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卒業試験決着編
五話
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暗い夜、外の空気は冷たくなり、人は安らかな時間を過ごす頃。
洋助はとある一室の前で立ち止まり、呼吸を整える。
「―――はぁ…」
焔から過去の話を聞き、灯の生い立ちを知った彼は彼女と話をするべくこの時間に灯の部屋を訪ねていた。
しかし、いざ目の前まで来ると躊躇し、戸惑う。
「……よし」
何度目かになる決心をし、部屋の呼び鈴を鳴らすその瞬間であった。
「―――あ」
「――洋助」
手を伸ばした瞬間、部屋の扉が開いて桐島灯は現れる。
その表情は暗く、少し目元が赤く腫れていた。
「あ、…ああ!すみません灯さん!急に押しかけてしまって、その…少し話をしたくて…それで…ええと…」
「――そう、…飲み物買いに行きたいから、少し待っていてくれる?」
「あ、それなら一緒に行きますよ、付いていってもいいですか?」
「まぁ、いいけど…」
施設内の廊下を二人で歩く。
その風景は見慣れているはずなのに、妙に静かで落ち着かない、足音だけが響いて洋助は少し緊張しながら話しかける。
「その、灯さん…艱難辛苦での戦いの事なんですが――」
「洋助」
強い口調、その言葉の先を言わせないとばかりに遮る。
「……洋助、自販機、付いたから、……何か飲む?」
「え、あぁ…はい、すみません…では、お茶で…」
灯は黙って自販機から温かい紅茶を取り出し、洋助にはお茶を手渡す。
自然と休憩スペースの椅子に腰かける洋助は、ただゆっくりとお茶を飲む、対する灯は柱を背に俯き、容器を回して静かに切り出す。
「―――あの戦いの後、私、…考えてた」
「…はい」
「洋助は何も気にせず笑ってくれてるけど、あれは私の実力が招いた事態に変わりない、だから、…だから、改めて謝らせて…」
「――それはっ!ちが――」
「いいえっ!何も違うなんて事はないっ…私は、あの時…、怖気づいた…それが剣を鈍らせた、ごめんなさい…」
灯は、泣いている。
あの大厄を目の前にして、初めて抱いた恐怖は灯に迷いを生ませた。
それが洋助を死の直前に至らしめ、更には消えようの無い後悔を刻ませる。
「―――っつ…」
何もできず、ただ拳を握る事しか出来ない洋助。
「私、巫女を辞めようと思う…」
「―――ぇ」
「巫女として、ただひたすらに務めてきた、けど、…もう私にはその資格が無い…」
「そんなこと…決して…」
決して無い、そう言い切ろうにも確固たる保障も無ければ、責任すら取れる訳ではない、そんな無責任な発言など出来ず、ただ言い淀む。
「だから、遊撃部隊はこれで解散、洋助には悪いけど…これで…」
違う、こんな未来を望んでいた訳ではない、皆を守って、それで笑いあっていられる、そんな未来を求めて戦っているのだ、なのに、目の前にいる一人の人間さえ救うことが出来ていない、これでは意味が無い、なら――。
「俺が、灯さんを守ります」
―――唯、自分に出来る事を精一杯するしか無い。
「――な、何を、言って…」
「俺は…皆を守りたい、その願いは今も変わらずここに在り、揺らぎません、そしてこの皆の中には灯さんも含まれています」
「わ、私は、…私達は巫女よっ!?市民を守って、お務めを果たすのが役目、守って貰う訳にはいかないの!」
「…確かに、巫女の役割はそうですね、ですが灯さん、俺は正式には巫女ではありませんし、特殊遊撃部隊の一員である貴方の後輩です、故に――」
その宣言は力強く、そして高らかに宣誓される。
「巫女が誰にも守られないなら、俺が巫女を、灯さんを守ります、それが俺にできる唯一の役割であり、お務めです!」
――屈託の無い純粋な笑顔で、洋助は灯に笑いかける。
すると、背負っていた重圧から解放される様に灯は崩れ落ち、悲しみとは違う涙が溢れて泣きじゃくる。
「ようすけ、…っぅ…ほんとに、バカっ…死にかけて、辛い思いして、それなのに守るって…うぅ…ばかばかっ…」
「す、すみませんっ…ですから、辞めるなんて言わないでください」
「ぐすっ…わかってる…洋助の考えを無下にしないためにも責任は果たすよ…」
心配して駆け寄り、ハンカチを渡そうとするが灯はおもむろに洋助のシャツを掴み寄せて、豪快に鼻水と涙をそのシャツで拭き染み込ませた。
「ちょっちょ!?……えぇ!?何してるんですかッ!?」
「……お返し、乙女を泣かせた罰」
「いや、ちょっとっ!?すごいべちょべちょで汚いんですがっ!?」
「汚いとか失礼ねッ!、光栄に思いなさい」
泣き腫らした顔でありながら、その表情はいつもの悪戯な笑みである。
