焼きそばパンを買ってきて!

舞波風季

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第三話 焼きそばパンを買ってきて!

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 明月ルキナが引退し、無気力な日々を送るうちに卒業が近くなってきた。

(焼きそばパン、食おうかな……)

 ここしばらく、あのパン屋にもなぜか行く気になれないでいた。

 パン屋へ行く道すがら、ふと思い立ってポケットパークに寄ってベンチに腰掛けた。

 そして、一息ついたところに、
「こんにちは」
 と、うつむき加減の俺の頭の上から声が聞こえた。

「はい?」
 顔を上げて見ると、そこにはキャップにスタジャン、ジーンズ姿の女子が立っていた。
 キャップとマスクのせいで、顔立ちはハッキリとは分からない。

「隣、いい?」
 その子はそう言いながら、既に腰掛ける体勢になっている。

「は、はい……て、え?」
「だめ?」
「いえ、全然ダメではないです、はい!」
 慌てて俺は答えた。
(俺の隣になんて、いいの?)
 女子にはキモがられるのが当たり前の陰キャの俺にとっては、こんな事は前代未聞ぜんだいみもんである。

「私ね、不思議な夢を見たんだ」
「夢、ですか……?」
「そう、夢」

(初対面で夢の話というのも珍しいよな……)

「綺麗な女の人が出てきてさ、しかも二回。最初の時はママのことは心配しなくていいって」
「お母さんのこと……ですか?」
「そ、うまくいってなかったの。でもその夢の後にね、前みたいに私が大好きだったママに戻ってくれたの」
「それは、よかったです」
「うん」

(いい話だけど、俺なんかに話していいことなのかな……)

「でね、二回目は、この公園に行ってみなさいって」
「はあ……」
「ピンとくる男子に出会うからって」
「ピンと、くる……?」
「そ。で、君に出会ったってわけ」

 (俺?いやいや、いくらなんでもそれはないない!)

「やっぱり覚えてないんだね」
 スタジャン女子はため息をつくようにして言った。
「ま、私も君を見るまでは忘れてたけど」
 そう言うと彼女はマスクを外して帽子を脱いだ。

「あ……!」
 俺は自分の目が信じられなかった。
 そこにいたのはアイドルを引退した明月ルキナだった。
「どう、思い出した?」
「明月ルキナさん……?」
「そうよ」

 それにしても俺が「思い出した」とはどういうことなんだろう。
 引退したとはいえまだ数ヶ月だ。忘れてしまうほどの期間ではない。

「まだ思い出してないみたいねぇ」
 そう言うとルキナは俺の顔を間近に見つめた。

(顔が近いーー!)

「あの、思い出してない、とは……」
 頭が沸騰ふっとうしそうになりながらも、俺はルキナに聞いた。

「私、君と会ってるんだよ」
「会ってる……?」
「そ、しかも二回」
「えと、イベントとか、ですか?」

 ライブやサイン会にも行ってたし、俺の立場からしたら「会った」と言えるだろう。
 だが、ルキナの立場からしたら、俺は何千何万といるファンのうちのひとりだ。
 たまたま印象に残った、ということだとしたら……。

「俺、イベントで何か目立つことやらかしたんでしょうか?」
 だとしたら、今すぐここで土下座して謝って、二度と彼女の前に現れないようにしなければ!

「違う違う!」
 ルキナは慌てて否定して、
「しゃあ、最後の切り札ね……」
「最後の切り札……?」
 俺が聞き返すと、彼女は大きく息を吸い込んだ。

「焼きそばパンを買ってきて!」

 その言葉が俺の心の中の閉じていた扉を開いた。

「ああ!」

(そうだ、焼きそばパンだ!)

「買ってきます、焼きそばパン!」
「うん!」

(思い出した思い出した!)

『明月ルキナちゃんとデートができますように!』
 そう願って神様に叶えてもらった。

 パン屋の前でルキナと出会い、焼きそばパンを買って公園で一緒に食べた。

 公園でルキナと彼女の母親が口論しているところにも出くわした。

『ルキナちゃんがお母さんと元通り仲良くなれますように!』
 そう願って神様に叶えてもらった。

(でもルキナちゃんと出会った記憶は消されちゃうんじゃ……)
 そう気がついた時、
『あなたは忘れてたでしょ?』
 と、神様の声が頭の中に響いた。

 立ち止まると、そこはちょうど神社の前だった。
(そうか、ルキナちゃんのおかげで思い出せたんだ!)

 だとしたら俺が恋愛できる可能性はほぼゼロになるという条件はどうなるのだろう。

『それはまだ生きてるわよ』
 俺の心を読んだのか、神様の答えが返ってきた。

(やっぱり……)
 そう思うとやはり気持ちが沈んでしまう。

 だが、考えてみれば、ルキナが俺に会いに来てくれただけでも俺にとっては奇跡と言っていい出来事だ。

 神様との約束どおり、俺は一生恋愛はできないのだろう。
 だが、たまに会って一緒に焼きそばパンを食べる。ルキナとそんな友達になれたとしたら、こんなに嬉しいことはない。

「焼きそばパン友だ……!」
 そう小さく呟くと、俺はまた走り出した。

『ふふ……』
 俺の頭の中に、神様が静かに笑う声が聞こえたような気がした。

 パン屋に辿り着いた俺は、駆けてきた勢いのまま扉を開いた。

「焼きそばパンをください!ふたつ!!」
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