 挨拶を返す。



 「今日、社員いないらしい」



 「へぇ、じゃあ楽できそうだな」



 言いながらも、俺は心の中では別の事を考えていた。



 個人的には管理する人がいてくれた方が職場の空気が張って仕事がやりやすいと思うのだ。ピザ屋というコンビニエンスな性質上、未成年のアルバイトが多い。中には度を超えて怠けたり強気になったりする者もいるから楽すぎるのも考えものだ。



 「大学の同期、もうSNSでつながって入学前に飲み会とかやってるよ。私もこの前行ってきた」



 「へえ、どうだったよ」



 「サイッテーだった。髪の毛キラキラのチャラ男に絡まれまくった」



 一見同情してしまいそうな意見だが、俺は中根が自ら隙を見せて男を狙っていることを知っている。つまりこれは、自虐風の自慢だ。



 「つーか普通に酒飲ませてくるほんとダルいわ。あれが嫌だから文也呼んだのに」



 「悪いな」



 メイク台に座って、中根はブツブツと文句を言い始めた。相変わらず見た目とは裏腹な腹黒い女だ。いや、むしろ見た目通りか。



 ここまでステレオタイプ(清楚を絵に描いたような容姿)なスタイルは逆に敬遠されるのではないかと過去に訊いたことがある。しかし、色々試した結果「男は弱そうでおっぱいがでかい女が好き」という結論に至ったそうだ。異論はあまりない。



 しばらく文句に付き合っていると、次第に別のバイトのメンツが揃ってきた。男のアルバイトはほぼ全員が中根のファンだから、まずは中根のところに行く。



 「あっ!おはようございますぅ~」



 他の男を見るなり、中根の態度が急変した。そうなれば俺の居場所はここではない。隅っこで皿洗いをしよう。



 「え~!?私お酒飲めないですよぉ~」



 どうやら飲み会の話で盛り上がっているらしい。甲高い声が店内に聞こえてくる。



「そんなことないですよぉ~。でも頼りになりますね、せんぱ~い!」



 妙に甘ったるい声だ。さっきまでスマホの内カメラで前髪を整えながら拗ねていたのがウソのようだ。



 店内清掃を終えるころには既に始業時間を過ぎていたが、予約がないことも相まって、店内はまるで休み時間の教室のように盛り上がっていた。



 あそこに入って仕事をさぼれればいいといつも思うが、金をもらっているからには働かなければならないという固定観念が俺を邪魔する。誰かがやらなければならないことを俺がやっているだけ。というのは、さすがに自分に酔いすぎているように思えてしまうけど。



 店の裏に回って配達用の原付を洗車していると、中からもう一人の同期である日向虎緒が俺の隣に並び、一緒になって洗車を始めた。



 そうか。こいつはファンじゃなかったな。



 「おう、お疲れさん」



 「お疲れ」



 わざとらしい程の黒髪は、元々派手な金髪を染めたからだ。あまり見慣れないが、こいつもこれから先大学生としてやっていく上で過去とのケジメをつけたのだろう。



 虎緒は県下では有名な不良高校出身であり、そこの番長を担っていた。今の時代に番長とは少しレトロな感じはあるが、一つの組織をまとめていただけあってそのカリスマと知力には目を見張るものがある。ちなみに、顔は暴力的だがイケメンだ。



 タバコに火を点け、それを咥えてからバイクにホースで水をかける。俺はたばこのに匂いがあまり嫌いではないし、ここは人目につかない裏道だから吸っていても大丈夫だろう。



 「先輩ら、ずっと女共と話してるぜ」



 「そうか。まあ暇だしな」



 「あぁいうの、ちょっとずりいよな。フミはどう思うよ」



 果たして、それは仕事をさぼっているからなのか、女と話しているからなのか。……まぁ、こいつはモテるし、後者はないな。



 フミというのは俺のあだ名だ。そう呼ぶのは彼しかいない。だから、俺も虎緒のことは親しみを込めてトラと呼んでいる。



 「どうとも思わない。あれで金がもらえるなら、正しいのはむしろあの人たちだろ」



 楽して儲ける。これが勝ち組の定義だ。



 「確かに。それはそうだな」



 はははっ、と笑い声をあげてトラはたばこの火を消すと、吸い殻を灰皿に入れてバケツの中のスポンジを手に取った。



 「きったねえな。見ろよこれ」



 そういって、トラは指先でタイヤに張り付いた何かをつついた。



 「あぁ、それうんこだよ」



 俺もさっき触ったから知っている。



 「マジかよ。うんこ触っちまったのかよ、俺」



 その割には大したリアクションではない。さすが元ヤンだ。



 「早く終わらせて戻ろうぜ。俺も楽して稼ぎてえよ」



 賛成だった。



 俺たちはとっとと掃除を終わらせると、事務所の中にこもって注文の電話が鳴るのを待っていた。しかし、その日は結局ほとんど注文はこず、久しぶりのノー残業デーとなった。


 バイトを上がってスマホを見ると、夢子から連絡が届いていた。何時に帰ってくるのかという確認の連絡だ。今から戻るから十五分程度だと伝えると、すぐに「わかった」という返信があった。



 トラのたばこに付き合ってから店を出る。妙に肌寒い空気が漂っている。



 夢子が帰宅時間を確認してくるのは珍しいことだったが、俺はあまり不思議には思っていなかった。この数日、毎回俺が夕飯を買って帰るものだから無駄金を使わなくて済むように気を使ってくれたのだろう。



