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第三章 二つの傷
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夢子がうちに転がり込んでから早一週間、この日も俺はいつものように座椅子2台を広げた簡易ベッドで目を覚ました。厚着して眠ってはいるものの、やはり朝方は冷える。毛布と掛布団を買った方がいいだろうか。
そんなことを考えながら俺は、かつて俺の物だったベッドの上で寝息を立てる夢子を見た。
あの後、「好きって言ったのに」と何度も確認する夢子を窘めるのが大変だった。まるで洗脳されているような感覚に陥った頃、ようやく許されたのだ。
そういえば以前、中根にも何か物騒なことを言われた気がするが、まああれは酒の席での冗談だろう。深く考える理由はない。
ご飯を早炊きして鍋に水を張り火にかける。いつも通りの納豆、とベーコンエッグだ。これしかいらない。
味噌汁に入れるネギを刻んでいると、夢子が目を覚ました。しばらくぼーっとしていたが、程なくして洗面所へ向かった。
スマホのラジオアプリを起動して、ニュースを流す。この家にテレビはないから、世間の情報を知るためにはこれかニュースのまとめサイトくらいしか方法がない。
「こっち向かないでね」
夢子は制服に着替えているようだった。夢子の学校の制服は、今時珍しいセーラー服だ。セクシャルマイノリティに配慮して服装は自由らしいが、彼女は学校公式の物を改造して着ている。……と言っても、スカートの丈をちょっぴり短くしているだけらしい。
「もういいよ」
言われて、俺は朝食をちゃぶ台に運んだ。ごはんはもう炊けている。
薄い水色を基調としたセーラー服。これが校長の趣味なのだとすれば、かなりの慧眼だと言わざるを得ない。やはり偏差値の高い学校は教師陣のセンスもよいという事なのだろう。夢子の魅力七割増しだ。
「どうしたの?」
問いを適当に誤魔化して、朝食を食べた。
準備を終えて、家を出る。駅までは一緒だ。
定期はどうするのかと訊いたら、次の更新でここから乗れるようにすると言っていた。
俺は山の方へ、夢子は都心の方へ向かう電車に乗る。行ってらっしゃいと見送って別々のホームへ向かったが、そこで再び向かい合わせになって思わず笑ってしまう。
手を振って、スマホに目を落とす。すぐに電車が来たからそれに乗る。その時もまだ夢子は俺を見ていたが、それが急に恥ずかしく思えて俺は照れてしまった。そんなに見ないでくれ。
大学では特に誰と会うわけでもなく、ただいつものように時間が過ぎていった。必修と選択を二科目ずつ、大人しく受けていた。
講義が終わって、バイト先のピザ屋へ向かう。今日のシフトは中根とかぶっていたはずだ。タイミングがなくて返せずにいたこのハンカチも渡そう。
出勤していつものようにメイク台周りの掃除をしていると、十分程遅刻して中根が現れた。
「おはようございますぅ~。遅れてしまってすいません~」
猫をかぶっているときの彼女は、さながらアイドルも顔負けの人気者だ。他にシフトに入っているバイトや、果ては社員までもが鼻の下を伸ばしてニコニコとしている。あれでは別の女子の反感を買いそうなものだが、意外とそうでもなさそうなのが彼女の一番すごいところなのかもしれない。同性の友達と話しているのをよく見かける。
……本当は利用し合っているだけとか、そんなダークなことは考えたくない。
店の奥で皿を洗っていると、中根が横に並んで俺が洗った皿の水をウエスで拭き始めた。
「おはよう、この前ハンカチ忘れてたの、持ってきたぞ」
「あぁ、置いといてよかったのに」
「そういうわけにもいかないだろ」
「うっさいなぁ」
足を踏まれた。ワークブーツを履いているから痛くはないが、割とひどい態度だと思う。
「何かあったのか?」
一段と不機嫌な気がする。普段なら愚痴と嫌味を言うはずだ。もちろん、俺はそれを求めているわけではない。
「……今日あんたの家行くから、そこで話す」
「いや、悪いけどそれは無理だ」
露骨に機嫌の悪い顔をしている。眉間の皺の寄り方が完全に悪役のそれだ。
「なんで?」
「妹がいる。しばらく一緒に住むことになったから」
ガッチャン!
