BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび

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第三十一話









なんでもない、ただ普通の日だった。
いつものように夕飯を食べて、いつものようにお風呂に入って。
唯兎の様子に気を配りながら夜を過ごすはずだった。





「兄さん、大事な話がある」





唯兎に呼び止められるまでは。

唯兎から声をかけてくれるなんて久しぶりで、舞い上がる気分を無理やり抑える。
唯兎があまりにも、真面目な表情をしていたからだ。

義父さんも交えて話すことになり、夕食後のリビングは少しピリついた。
唯兎も唯兎で勢いで呼び止めたからか緊張している様子でモゾモゾと身体を動かす。
そんな様子をゆっくり見ているのも久しぶりで、場違いではあるが嬉しいと思ってしまった。
モゾモゾ落ち着かない様子の唯兎をジッと眺めていると、話すことがまとまったのか顔を上げた唯兎の瞳とぶつかる。







「……兄さん、皇に冷たくしてない?」

「…え?」

「今日、皇とちょっとしたいざこざがあって…その上で聞いた。他の子の話なら俺もスルー出来るけど、皇は俺の大事な友達だよ」






皇君に、冷たく?思い当たる部分がない、けど無意識で冷たくしてしまった可能性があった。
僕は昔から、自身に向けられる好意に嫌悪を抱いていた。
それは女の子達の身勝手によるものが原因で、僕に好かれようと近寄ってくる癖に僕の隣にいた唯兎に酷いことを言う人があまりにも多かったからだ。
それ故に皇君からの好意にもすぐ気付いたし、唯兎の様子を伝えてくるのだって点数稼ぎなんだろうと踏んでいた。

多分、それは正解なのだろう。

ただ、予想以上に皇君はちゃんと唯兎の友達として仲良くしてくれていた。
唯兎だって自分のことをどうでもいい扱いするような人の為に、ある意味喧嘩中の僕に声なんてかけてこないだろう。

無意識で『唯兎の友人』としてではなく、『僕に好意を寄せる人間』として扱ってしまっていたのかもしれない。
それは申し訳ない事をした、好意を寄せている人に冷たくされるなんて沢山傷付いただろう。
実際、僕だって唯兎に冷たくされて沢山泣いたし沢山傷付いている。
それを唯兎の友人にも与えてしまっていたなんて…。

しゅん、としていた僕に何を思ったのか唯兎はわざとらしくため息を吐いてソファから立ち上がった。






「皇をしっかり見てあげられない兄さんとなんか、俺だって仲良くなんて出来ないからね」






僕の脳みそが雷に打たれた感覚に陥った。
リビングから出て行った唯兎の背中を見つめた後、フルフル震えている両手を見つめる。

つまり、なに?
皇君をしっかり見てあげて、しっかり接してあげられるようになれば…唯兎はまた僕を見てくれるってこと?
唯兎とまた、普通話して普通に出かけて普通に一緒にお風呂入って普通にご飯食べさせあって普通に一緒に寝て普通に………。






「照史?おーい、照史?」

「……はっ」






完全に脳内トリップしていた僕を心配してか、義父さんが僕の肩をトントンと叩いて呼び起こす。
危ない、僕の欲求が全て溢れ出るところだった…だって、もうずっと唯兎不足が続いているんだもの。

でも、これで希望が見えた。
今まではこれ以上唯兎に嫌われるのが嫌で、顔色ばかりを伺ってきた。
けど、まずは皇君としっかり向き合って話せるようになれば唯兎と普通に…普通にできる!

