傾国の近衛隊長は第二皇子に褒美として娶られる。

三ツ葉りお

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父と息子~ルーチェとトゥエイン公爵。

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 情けないことにおれはあれから暫く泣いてしまい、そんなおれに父は何も言わずただ寄り添って、椅子まで用意しおれを座らせ、落ち着くまでずっと....背を撫で続けてくれていた。

「落ち着いたか?」
「はい。急に泣いたりして、すみませんでした」
「気にしなくて良い」
「...ありがとう、ございます....」

 父が手ずから淹れてくれたお茶を飲み、一息ついたおれは....肖像画の間を、グルリと見渡す。

 母の肖像画の前に置かれているテーブルセットは、以前父の部屋にあった家具だ。今は此処にベッドもクローゼットも設置されているところを見ると、元・父の部屋は空っぽになっている事だろう。

(本当に1日中、母さんと一緒に居るんだな...)

 想い合っている2人の間に生まれたんだって、初めて思えた。たったそれだけで、先程より自分の根幹が強くなったような気さえするのだから、(おれって単純だなぁ)と、他人事のように思う。

「お前のことを色々聞きたいが、知っての通り俺は会話が下手だ。用件があって来たのだろう? お前から話してくれ」

(おれに興味とか、有ったんだ...)

 父との再会は想定していたものと全てが異なっていて、おれは何枚も薄布を重ねた向こうから擽られるようなザワザワした心持ちで、正面に座る父に視線を合わせた。

(いくら父さんが今更ながらにおれのことを知ろうとしてくれていても、普段全く会話してないんだからおれだって会話の糸口解んないし、元々話す予定だった結婚報告くらいしか浮かばないよ...)

「おれ、ヴァリエン皇子と婚姻を結ぶことになった」

 継げた言葉は一生の約束を交わすもので、とても重い。しかし父は、にこりと嬉しそうに笑んで、一言。
「...そうか」
と、受け止めてくれた。

「その内、正式な書状が皇宮から届くと思うから、驚かないでね」
「ああ」

 拍子抜けするほどあっさり聞き流され、(やっぱりおれの結婚なんて、どうでも良かったか...)と、卑屈に思ってしまった。

「...その報告だけだから。邪魔してゴメン」
(そうだよな。母さんを大事に思うようになったところで、子供のおれに関心を抱くかどうかは....また別の話だ。これまでのことを考えたら、気を使って会話しようと思ってくれただけでも充分だよね...)

 出されたお茶を一口含み、飲み終えたら席を立とうと思っていると、不意に父から名を呼ばれた。

「ルーチェ」
「はい?」
「...ヴァリエン皇子は、お前を大事にしてくれそうか?」

 卓上に下ろしていた視線を上げると、父の優しい表情が目に飛び込んでくる。その表情かおだけで、父なりにおれを気遣ってくれているんだと理解でき────卑屈なおれのいじけ心は弾き飛ばされた。

「...うん。おれを、幼い頃から想ってくれていたんだって。おれは、そんなヴァリエンを信じたい。色々あって、まだ胸を張って“好き”とは言えないけど、一緒に居る内に愛していける...そんな予感がする人なんだ」

 おれの言葉に納得したのか、父は笑みで目を細め、おれの頭を撫でた。

「....お前が幸せになれるなら、俺からは何も言うまい。──ッハハ、と言っても...何年も幽鬼のように佇んでいるだけの俺には、親としてなにかを言う資格など...ないがな」

 困った様に不器用に笑う父を、初めて家族として、(愛おしい)と思った。

「いいえ、....いいえっっ!!!」
「!!」

 思わず立ち上がったおれは、椅子に座ったままの父を、強く抱き締めた。記憶より幾分か小さくなった気もする父を確かめるように抱いていると、体を強張らせていた父が、ゆっくりおれの背に、腕を回してくれた。

「ありがとうございます。おれを心配してくれて。嬉しいです」
「ルーチェ。改めて、...おめでとう。幸せになるんだぞ」

 ポンポン、と。おれの肩甲骨の間を、父の大きい手が優しく叩いてあやす。

 それは、おれが幼い頃、ぐずって泣き止まない時に母がしてくれた、触れかただった。

(あぁ。父の中ここにはまだ、母は生きているんだ...)

 亡くなった人をいつまでも思うのは、生きていくためには不健康な行為かもしれない。でも、“忘れたら生きていけない”なら....これは1つの、愛のかたちなのかも知れなかった。

「はい。結婚した後も時々顔を見に来ますから。と、言うかヴァリエンは父さんに挨拶したいみたいだから、また直ぐに来ると思うけど。どうか父さんも、身体には気を付けて」
「ああ。お前が旦那をつれてくる日を、楽しみにしている」
「旦那...」
「間違いではないだろう?」
「そうだけど。...旦那はまだ、抵抗感があるな...」
「ハハハッ。...お前の所属している近衛部隊の評判も良いと聞く。国中の猛者を纏めるのは大変だろう」
「そうでもないよ。うちの近衛部隊に所属する騎士達はね~、メチャクチャ良い奴ばっかりなんだから!」
「ほう? 例えばどんな奴が居るんだ?」
「あのねぇ~」

 必要なことだけ話したら直ぐに皇都に帰るつもりだったのに、久し振りに言葉を交わした父との会話は中々途切れず、結局おれは朝から夕方までを実家で過ごすこととなった。
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