蒼き春の精霊少女

沼米 さくら

文字の大きさ
21 / 24

ソウル・サルヴェイション(1)

しおりを挟む

 あたしが学校で笑うことはない。
 そりゃ、友達付き合いで笑ってるふりをするくらいはある。けど、それだけ。
 あたしが本気で笑えるのは、シキと一緒にいるときだけ。
 ――彼が再び引きこもってから一週間がたった。
 部屋に鍵を付けて、誰も入ってこられないようにして。
 いまのあたしの……シグルドリーヴァの力を使えば鍵くらい簡単に壊せるだろう。けど、何故か体が拒んだ。
 ……生徒会長のウズ先輩が教えてくれた、シキの精霊としての能力がそうさせているのかな。わからないけれど。
「伊東ってさ、来宮さんが一緒の時が一番輝いてなかった?」
「あー、なんかわかる。一年のころはなんかパッとしなかったもんな」
「来宮さんが来てからだったよな。急に可愛くなったの」
「それな!」
 放課後の教室。クラスの男子の騒ぎ声。小耳にはさんだその会話が妙に的を射ているようで、少し嫌になる。
 なにもない空間とにらめっこして、それから軽くため息を吐いて。
「……ハル」
 不意に、鈴の鳴るような声があたしの名を呼んだ。
 即座に笑顔を作って「はいはーい」と応対する。
「フユ、どうしたの?」
「オーディ……生徒会長から『生徒会室に来てちょうだい』とのことづけだ」
「わかった。一緒に行こ」

 生徒会室のドアを三回ノックすると、中から「はーい」と声が聞こえて。
「いらっしゃい、ハルちゃん、フユちゃん」
 扉を開けると、中には会長以外は誰もいない。長机の上にはティーセット。
「座りなさいな」
「わ、わかりました」
 答えながらティーカップの前の椅子に腰かける。フユもそれを真似るように腰掛けて。
 会長は話し出した。
「単刀直入に言うわ。……昨日、しばらく休んでいた来宮さん――シキちゃんから電話がかかってきたの」
「シキから!? ……です、か?」
 あたしは酷く取り乱す。
 なんで……なんであたしじゃなくてこいつに……。
 ここで暴れるわけにもいかない。深呼吸して怒りを鎮めて。
「……それで、なんて言ってたんですか?」
 目の前の女を睨みつけながら、聞いた。
「明日――つまり今日、放課後に自宅に来てください、とのことよ」
 なるほど。
 やっと、やっとシキに会える!
「行く! 行きましょう!! いますぐにっ!」
 あたしは叫ぶように言う。
「わ、わかったから……ちょっとトイレに行かせて」
 会長はすこし引きつつ席を立つ。そのままトイレに向かう前に振り向いて、いままで蚊帳の外だったフユに聞いた。
「フユちゃんも行く? いちおうあなたも呼ばれてるのだけど」
 彼女はこくりとうなづいて。
「呼ばれてるのであれば行こう。……シキとも、久しく会話していないのだ」

「……普通の家、というのはこういう家屋のことを言うのか」
「そういうことは言わないの」
 ナチュラル失礼をかますフユをたしなめる会長。
 そんなやり取りを背に、あたしは息を呑む。
 シキがいない一週間はあまりにも無味乾燥だった。あの日までは一晩シキと会えない日があっただけで辛かったのに、一週間も離れてたのだからもうおかしくなりそう。
 いや、既におかしくなっていたかもしれない。
 息は荒くなって、心臓はバクバクと鼓動して。
 もし、拒絶されたらどうしよう。
 緊張とか不安とかが入り混じりながらも、あたしは玄関のチャイムを鳴らした。
「はーい」
 出てきたのは幼い少女。シキの妹のアキ。
「ハルさん……シグルドリーヴァと、オーディンと……たしか、レギンレイヴでしたか。白髪の精霊」
 レギンレイヴ、とはたぶんフユの力の名前のことだろう。精霊同士は能力の名前で呼ぶ習わしがあるって会長に聞いたし。
 その会長は、アキに何かを聞いていた。
「……『アキ』でいいのかしら」
「スクルドと呼んで構いません。今までもそうだったでしょう」
 さあ、お入りください。そう言って招き入れるアキに怪訝な面持ちをする会長。それを横目に、あたしはリビングに向かう。
 そこそこに大きめの部屋。四人掛けのテーブルに、ダイニングキッチン。いつもならここでテレビでもつけてくつろぐのだけど、今日はそんな気分にはとてもなれなかった。
 もうすぐシキと会えるんだって。それが、それだけが、とてもとても嬉しくって。
 どきどきと、ただ心臓が激しく脈を打っていた。
「そういえば、です。最近、お姉ちゃんとのつながりが弱くなっているような気がするのです」
「例えば?」
「思考が読めなくなったり……あと、体も重い気がしますし」
「……そう」
 そんな会話をぼんやりと聞きながら、あたしはシキを待った。そうしてしばらくして。
「ごめん、遅くなった。……みんな、久しぶり」
 シキが現れた。
 制服姿。腰まで伸びた長髪を簡単に結んで、少し身ぎれいにしているように見える……けど、あたしにとってはもうどうでもいい。
「シキ! 会いたかった!!」
「そうか。本当にごめん。……ちょっと、色々あってさ」
「色々ってなによ! もう……」
 感極まってちょっと泣きそうになるあたしを、シキはそっと撫でて。
「……来てくれてありがとう。ウズさん、フユ。あと、ハルと、アキも」
 そっと、何かをあきらめたような微笑みを浮かべた。
「どっか、出かけようか。……たとえば、ショッピングとかにでも」

