転生騎士見習いの憂鬱

鍋底の米

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暴走

 この試合に勝てれば次は決勝だ。正直ここまで勝ち残れるとは思っていなかった。苦しい局面でいつもより力を出せているように思う。ジストナーの期待に応えたいという気持ちがそうさせているのかもしれない。隣の試合場ではジストナーも戦っている。ジストナーなら間違いなく勝ち上がってくるだろう。

 放たれた炎をかわし土の壁で相手の行動範囲を制限していく。

 対戦相手は前回2位の実力者グレアム・ゼン・ラスター。火、水、風の基本属性の他にレアな雷の属性魔法も持っている。どれも実戦レベルの属性魔法をこれだけ持っている相手だ。少しのミスも許されない。
 ラスターは魔法を主体とした戦闘スタイルだ。パワー型ではないので力押しでは土壁を破壊することはできない。土の壁とはいえ半分は岩石であり硬度は高い。純粋に魔力を普通の剣に流して土の壁をぶった斬るというような芸当は天才ジストナーくらいにしかできるものではない。
 本来魔力を物質に流して強化させるには、その物質自体に属性を持たせておく必要がある。   
 例えば火や風などの属性魔石を埋め込み魔法陣を刻んだ魔法剣などだ。魔法剣なら魔力を流すことであらかじめ埋め込まれた力を発現させることができる。前世風に表現するなら、電化製品に電気を流しスイッチを入れると特定の決まった働きをする、というようなものだ。削岩機さくがんきに電気を流しスイッチを押せば岩を砕くことができるが、ジストナーがやっていたのは電気回路も無いただの剣に無理矢理電気を流し込み大岩をたたき割るというようなことだ。無茶苦茶である。
 魔法剣の作成には熟練の職人がひと月かけてやっと一本完成させられるような高度な技術を必要とするものだ。それをジストナーは一瞬で再現させてしまう。攻撃時に必要となる力を瞬時に判断しながら。有り余る魔力と才能があってこその技なのだ。

 試合では用意された武器を使用することが決まっている。槍、斧、剣など得意武器を選べるがどれも属性のついていない通常の武器だ。

 ラスターが風に火を乗せた攻撃を繰り出しながら距離を詰めようとする俺を阻む。なかなか近付かせてはくれない。
 土の壁でラスターの退路を断ち通常武器同士の競り合いが出来れば剣技が得意な俺にも勝機が見える。遠距離だと魔力が高く打つ手の多いラスターが圧倒的に有利だ。
 出した土壁を全て維持可能な程の魔力があればすぐに戦況を有利に持って行けるのだがせいぜい一度に出せるのは5枚程だ。工夫して戦況をコントロールするしかない。
 この状況が長引き先に魔力がつきればジリ貧となる。早く打開しなければ不利なのはラスターよりも魔力の低い俺の方だ。

 向かってくる炎風を土壁で防いだ後、全ての壁を一旦消し、攻撃魔法にシフトする。
 形成逆転を狙い鋲のような形状の石飛礫の雨を逃れる隙のないほど大量に浴びせかけた。
 この攻撃を待っていたとばかりにラスターがニヤリと笑い渦まかせた水流で礫を巻き込み押し流しながら雷の呪文を唱えた。
 水流は俺の足元まで覆い、手には剣を掴んでいる。放たれた雷は俺の剣に落ち、水に伝達して戦闘不能となるはずだった。
 しかし、放たれた雷は俺の背後の頭上に落ちた。その隙に一気に距離を詰め不意打ちでラスターを仕留めた。