ギュッと握った両手が僕の決意を表しているようにフルフルと震えていた、のを隣で義父さんが見て苦笑していた。
























ガリッ

ガリッ

口の中で放り込んだのど飴が音を立てる。

何もかもが上手くいかない。
あの手紙の人物が映画館の奴なのか、カフェの奴なのかもまだ特定出来ない。

イライラする。
こんなに何も上手くいかないのは初めてだ。

俺自身があのガキに何も出来なくなった分、照史に惚れてるであろう奴を利用しようとしたところまでは良かった。
あのガキさえ消えれば全て思い通りになると思ってた。
どうせ利用しようとしたアイツはしでかした後で現実に気付いて壊れるタイプだ、あの後の事なんて全く心配していなかった。

…なのに、思っていた以上にアイツはあのガキを好んでいた。
照史に近付くために一緒にいるものだと、別に好きで一緒にいるわけではないだろうと思っていたのに。






「…っくそ!」






ドンッと机を叩くと、袋に入ったのど飴が机からこぼれ落ちる。
偶然にも1つ手元に残った飴の封を切り口の中に放り込むと再びガリッと噛み砕き始める。

…やはり、まずはあの犯人を特定するしかない。
カタカタとPCのキーボードを鳴らしながら俺は犯人への殺意ばかりを倍増させていった。






















「ゆーいと!」

「うぐ、皇ぃ…重い…」

「いいじゃん、ぼくに抱きついて貰えるなんて光栄な事なんだよ?」

「はいはい、ありがと。重いよ」






えーっ、なんて笑いながら離れた皇を見てホッと胸を撫で下ろす。
屋上での事は誰にも話していない。
勿論、大原や桜野にも言うつもりはない。

あの後、屋上で皇は涙を流しながらどうして俺に苛立ちを覚え始めたのか話してくれた。

俺に近付いたのは兄さんに近付くため、というのは知っていた。
俺と兄さんが喧嘩して離れた事をチャンスだと思ってしまったようで、俺のことをちょくちょく兄さんに報告していたそうだ。
そのことに対しても沢山謝られたから俺自身は何も思うところはない。

報告の時、兄さんに声をかけても笑ってもくれない。
近くを通っても目も合わせてくれない。
兄さんから声をかけてくれるなんてこと、ない。

これらの積み重ねから皇の中では(これが唯兎なら?)と皇がいる場所に俺がいた時、兄さんはどんな反応するのか考えたと。
そして、それを考えた結果俺に対して怒りを覚えたと俺にしがみつきながら話してくれた。
ただの嫉妬だったと、そして俺に対して傷付けるようなことするつもりはなかったと。
けど、怪しい手紙を貰ってからそれが揺らいだことも話してくれた。

その手紙には、明らかに俺に対して危害を加えるような事を推奨する内容が書かれていた。
そして、俺がいなくなれば兄さんはお前を見るぞ…と。

こういった内容には心当たりがある。
俺が、兄さんと少し話しただけで周りを巻き込もうとした…ってことか?

ついこの前、大原と桜野と仲直りができて浮かれていた時に兄さんと少しだけ話した。
それもその1日だけだったが、それが今回のことに影響を及ぼした可能性があると考えると全ての原因は俺にあるのでは…。
そう考えても皇にどう説明したらいいかわからず、変に刺激するのも気が引けて何も言わずに今日を過ごした。







「唯兎、帰りに本屋寄ってく?どこか行きたいところある?今日バイトないもんね、一緒に行こ!」

「…皇、今日元気だね」

「えへへ、唯兎と一緒にいるのが楽しいんだよ」







心からそう思っている、とでも言わんばかりに綺麗に微笑む皇に目がチカチカする。
なんて眩しい笑顔を見せるんだ、この美人さんは。
その微笑みにやられたクラスメイトが皇をじーっと見つめているが、皇はそれに気付いていない様子でスマホを弄りながらどこに寄って行くか検索して見ていた。






「皇は行きたいところないの?」

「んーー、カフェには行きたいけど、その前に何処か寄れるよね?」

「じゃあ本屋行ってからカフェは?」

「そうしよ!カフェは深緑でいい?」






楽しそうに話す皇が微笑ましくて俺も締まりのない笑顔でコクンと頷けば皇は更に嬉しそうに笑い、再び俺に突進してきた。
そんな俺たちを見るクラスメイトの目に悪い感じは含まれておらず、なんだか不思議な気持ちのまま一日を過ごした。

