2人分生きる世界

晴屋想華

文字の大きさ
上 下
1 / 25
第1章 無法

2人分生きる世界(綾人)

しおりを挟む
 「今日はどっちにするかな」

 スマホの画面を覗き、どちらにするか悩む。こっちを一週見送るかどうか、悩んでいる。
 ま、今日は予定もあるし、こっちだな。

 俺は、西門綾人(にしかど あやと)、17歳。桜ヶ丘高校に通う男子高校生だ。
 今日は8月21日、夏休み最終日。明日から学校がまた始まる。もうそろそろしたら、進路を決めないといけない時期にもなる。というか、もう決めている人もたくさんいて焦っているくらいだ。はあ、どうしたものか。夏休みの間は、遊びまくっていて結局何も決まっていない。自業自得だな。
 
 俺の親は、警察官と教師。両親共に多忙の毎日を送っている。ちなみに一人っ子である。俺も警察官や教師に憧れないわけではないが、まだ決定してしまうのには勿体無いと思っている。というか、まだ何も見ていない状態で決められる方がおかしいとも思う。まあ、なるようになる精神で頑張ろうと思っている。もう1人の自分の方も決めないといけないし、忙しいなーと思いながら毎日をとりあえず乗り越えている。

 もう1人の方はどうしようかな。ま、そっちも色々見てからでも遅くはないか。どちらもある程度は良い人生になれるように頑張りますか。

「綾人ー!宿題ちゃんと終わらせたんでしょうね?」
「小学生や中学生じゃないんだから、終わらせたよ」
「そう?なら良いけど」

 ほんと教師の母を持つと色んな意味で大変だよ。とりあえず、今週も頑張りますか!
 


        ♦︎   ♦︎   ♦︎   

 人生って普通は1人1つしか与えられないと思う。しかし、この世界では、1人で2人分の人生を生きることができる。仕組みはきちんと解明されていないが、時空の歪みが関係している。100年程前から現在に至るまで、地球に存在している人間全員が2人分の人生を与えられたのだ。
 100年も経てば2人分の人生を生きることに誰も疑問を持っていないし、それが当たり前になっている。1人分の人生しか経験したことがない人はもうほとんどいないのだから。
 この世界には、いくつかルールもある。まず、1週間ごとに人生を入れ替えなければならない。毎週月曜日が始まりである。時間は、朝の6時にスマートフォンで切り替える。これは、寝ていても寝ていなくても必ず入れ替えなければならない。入れ替を忘れていたら、アラームが鳴り、知らせてくれる。それでも操作しない場合は、10分後にもう1つの人生に勝手に切り替わる。昔は、頭の中に浮かんできて、頭の中で設定していたみたいだが、上手くいかないこともあり、色々事件があったため、現在はスマートフォンで入力できるようになり、確実に入れ替われるようになっている。時空の歪みが1週間という波で来るため、そのタイミングで入れ替えなければ、入れ替えなかった人生の方の1週間を見送ることになる。しかし、水曜日や木曜日など違う曜日に途中で切り替えても問題はない。その代わり、もし水曜日の夜に切り替えたのなら、切り替えた水曜日の夜から日曜日まではその人生の中では空白の数日間になる。
 また、もし1週間で切り替えをしなかった場合、入れ替えていない方の自分は寝たきり状態が続くことになるため、人にもよるが、平均的には1ヶ月程で死んでしまう。このように、意図的に戻らなかった場合は、生きている方の自分の寿命も10年短くなってしまう。
 しかし、片方の自分が病気や事故、事件等で死んだ場合、つまり、不可抗力で死んでしまった場合は生きている自分の寿命が10年長くなる。
 つまり、1週間できちんと切り替えていけば、みんなと同じ時間を過ごすことができるということ。
 人間は100年間、この2人分の人生をもっと繋げられないかと研究してきたが、なかなか見出せてはいない。
 さらに、この2人分の人生の性別はランダムで、2人とも男性になる場合もあれば、男女になる場合もある。しかし、ほとんど男女になる場合は低く、ごく稀である。男女の人生を歩んでいる人は、そのことを秘密にする傾向がある。なぜなら、男女の人生を生きていることで、気持ち悪がられて、いじめが起きたという事件もあるからである。最近では、暗黙の了解として、もう1つの人生のことはあまり話さないようにしている人も多い。
 この世界は謎、問題点共に多いが、人生の幅、選択肢の幅は増えている。その分色々なことが起きてしまっているのだが……。それでも2つも人生があるということは、嬉しいことだし、幸せを2倍楽しめるチャンスともいえる。そう思えない人々も多いが……。

