上 下
3 / 25
第一章 勇気ある者へ

第三話 青年は農具を捨て、木刀を握る

しおりを挟む
 グレアから決闘を申し込まれたユウキは、シスターと共に闘技場の準備室へと移動した。準備室の壁には、剣、盾、鎧など、戦いに必要な様々な道具が山程置いてあった。

「本当に戦うんですか?」

品定めするように武器を漁っていたシスターが、興味なさげに口にした。

「俺も戦いたくはないけど、戦わないといけないみたいだしな」

「ふぅん。まあ死にさえしなければ私が治してあげますよ」

「なにそれ?なんか出来るの?」

「えぇ、私はシスターですからね。人々を癒すのが私の役目ですから、治癒魔法とかなら使えますよ。他にも呪術の解除や毒魔法の解毒とかも出来たりします」

 あまりの意外さにユウキの目が丸くなる。嘘つき女だとばかり思っていたが、しっかりシスターだったのか。しかも治癒魔法とかも使えるだなんて。嘘つき女からシスターへと再度更新しておく。

「見直したよ。お前はシスターだ、自信持っていけ」

「やっと気づいたんですか?そう私スゴいんです。もっと褒めてくれてもいいですよ」

「はいはいスゴいな」

「今流しましたね?」

「流してない流してない」

「ほんとかなぁ。まあとにかく…」

 そう言うとシスターはユウキに木刀を一本差し出した。

「戦いは勇気と根性!今回は模擬戦のようですので、死ぬことはありません。どんな怪我しても私が治してあげますから、私と貴方の明日のために死ぬ気で頑張ってきてください!大丈夫です!なにせ貴方は素質だけは勇者ですからね!」

 シスター眼がユウキを真っ直ぐに見つめる。そういえば、シスターの顔は見たことはあっても目を見たのは初めてだな、と場違いにもユウキは思っていた。宝石のように澄んだ碧眼。その綺麗な瞳からは、嘘は微塵も感じられなかった。

「そうだな。素質だけは勇者だからな、俺」

 差し出された木刀を手に取る。今まで農具しか握ったことのなかった自分が、木で出来ているとはいえ、剣を手にするとは誰が思っただろう。戦いは嫌だ。きっと痛いだろうし、怖いだろう。だがしかし、自分を信じ、自分なら大丈夫だと背中を押してくれるシスターの気持ちには、答えたいと心から思えた。

「うっし。んじゃいっちょやりますか!」

ユウキは闘技場へ続く道へと歩きだした。



「ようやく来たか。村人A」

 闘技場へ着くとそこには既にグレアがいた。グレアは先程とは違い、鎧を全て脱ぎ、軽装へと姿を変えていた。準備運動がてら剣を振っていたのか、汗を拭っていた。悔しいが超がつく程のイケメンなので、汗を拭う仕草すらもとても絵になる。

「ユウキ・アルバーンが来たので、模擬戦について説明します。模擬戦の審判に関しては、私が務めます」

 王様の言葉に、気が引き締まるのを感じる。そうだ。今から自分がするのは、今後の人生に大きく関わっていくものなのだ。

「勝利の条件は、相手の気を失わせるか、戦いを続行するのが困難、または不可能な状態にしたら、です。判断は私がしますので、私が止めと言ったらどんな状況下に置いても止めて頂きます。武器は貴方達が持っている木刀です。それ以外は認めません。説明は以上です。理解しましたか?」

 王様からの問いに二人は「「はい」」と声を合わせて答える。

「よろしい。ならば構えなさい」

 王様のその言葉を合図に、グレアが左足を下げ、腰を若干落とし、両手で剣を構えた。ユウキも見よう見まねで構えてみる。
 耳元に心臓があるかのように胸の鼓動の高鳴りが聞こえる。ユウキは深呼吸をしようと目を閉じた。鼻から息を吸い、口から出す。それを3回程繰り返す。

 死ぬ訳じゃない。そう自分に言い聞かせた。目を開き、目の前のグレアを見る。汗が頬を伝うのを感じる。しかしそれは拭われることなく顎先へと流れ、零れた。

「始め!」

 王様の掛け声と共に2人は互いに間合いを詰めるべく地面を蹴った。
 振り下ろした木刀が音を立てぶつかる。ユウキは自分の体重を交わった木刀へと乗せた。グレアも負けじと体重を乗せ返す。互いの力が拮抗していく中、毎日鍬を振り下ろしていただけあってか、グレアの木刀が少しずつだが傾いていくのが見えた。このまま押し切ればいける。

 ユウキがそう思った次の瞬間、前へと転んだ。いや倒れたというべきか。グレアが力を抜いたのだ。ユウキの乗せた体重は行き場を失くし、前へと倒れることしか出来ない。その動きに合わせたグレアの木刀が、ユウキの胴に直撃した。衝撃と共にユウキは後方へとふっ飛び、着地することも出来ずにそのまま背中から落下した。