放課後になれば皇はすぐに俺の席に寄ってきてニコニコしながら俺の準備を待っていた。
なんだか不思議な感じ、前も皇は優しくて俺と一緒にいてくれたけど…今はなんだか俺といるのが嬉しいって、一緒にいたいって雰囲気を全面に出してくる。
そんな皇に俺も嫌な気は全くないし、むしろ嬉しく思う。
つい俺も頰が緩みヘラッと笑い掛けると皇は遠慮なく突進して俺に抱きついてくる。





「唯兎のその笑い方本当可愛いぃ…とけそぉ…」

「皇の方が可愛いよ」

「んんーっ!もう!唯兎ってば本当にもう!」






ギュウギュウと抱き付いて離れない皇を引き摺りながら靴箱まで行くと、皇の身体がピクッと反応する。
何かと思って皇の視線を追ってみると、そこには兄さんが鞄を持ってクラスの人と歩いていた。
兄さんもこちらに気付いたようで一瞬足を止めてから再びこちらに向かって歩き出す。





「唯兎、皇くん今帰り?」

「…………」

「ぁ、ぇ…ぁ、はい!今帰りです」





兄さんに声をかけられ、フイっと顔を背けて皇の後ろに身体を隠す。
俺とほぼ変わらない皇の身体では俺を隠してはくれないが、兄さんの視線を皇に向けるには十分だ。

兄さんは困ったように笑ってから皇に視線を寄越すと皇の頭をポンポンと撫でた。






「皇くん、今まで冷たくしちゃってごめんね」

「ぇ…」

「唯兎に言われて気付いたんだ、無意識とはいえ酷い事したね…本当ごめん。お詫びではないけど何かあれば言ってね、なるべく期待に応えられるようにする」

「ぁ…、ありがとう、ございます…」





惚けたような皇に兄さんは優しく微笑むとまたね、と自身の靴箱に向かって歩いて行った。
通り過ぎる時に俺の頭をポン、と一つ撫でてから行く兄さんの背中を見届けた後皇に声をかけると震える声が返ってくる。






「唯、兎…照史先輩が、ぼくに笑ってくれたよ…っ?」

「…うん、皇に笑いかけてたね」

「ぼくが欲しかったの、アレだよ…僕だけにむけてくれる、優しい笑顔…」






泣きそうにくしゃっと歪んだ顔で顔を赤らめる皇をギュッと抱きしめると、それ以上の力で抱きしめ返された。
背中に通された手は震えていて、余計に力が入っているようにも感じる。
落ち着くまではこうしていよう、と思って皇の背中をポンポンと撫でてみると皇はふーー、と長めに息を吐いて俺から離れる。






「…でも、ぼくだけの笑顔じゃないもんね!」

「…ん?」

「照史先輩からもらえるぼくだけの笑顔を手に入れるまではもっと頑張らないと、ね!」






泣きそうだったからか、うっすら目元が赤くなっている皇の笑顔はとても綺麗でキラキラしていた。
えへへ、なんて恥ずかしそうに笑う皇の背中を軽くポンと叩いた後靴を履き替えて外に出た。

その後は兄さんの事を話題に出すことはなく、いつもの本屋まで行き好きな本を買うとカフェ深緑へと向かった。
通いなれたそのカフェは穏やかな時間が流れていて、入店を知らせる鐘だけがカランカランと鳴り響く。
カウンターの中からよく聞く声が聞こえてなんとなく胸が高鳴り始めた。





「なんだ、お前らか」

「お疲れ様です、この前は急に休んですみませんでした」

「おー、もういいのか」

「はい!もう元気いっぱいです!」





そう言って元気のアピールなのか俺の腕にギュッと抱き付く皇に、藍田さんは「ならいい」とコクンと頷き適当な席に座るよう言ってきた。
皇にどこに座るか聞くと、カウンターがいいとの事だったから藍田さんのいるカウンターの席に2人並んで座ってみた。
2人でそれぞれカフェオレとケーキを注文すると、暫くはさっき買った本の話やオススメの本の話をして盛り上がった。
この時間のカフェは近所の人、たまたま寄った人と客数のバラつきがある時間で混み合うことはほとんどない。
今日はそんなにお客さん多くないな、とあたりをキョロキョロしながらカフェオレを飲んでいると皇がそうだ!と両手をパンっと合わせた。





「藍田さんって甘いの好きですか?クッキーとか!」

「あ?あんま食わねーけど…あー、でもシナモンとか入ってたら食うか」

「なるほど、シナモンシナモン…と」






スマホでメモを取り始めた皇に首を傾げながら見守っていると、何故か俺に対して軽くウインクをしてきた、可愛いけどなに?