        ♦︎   ♦︎   ♦︎


 
 100年前の人々は、1つの人生を生きていたが、突然もう1つの人生にシフトされ、人々は最初、別の人の人生を夢で疑似体験しただけだと思っていたらしい。まあ、そう考えるのが普通だろう。1つの人生しかあるはずがなかったのに、突然今まで見ていた自分じゃない人物の人生も体験するのだから無理もない。
 俺のように、生まれた時から2つの人生を与えられている人間からしたら、2つ人生がない方が不思議に感じてしまうのだが。ま、これがジェネレーションギャップというものであろう。いや、違うか。これから俺は、人生が2つあることの重みを感じていくことになる。

「綾人ー!!」

 あ、来た。今俺の名前を読んだこいつは、俺の彼女。塔山岬(とうやま みさき)。同じクラスの同級生だ。人懐っこい性格で、それでいて責任感も強く、いじっぱりである。髪はロングで、黒髪に近い茶髪。あと、言うのは恥ずかしいが、人並み以上には可愛いし、クラスのやつらからの人気もある。
 今日は午前中デートの約束をしていた。ほんと元気だな。

「岬ー、声でかいぞ」
「だって、綾人に会えて嬉しいんだもん!」
「か、可愛いなそれは……」
「えーもっと言ってもっと言ってー!」
「う、うるさいぞ、静かにしなさい!(照)」
「あー照れてるー!チュッ」
「……!きゅ、急に何して……!」

 こんな感じで俺たちは、ラブラブである。
 俺の彼女のもう1つの人生も、女の子らしい。正直、良いなーと思ってしまう。
 ちなみに、俺のもう1つの人生は、女性である。しかし、俺はなぜだか分からないが、綾人としての人生の方が向いているらしい。 
 女性は好きになれるが、男性を好きにはなかなかなりづらい。しかし、やはり男性としての人生の時と女性としての人生の時とでは、感覚は色々違っている。女性としての人生の時は、ちゃんと女性的な感性を持っていたり、気持ちも女性になれている。女性としての自分をきちんと受け入れられてはいるのだ。しかし、男性を好きになったことは一度もない。まだ出会っていないだけなのかもしれないが。

 今日は彼女の買い物に付き合って、パフェ食べて、解散。それから岬は塾。岬は、看護師になると決めていて、そのために塾に通っている。

「やっば!これうんまーーー!」
「こら女の子がなんて口の利き方してるのさ」
「そんな小言言ってないで、綾人もあーん」
「あーん」
「ちょろいな」
「う、うっさい!」
「また照れてる~!」

 はあ、岬には勝てないなと思いながら、毎日を過ごしております。

「はー夏休み終わっちゃうね」
「だなー。明日から学校かー」

 俺たちは買い物を済ませて、岬の家に向かっている。

「いやそれにしても買った買った」
「まったく、そんなにお金使って」 
「また小言言うー」 
「それは岬のためを思って」
「ほんとお母さんか!」
「お!久しぶりだね綾人くん」
「あ!お兄さん!お久しぶりです」
「お兄さんだなんてなんか照れるね」
「あははっ」

 岬の兄。塔山裕也(とうやま ゆうや)。大手IT企業の副社長を務めている。現在、27歳と若いが、パソコンスキルや人間性で認められ、現在の地位まで登り詰めた。性格は温厚で、誰とでも仲良くなれるような人間である。でも、ちょっと苦手なんだよなー。実際のところ何を考えているのか分からないというか。ま、良い人なんだと思うけど。岬の兄だし。岬はお兄さんと2人兄弟である。父親は、消防士。母親は、幼稚園の先生をしている。こちらも両親共に多忙である。

