52 / 54
第五章 義理の妹と結婚するまで
8
しおりを挟む
翌日には俺から父に連絡して段取りを付けた。時子さんは仕事を辞め、現在は専業主婦としてずっと家にいるらしい。それならば、後は彼の予定さえ合えばいつでもよかった。
そして現在は数日後の夕方、夢子と二人で新目家の前に立っている。
いくつかの言葉を贈る。勇気を出せるように鼓舞し、そして時子さんは夢子を待っているのだと伝えた。それと。
「いつもじゃなくていいから、夢子も時子さんを甘えさせてあげてくれ」
教えられた言葉を、もう一度伝えた。
「わかった。頼りっきりになんて、もうならない」
俺は前を歩く。門を通るとき、一度振り返って「大丈夫か?」と問うと。
「うん。大丈夫」
そう言って首を縦に振り、二つに結んだ髪を揺らした。
インターホンを鳴らすと、父が俺たちを迎えてくれた。俺たちの顔を見て「オトナっぽくなったな」と言う。まあ、色々あったからな。
リビングに入ると、時子さんがソファに座って琴子を抱いていた。
「おかえり」
その言葉は、夢子の心に響いたことだろう。帰ってきていけない場所などない。友達のようだとは言え、親とは得てしてそういうモノなのだ。
「ただいま」
夢子は俺の背中に隠れていたが、やがて覚悟を決めたように挨拶をした。
「ただいま、お母さん」
言うと、夢子は一歩前に出て。
「琴子の事、抱っこしてみたい」
少し緊張したような声色で続けた。
「首のところ、優しく持ってあげてね」
時子さんは立ち上がると、彼女に琴子をそっと寄せる。それを受け取ると、夢子は笑って。
「……お姉ちゃんだよ」
と呟いた。
俺と父は目を合わせて小さく笑う。彼も相当に心配していたのだろう。その様子を見ると、こうして戻ってきて心の底から安心したのだと思う。
程なくして俺は夢子から琴子の体を預かると、二人は静かに話を始めた。
「文也、父さんタバコ吸うから付き合ってくれ」
そう言われて、俺は父の後をついてベランダに出た。
ガラス戸を閉めると、父は安堵の息を漏らした。
「何がタバコだよ。止めたからあのライターをタイムカプセルに埋めたんだろ」
それに、琴子を抱いているのにそんなことをするわけがない。相変わらず嘘を吐くのが下手で、不器用で、それでいて優しい男だ。
「仕方ない。男がいたって邪魔になるのは、文也もわかってるだろ?」
「もちろん」
言いだしてくれなければ、俺が父を誘い出すつもりだった。
沈黙。二人で大きな夕陽を見つめて、カラスが鳴くのを聞いていた。そんな時、父がふと口を開いた。
「時子がな、毎日言うんだ」
首を傾げる。
「文也から連絡はないか?って。あの日から今日まで本当に毎日。朝と晩に二回」
夢子から、と訊けないのはきっと。
「でも自分から連絡はしない訳ね」
夢子と同じように意地になっていたからなのだと思う。ずっときっかけを探して、それなのに毎日不安に生きてしまう辺りが母娘なのだなと感じた。
「でも、出来なくて葛藤しているのはわかってた。だから中々大人になれとは言えなくてな。文也に助けられる形になってしまった。ありがとうな」
「いいよ。俺だってもう大人だ」
それに夢子だって全く同じ。なら、俺たち野郎どもがあの二人を助けてやればいい。それだけの事だ。
俺が居場所を失ったと感じたのは、疎外感があったからというわけではない。ただあの日、父にも父の人生があって、それを俺で縛り付けてはいけないと思ったのだ。
自立できる部分があるならば、胸を張ってここへ遊びに帰ってこれる。俺にとって、家族とはそういうモノだ。
「まぁ、もしまた喧嘩になっても、琴子が止めてくれるよ」
そう言って、俺は琴子を指先で撫でた。琴子がその指を握ったから、俺は手を上下に動かしてあやす。その時の表情に、どこか信じられる強さを感じた。
「間違いないな」
父の言葉を聞いて、俺たちは二人で笑う。
「しかし、本当にあの二人は不器用だな」
「俺たちがそれ言うか?」
忘れたとは言わせない。こっちだって、昔相当に青臭い事をやっていたじゃないか。
「……そうだな。その通りだ」
きっと恩師の顔を思い出したのだろうと思ったから、現在先生が何をしているのかを伝えた。
