二、ときはの代 外伝 永久図騙(とわずがたり)

naccchi

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第十三話:草露白

 草露白くさのつゆしろし

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 穏やかな風が吹く日だった。少し日差しは強いが、過ごしやすい日が続いている。瀬莉せりは屋敷近くの川べりで着物を洗っていた。

「すっかり元気そうね。」

 瀬莉せりの微笑みに凛はさして反応しない。感情表現が乏しいのか意図的か、凛はそこまで表情を出してこない。というよりは、狐の表情などほぼわからないという方が常かもしれない。とはいえ、ふらふらと出歩いてもすぐにこの屋敷へ戻ってくるので居心地がいいのは間違いがないらしい。
 こうして瀬莉せりが家の作業や荘園の手伝いに行っているときも、ただ黙ってついてくることが多い。何をするでもなく、そこにいる。

「お前たちは、てっきり治ったら根掘り葉掘り聞いてくるんだろうと思ったが。」

 珍しく、凛の方から問いかけられて、瀬莉せりは一瞬言葉に詰まる。話ができてうれしい気持ちがありつつも、少し堪えた。

「話したいの?
 言ったじゃない。話したいっていうなら、聞くけれどそうじゃないなら、何も聞かない。私も、道雅みちまさ様も。」

 嵐の翌日にあんな怪我で見つかった妖と、その妖に寄り添うような人間。何もないわけがない。そしてその何もが、他人がおいそれと踏み入ってい良い事情でないことは分かりきっている。見えない傷を、押し広げてはいけない。

「話すことで、気持ちが楽になることも、あります。私はそうだった。でも、みんながそうとは限らないから。木にはなるけれど、無理だけは絶対にしないでね。」
「変な人間だな。お前も、あの男も。こんなものを匿うなど、どうかしている。」
道雅みちまさ様はちょっと変わっているかもしれないけれど、優しい人です。たくさん、辛いことがあったはずなのに私を受け入れてくれた。私はあの人に救われたんです。
 ……恩を返すって、もらった人に返すのも大事だと思うけれど、それを別の誰かに渡すのも恩返しだと思うの。」

 瀬莉せりは思い出した、父や母が言っていたことを。
 先祖が、将軍様に土地を安堵いただいた。そのご恩に報いるため、将軍様に何かあれば命を賭して戦うのだと。それが、誇りであると。その誇りは、本当は家族を守るためのものであった。

「私は、もうお母様にもお父様にももう何も返せなくなってしまったから。渡せる相手に渡していくことしか、できない。でもね、そうして、みんなもらったものをちょっとずつ誰かにあげれれば、良いと思うの。」

 優しさをつないでいく。思いをつないでいく。親が、子を産んで育み、命をつないでいくように。

「それが、綺麗事だと揶揄されてもか。」
「じゃあなんで凛は、世羅を助けたの?見捨てたってよかったのに。」
「……。」
「凛より世羅のほうが治りが早かったからいろいろ教えてくれたのよ。といっても、世羅自身のことのが多かったけれど。ね?」

 瀬莉せりも、凛も、今この場に世羅がいるのは気づいていた。片時も離れぬつがいのように、世羅はいつも凛を視界の中に入れていた。今もそう。わかったうえで、凛もまた言い放つ。

「先に助けてきたのは、世羅あっちだ。それが先に死なれるとなったら、寝覚めが悪い。」
「その寝覚めの悪いっていうのが、優しいなの。」
「……どうだか。」

 そっぽを向く凛の横に、世羅がすとんと腰をおろした。銀の毛並みと、金の毛並みが並んでそよそよと風に揺れている。このあたりは人影がない。妙な狐二匹がいても騒ぎにはならないだろう。

「優しい人が、生きやすい世の中に、なったらいいのにね。」
「自身に余裕がなければ、優しさは与えられない。土地も、水も、食料も……足らないから、奪うしか、なくなる。」

 世羅の言う希望と、凛の言う現実。どちらもその通りであるが故にままならない。

「じゃあ、みんな足りるようにしないと。」

 洗い終えた洗濯物を干し、瀬莉せりは空を見上げた。良く晴れた、青空。

「みんな、不安なのよ。どうしたらいいか分からなくて、守れる範囲だけでも守ろうとして。それで誰かを傷つけてしまう。」

 一人と二匹が、屋敷へ戻っていく。その玄関には、よく知る人影があった。

「ただいま。」

 一瞬だけいないのを気にしていたのか、道雅みちまさ瀬莉せりの姿を見て安堵の顔を見せる。よく見れば感情がすぐ表情に出ることを瀬莉せりだけが気づいている。

「おかえりなさい、早いお戻りで。」
「ちょっと忘れ物を取りに戻っただけだ、すぐ出るよ。帰りは遅いから、待っていなくていい。……式はちゃんといるね?」
「はい。大丈夫です。」

 道雅みちまさの元へ駆け寄っていく瀬莉せりを見て、凜は嘆息した。

「変な人間たちだ。……それは、お前も同じだが。」

 凛が世羅の方を見た。世羅は少し目を細めて言う。

「名前、呼んでほしいな。あの子にもらった名前。君にもらった姿にぴったりだから。」
「……世につらなる、か。まあ、悪くはない名だしな。気が向いたら、な。」

 凛の鬼灯のように深い赤の瞳は少し、柔らかな光を宿していた。
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