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第一章 勇気ある者へ

第十六話 白い大狼

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「ユウキくん強くなったね~!」 

「そりゃあどうも!」 

 教会までの道のりを、ユウキとメリアは魔獣を薙ぎ倒しながら進んでいた。
 走り出してから教会まで4割といったところで急に魔獣が現れだした。治癒魔法を掛けたとはいえ、ここに来るまでに負傷した兵はかなり多い。勿論シスターもだ。 
 ユウキとメリアは互いに背中を預け、道を覆い尽くす魔獣と戦うことに決めた。 

「ユウキくんそれやれる?」 

「余裕!そっちは?無理そうなら俺がやる!」 

「だ~れに言ってんの!」 

 押し寄せていた魔獣を逆に押し返し、2人は着々と足を進めていた。前に進む程上がる調子に身を任せ、道を塞ぐ魔獣の群れに飛び込む。 

 片や無駄な動きは一切なく、余裕を感じさせる立ち振舞いや、磨き上げられた剣技には美しさを感じさせる。片や無理矢理押し通るように突き進み、まだまだ粗い技術を、鋭利に研ぎ澄まされた集中力が補正する。 

「そこどきな~?」 

「邪魔だぁ!!」 

 息つく暇もなく立ちはだかる魔獣を、阿吽の呼吸で斬り進む2人はやがて、最後の2匹を斬り倒し、呆気なく教会の前まで辿り着いていた。 

「本当に強くなったね?3日で強くなり過ぎじゃない?」 

「それはもうめっちゃ頑張ったんだから。レニィの教え方が上手いっていうのもあったけどな」 

 この3日でここまで鍛え上げられたのは本当にレニィのお陰だと思う。まあ実践だったら何度死にかけたか数えたらキリもないし、思い出したくもないけど。 

「それはそれとして、ここだよな」 

「そうだね」 

 血を払い剣を鞘に納めると、改めて教会を見上げる。
 この教会で祈りを捧げる対象であろう女神像が目に留まった。精緻な出来上がりの女神像は、さぞかし贅を凝らして作り上げられただろうに違いない。
 色鮮やかなステンドグラスは、女神像の周りを華やかに彩っており、どうにもこんなところに何かあるとは到底思うことはできない。 

「まぁ、行くか」 

 ユウキは扉の前に立ち取っ手に手を掛け引こうとするも、劣化が原因なのかとても開けづらい。多少手こずりながらもなんとか扉を引き、大きく開ける。 

「お邪魔しまーす」 

「しま~す」 

 木の軋む音を鳴らしながら、扉を潜り教会へ足を踏み入れる。埃と黴の入り交じった臭いが鼻孔に押し入り思わずくしゃみが出た。 

「大丈夫?」 

「大丈夫」 

 そのまま中へ進もうとするも、ユウキは目を見開きその場で立ち止まってしまった。 

 奥行きのある教会内には、横長の椅子が等間隔に並ぶも、なかには真ん中からへし折られているものや、椅子だったものの残骸があちらこちらに見えた。最奥にある教壇上の天井には大きな穴が空いており、日差しが直に降り注いでいる。
 かつてはあっただろう神聖さを微塵も感じさせない程に、教会は荒れ果てていた。 

 そんな中ユウキは、教壇に居座る1匹の白い大狼に目を奪われた。 

 雪のように白い体毛に覆われた大狼は、ここに来るまでに倒したどの魔獣に比べてもかなり大きい。魔獣を5匹程並べた大きさだろうか。
 空いた天井から差す日の光がその姿をより一層、神々しいものにしている。ユウキは息をするのも忘れて釘付けとなっていた。 

「ユウキくん、魔獣の後ろ見て」 

 メリアの声に我に帰ったユウキは、すかさず腰を落とし抜刀の構えをとる。
 魔獣の背には、紫に輝く大きな石が立てられていた。 

「なるほど。原因はあの石か、はたまたあの魔獣のどっちかか」 

「そういうことになるね。まあ十中八九あの石かなぁ」 

「そしたらあれ壊してさっさと帰ろうぜ」 

「そうしたいのは山々だけど無理かなぁ。見てほら、やる気みたいだし」 

 白い魔獣は閉じていた目を開きこちらを睨み付けると、体を大きく起こした。
 前頭姿勢で開けた口から、威嚇のような低い鳴き声を漏らしながら体を大きく震わせる。 

「ここまで来たのか、人間」 

ッ!


