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学園祭2日目
しおりを挟む二日目。
私のクラスは昨日で発表が終わったため、今日は特に予定もなかった。
赤ずきんは登校早々に多くのクラスメイトから話しかけられ、どの時間を誰と回るかで揉めているようだった。
バックだけロッカーに置き、一人退散しようとしたところ、ある女の子が話しかけてきた。
「黒ずきんちゃん」
驚いてそっちを見ると、名前は憶えていないが、静かな子だなという印象がある子がいた。
緊張しているのか目は合わない。
「学園祭、誰かと回る予定ってあるかな…」
「よかったら!一緒に回らないかな…」
話の前後で声のボリュームがかなり違うことが非常に気になったが、本人の必死さは伝わってくる。
「私と…?」
「うん…話してみたいと思って」
どうしていいか分からず目を泳がせていると、廊下に見慣れた顔が通り過ぎるのが見えた。
「ごめん!回る予定あるんだ」
「そっか…!こっちこそ急にごめんね」
その子は私より申し訳なさそうに去っていった。
その子と目が合わなくなってから私は急いで廊下に飛び出し、周りを見渡したが彼の姿は見えなかった。
どうやら見失ってしまったらしい。
仕方なく、いつもの階段に行こうかと歩き出したとき、通り過ぎるはずの教室から手が伸びてきて、私は空き教室に引きずり込まれた。
「何してんだよ」
いつもの無表情が近くに見えた。
壁ドンの状態でオオカミが話しかける。
「何してんだよって…」
オオカミを探してたというのも何だかしゃくだ。かといって他に思いつく言葉もない。
「まあ別にいいけど」
そう言うと彼は私から離れ、ポケットに手を突っ込んだ。
「お前、演技だとあんなに喋れるのに、普通の会話は下手くそだよな」
口の端だけを持ち上げて、少しだけバカにした目線を送ってくる。
「それはしょうがないじゃない…」
その目線から逃れるように意味もなく左下を見る。
「まあ俺は普通のお前の方が好きだな」
「何…!?」
警戒心むき出しに答えるも、何も気にしていないように受け流された。
「今日、誰かと回る予定なんかないだろ」
“そんな失礼な”という言葉は発されることは無く、いつものように彼のペースに持ってかれる。
「俺、どんな店が出てるか見に行きたい」
「だから一緒に行けと…?」
こくっと彼がうなずく。
「私と…?」
同じようにうなずく彼。
「分かった…」
「よし、じゃあ行くぞ」
承諾して二秒と経たないうちに、彼は私の腕をつかんで教室を出た。
「ちょっと!そんな急がなくても!」
「売り切れる前に行かなきゃ」
「そうだけど…!」
半ば強制的に引きずられながら、出店の出ている中庭に到着した。
普段なら生徒が行きかうだけの空間に、お祭りのようなテントが数多く設置されている。
「うわ、すご」
短く感想を述べた彼はどの店から見ていこうかときょろきょろしている。
「端から回ろう」
私がそう言うと、おとなしくそれに従ってくれた。
クレープやたこ焼きといった定番メニューから、カタカナで読みにくい韓国料理、有名店の食べ物を出しているお店もあった。
「いっぱいある…」
「すごいな」
二人とも慣れていない空間に、黙ってお店のメニューを見つめるのが精いっぱいだった。
一周したところで、少し人気のない場所に避難した。
「何か食いたいのあった?」
「えーっと…」
こういう時、素直に食べたいものを言えたら可愛いのだろうが、あいにくそんな可愛げを持ち合わせていない。
答えられずうつむいているとオオカミがしゃがんで、私の顔を覗き込んできた。
「何が食いたいの?」
表情は乏しく、一歩間違えれば私が怖い人に絡まれているように見えるであろう場面。
だが、彼の目には少しの柔らかさが灯っていた。
「焼き鳥とわたがし…」
「極端だな」
ふっと笑った彼は、何気なく私の手を握ってきた。
「じゃあまず焼き鳥から買いに行こう」
再び出店の通りに戻り、焼き鳥のテントを見つける旅に出る。
