義理の妹が結婚するまで

夏目くちびる

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第五章 義理の妹と結婚するまで

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 翌日には俺から父に連絡して段取りを付けた。時子さんは仕事を辞め、現在は専業主婦としてずっと家にいるらしい。それならば、後は彼の予定さえ合えばいつでもよかった。



 そして現在は数日後の夕方、夢子と二人で新目家の前に立っている。



 いくつかの言葉を贈る。勇気を出せるように鼓舞し、そして時子さんは夢子を待っているのだと伝えた。それと。



 「いつもじゃなくていいから、夢子も時子さんを甘えさせてあげてくれ」



 教えられた言葉を、もう一度伝えた。



 「わかった。頼りっきりになんて、もうならない」



 俺は前を歩く。門を通るとき、一度振り返って「大丈夫か?」と問うと。



 「うん。大丈夫」



 そう言って首を縦に振り、二つに結んだ髪を揺らした。



 インターホンを鳴らすと、父が俺たちを迎えてくれた。俺たちの顔を見て「オトナっぽくなったな」と言う。まあ、色々あったからな。



 リビングに入ると、時子さんがソファに座って琴子を抱いていた。



 「おかえり」



 その言葉は、夢子の心に響いたことだろう。帰ってきていけない場所などない。友達のようだとは言え、親とは得てしてそういうモノなのだ。



 「ただいま」



 夢子は俺の背中に隠れていたが、やがて覚悟を決めたように挨拶をした。



 「ただいま、お母さん」



 言うと、夢子は一歩前に出て。



 「琴子の事、抱っこしてみたい」



 少し緊張したような声色で続けた。



 「首のところ、優しく持ってあげてね」



 時子さんは立ち上がると、彼女に琴子をそっと寄せる。それを受け取ると、夢子は笑って。



 「……お姉ちゃんだよ」



 と呟いた。



 俺と父は目を合わせて小さく笑う。彼も相当に心配していたのだろう。その様子を見ると、こうして戻ってきて心の底から安心したのだと思う。



 程なくして俺は夢子から琴子の体を預かると、二人は静かに話を始めた。



 「文也、父さんタバコ吸うから付き合ってくれ」



 そう言われて、俺は父の後をついてベランダに出た。



 ガラス戸を閉めると、父は安堵の息を漏らした。



 「何がタバコだよ。止めたからあのライターをタイムカプセルに埋めたんだろ」



 それに、琴子を抱いているのにそんなことをするわけがない。相変わらず嘘を吐くのが下手で、不器用で、それでいて優しい男だ。



 「仕方ない。男がいたって邪魔になるのは、文也もわかってるだろ?」



 「もちろん」



 言いだしてくれなければ、俺が父を誘い出すつもりだった。



 沈黙。二人で大きな夕陽を見つめて、カラスが鳴くのを聞いていた。そんな時、父がふと口を開いた。



 「時子がな、毎日言うんだ」



 首を傾げる。



 「文也から連絡はないか?って。あの日から今日まで本当に毎日。朝と晩に二回」



 夢子から、と訊けないのはきっと。



 「でも自分から連絡はしない訳ね」



 夢子と同じように意地になっていたからなのだと思う。ずっときっかけを探して、それなのに毎日不安に生きてしまう辺りが母娘なのだなと感じた。



 「でも、出来なくて葛藤しているのはわかってた。だから中々大人になれとは言えなくてな。文也に助けられる形になってしまった。ありがとうな」



 「いいよ。俺だってもう大人だ」



 それに夢子だって全く同じ。なら、俺たち野郎どもがあの二人を助けてやればいい。それだけの事だ。



 俺が居場所を失ったと感じたのは、疎外感があったからというわけではない。ただあの日、父にも父の人生があって、それを俺で縛り付けてはいけないと思ったのだ。



 自立できる部分があるならば、胸を張ってここへ遊びに帰ってこれる。俺にとって、家族とはそういうモノだ。



 「まぁ、もしまた喧嘩になっても、琴子が止めてくれるよ」



 そう言って、俺は琴子を指先で撫でた。琴子がその指を握ったから、俺は手を上下に動かしてあやす。その時の表情に、どこか信じられる強さを感じた。



 「間違いないな」



 父の言葉を聞いて、俺たちは二人で笑う。



 「しかし、本当にあの二人は不器用だな」



 「俺たちがそれ言うか?」



 忘れたとは言わせない。こっちだって、昔相当に青臭い事をやっていたじゃないか。



 「……そうだな。その通りだ」



 きっと恩師の顔を思い出したのだろうと思ったから、現在先生が何をしているのかを伝えた。



 「そうか。あの先生には本当にお世話になったからな。元気でいてくれているのなら何よりだ」



 そう言って、頷いた。



 程なくして、時子さんがベランダのガラス戸を開けた。



 「終わりましたよ。文也、ありがとう」



 誘われて、俺たちは家の中に戻った。夢子は再び俺から琴子を受け取って、優しく撫でている。



 「それじゃあご飯を食べましょうか」



 時子さんが言う。



 「待ってください。その前に聞いてほしい事があります」



 そう言って俺はフローリングに膝をつき、父と時子さんに顔を向けた。



 「ど、どうしたの?文也」



 この人は焦ると夢子と同じ反応をするんだな。いや、それは逆か。



 息を呑む。



 ……。



 「夢子さんを、僕に下さい」



 そう言って、額を床につけた。



 立ち上がってから戸惑う二人に事情を説明すると、いつの間にか夢子は俺の隣にいる。俺の足が震えているのに気が付いたのだろうか。手を握ってくれた。



 「……そうか」



 父が呟いた。



 「でも、あなたたち……」



 「時子」



 父が時子さんを制する。俺は思わず目を逸らしてしまいそうだったが、耐えて二人を見据えた。



 「本気なんだな」



 強い言葉。あの日、俺を引き留めたときと同じ強さがあった。



 「はい」



 それだけを言う。



 夢子は何も言わず、ただそこにいてくれている。俺にはそれが、心強かった。



 沈黙の先で、まず時子さんが口を開いた。



 「文也、いえ。文也君になら、私は任せられるわ」



 それを聞くと、父は深く息を吐いて。



 「わかった。周りの事は気にせず、幸せになりなさい」



 瞬間、俺は心の底から満たされた気分を得た。



 「ありがとう!お父さん!お母さん!」



 夢子は喜び、二人に抱き着く。彼らはそれを受け止め、「幸せに」と言葉を授けて彼女を撫でていた。



 俺はそれを眺めてから、ふとベビーベッドに寝転ぶ琴子を見た。すると、祝福してくれたのだろうか。その時に、元気に声を上げて笑った。
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