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第三章 チタニア教帝領~教帝聖下救出編~

壮行会

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「いやー、今日は一杯釣れてよかった。なぁ!ピロル君!  」

「……」

 博士がわざとらしく、俺に声をかけてくる。
 そっぽを向いて、無視する俺。

「いやー、ピロル君があんなに、スライム達に気に入られるているとは、知らなかったよ!
 彼らは臆病で、こちらが気づく前に逃げるから、なかなか出会えないんだよ!  」

「……」

 興味が唆られる話題で、俺の機嫌を取ろうたって、そうはいかない。

「なぁ!  」

 無視を続けていると、博士はスラリーに同意を求めた。スラリーとは、俺に顔ぺチャしてきたスライムの名前である。

 俺達は今、ルブルム城へ帰るため、馬車に揺られていた。
 水を張った樽を乗せ、スラリーも湖から連れてきた。ぷかぷかと気持ちよさそうに浮かんでいる。

 ペチャッ!

 お馴染みの効果音に、思わず博士の方を向いてしまう。

「ふはははっ」

 顔面スライムまみれで、ずぶ濡れの博士をみて思わず、笑ってしまった。

 スライム越しに、満面の笑みの博士と目があった。顔に『スラリー、グッジョブ!  』と書かれている。

「俺、まだ、博士のこと許していませんから。」

 無表情を取り繕い、言い放つ。

「一人で茂みに逃げだして悪かった。そして、助けもせず、研究欲に呑まれたことも謝る。何でもするから、許してくれっ!  」

 博士が土下座しそうな勢いで謝った。

 スライムまみれで謝られてもなぁ。
 これ以上、無表情でいることに耐えられそうもないので、許すことにした。

「分かりました。スラリーに免じて、晩御飯のデザートで手を打ちましょう」

「ばっ、晩御飯のデザートっ!!  」

 博士の声が裏返った。

「嫌ならいいですよー」

「い、いえ、嫌では、ありません」

 博士が明らかに落胆している。

 樽に戻されたスラリーは、楽しそうにぷかぷか揺れていた。


◇◆◇


 所は変わって、またまた、料理長室である。
 明日の教帝聖下救出作戦出立を受けて、壮行会を開いてくれたのだ。
 シマさんいつも、すみません。

 今日の主役は、博士が釣った魚達である。

「いやー、今日は一杯釣れてよかった。なぁ!ピロル君!  」

「さすが、博士です」

 博士は、お城につくと早々に、釣果を自慢して回っていた。デザートが確約されているので、話をあわせる。

 シマさんの手にかかると、天ぷら、塩焼き、煮付け、そして、刺身と、同じ素材とは思えない変貌を遂げ、俺たちを楽しませてくれた。

 俺のイチオシは南蛮漬けだ。
 丸みのある甘酢が染み込み、衣はトロッと、身はしっとりふっくら、極めつけに、野菜のシャキシャキ感が合わさり、絶妙のハーモニーを奏でていた。

 もう、死んでもいいや。
 いや、教帝聖下を助けるまではダメだけど。
 とさえ、思えた。

 そして、待ちに待ったデザートである。
 俺の前には、ショートケーキが二つ並べられている。

 ラヴォア博士が、恨めしそうにこちらを見ている。当然、無視である。

 全層を1口で食べられるように、フォークを縦に入れ掬うと、隣に浮かんでいるスラリーに食べさせてあげた。
 椅子も用意してあげたのだが、樽が余っ程気に入ったようで、出てこなかったのだ。

 水の中で、デローンとぎりぎりまで広がった。たぶん、頬っぺたが落ちたんだろう。
 その様子に、思わずニヤケていまう。
 余りの可愛さに、何度も繰り返してしまった。

 俺がスラリーに気を取られていると、白い2つの影が前を横切った。

「!?  」

 皿に目を落とすと、2つのケーキが忽然と姿を消していた。

 影が通り過ぎた先に視線を移すと、ショートケーキ形に膨れた、2匹の白蛇がいた。

「お前ら、俺のショートケーキ食べたなっ!!  」

「言いがかりもたいがいにしやがれっ!  ケーキなんて、しらねーよ、なぁ」

「知らないっす」

 スネーク兄弟が抜け抜けと答えた。
 俺が立ち上がると、博士の方へ逃げようとする。

「博士、そいつ等を捕まえて」

「私は、中立だ」

 博士がこれ見よがしに言った。

「はーっ!かーっ!せーーー っ!!  」

「私が捕まえてやろう」

「私もお姉様に加勢しますわ」

 ピロロとティルスが参戦する。

 シマさんは、それを笑いながらみていた。




 こうして、騒がしくも平穏な俺達の夜は、あっと言う間に更けていったのだった。
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