「なぁメリア」 

「言いたいことは分かってる。でもこれは前例が無いから分からない。自我が残ってて、しかも言葉を話す魔獣なんて聞いたこともないよ」 

「そうか。でも自我が残ってて意志疎通も出来るなら…あの!魔獣さん!」 

「ちょっユウキくん!?」 

 ユウキは柄から手を離し、両手を上げ敵意がないことを示しながら魔獣に近づいていく。 

「なんだ」 

「黒い霧とか沢山の魔獣とか、全部魔獣さんの仕業なの?」 

「そうだ。正確に言えば、俺の後ろに立てられた『紫有石《しゆうせき》』が効果を成している」 

「そしたらさぁ、止めてくれない?大変なんだよね。うちの兵士とかももうボロボロでさ」 

 精一杯の笑顔を作り魔獣に見せる。
 さっきから冷や汗が止まらないし震えも止まらない。だが万が一にも止められたら、これ以上誰も血を流すこともないし、無駄に魔獣を斬らなくて済む。その為にもユウキは、己を奮い立たせ魔獣との対話を試みる。 

「だからさ。頼むよ」 

 ユウキは魔獣に向かって深々と頭を下げた。人間がとか、魔獣がとかじゃない。誰も傷つかなくていいように、今自分が出来る精一杯で分かって貰うしかない。 

「人間、お前はこれを止めたいのか」 

「うん。止めたい」 

「そうか。ならばいいだろう」 

「ッ!ホントか!?」 

 ユウキは勢いよく顔を上げ、魔獣を見上げる。どうにかしたいとは思っていても、どうにかなるとは思っていなかったこともあり、嬉しさよりも驚きが勝っていた。 

「あぁいいだろう。但し1つ条件がある」 

「なんだ!なんでも言ってみてくれ!」 

「お前達の仲間の修道女を贄としろ」 

 一瞬、ユウキの呼吸が、思考が止まる。
 先程まで威嚇のように聞こえていた魔獣の声は、いつの間にか嗤っているようだった。 

「…ごめん聴こえなかった。もっかいお願い」 

 きっと聞き間違いだろう。
 そう言い聞かせながらもユウキは、腹の内から何かが込み上げてくるのを感じていた。 

「言い方を変えよう。さっき殺しそびれた修道女を…」 

 言い終えるのを待たずして即座に抜刀したユウキの動きに合わせ、魔獣は大木のように発達した腕を振り下ろした。
 魔獣の爪とユウキの剣が交わった衝撃が教会を大きく揺らし、空を舞う埃が日の光を反射して、まるで宝石が降り落ちているような錯覚に陥る。 

「交渉は決裂か?人間」 

「ったりめーだろ。お前はブッ倒す」 

 腹の内が熱い。沸々と沸いて出るこの感情に飲まれないように、けれど内から溢れ出る力をユウキは全身で感じる。 

「ユウキくん下がって!」 

 後ろで声を上げるメリアに従ってユウキは後ろに下がる。メリアの方を見やると、前にかざした手から魔法陣が展開されているのが見えた。 

「エルド・スピラル」 

 メリアがそう口にすると、魔法陣から竜の形を帯びた炎が現出された。
 勢いよく飛び出した竜炎は、まるで本物の竜のようにうねりをあげ、螺旋を描きながら一瞬にして魔獣を飲み込んだ。 