学園祭には生徒の親や、他校の生徒も参加できるが、この学校の生徒が主であった。
その中には昨日の劇を見た人達もいるらしく、何度か声をかけられた。
「昨日のアリスの人ですよね!」
「すごかったです!」
直接感想を伝えてくれる人もいれば、遠くから視線を感じることもある。
今までは、目を向けられることもなく学校生活を送っていたので、とても恥ずかしかった。
しかし、自分にも関心を寄せてくれる人がいると感じることは新鮮で、少しだけ心に光を感じた。
「こんにちは!」
お店の学生が元気よく挨拶してくる。
しかし、オオカミの顔を見た瞬間にはっとした表情になり、終始おどおどしていた。
やはり彼は、相当な腫れ物扱いされているらしい。
今まで他人に興味なく、人間観察することがなかった私にとって、オオカミに対する他の生徒の反応は新鮮なものだ
った。
焼き鳥を買い、次にわたがし探しの旅に出ようとしたところ、聞きなれた声がした。
「あら!黒ずきん!」
視線を向けると友達に囲まれた赤ずきんがいた。
「珍しいわね!」
それが、学校行事に参加することがなのか、隣にいるお友達がなのか、判断はつかなかったがおそらく両者であることは予想できた。
私はなんだか、居心地が悪く、うまく赤ずきんと目を合わせることができない。
学校行事を楽しむことも、オオカミと一緒に回ることも、何も咎められるようなことではないのに、早くこの場を去りたい一心で時間が過ぎるのを待った。
赤ずきんは私たちとの距離を少しずつ縮め、目の前まで来た。
「黒ずきんのこと、よろしくね!」
彼女は隣の彼に向かってそう言い、友達とともに離れていった。
その後、綿菓子をゲットした私たちはいつもの階段に移動し、食べることにした。
いつも通り屋上に続く階段は静かで、外の喧騒はどこか遠くに感じるほどだった。
買ってきたものを取り出し、思い思いのものから食べていく。
私は最初に焼き鳥を食べることにした。
たれつきのもも肉は若干冷めていたが、それでも久しぶりに感じるこってりとした味は非常においしく感じた。
二人とも無言で食べ進めていたとき、ポテトをほおばりながら彼は話しかけてきた。
「いつもあんな感じなのか」
「えっ?」
「赤ずきんとの会話」
「まぁ、そう」
少し会話の間が空き、彼は2本目のポテトを食べる。
「まぁ、家族だからって仲良いとも限らないし、家族内に苦手な人間がいてもおかしくない」
「赤ずきんは、すごい」
ぼそっといった私の言葉を彼は黙って聞いていた。
「赤ずきんは、誰とでも話せるし、みんなから好かれる。全員から好かれるなんて無理な話だと思うけど、彼女にはそれができる。才能なんだよ」
「才能の方向性なんていろいろだろ」
彼は前を向きながら言った。どんな表情をしているのかは分からない。
「確かにあいつにはそういう才能があるかもしれない。でもお前には違う才能がある。」
「演技でなら誰にでもなれる、それがお前の才能だろ?」
彼が振り返りながら言う。その顔はいつもより近くにある気がした。
彼はいつもの二段下ではなく、一段下に座っていた。
距離に慣れないと感じると同時に、昨日の劇を見ていたこと、賞賛を送ってくれたことに驚いた。
「才能っていうほどのものじゃ…」
「まぁ、お前がそう思ってるなら別にいいけど」
こっちを向いていた彼は、既に興味を失くしたように前を向く。
「でも、昨日のお前、本当にすごかった」
少しだけうつむきながら彼が言う。
私もうつむき、二人とも無言になる。
遠くから生徒たちの声が聞こえる。
「アリスのお前も好きだったけど」
再び彼がこっちを見る。
やはりいつもより少し近いこの距離感には慣れなかった。
「俺はそのままのお前が好き。陰キャで、うまく話せないけど、いつもここに来てくれる黒ずきんが好き」
気が付くと彼は階段に片手をつき、私と同じ高さまで顔を持ち上げた。
そして触れるだけの軽いキスをした。
初めてのキスが何味だったかは覚えていない。
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