「な…ぜ……」

 ラスターが意識を失い俺の勝利がコールされる。

 俺の手にはさっきまでは普通の剣に見えていた土魔法で作られた偽の剣が握られている。
 背後には無かったはずの土壁の上に避雷針のように剣が突き立っていた。

 そう、俺は防御と攻撃の合間に目くらましの魔法を使い土壁と剣を仕込んでおいたのだ。ラスターは得意の雷の魔法に誇りを持っていて、ここぞという時に使ってくる傾向がある。きっと今回も温存し、こちらが隙を見せたら使ってくると踏んでいた。そこで戦況が長引くことを避けようとした俺が全力で攻撃したように見せかけたのだ。防御の為の石壁にも目くらましを混ぜて魔力を温存していたがラスターの目には残り魔力に余裕が無くなったと映っていただろう。そこで石飛礫で全力攻撃を放った。実際にそう見えるように半分は目くらましで増殖していたのだが。

 試合終了の礼を終えたその時、唐突に背後から閃光が走り、破壊音が聞こえた。

 歓声がどよめきと悲鳴に変わる。
 背後は隣の試合場だ。そこではジストナーが戦っているはずだ。
 目を向けるとどうも様子がおかしい。ジストナーの対戦相手は倒れているのにジストナーは魔力を苛烈な威力で放出させたままにしている。そのジストナーも地に両膝をつき、手首を押さえて苦しんでいる。放出された膨大な魔力がフィールドを超え観戦席まで破壊している。

 まさか…魔力が暴走しているのか?

 反射的に走り出しジストナーの元へ駆けつけようとするが、あふれる魔力が強すぎて途中で体が押し戻されそうになる。自分の周囲に盾となるよう簡易な結界を展開してやっとゆっくりと前に進むことができた。ジストナーの側に跪いて肩を掴む。

「っ…ジストナー!」

 声を絞り出してジストナーを呼ぶ。
 苦しそうに顔を上げて俺の姿を捉えたジストナーが必死に懇願する。

「だめ…はな…れ…て………」

 このままではジストナーが危険だ。早く暴走を止めなければ。
 魔力暴走はその身体も体内の魔力機関も激しく損傷させて下手をすれば命も落とす。元々ジストナーのように魔力が多すぎる者がそれをコントロール出来ずに起るものではあるが、それは子供の頃に限られる。一度コントロールする術を覚えてしまえば通常では起こりえない。
 ジストナーが押さえている手首を調べると装備している小手に魔法陣が浮かびあがっている。これがジストナーの魔力制御を乱している原因だ。小手を外させようとするが外れないような効力を持たされている。この魔法陣自体をなんとかするしかない。破壊するとジストナーの腕もただでは済まない。破壊することは出来ないが結界で抑え込むことは不可能ではないかもしれない。ジストナーに結界をかける為、自分の周りの簡易結界をとき、代わりに魔力で防御する。
 内臓まで圧がかかり息が苦しい。込み上げる吐き気をこらえて魔法陣に結界をかけ始める。緻密に…丁寧に…。効力の全てを遮断できるよう弾力を持たせるように編み上げたり硬度を持たせるよう組み上げたりと複雑な工程を重ねていく。

「はなれ…て…おね…がい…だか………ら…」 

 血の気のない真っ白な顔でジストナーが懇願し続けている。

「…また…傷…つけて…しま…う……」

 駄目だ魔力が足りない。自分の体を守る魔力を減らして結界につぎ込む。
 途端に内臓への圧が高まり口の中に血があふれ出す。呼吸が阻まれるので一度吐き出して作業を続ける。
 まだ足りない。もっともっと魔力を。
 体内の魔力機関から全てを、ほんの僅かな澱のようなものさえ残さず絞り出すようにして魔力をつぎ込む。

「…や…め…やめて…おね…がい……ヴィル…ヴィル!」

 ジストナーの悲痛な声が痛い。
 薄れそうになる意識を何としてもジストナーを守りたいという気持ちで繋ぐ。
 意識の消える寸前にやっと結界が構築されジストナーの手首からカタンと音を立てて小手が落ちた。
 泣いているジストナーの顔が迫る。

「ヴィル!ヴィル!」

 涙を拭いてやりたくて手をあげようとするがピクリとも動かない。
 ボロボロとこぼれるジストナーの涙が俺の頬に落ちる。ジストナーの泣き顔に幼いジストナーの顔が重なり既視感を覚えた。


 そこから先の記憶はない。
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