蒼き春の精霊少女

沼米 さくら

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メランコリックと精霊少女(1)

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 起きたら夜だった。そんな日が何日続いただろうか。
 しばらくスマホを見つめて、今日あったらしい出来事を淡々と咀嚼する。
 ツイッターを開いて、トレンドを覗き、今日も平和であることを確認。
 世の中ではオリンピックがやるとかやらないとか言われてるらしいが、僕にはもはや関係ない話だ。学校に行かなくなってから、他人とのかかわりをほとんど絶ってしまった僕には。
 そうだ。僕は脱落者だ。社会不適合者。
 他人との関わりをなるべく絶って、辛いことからは徹底的に逃げて。その結果が不登校の昼夜逆転。
「気楽でいいね、あんたは」
 皮肉めいた声が、暗い部屋に響く。ああ、またアイツか。
「関係ないだろ。というかいい加減に押し掛けるのもやめてくれ」
 言いながら電気をつけると、そこにはやはり彼女がいた。
 茶髪でショートヘアのツンとした少女は僕を睨みつける。
「やめるわけないでしょ。あたしはアンタの幼馴染なんだから」
「幼馴染だか何だか知らんが、いい加減うざいんだよ。早く寝ろ、ハル」
「わかってるわよ!」
 憎まれ口も慣れたものだ。昔はこいつと恋人の真似事をしてたのが、もはや懐かしい。
「ご飯、リビングに用意しといたから。あと、いい加減学校来なさ……」
「うるさい。……わかったから。夜風に当たりに行ってくる」
 口やかましい、母親みたいなことを言ってくるハルを横目に、僕は公園へと出かけた。
「お前も早く帰って寝なよ。僕のことなんて忘れてくれ」
 捨て台詞みたいに、彼女に言い聞かせて。



 僕って、いったいどうしてこうなんだろう。
 深夜、涼しい風が吹き抜ける。
 将来への不安が頭をよぎる。
 高校を中退こそしていないものの、半年以上通っていないことはそのまま履歴書などにも影響する。アルバイトなんて受かりもしないだろう。僕は無能だから。働けないやつに金が払われる道理なんてない。
 そもそも、こんな僕を雇う会社などあるのだろうか。雇われたとしてまともに働くことが可能だろうか。
 答えはノーだろう。もう自分には一つの道すらも残されてはいないのだ。
「はは、死にたいなぁ」
 空に向かってひとりごとをつぶやいた。
 死ぬほかに道なんて残されちゃいない。それはわかっている。けれど――どうして脳裏にハルの顔が浮かぶんだろう。
 ああ、アイツがいるからどうしても死ぬに死ねないんだ。
 生きてることを過大評価して、死ぬことを忌み嫌う。気持ち悪いがわからんこともない。しかし結局エゴイズムでしかない。
 彼女のエゴイズムの鎖に縛られて、僕は動くことすらままならない。
 がんじがらめ。いったいどうすりゃいいんだ。
 どうせ答えが出ることはない自問自答。公園までは徒歩一分。
 夜風。草が靡き、ざわざわと音を立てる。
 ひとまず木製のベンチに腰掛けて、目の前に立つ木をぼうっと見た。
 この木にも存在意義はあるのだろうか。愚問だ。あるからこそ植えられているのだろう。ならば、存在意義のない僕はこの木未満の存在なのだ。
 わけのわからない思考が脳内を支配して。
「ちょっと、隣いいですか?」
 少女の声が聞こえた。知らない、幼い声。
「あ、はい。どうぞ」
 少しだけ目が覚めたようだった。彼女を遠ざけるように、ベンチの端に寄って。
 隣に座った彼女は、あたかも天使のように見えた。
 幼女というよりかは、小学生くらいの少女というほうが正しいだろうか。しかし、その姿はおおよそこれが現実に存在するものだとは思えなかった。
 明るい、一見金色にも見える茶髪。白く薄いワンピース。空色の瞳は僕を少し不思議そうに見つめる。
 目を疑うほどの美少女。それが、夜中に、僕なんかの隣に座ったのである。
 ありえない出来事だった。
 いや、これは夢だ。そうだ。夢に違いない。
 思い込みつつ、しかし肌に感じる風の感覚は本物のようで。
 ……いくら夢だとしても、少女の隣に座るなどおこがましい。第一、職質にでも捕まったらどうするんだ。
 極めて冷静な思考により、僕はベンチを立つことにしようとして。
 いざ腰を上げたとたん、手首をつかまれる。
「ちょっと、お兄さんとお話がしたいんです」
 幼い声は明らかに僕をご指名していた。
「は、はあ。なんでしょう」

「時に、お兄さん。精霊って信じますか?」

「ウチブッキョウデスガ」
 宗教勧誘かよ。大人たちは幼気な少女に金稼ぎの片棒担がせてどうするつもりなんだ。
 一気にカタコトになりつつ白い息を吐くと、少女は「宗教勧誘じゃないですよ!」と慌てた。かわいいな、とやけに素直な感想を抱いたのはおいておくとして。
「どうせだし、聞いていってください。この世には精霊っていう存在がいてですね……」
 それは、とても長い説明というか作り話だった。
 精霊という科学では解明できないような力を秘めたオカルトな存在が人間に紛れて存在していて、魚介人類というこれまた不可解な存在がその精霊とやらを滅ぼそうとしているらしい。
「……ということです。どうですか!?」
「すみません、ちょっとよくわかんないです」
「えー……」
 向こうも明らかに疲れてるみたいな反応。僕はため息を吐いた。厄介ごとはごめんだ。
「いいから、僕なんかと関わらずにおうちに帰って早く寝たほうがいいですよ。時間の無駄だし……友達と遊んでた方が楽しいでしょ」
「あなたってとっても親切で優しいんですね」
 いまそれ関係あるか、と言いたくなってしまった。けれど、次の瞬間、少女は僕の腕をつかんだのである。
「そんなあなただからこそ、やってほしい」
 僕を上目遣いで見上げる少女。その手を振り払おうとしたその時。

「ほら、来ました。『魚介人類』です」

 突如、その奇怪な、生物ともいえないようなものが目の前に躍り出た。
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