「そうか。あの先生には本当にお世話になったからな。元気でいてくれているのなら何よりだ」
そう言って、頷いた。
程なくして、時子さんがベランダのガラス戸を開けた。
「終わりましたよ。文也、ありがとう」
誘われて、俺たちは家の中に戻った。夢子は再び俺から琴子を受け取って、優しく撫でている。
「それじゃあご飯を食べましょうか」
時子さんが言う。
「待ってください。その前に聞いてほしい事があります」
そう言って俺はフローリングに膝をつき、父と時子さんに顔を向けた。
「ど、どうしたの?文也」
この人は焦ると夢子と同じ反応をするんだな。いや、それは逆か。
息を呑む。
……。
「夢子さんを、僕に下さい」
そう言って、額を床につけた。
立ち上がってから戸惑う二人に事情を説明すると、いつの間にか夢子は俺の隣にいる。俺の足が震えているのに気が付いたのだろうか。手を握ってくれた。
「……そうか」
父が呟いた。
「でも、あなたたち……」
「時子」
父が時子さんを制する。俺は思わず目を逸らしてしまいそうだったが、耐えて二人を見据えた。
「本気なんだな」
強い言葉。あの日、俺を引き留めたときと同じ強さがあった。
「はい」
それだけを言う。
夢子は何も言わず、ただそこにいてくれている。俺にはそれが、心強かった。
沈黙の先で、まず時子さんが口を開いた。
「文也、いえ。文也君になら、私は任せられるわ」
それを聞くと、父は深く息を吐いて。
「わかった。周りの事は気にせず、幸せになりなさい」
瞬間、俺は心の底から満たされた気分を得た。
「ありがとう!お父さん!お母さん!」
夢子は喜び、二人に抱き着く。彼らはそれを受け止め、「幸せに」と言葉を授けて彼女を撫でていた。
俺はそれを眺めてから、ふとベビーベッドに寝転ぶ琴子を見た。すると、祝福してくれたのだろうか。その時に、元気に声を上げて笑った。
そして現在は数日後の夕方、夢子と二人で新目家の前に立っている。
いくつかの言葉を贈る。勇気を出せるように鼓舞し、そして時子さんは夢子を待っているのだと伝えた。それと。
「いつもじゃなくていいから、夢子も時子さんを甘えさせてあげてくれ」
教えられた言葉を、もう一度伝えた。
「わかった。頼りっきりになんて、もうならない」
俺は前を歩く。門を通るとき、一度振り返って「大丈夫か?」と問うと。
「うん。大丈夫」
そう言って首を縦に振り、二つに結んだ髪を揺らした。
インターホンを鳴らすと、父が俺たちを迎えてくれた。俺たちの顔を見て「オトナっぽくなったな」と言う。まあ、色々あったからな。
リビングに入ると、時子さんがソファに座って琴子を抱いていた。
「おかえり」
その言葉は、夢子の心に響いたことだろう。帰ってきていけない場所などない。友達のようだとは言え、親とは得てしてそういうモノなのだ。
「ただいま」
夢子は俺の背中に隠れていたが、やがて覚悟を決めたように挨拶をした。
「ただいま、お母さん」
言うと、夢子は一歩前に出て。
「琴子の事、抱っこしてみたい」
少し緊張したような声色で続けた。
「首のところ、優しく持ってあげてね」
時子さんは立ち上がると、彼女に琴子をそっと寄せる。それを受け取ると、夢子は笑って。
「……お姉ちゃんだよ」
と呟いた。
俺と父は目を合わせて小さく笑う。彼も相当に心配していたのだろう。その様子を見ると、こうして戻ってきて心の底から安心したのだと思う。
程なくして俺は夢子から琴子の体を預かると、二人は静かに話を始めた。
「文也、父さんタバコ吸うから付き合ってくれ」
そう言われて、俺は父の後をついてベランダに出た。
ガラス戸を閉めると、父は安堵の息を漏らした。
「何がタバコだよ。止めたからあのライターをタイムカプセルに埋めたんだろ」
それに、琴子を抱いているのにそんなことをするわけがない。相変わらず嘘を吐くのが下手で、不器用で、それでいて優しい男だ。
「仕方ない。男がいたって邪魔になるのは、文也もわかってるだろ?」
「もちろん」
言いだしてくれなければ、俺が父を誘い出すつもりだった。