「がはっ……」

 叩き付けられた体の中から、空気が吐き出される。息が思うように出来ない。えづきながらも体を横に倒し、落ち着かせようとどうにか呼吸をする。
 そんなユウキを見下ろしながらグレアが口を開いた。

「こんなものか。剣を握ったこともない村人が、勇者の素質とやらだけでやっていけると思ったか?不可能なんだよ。身の程を知れ村人A」

 言い返すこともできずに、細かく呼吸を続けるユウキにそう吐き捨てると、グレアは振り返り王様の方を見た。

「我が王よ。これで理解頂けたでしょう?こんなのよりも私の方が、私達騎士団の方が優秀であると」

 そう話すグレアの後ろを指差し、王様は言った。

「まだ終わっていないようですよ」

 グレアが振り返ると、そこには木刀を杖代わりにし、立とうとするユウキの姿があった。ユウキの目はしっかりとグレアを見据えている。
 グレアは目前の男に怒りを覚えた。たった一撃で蹲るような奴が、まだ勝てると思い上がっているのか。

「その思い上がり、全力で捩じ伏せてやろう」

 グレアは再び間合いを詰め、木刀を振り下ろした。ユウキが満身創痍で受け止めるも、グレアは直ぐ様木刀を引き、切り上げる。これも間一髪防いだが、グレアの攻撃は終わらない。ユウキは攻撃するどころか、防ぐことしか出来なかった。時折四肢に、鈍い音と共に痛みが走る。しかし気にする暇もなく、次から次へと攻撃は続いていった。剣戟は激しさを増していく。

 あぁ、立たなければよかったな。立たなければこんなに痛い思いを長くすることも無かった。そう言えばどうして自分は戦っているのだろうか。昼間まで畑を耕していた自分が木刀を持ち、どうしてこんなに防戦一方の醜い戦いをしているのだろう。勝つ気が無い訳じゃない。でも自分には無理だったのだ。
もう諦めてしまおうか。

「ユウキ!負けないでください!」

 そう思った瞬間、どこからかシスターの声が聞こえた。反射的に顔が上がる。
 あぁそうだ。さっき自分は彼女の気持ちに答えたいと思ったばかりじゃないか。こんな自分を大丈夫だと信じてくれる彼女のことを。ならばもう少しだけ頑張ってみよう。そしてもう少しだけ信じてみようか。自分のことを。
 その瞬間、ユウキの中で何かが弾けた。

 グレアが振り下ろした木刀を、ユウキは木刀の端から端を両手で掴みそれを防いだ。グレアは目の前のユウキの状態を見て、このまま力で押し切ればいけると確信していた。体重をかける。これで決まりだと、そう思った。

 しかし、そうはならなかった。

「なっ…!」

 グレアは前へと倒れていた。グレア自身一体何が起きたのか分からなかった。自分の力を受け止めていた物が突然無くなったのである。そしてグレアは気付く。これは先程、自分がこの男に対して使った技術だ。こちらに体重を掛けてくる剣を横へと受け流し、体勢を崩した相手に透かさず一撃を与えるという技術だ。
 この男はそれをやって見せたのだ。難易度自体はそんなに高くない。タイミングとコツさえ合えば誰だって出来るだろう。だがしかしこの男は今日初めて木刀を握った村人だ。そんな男が、たった1度見ただけの技術を真似することが、果たして可能なのか?

「ぐっ…!」

 グレアの動きに合わせたユウキの木刀が当たる。後方へぶっ飛ぶことはなくとも、体勢は崩れ、よろけた。それだけで十分だった。ユウキはそれを見逃さず追撃しようと剣を振りかざす。

「これで…!」

 終わりだと、そう思い振り下ろす。

「チッ…!」

 こんな村人ごときの攻撃を受けるだなんて、きっと生涯の恥だ。だが1度目ならまだしも、2度目はない。両腕をクロスさせ防御の姿勢を取る。
 しかし、振り下ろされた木刀はグレア自身ではなくグレアの持つ木刀へと狙いを定め、そして当たった。その衝撃により耐えられなくなったのか、ユウキとグレアの持つ木刀はバキッと音をたてて折れた。

「王様…」

 ユウキの握っていた柄が地面に転がる。肩で呼吸をしながら、ユウキは王様に視線を向けた。

「続行不可能ですよね、これ」

「そうですね、試合終了です。この試合は引き分けとなります」

「…よし」

 安心したユウキの体から力が抜けていく。そのまま倒れ、目の前が徐々に真っ暗になる。遠くでシスターの声が聞こえる。
 意識が遠退く。
しおりを挟む

処理中です...