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日常
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しおりを挟む「どう?少しは安心する?」
「あなたは―――なに、を」
「いやなに、ちょっと君のお仲間の居場所が知りたいんだ、話してくれる?」
「……………」
「―――そっか」
ここまで、彼は目線を逸らさず彼女をしっかりと見据えた。
それが意味するは、彼女が力を使おうと思えばいつでも使用できたという事。
しかし、それをせず、ここまで洋助の話を聞いている。
つまりは、既に彼女は目の前の詐欺師によって心が掌握されかけていたのだ。
「よいっしょ……っと」
自身もまた、パイプ椅子を取り出して姿勢を崩して座る。
そして、悪魔的な瞳で彼女の瞳を見続けた。
「俺の事、嫌い?」
「―――っ……そんな、事は」
「じゃあ好き?」
「……は、い」
「詐欺師の場所は、教えられる?」
「……それ、だけ…は…」
「―――そう」
恐ろしく、優しい声色。
加えて、愛しく想えるほどに表情も優しく、洋助の挙動が、声が、呼吸が。
一つ一つに、彼に魅入られた人間にとって意味を持つ。
「ごめんね」
一言、彼はそう言った。
罪悪感を持たない言葉は、虚しく空に消えて誰にも届かない。
それでも、これから犠牲になる詐欺師に仮初の贖罪を投げたのだ。
―――瞳孔が、妖しく輝く。
淡紅色の粒子が身体を薄く包み、それは彼女の脳を焼く。
抵抗も、拒絶も出来ずに正体の分からぬ快感と支配だけが彼女を構成する。
魅了の力を強めただけで、人を掌握し、従属させた。
これが、織田宗一郎が秘匿し抱える、未だ無名の詐欺師。
私立探偵事務所を経営する、赤原洋助の力であった。
「―――っあッ……あ、ッ……あぁ……」
こうなればもう、彼の言う事しか聞かないただの人形。
彼女にとっての幸福は洋助の全てであり、脳はそれしか受け付けない。
これは、能力の影響が薄まっても尚続き、一生付きまとう呪縛でもある。
故に、洋助は力の使用を控え、これを最後の手段とした。
「―――ごめん、な」
この後、情報を聞き出して仕事を終えた洋助は黙って部屋を出た。
残った詐欺師、魅了の虜となった彼女の人生はここで終わる。
運良く生き長らえる事があっても、力によって捻じ曲げられた価値観によって彼女は一人では生きていけない。
過去にも、同じ力でそうあった人間が自死を選んだのだから―――
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