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sideハディス・見つかった理由

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「いやぁ~町の近くにモンスターの巣が出来た時は、ウチの宿屋も廃業かと思ったがねぇ。お兄さんが来てくれて、助かったよ!」
「...依頼があったから、来ただけだ」
「そう言うけどねぇ、町の自警団に依頼したのは随分前で。お兄さんの前にも、如何にも冒険者~って体格の良いのが3人、来たんだがねぇ。みーんな尻尾巻いて逃げ帰って来たからねぇ~」

(なるほどな...。自警団でどうにもできなかったから、ギルドに金を出して依頼してきたと言う訳か.....)

 今日退治したモンスターを思い返してみたが、かつて共に戦った魔族や魔物に比べ、手応えのない相手だった。しかし、一般の人間にしてみれば、驚異だったのだろう。

「......モンスターも巣も、残らず排除済みだ。安心して宿を続けると良い」
「頼もしいねぇ、お兄さん! 見ての通り寂れた宿なんでねぇ、大したお礼はできねぇが。家の宿屋は食事が好評でねぇ。お代は要らねぇんで。是非召し上がって下さい!」

 宿の主人は大層気を良くしたようで、俺を部屋まで案内した後、地元で取れた獣肉の料理を差し入れてくれた。

「どうぞごゆっくり」
「......ああ、ありがとう」

 ふくふくとした主人の笑顔が扉の向こうに隠れてから、知らずに詰めていた息を、小さく吐き出す。

(───ありがとう、か。
......俺達の居場所を奪った人間達を憎み、また、人間達は俺達魔族を怖れ.......争いあったと言うのに......)

 旅をする中で、俺の風貌を見て怖れる人間には、今まで遭遇したことがない。元々人間と魔族の外見的な違いと言えば、この紫の髪と緑の瞳、それに血の気の感じられない白い肌だけだ。

 この特徴を【魔族特有の容姿】と知らない者から見たら、珍しい色として片付けられる程度のもの。

 此処に住む人間達とて、外来種と言うこともあり、自然界には無い、変わった髪の色や目の色をしている。【魔族】を知らない奴等の中に交じってしまえば、己も異端視されず、異物として指差されないのだと、知った。

 同族であれば当たり前の親切を施されることも、ここまでの旅で、大分慣れてきた。

(今を生きている人間達に、恨みなど無いしな。.......勇者と、地母神に関しては、別だが.....)

 目覚めてしまった日からこの世界じだいを旅してまわり、観察しているが....現代では、思った通り魔族も魔物も姿を消している。
 代わりに水の塊のような流動体や、動物の屍が動き回る物が魔物モンスターと呼ばれ、人間や町を襲うようになっていた。

 魔物が居た以前はモンスター等生息していなかったので、恐らくは人間と同じく別世界から来た生物、外来種なのだろう。
今は、それモンスターを倒して金を得る、ギルド所属の賞金稼ぎハンターという職で生計を立てている。

(何処でだって金がないと衣食住がままならんし、外来種も狩れる。一石二鳥だな)

 他にも、現在の世界を己の目で見て学んで、解ったことがある。
それは、俺と勇者の戦いから、数百年ほど時が経っている、という事実だ。

 心臓を貫かれた時から目覚めるまでの時間は、俺の感覚として言えば、一瞬だった。
 .......昨日のことのように、心を開ける唯一の存在を、妹のように可愛がっていた彼女を......勇者にんげんに奪われ、殺された瞬間を、覚えている。

 外来種に数で圧倒され、踏みにじられ、彼女さえ守れず失い....悲しみと途方もなく暗い怒りに支配され、魔族が棲む土地に長く封じられていた禁呪の壺の中身を───俺は、あおった。



 もう、どうなっても良かった。
この世界が無くなっても、俺が死んでも。どうでも。



 結果、俺の絶望に満ちた体に呼応し、地母神が怖れた【魔族本来の力】が、俺の身体を支配した。
 体は呪いの影響で大きく膨れて爛れ、形を保てなくなるくらい溢れた、力の塊と化した。

 それから先のことは、殺意だけが鮮明に脳裏に焼き付いて俺を動かし、目に映る全てがボンヤリと実感を伴わず曖昧で、他人事のように感じていた。

 化物に変じた後、攻め入ってきた勇者と戦ったが、勇者とその仲間達は、神が造り上げたという武器防具で身を堅めていたため、呪いで穢れた俺の力は神の祝福の前に無効化され、鎧にすら殆ど傷をつけられなかった気がする。

 戦いにならぬまま一方的に肉の鎧を剥がされていき、魔族の心臓である核を貫かれた時、俺という生き物の活動は停止した─────筈だった。



(なのに俺は、数百年の時を越え、こうして生きている...)



 原因として考えられるのは、あの時口にした壺の中身の影響だ。神を模して作った魔族...。その力を怖れ、封印した地母神の対応と、別の世界から迎え入れられた、人間達。
 地母神にとって、魔族は失敗して強く作りすぎた、管理しづらいもの、だったのだろうか。

 今となっては解らないが、迫害された身としては、理解したくもない。

 力だけで言うなら、勇者とて、地母神が寵愛を与えすぎたため、人間の枠などとうに越えていた。
 あれだけ地母神に溺愛されていたのだ。この世界の神として取り立てられ、未だに存在しているのではないか、と思いもしたが───...村や町の口伝によれば、どうやら亡くなったらしい。

 争いの火種をばら蒔いた“地母神”アレリューメは“女神”と名を変えて現代に伝わっており、神殿などに辛うじて信仰は残っているものの、直接人間達や勇者に接触し助言や力を与えていた以前に比べれば、その影響力はほぼ失くなっているようだった。


(彼女を殺した憎き勇者は死に、元凶たる地母神も、存在すら感じない────。
 復讐を果たせぬこの世界で、俺は、何のために目覚めたんだ.....?)


 自問自答しながらも、ギルドが依頼してくるモンスター退治をこなし、日銭を稼いでは旅を続ける日々を、過ごしていた。

 目覚めた土地から随分と南下した大陸まで旅の歩を進めたある日、一定の方向から、酷く懐かしい気配がすることに...気付いた。


(この、懐かしい気配は────?)


 記憶の中で同じ気配を探し当てた時、情けないが、泣きそうになった。

(彼女だ。ああ、愛しいウィスティ。死んだはずの、彼女の──────.......!!)


 彼女の居場所を見付けたくて、気配に集中したと同時に...全身が本能で警戒し、総毛立つ。


(何だ、この感覚は─────?
まるで、あの日....城で対峙した、勇者のような───.....)

 ウィスティの気配を感じる方向に、勇者と似た部類の異様な力と.....ネットリとした嫌な怨念を、感じる。

(勇者を見詰める地母神アレリューメの、執着的な視線と...同類の....)


「ウィスティ...!!」


 彼女の名を口にした時には、駆け出していた。数百年もの時を経て甦った理由を、漸く見付けた気がする。


(ウィスティ。今度こそ、お前を勇者の手から、守り抜いてみせる!!!)
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