 あたしたちは出かけた。
 行き先は、少し遠くのショッピングモール。
 着いたら、五人で服屋さんを巡った。
 かわいい服をいっぱい見て、試着して、ついには買ったりして。
 それから、チョコレートドリンクをみんなで買った。
 イケてる写真なんか撮って、インスタに上げたりなんかして。
 笑いあって、はしゃぎあった。
 あたかも、普通の女の子みたいに。
 時間はあっという間に過ぎていった。
 ――残酷に、過ぎていった。
「今日は楽しかったね!」
 帰り道。笑うあたしに、会長……ウズ先輩とアキはつられて笑って。
 シキも、微笑んでいて。
 ただ、フユだけは訝しげな表情をしていた。
「どうした? 楽しくなかった?」
 シキが聞くと、フユは「いい息抜きになった」と言い。
「……だが、少しだけ、気になることがあった」
 間を置きつつ、遠慮がちに。
 しかし、彼女は列挙する。その違和感を。
「何故、いつまでも日が沈まないのだろう。午後も遅いはずなのに。何故、金銭は底をつかなかったのだろう。あれほど物を買ったのに」
 ……言われてみれば。
 シキの家に集まったのは放課後で、そもそも高校の授業が終わるのはすでに日も沈みだす頃のはず。それなのに、三時間くらいは遊んでいて何故日は沈んでいないのか。
 お金なんてもっと顕著だ。高校生はたいてい使えるお金に限度があるはず。バイトをしていたりすれば別だけれども、あたし以外は働いているような気配はない。
 ウズ先輩は度々学校に行けなくなるくらいに病弱なので働けそうもないし、フユちゃんはバイトをしていたらこんなに世間知らずで変な口調にもなってないだろう。シキは数日前まで引きこもりでニートだったのでナシ(というかすでに把握済みだし)。そしてアキは論外。小学生がバイトできることは法律的にありえない。
 そしてあたしは、バイトはしてるけど――
「たしかに今日、お金下ろしてないじゃん」
 ――そういうことだった。
「気付かれちゃったか」
 シキの一言。それとともに……轟音が響き渡った。
「――どういう……」
 ウズ先輩の疑問はかき消されて、直後に答えは明かされる。
 オレンジ色の空。その向こうにいたのは――あまりにも大きな、真っ黒いカマドウマだった。
「とっくにわかってたんだろ?」
「なに? なんのこと!?」
 わからない。否、わかりたくなかった。
 ほかのみんなも悟ったみたいで――アキが恐る恐る口にする。
「……この世界は、夢、ですか?」
「そうだよ。……僕の作りだした、夢の世界さ」
 カマドウマの形をした怪物の跳躍によって、踏み荒らされる町。人のいない不自然な、しかし妙なリアリティにあふれた街並み。
 これが夢の世界だというのなら、なんて夢のない夢なのだろう。
「なんで、こんな……」
 その質問に、シキはうつむいて。
「……ただ、最期に思い出の一つくらい作りたかった。それだけさ」
「さいごって……どういう……」
 嘘だ。やっと会えたのに。
 この言葉の意味することくらい、分かってたはずなのに。
 予感を裏切ってほしい。
「言葉通りさ」
 少しの間を作って、彼は「予想通りの答え」を告げた。
「僕は、君たちの中から消える。起きたら僕のことは誰も覚えていない。……神様のことなんて、誰も覚えていないほうがいい」
「かみ、さま?」
「そう。……僕は神になることにしたんだ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

黒に染まった華を摘む

馬場 蓮実
青春
夏の終わり、転校してきたのは、初恋の相手だった——。 鬱々とした気分で二学期の初日を迎えた高須明希は、忘れかけていた記憶と向き合うことになる。 名前を変えて戻ってきたかつての幼馴染、立石麻美。そして、昔から気になっていたクラスメイト、河西栞。 親友の田中浩大が麻美に一目惚れしたことで、この再会が静かに波紋を広げていく。 性と欲の狭間で、歪み出す日常。 無邪気な笑顔の裏に隠された想いと、揺れ動く心。 そのすべてに触れたとき、明希は何を守り、何を選ぶのか。 青春の光と影を描く、"遅れてきた"ひと夏の物語。   前編 「恋愛譚」 : 序章〜第5章 後編 「青春譚」 : 第6章〜

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

陰キャの俺が学園のアイドルがびしょびしょに濡れているのを見てしまった件

暁ノ鳥
キャラ文芸
陰キャの俺は見てしまった。雨の日、校舎裏で制服を濡らし恍惚とする学園アイドルの姿を。「見ちゃったのね」――その日から俺は彼女の“秘密の共犯者”に!? 特殊な性癖を持つ彼女の無茶な「実験」に振り回され、身も心も支配される日々の始まり。二人の禁断の関係の行方は?。二人の禁断の関係が今、始まる!

処理中です...