 程なくして家へたどり着く。扉を開けてリビングへ向かう。中へ入ると、テーブルの椅子に夢子は座っていた。



 「ただいま」



 声をかけても反応はない。その代わりに肩を少し上げてモジモジしている。



 「どうした。何かあったのか?」



 鞄を下ろして正面に座る。すると、夢子はジトッとした目で俺を見た。まるで、「こいつ、何もわかってねぇ」と言わんばかりだ。



 しかし、分からないものをあれこれ当てずっぽうで狙うより、こうして黙って答えを待つほうが夢子に対しては有効だと俺は知っている。決断力のある相手には、案外待ってみるのが正しかったりするのだ。



 少しの間夢子の顔を見ていると、そのうち諦めたように溜息をついて、つぶやくように話し始めた。



 「……から」



 うん?



 「お兄ちゃんが自分のこと、優しくないとかいうからあんなことになったの」



 あんなこと、とは立ち上がって声をあげてしまったことだろうか。その前後の会話を思い出す。それとも、その後酒に手を出してしまったところまでを俺のせいだというのだろうか。



 「あぁ、悪かったな、あれは」



 「それそれ!それだよっ!そうやってすぐ謝るんだから!」



 なんだなんだ。一体俺の妹はどうしてしまったんだ。



 「ちゃんと怒ってよ!お兄ちゃん全然悪くないでしょ!」



 「こ……こらっ!」



 「ふざけないで!」



 ふざけたわけではないのだが。しかしなぜ夢子が急にこんなことを言うのか俺にはさっぱりわからなかった。



 「悪い。お兄ちゃん馬鹿だから教えてくれない?」



 そういうと夢子は深く深呼吸をする。一瞬こっちを向いたかと思うと、目線を外してから話し始めた。



 「昨日、理子の家に泊まった時もまたお酒飲んだんだけど」



 若いうちから飲んでるとあまりよくないんじゃないだろうか。



 「理子のお姉さんが、私たちのこと怒ったの」



 「まぁ、そりゃそうだろうな」



 当然と言えば当然だ。世間的にやってはいけない事を彼女たちは犯しているのだ。(犯すというと、あまりに人聞きが悪いだろうか?)ならば周りの大人がそれを正してやらなければならない。



 「でも、お兄ちゃんは全然怒らない、私が何やってもいっつもそうでしょ?どうして?」



 夢子は更に問う。



 「どうしてよ。私、怒ってもらわないと。お兄ちゃんがお兄ちゃんだって思わせてくれないと、嫌だ」



 ……。



 自分が間違えたことは理解したが、どこでどうして間違えたのかが全くわからない。



 兄として尽くしているつもりだった。認めてやることが、味方になってやることが兄として正しいことだと信じていた。



 竹藤先生はどうして俺の良い師となれたのか。それは時に厳しく指導してくれたからではなかったか。あの人は真剣に俺を見ていてくれたと実感できる。



 ならばこうして認めるだけの俺の行動は、果たして本当に向き合っているといえるのだろうか。



 この数日で、夢子は俺が思う以上に幼いということに気づいた。一人で寝れずに寂しがることなど、あるはずがないと思っていた。



 夢子には夢子の欠点がある。だが、俺は夢子が大人だと思い込むことで、その欠点を見ることを拒否していたのではないか?完璧なもの手を加える必要はないと、知ってしまうことで責任を背負う覚悟が出来ていなかったのではないか?



 要するに夢子はただ怒ってほしいわけではない。怒ることで真剣に自分を見てほしいということを言っている。妹はとっくに、俺が真剣でないことを見抜いていたのだ。



 ならば、応えるしかない。兄として、これ以上情けない姿を見せるわけにはいかない。だから。



 「そう言ってくれてありがとう。俺は夢子の事、大好きだよ」



 向き合うのであればこうして本当の気持ちを言うのが一番だと思った。俺は夢子を好きだ。妹として、家族として、そして人として尊敬できる彼女が、俺は好きだ。



 ……きっと、兄として。



 「はわわ……」



 なんだその反応は。



 「そっ、そういうこと言ってるんじゃないでしょ!お兄ちゃんが私を好きなのは今関係ないでしょ!」



 全く無関係というわけでもないと思うのだが。しかしそれだけでは言葉が不十分であるのは重々承知している。なのでしっかりと。



 「ちゃんと見るようにするから。夢子のこと。だから許してくれないか?」



 と補足した。



 「わかってるなら最初からそう言えばいいじゃん。すっ、すっ、好きなのは関係ないでしょ」



 そう何度も関係ないといわれるとそれはそれで悲しい。



 「まあわかってくれたならそれでいいよ。もう気を付けてよね」



 「……わかったよ」



 俺の言葉を聞くと、夢子はさっさと出て行って自分の部屋に閉じこもってしまった。



 そういえば、てっきり夕飯の準備をしてくれていると思っていたが特に何も用意されていないことに気が付いた。冷蔵庫の中は、あまり充実していない。



 コンビニへ出かけることにした。夢子は夕飯を食べたのかわからないが、腹が減って下へ降りてきたとき何かがあった方がいいだろう。



 いくつかの弁当とカップ麺を買って戻る。お湯を沸かして弁当を三つ温めて、その全てを完食した。



 部屋に戻ってスマホを見るとトラから連絡が来ていた。その内容は、俺が殴られている動画がSNSにアップされていた、という報告であった。
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