二人のわだかまりも解け、遊撃部隊の絆はより一層強くなる、そして洋助もまた人として成長し、その人間性を高めていくのであった――。
洋助はとある一室の前で立ち止まり、呼吸を整える。
「―――はぁ…」
焔から過去の話を聞き、灯の生い立ちを知った彼は彼女と話をするべくこの時間に灯の部屋を訪ねていた。
しかし、いざ目の前まで来ると躊躇し、戸惑う。
「……よし」
何度目かになる決心をし、部屋の呼び鈴を鳴らすその瞬間であった。
「―――あ」
「――洋助」
手を伸ばした瞬間、部屋の扉が開いて桐島灯は現れる。
その表情は暗く、少し目元が赤く腫れていた。
「あ、…ああ!すみません灯さん!急に押しかけてしまって、その…少し話をしたくて…それで…ええと…」
「――そう、…飲み物買いに行きたいから、少し待っていてくれる?」
「あ、それなら一緒に行きますよ、付いていってもいいですか?」
「まぁ、いいけど…」
施設内の廊下を二人で歩く。
その風景は見慣れているはずなのに、妙に静かで落ち着かない、足音だけが響いて洋助は少し緊張しながら話しかける。
「その、灯さん…艱難辛苦での戦いの事なんですが――」
「洋助」
強い口調、その言葉の先を言わせないとばかりに遮る。
「……洋助、自販機、付いたから、……何か飲む?」
「え、あぁ…はい、すみません…では、お茶で…」
灯は黙って自販機から温かい紅茶を取り出し、洋助にはお茶を手渡す。
自然と休憩スペースの椅子に腰かける洋助は、ただゆっくりとお茶を飲む、対する灯は柱を背に俯き、容器を回して静かに切り出す。
「―――あの戦いの後、私、…考えてた」
「…はい」
「洋助は何も気にせず笑ってくれてるけど、あれは私の実力が招いた事態に変わりない、だから、…だから、改めて謝らせて…」
「――それはっ!ちが――」
「いいえっ!何も違うなんて事はないっ…私は、あの時…、怖気づいた…それが剣を鈍らせた、ごめんなさい…」
灯は、泣いている。
あの大厄を目の前にして、初めて抱いた恐怖は灯に迷いを生ませた。
それが洋助を死の直前に至らしめ、更には消えようの無い後悔を刻ませる。
「―――っつ…」
何もできず、ただ拳を握る事しか出来ない洋助。
「私、巫女を辞めようと思う…」
「―――ぇ」
「巫女として、ただひたすらに務めてきた、けど、…もう私にはその資格が無い…」
「そんなこと…決して…」
決して無い、そう言い切ろうにも確固たる保障も無ければ、責任すら取れる訳ではない、そんな無責任な発言など出来ず、ただ言い淀む。
「だから、遊撃部隊はこれで解散、洋助には悪いけど…これで…」
違う、こんな未来を望んでいた訳ではない、皆を守って、それで笑いあっていられる、そんな未来を求めて戦っているのだ、なのに、目の前にいる一人の人間さえ救うことが出来ていない、これでは意味が無い、なら――。
「俺が、灯さんを守ります」
―――唯、自分に出来る事を精一杯するしか無い。
「――な、何を、言って…」
「俺は…皆を守りたい、その願いは今も変わらずここに在り、揺らぎません、そしてこの皆の中には灯さんも含まれています」
「わ、私は、…私達は巫女よっ!?市民を守って、お務めを果たすのが役目、守って貰う訳にはいかないの!」
「…確かに、巫女の役割はそうですね、ですが灯さん、俺は正式には巫女ではありませんし、特殊遊撃部隊の一員である貴方の後輩です、故に――」
その宣言は力強く、そして高らかに宣誓される。
「巫女が誰にも守られないなら、俺が巫女を、灯さんを守ります、それが俺にできる唯一の役割であり、お務めです!」
――屈託の無い純粋な笑顔で、洋助は灯に笑いかける。
すると、背負っていた重圧から解放される様に灯は崩れ落ち、悲しみとは違う涙が溢れて泣きじゃくる。
「ようすけ、…っぅ…ほんとに、バカっ…死にかけて、辛い思いして、それなのに守るって…うぅ…ばかばかっ…」
「す、すみませんっ…ですから、辞めるなんて言わないでください」
「ぐすっ…わかってる…洋助の考えを無下にしないためにも責任は果たすよ…」
心配して駆け寄り、ハンカチを渡そうとするが灯はおもむろに洋助のシャツを掴み寄せて、豪快に鼻水と涙をそのシャツで拭き染み込ませた。
「ちょっちょ!?……えぇ!?何してるんですかッ!?」
「……お返し、乙女を泣かせた罰」
「いや、ちょっとっ!?すごいべちょべちょで汚いんですがっ!?」
「汚いとか失礼ねッ!、光栄に思いなさい」
泣き腫らした顔でありながら、その表情はいつもの悪戯な笑みである。
二人のわだかまりも解け、遊撃部隊の絆はより一層強くなる、そして洋助もまた人として成長し、その人間性を高めていくのであった――。
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