「うわっ!!」 

 爆風をその身に受けたユウキは、吹き飛びそうになるのを踏ん張ってどうにか堪える。 

「加減はしたのになぁ。教会壊しちゃったよ」 

「今ので加減?マジで?」 

「うん、加減した。埃とかに引火して威力が上がったのもあるけど、久しぶりに自分の感情が先走っちゃったよ」 

 メリアの右手に展開されていた魔法陣が、光の粒子となって徐々に世界に融けていく。
 メリアは目の前に立ち込めた土煙をじっと見つめたまま、腰にぶら下げた剣を鞘ごと抜き取ると、重い金属音を鳴らしながら引き抜いた。 

「不意打ちで魔法を放つとは、とんだ腰抜けか?」 

 嵐のように吹き荒れた風が、瓦礫や土煙を忽ち吹き飛ばした。
 晴れた視界の先には無傷の魔獣がおり、不規則に回転する風が半球体となって、結界のように広範囲に覆っていた。どうやら背後の石にも傷一つついていない。 

「まさか話すだけじゃなく魔術まで使うとはねぇ。倒せずとも痛手くらいは負わせるつもりだったのに」 

「加減していたのだろう?全力で放ってみればいいじゃないか。そしたら痛手くらいは負わせられるかもな」 

「必殺技だから1日に1回なんだよ~お約束でしょ?賢くなってもそういうのはまだわからないかな?」 

「人間は面白いな。少しつつけば…」 

 キィンッ、と耳をつんざく甲高い金属音が鳴り響いた。
 メリアが魔獣に向けて投げた鞘を、魔獣が前足で弾いたのだ。鞘は音を立てながら魔獣の足元に転がった。 

「ほら。こんな風に理性で本能を抑えることもできない。獣と何一つ変わらない。不意打ちをするだけのずる賢さは人間にしか無いがな」 

「言ってなよワンちゃん。すぐに獣に戻してあげるから。ユウキくん」 

 メリアは視線を一切向けること無くユウキを呼んだ。 

「あの魔獣、そこそこ強いし駆け引きが出来るくらいには賢い。しかもこちらの魔術は効かないとみた。どうする?」 

「どうするもねぇ」 

 メリアの問いかけに、ユウキは間髪入れず答える。 

「決まってんだろ。何のために年下にボコられてまで修行したと思ってんだ。それに」 

 柄を握る手に自然と力が入る。
 出会ってまだ日も浅い。喧嘩も多いけれど、それでも彼女にしてもらったことの方がかなり多い。少なくとも悪意を向けられれば牙を向くくらいには大事だ。
 大きく吸った息を細く吐き出し、前を真っ直ぐと見る。 

「仲間を殺すとか言われて許せるほど、まだ大人じゃねぇから」 

「そうだね。それは同感」 

 メリアが左手に再び魔法陣を展開する。
 さっき投げた鞘である程度のことは分かった。ただユウキが分かっているかどうかは別なので、共有だけはしておこう。
 そう思い口を開くも、役目を果たす前に開いた口は仕事を終えた。 

「言ってもあの魔獣、駆け引きは出来てもまだまだだ。そうだろ?」 

「…ふふっ。少しは頭良くなったかユウキくん」 

「おいなんだそれ?馬鹿にしてるよな?な?」 

「ほらちゃんと前みて?合図するから~」 

「メリア」 

 いつになく真剣なユウキの声色がメリアの耳に届いた。
 言いたいことは分かっている。人の子の作る物語で読んだことを、まさか自分が言われるだなんて思ってもみなかったけれど。
 事実は小説より奇なり。だからこそ自分は人の子を愛している。 

「アイツ、俺一人でやらしてくれ」 

「いいよ~。危なそうなら参加するし、なんなら勝たなくてもいいからね?」 

「うるさ!チャンスは作るからしっかり見とけよ!」 

「分かってる!ほらいくよ!!」 

「おう!!」 

 メリアが放った魔法を合図に、ユウキは魔獣に向かって走り出した。
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