蒼き春の精霊少女

沼米 さくら

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臆病者ゴートゥヘル(4)

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「精霊一匹……そうか、殺し損ねたのか。まあよい」
 玉座。紫髪の少女――魚介人類のクイーンは報告を聞き、ため息を吐く。
 いまこの瞬間にも現実が改変されているかもしれない。
 一部の精霊が持つ現実改編能力は、この世界の法則を捻じ曲げて、ちぐはぐにしてしまう可能性を持つ。そうなれば、最悪の場合世界は壊れてしまうのだ。
「世界を守るため。母様から承った使命を果たすためじゃ。そのために――」
 精霊という存在を滅ぼす。精霊は余さず殺す。たとえ彼女たちの力が世界の存亡と関係なかったとして、それを知るすべはないのだから。
『そうして、何人の、いや何十人、何百人の命を犠牲にしたのじゃ』
 自分の中の自分が問いかける。
 直接手にかけたのは、おそらく二桁も行かないだろう。しかし、量産型魚介人類という自立制御の兵器を産みだしてからは、一方的な虐殺と言ってもいいほどに大量の精霊を人知れず殺してきた。
 罪悪感が、少女の幼い心を支配しようとする。
「やめろ! やめろっ!! わしは正しい! わしのやってきたことは、正しい!! 正しいはずだからっ!!!」
 自分を正当化して、頭を抱えて。
「どうしたのデスか、クイーン」
 いつの間にか、マックローが玉座の前に立っていた。
 部下に取り乱している姿を見られたら、威信にかかわる。いつも側近をしているマックローでなく若くて血の気の多い人格が入っている個体だったら少し危なかったかもしれない。
 深呼吸を一つ。少女はわずかな苛立ちを声に含みつつ、いつもの尊大な態度をとる。
「なんでもない。……何用じゃ」
「ハッ。クイーン宛にメールが届きました故、報告に参りマシタ」
「差出人と内容を」
「送り主は『オーディン』、内容は――」
 それを聞いて、少女はほくそ笑んだ。
「ふふ、今代のオーディンはかなりのお人好しのようじゃ。こんなはぐれ者までもを探し当てようとは……」
 驚嘆。そして、決意。
 少女は玉座から立ち上がり、息を大きく吸って宣言した。
「よし、この挑発に乗ってやるとしよう! 早速準備じゃ!!」
「ギョイ」
 そう言ってそそくさと出ていくマックロー。一人になった玉座の間、少女はへたり込んだ。
「はは、いつも通り。いつも通りじゃ。いつもみたいに、精霊をみんな……殺しちゃえば、いいのよ。そうすれば、世界は……世界は……」
 救われる。その言葉がどうしても喉につかえて出てこなかった。
「……やだよ……ころすの、やだよぉ……」
 その幼い弱音を聞く者は誰もいない。



 ふっとため息を吐いて、カバンを肩にかける昼休み。僕は早退することを決めて、これから校門をくぐるところだった。
 幸い先生に何を言われるわけでもなく、ハルに軽く小言を言われる程度。運はきっとよかったんだと思う。
 だからきっと、こうして校門の前のベンチで一人黙々と弁当を食べていた霜田さんに出くわしたのも幸運の類だったのだろう。
「……要件を教えろ」
「いや語調強いね!?」
 軽く驚きつつ、なんでもないよと首を振って学校の敷地内を抜けようとして。
「隣……よろしいだろうか」
 と、スカートの裾をつかまれる。
 ……これから特に用事があるわけでもないし、いいか。
 僕はこくりと首を縦に振った。

 はむはむと弁当を食べる彼女。その小柄な体躯に似合わない重箱の中身がみるみるうちに減っていくのを見ながら、僕は質問する。
「……体、大丈夫なの?」
「異常はない。食事の量も安定、そもそもあれはかすり傷に過ぎない」
 首を吹っ飛ばされてかすり傷というのは明らかにおかしい気がする。けど、本人が大丈夫というのならきっと大丈夫なのだろう。
「質問はそれだけか」
 霜田さんの言葉に、僕は首を縦に振る。
「ならば、次は私の番だ」
 言って、彼女は僕の瞳を見つめた。
「貴方は精霊なのだろうか」
「ああ、そうだけど」
 敢えて誤魔化す理由もなかった。
 しかし、彼女はそんな僕をちらりと見て。
「私は孤立している」
 見ればわかる。そんなツッコミすら許さぬ雰囲気、というか悲壮感が、どこか言外に滲んでいるように聞こえて。
 彼女はぽつぽつと語りだした。
「……昔から、友達という存在に憧れていた。自宅の垣根の外から聞こえる、子供たちのやかましくどこか微笑ましい喧騒は、何時からか心の穴を作り出し、押し広げて、胸をきゅうと締め付けた」
 僕は黙って彼女を見つめた。思えば、どこか自分と重ね合わせていたのかもしれない。
 友達と呼べる存在がただ一人しかいなかった――そしていなくなった自分と。
「その穴を埋めるように読書に没頭し続けて、しかし却って孤独は深まるばかりであった。言葉を発せど、誰に届くこともなく――十数年を、家族以外の人間と関わらずに過ごした」
 ここまでを聞いてようやく合点がいく。この少女は言葉をほとんど本でのみ学んだために、一般的な口語を覚えられなかったのだと。
 彼女の親が狂っていたのか、特別な事情でもあったのか。それが僕にわかるはずもないが。
「高校二年生。今年の春になって、ようやく学校に通う許可が下りた。『友達』ができるという期待は、教室に入った瞬間に打ち砕かれるほかなかった。そうして私は笑われ、孤立した」
 このことを話して、どうなるわけでもない。けれど。
「……僕たちって、結構似てるのかもね」
「そうかも、しれない。わかるはずもないが」
「たしかに」
 言って、僕はわずかに笑った。彼女は頬を桃色に染めて。
「……いつか、どこかで聞いた言葉で問いたい」
 少し目を逸らしつつ、上目遣いで僕に聞く。
「『友達、なってもいいかな』」
 初々しいその言葉に、僕は微笑んだ。
「いいよ」
 こんなに可愛らしく言われたら、断れるはずもないじゃないか。
 霜田さんは目を丸くして、それから少しづつ口角を上げた。
 ぎこちない笑顔で初めて笑った彼女に心を奪われそうになったことは、誰にも言わないでおこう。
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