金属のプレートを中根が叩きつけた。その音で野次馬が集まってくる。
「すいません。失礼しました」
そういって事を収める。周りはきっと、俺が皿を落としたのだと思ってくれているはずだ。程なくして場が落ち着いてから。
「落ち着け。愚痴なら付き合うから。な?」
「当たり前でしょ!」
そういうと、中根はウエスを放ってどこかへ行ってしまった。相当虫の居所が悪いらしい。おっかねえ。
その後は配達をしていたから中根の様子はわからなかったが、あいつのことだ。きっとうまくやったのだろう。
夢子には帰りが遅くなると連絡を入れておいた。『わかった』とだけ返事があったが、胸中穏やかではないかもしれない。何かしらのお詫びは用意しておくのが吉だ。
一緒に退勤すると角が立ちそうだから、少し離れたところにあるコンビニで待つことにした。
中根はすぐに来た。駅裏にある居酒屋に行くという。何を言うつもりなのだろうか。恐ろしくて漏らしてしまいそうだ。
夢子がうちに転がり込んでから早一週間、この日も俺はいつものように座椅子2台を広げた簡易ベッドで目を覚ました。厚着して眠ってはいるものの、やはり朝方は冷える。毛布と掛布団を買った方がいいだろうか。
そんなことを考えながら俺は、かつて俺の物だったベッドの上で寝息を立てる夢子を見た。
あの後、「好きって言ったのに」と何度も確認する夢子を窘めるのが大変だった。まるで洗脳されているような感覚に陥った頃、ようやく許されたのだ。
そういえば以前、中根にも何か物騒なことを言われた気がするが、まああれは酒の席での冗談だろう。深く考える理由はない。
ご飯を早炊きして鍋に水を張り火にかける。いつも通りの納豆、とベーコンエッグだ。これしかいらない。
味噌汁に入れるネギを刻んでいると、夢子が目を覚ました。しばらくぼーっとしていたが、程なくして洗面所へ向かった。
スマホのラジオアプリを起動して、ニュースを流す。この家にテレビはないから、世間の情報を知るためにはこれかニュースのまとめサイトくらいしか方法がない。
「こっち向かないでね」
夢子は制服に着替えているようだった。夢子の学校の制服は、今時珍しいセーラー服だ。セクシャルマイノリティに配慮して服装は自由らしいが、彼女は学校公式の物を改造して着ている。……と言っても、スカートの丈をちょっぴり短くしているだけらしい。
「もういいよ」
言われて、俺は朝食をちゃぶ台に運んだ。ごはんはもう炊けている。
薄い水色を基調としたセーラー服。これが校長の趣味なのだとすれば、かなりの慧眼だと言わざるを得ない。やはり偏差値の高い学校は教師陣のセンスもよいという事なのだろう。夢子の魅力七割増しだ。
「どうしたの?」
問いを適当に誤魔化して、朝食を食べた。
準備を終えて、家を出る。駅までは一緒だ。
定期はどうするのかと訊いたら、次の更新でここから乗れるようにすると言っていた。
俺は山の方へ、夢子は都心の方へ向かう電車に乗る。行ってらっしゃいと見送って別々のホームへ向かったが、そこで再び向かい合わせになって思わず笑ってしまう。
手を振って、スマホに目を落とす。すぐに電車が来たからそれに乗る。その時もまだ夢子は俺を見ていたが、それが急に恥ずかしく思えて俺は照れてしまった。そんなに見ないでくれ。
大学では特に誰と会うわけでもなく、ただいつものように時間が過ぎていった。必修と選択を二科目ずつ、大人しく受けていた。
講義が終わって、バイト先のピザ屋へ向かう。今日のシフトは中根とかぶっていたはずだ。タイミングがなくて返せずにいたこのハンカチも渡そう。
出勤していつものようにメイク台周りの掃除をしていると、十分程遅刻して中根が現れた。
「おはようございますぅ~。遅れてしまってすいません~」
猫をかぶっているときの彼女は、さながらアイドルも顔負けの人気者だ。他にシフトに入っているバイトや、果ては社員までもが鼻の下を伸ばしてニコニコとしている。あれでは別の女子の反感を買いそうなものだが、意外とそうでもなさそうなのが彼女の一番すごいところなのかもしれない。同性の友達と話しているのをよく見かける。
……本当は利用し合っているだけとか、そんなダークなことは考えたくない。
店の奥で皿を洗っていると、中根が横に並んで俺が洗った皿の水をウエスで拭き始めた。
「おはよう、この前ハンカチ忘れてたの、持ってきたぞ」
「あぁ、置いといてよかったのに」
「そういうわけにもいかないだろ」
「うっさいなぁ」
足を踏まれた。ワークブーツを履いているから痛くはないが、割とひどい態度だと思う。
「何かあったのか?」
一段と不機嫌な気がする。普段なら愚痴と嫌味を言うはずだ。もちろん、俺はそれを求めているわけではない。
「……今日あんたの家行くから、そこで話す」
「いや、悪いけどそれは無理だ」
露骨に機嫌の悪い顔をしている。眉間の皺の寄り方が完全に悪役のそれだ。
「なんで?」
「妹がいる。しばらく一緒に住むことになったから」
ガッチャン!
金属のプレートを中根が叩きつけた。その音で野次馬が集まってくる。
「すいません。失礼しました」
そういって事を収める。周りはきっと、俺が皿を落としたのだと思ってくれているはずだ。程なくして場が落ち着いてから。
「落ち着け。愚痴なら付き合うから。な?」
「当たり前でしょ!」
そういうと、中根はウエスを放ってどこかへ行ってしまった。相当虫の居所が悪いらしい。おっかねえ。
その後は配達をしていたから中根の様子はわからなかったが、あいつのことだ。きっとうまくやったのだろう。
夢子には帰りが遅くなると連絡を入れておいた。『わかった』とだけ返事があったが、胸中穏やかではないかもしれない。何かしらのお詫びは用意しておくのが吉だ。
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