「デートしてたのかい?」
「うん!」
「岬はほんと綾人くんのことが好きだな。いつも綾人く」
「お兄ちゃん黙ってよ!まったく」
「なんだよ急に。良いじゃないか別に」
「な、なんか恥ずいじゃん」
「こんな妹ですが、よろしく頼みます」
「岬さんのことはお任せくださいませ」
「こりゃ頼もしい」
「もー2人して何やってるのさ!じゃ、綾人また明日学校でね!」
「おう!塾頑張れよー!」
「うん!ありがと!」

 よし、見送りしたし、帰るか。ってなんか見覚えあるやつが目の前から歩いてきているような。
 
「お!綾人!ちょうど良かった!暇ならゲーセン行こーぜ!」
「人を暇人扱いすな!」
「えー!じゃあ行かないのか?」
「いや、行くけど……」
「なんだよツンデレだなー!」
「はあ、早く行くぞ」

 こいつは俺の親友の風間涼夜(かざま りょうや)。明るくて良いやつだ。唯一信頼できる友達と言っても良い。

「おっしゃ!俺の勝ちー!」
「くっそおー!何回やっても綾人には勝てねえんだよなー。悔しい!」
「はっはっはっ!俺は無敵だからな!(ニヤッ)」
「くー!そして無駄にイケメンで腹立つー!二重に負けた気がする……」
「なんだそれ」

 綾人としての人生は、彼女も友達もいて、すごく充実している。進路さえ決まればだけど……。

「綾人は進路決めたのか?」
「ぎくっ。いや、それがまだなんだよー。夏休みももう終わりで、秋に近づいてるのにさ、、」
「いやー俺もまだなんだよなー。そろそろ決めないとだよな」
「だなー」
「でも綾人は親父さん警察官で、昔は憧れてなかったっけ?」
「まあ、そうなんだけど、色々現実を知るとな」
「それはまあ、警察は色々あるだろうけど、どの仕事も理想と現実は違うんじゃないか?」
「だよなー。いやーもう考えれば考えるほど分からん!いちよう文理選択はどこへでも行けそうな理系にしたけど、んー正しかったのかどうか……」
「俺も理系にしたー。誰か俺たちの運命を後押ししてくれー!」

 本当にもうそろそろ決めないといけない。どうすべきかなー。2つ人生があるということは、すごくありがたいことだけど、同時に大変さも2倍だもんなー。でも1つの人生しかなかった時代から考えると、贅沢な悩みなのかもしれないけど。ま、進路については明日から考えよう。

「綾人と俺の運命は神様に任せて、今日は帰ろうぜ!じゃ、また明日なー!」
「何言ってんだか。まったく自由なやつだな。じゃ、またな!」

 よし、家に帰るか。

「ただいまー」
「おかえりー。遅かったわね!デートが長引いたのかしら?それとも涼夜くんにでも会った?」

 嬉しそうに俺の母、西門瑠璃子(にしかど るりこ)がそう言う。

「こっわ。その通り、涼夜のやつに会っちゃったからさー」
「あら、当たっちゃった!でも、言い方冷たくない?」
「はいはーい」

 俺の母は、教師をやっていることもあり、とても勘が鋭く、俺がどこに行くのか、何に悩んでいるのかなどすぐに見抜かれてしまう。それをすべて俺に言ってくるのだから、困ったもんだ。思春期の男の子には辛いところだ。まったく。

「夜ご飯もうすぐできるから、すぐ降りてくるのよー」
「父さんはまた事件?」
「ええ、呼ばれてさっき出て行ったわよ」
「そっか」

 俺の父、西門雅史(にしかど まさし)は、いつも事件のことばかり考えている。家族のことを考える余裕はあまりないんだろう。それでも、時間を作ってくれることもあったけど、小さい頃、遊園地に行くって約束していても事件が起きると呼ばれて、仕事に行ってしまう。まあ、仕方ないことなんだけど、ちょっと思うところもある。俺がもし警察官になったら、同じ感じになっちゃうのかな。も、もし岬と家族になったら、岬を蔑ろになんて、したくないな。んー警察はやっぱり大変だよなー。

 はあ、夏休み明け初日は、始業式やら何やらであっという間に終わり、それからの1週間は、進路についてなどなんやかんやで終わってしまった。久しぶりの学校は、頭使うから疲れるなー。明日はあっちの人生か。またあっちも始業式だもんなー。ま、仕方ないから頑張るか。
しおりを挟む

処理中です...