「実はぼくと唯兎でクッキー作る予定あるんです!藍田さんにもあげますね!」

「えっ」





なにそれ聞いてない!と皇の方を見ると謎に可愛らしくクフクフと笑っている、なんなんだ。
藍田さんは藍田さんに気にしていないようにまた使用済みカップを洗ってるし、なんなんだ。





「ちょっと皇、俺クッキー作るとか言ったっけ…?」

「ふふふ、言ってない。けど一緒に作って藍田さんと照史先輩にプレゼントしよ」

「…なんで?」

「…んん?」





心底不思議で首を傾げながら皇を見ると、皇もどこか会話が食い違う部分に気付いたのか、同じように首を傾げた。
そしてキョロキョロと周りを見渡し、藍田さんが常連さんの注文に席を外しているのを確認すると俺の耳に口を寄せ、周りには聞こえない程度の声で俺に問う。






「……唯兎って、藍田さんが好きなんだよね?」

「………………はぁ!?」






突然皇から投下された爆弾に俺が驚きすぎてガタンッと大きな音を出してしまい、慌てて常連さんにごめんなさい!と謝る。
自分の心臓を落ち着かせるためにふーー、と長めに息を吐くとジトっと皇を睨んでみた。






「…なんでそうなるの」

「だって、唯兎の反応や藍田さんを見る目が明らかに恋してる目なんだもん」

「……」






前世でも初恋なんてなかった俺からしたら恋なんて言われてもピンとなんてこなかった。
ただ、確かに藍田さんを見るとどこか胸が高鳴り落ち着かないことは多々ある。
自分の胸に手を当ててうーん、と唸っていると皇が少し驚いたように更に俺に身を寄せて小声で問う。





「…もしかして、無自覚?」

「…だって、わかんないし…」

「じゃあ今藍田さんを見てみて、気分はどう?ドキドキする?落ち着く?」





皇に聞かれ、レジに立つ藍田さんをチラッと見てみると胸が落ち着きなく動き出すのを感じる。
常連さんに見せた少し硬めだけど優しい笑顔を見ると顔に熱が集まる感覚があり、つい藍田さんから目を逸らすとその先にはニヤニヤと笑っている皇の顔があった。






「ど?恋の感覚」

「……わかんないよ…もぉ…」





赤くなった顔を隠したい気持ちでいっぱいになりその場に突っ伏してみると、少し冷静になれる。
今までも、こんなことがあったな。
藍田さんにハッキリものを言われるとホッとしたり、ドキドキしたり…藍田さんに認めてもらいたいなんて思ったり…。
先輩なんだから認めて欲しいって思うのは当たり前だと思ってたけど、先輩なのは仕事の面だけであり生活面の話ではない。
どうして認めて欲しいと思う?
どうしてドキドキする?
どうして顔が熱くなる?

改めて皇を見てみると、相変わらずのニヤけ顔。
埋めてた顔をバッと勢いよく上げて隣に座っていた皇にそのまま抱き付くと皇の耳に今の思いを伝えた。






「……俺…藍田さんのこと、すき、みたい……?」

「~っ、もう!唯兎可愛いっ!」

「うるせーぞお前ら、いてもいいから黙れ」





赤い顔を皇の肩で隠しながら藍田さんの声に耳を傾ける。
この声が、俺の冷たい心を溶かしてくれている。

くふくふ笑いながら俺の背中をポンポンと優しく叩いて落ち着くのを待ってくれている皇に甘え、もう少しだけこうしていようと思う。

俺、藍田さんが好きです。




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