沈黙。二人で大きな夕陽を見つめて、カラスが鳴くのを聞いていた。そんな時、父がふと口を開いた。
「時子がな、毎日言うんだ」
首を傾げる。
「文也から連絡はないか?って。あの日から今日まで本当に毎日。朝と晩に二回」
夢子から、と訊けないのはきっと。
「でも自分から連絡はしない訳ね」
夢子と同じように意地になっていたからなのだと思う。ずっときっかけを探して、それなのに毎日不安に生きてしまう辺りが母娘なのだなと感じた。
「でも、出来なくて葛藤しているのはわかってた。だから中々大人になれとは言えなくてな。文也に助けられる形になってしまった。ありがとうな」
「いいよ。俺だってもう大人だ」
それに夢子だって全く同じ。なら、俺たち野郎どもがあの二人を助けてやればいい。それだけの事だ。
俺が居場所を失ったと感じたのは、疎外感があったからというわけではない。ただあの日、父にも父の人生があって、それを俺で縛り付けてはいけないと思ったのだ。
自立できる部分があるならば、胸を張ってここへ遊びに帰ってこれる。俺にとって、家族とはそういうモノだ。
「まぁ、もしまた喧嘩になっても、琴子が止めてくれるよ」
そう言って、俺は琴子を指先で撫でた。琴子がその指を握ったから、俺は手を上下に動かしてあやす。その時の表情に、どこか信じられる強さを感じた。
「間違いないな」
父の言葉を聞いて、俺たちは二人で笑う。
「しかし、本当にあの二人は不器用だな」
「俺たちがそれ言うか?」
忘れたとは言わせない。こっちだって、昔相当に青臭い事をやっていたじゃないか。
「……そうだな。その通りだ」
きっと恩師の顔を思い出したのだろうと思ったから、現在先生が何をしているのかを伝えた。
「そうか。あの先生には本当にお世話になったからな。元気でいてくれているのなら何よりだ」
そう言って、頷いた。
程なくして、時子さんがベランダのガラス戸を開けた。
「終わりましたよ。文也、ありがとう」
誘われて、俺たちは家の中に戻った。夢子は再び俺から琴子を受け取って、優しく撫でている。
「それじゃあご飯を食べましょうか」
時子さんが言う。
「待ってください。その前に聞いてほしい事があります」
そう言って俺はフローリングに膝をつき、父と時子さんに顔を向けた。
「ど、どうしたの?文也」
この人は焦ると夢子と同じ反応をするんだな。いや、それは逆か。
息を呑む。
……。
「夢子さんを、僕に下さい」
そう言って、額を床につけた。
立ち上がってから戸惑う二人に事情を説明すると、いつの間にか夢子は俺の隣にいる。俺の足が震えているのに気が付いたのだろうか。手を握ってくれた。
「……そうか」
父が呟いた。
「でも、あなたたち……」
「時子」
父が時子さんを制する。俺は思わず目を逸らしてしまいそうだったが、耐えて二人を見据えた。
「本気なんだな」
強い言葉。あの日、俺を引き留めたときと同じ強さがあった。
「はい」
それだけを言う。
夢子は何も言わず、ただそこにいてくれている。俺にはそれが、心強かった。
沈黙の先で、まず時子さんが口を開いた。
「文也、いえ。文也君になら、私は任せられるわ」
それを聞くと、父は深く息を吐いて。
「わかった。周りの事は気にせず、幸せになりなさい」
瞬間、俺は心の底から満たされた気分を得た。
「ありがとう!お父さん!お母さん!」
夢子は喜び、二人に抱き着く。彼らはそれを受け止め、「幸せに」と言葉を授けて彼女を撫でていた。
俺はそれを眺めてから、ふとベビーベッドに寝転ぶ琴子を見た。すると、祝福してくれたのだろうか。その時に、元気に声を上げて笑った。
0
あなたにおすすめの小説
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
友達婚~5年もあいつに片想い~
日下奈緒
恋愛
求人サイトの作成の仕事をしている梨衣は
同僚の大樹に5年も片想いしている
5年前にした
「お互い30歳になっても独身だったら結婚するか」
梨衣は今30歳
その約束を大樹は覚えているのか
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる