幼馴染みを飛び越えて

三ツ葉りお

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幼馴染みじゃない2人の、これから。

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 思いが通じ合ったあの日からの、りょくの行動は早かった。

 まず花ケ崎わたくしの母に面会の約束を取り付け、父も揃っている日に訪問し、交際と結婚の許しを、貰いに来た。

 父母は何故か驚きもせず、『やっぱりそうなったか~』と笑いながら...『桐香が良いなら認めよう』と、気負っていた此方が脱力するほどあっさりと、快諾した。

 わたくしの家に承諾を受けたら、
『形式だけだが次は五宮家うちだな』
と、翌週の週末には五宮いつつのみや家でりょくのご両親と対面し、
桐香きりかちゃんなら大歓迎。むしろ私からお願いするわ。綠をよろしくね』
とお義母様には大歓迎され、気難しいとうかがっていたお義父様にも
『綠は君じゃないと駄目みたいだからね。期待しているよ桐香さん』
と、受け入れて貰えた。


 ────なので現在、わたくしは綠の....“婚約者”という立場に、なっている。対外的にも発表済みなので、五宮家の携わる事業のパーティー等には、綠のパートナーとして、同伴するようになった。

 お義母様は『綠の面倒は桐香ちゃんがみてくれるから、安心』と、信頼と共に色々お任せいただいているので、良い花嫁修行になっている。

「綠のスーツはこれですわ。開場までそんなに時間の余裕はないのだから、手早く着替えて下さいね」
「....綺麗だ」
「っ...! あ、ありがとうございます....」

 わたくしが纏っているのは、今日の為に綠がプレゼントしてくれた深い紫色のイブニングドレス。わたくしの姿に視線が釘付けになっている綠を見るのは、嬉しいし幸せだけれど。今は時間が許してくれない。
 今晩新作発表を兼ねてパーティーを行うのは、五宮家と交流が長く、お義父様とも懇意の社長が経営する企業だ。失敗はできない。

「緊張してる?」
「それは...当たり前ですわ」
「そんなに気を張らなくても、桐香の評判は高いぞ。ちょっと失敗をしたくらいでどうこうなることはない。お前らしく、振る舞っていれば良い」
「もう! そんなことでは、『五宮家の嫁に相応しくなーい!』って言われてしまいますわ」

 冗談めかして言うと、わたくしが用意した薄い青色のワイシャツを身につけた綠が、悪戯っぽく腰を引き寄せてきた。

「誰にもそんなことは言わせない。だからさ、俺が成人したら、直ぐに結婚しよう」
「もう。またそれを言いますの? 『少なくとも綠が大学を卒業するまでは待ちましょう』って、何度も言ったでしょう?」

 お義母様とお母様母たちにも、『結婚したら骨抜きになって勉学に身が入らなくなるんじゃない?』なんて、冷やかされていると言うのに。

(わたくしと結婚したことで綠が暗愚になるなんて、嫌だもの。妻になるなら、よりしっかりと、支えなきゃ!)

 気合いを入れ直し、ダンスを踊るみたいにわたくしの背中と腰に手を添えたまま動く綠の動きに合わせつつ、シャツの首もとを整える。

「お前が良いって言うまで、何度でも言うぞ」
「わたくしが頷かなくとも、いつの間にかそうなっていそうで、怖いわ」

 まだわたくしが嫁いだ後の具体的な話は覚悟がなくてできてないけれど、あれ以来わたくしよりも遥かに優秀で働き者だった綠に何もかも主導権を握られてしまって、今となっては随分自由にさせてくれてたんだなって、解った。

「本気で嫌なら、さすがに考える」

(止めるんじゃなくて、考えるんですの?)

 綠の信念は固く、人間とは現金なもので、今はそれだけ思ってくれる人を失うことが、怖いと思う。

「嫌なわけ、ないわ....」

 わたくしの思いを聞いて、嬉しそうに笑う綠。

(貴方の傍に居られるなら、完璧な妻にだって、なってみせますわ!)

「それじゃあ、ネクタイ結んでくれる? 婚約者殿」
「ええ、婚約者さま」

 笑い合いながら、身支度を進めていく。こんな日常の1コマさえ、貴方となら...こんなにも愛しくて、大切な時間になる。

(未来はいつだって怖いし、何だって受け止められるなんて覚悟はないけれど。今日も貴方を愛しているから───わたくしはその恐れを前にしても、進めるの)
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