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第四章 エロー学術都市~20年越しのざまぁ編~

狐の暴走 (★ラヴォア視点)

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 何かが頬を伝う感覚で、意識が呼び戻された。
 どうやら、私は泣いていたようだ。
 また、を見てしまったらしい。嫌な感情を払拭すべく、辺りを見回す。

 ここは、何処だろう。

「いっつっ!?」

 ゆっくり起き上がった私を、鈍い痛みが襲う。それと共に、苦々しい記憶が呼び起こされた。

 学術予備隊と戦闘になり、軽くあしらわれた私は、後頭部を強かに叩かれ気絶したのだ。

 ベッドの縁に腰を掛けながら、部屋を見渡した。セントラル研究所の地下にある独房のようだ。

 ピロロピロール姫に、連絡しなければっ!

 体中をまさぐって、私は絶望した。ご丁寧にも、虎柄の囚人服に着替えさせられていたからだ。当然、伝朱雀もろとも全て没収されていた。

 仕方なく、脱獄の可能性を探ることにした。
 窓はなく鋼鉄製の扉が1つあるのみだった。覗き窓と配膳口が設けられていたが、どう頑張っても開けられそうにない。

 もっと、早く伝朱雀を飛ばしていれば……

 ピロルくんを単独行動させなければ……

 そもそも、ピロルくんを連れてこなければ……

 論文など書かなければ……

 ピロルくんと仲良くならなければ……

 考えれば考えるほど、負の感情に苛まれ、押しつぶされそうになる。

 ドッカーーーーン!

 爆音と共に、建物が揺れるほどの衝撃に襲われた。思考が停止し、正気に戻される。

 なっ、何の音だ?
 ピロルくんだろうか?
 そうだった、ピロルくんがピンチなのだ。

『博士のことも、俺のこともそして、色素魔獣ピグモン達のことも、まるっと俺にお任せください』

 ピロルくんは、そう言った。
 ピロルくんがそう言ってくれたのに、私がここで諦めてどうするのだ。

 自らの頬を叩き、気合を入れ直した。
 もう二度と、私は大切な教え子を失わないのだ。

 死ぬ気で扉にアタックしてやろう。開くまで何度でもやってやるのだ。
 部屋のギリギリまで下がり、助走を付けてドアに飛びかかった。



 ガチャッ!

「おわっ!」

「うわぁっ!」

 ドーンっ!

 飛びかかったタイミングでドアが開き、勢い余って突っ込んだのだ。

「ラヴォア、痛てーよ!  」

「ルエル先輩っ、何故ここに!?  」

 そこには、学生時代所属していた学術予備隊でお世話になった、ルエル先輩が倒れていた。確か今、学術予備隊のそこそこお偉いさんになっているはずだ。

「風の噂でお前がここに捕まっていると聞いたのでな。さっきの爆発で警備が手薄になってるから、様子見に来たんだ。
 上で変な生き物が暴れて居るようだ。
 まだ、研究段階の色素核弾頭まで使うらしい。俺は早々にズラかるぞ。お前も早く逃げろ」

 先輩は私の私物を投げてよこすと、そのまま走り出した。私もその後をついていく。

 階段を駆け上がり廊下を突き進んだ。ルエル先輩は正面玄関の方へと右に曲がる。

「先輩、助けて頂いたのに、すみません。私は上にいきます!」

 私は左へと曲がった。そして、上へ続く階段を一気に駆け上がる。

「おっ、おいっ!!」

 先輩の叫び声が、微かに聞こえた。

 最上階にたどり着き左側に曲がると、大部屋に行き当たった。
 通称、学術院長室兼実験観察室と呼ばれている部屋だ。
 噂では、入って右側の壁がガラス張りになっており、制御デスクが備え付けられているらしい。ガラス張りの奥は、吹き抜けの実験室になっていると言う。

 扉が開け放たれており、中から緊迫した声が聞こえてくる。

「何をしているんだ。早く、撃てっ!  」

「あっ、安全装置が、解除出来ませんっ!  」

「くっ、私に貸せっ!  」

 グラ、グラ、グラッ! パラ、パラ、パラッ!

 部屋にとびこむ直前に、建物が大きく揺れ天井から粉がふってきた。

 私の目には、沢山の情報が飛び込んできた。情報量が多すぎて、脳の処理が追いつかない。

 ガラス張りの窓を拳で連打する禍々しくドス黒い狐。

 破壊された向かい側の壁から飛び込んでくる、二人の彼女。

「結界が破壊されました! 今、発射したら爆発が街にまで波及しますっ!  」

「結界の出力を最大にまで引き上げろっ!  何があっても防ぐのだっ!!  」

 逼迫する女性の声と、それを恫喝する学術院長の声。

 そして、レバーを引く学術院長の手と、向かい側の壁から発射される色素核弾頭。

 二人の彼女に気付いたドス黒い狐が、一瞬だけ紅黒く輝き二人を護るように核弾頭に向かって行く。
 二人の彼女も、核弾頭から狐を庇うように彼を包み込んだ。そこに、核弾頭が着弾する。

「やっ、やめてくれーーーーーーーーっ!!  」

 これ以上、私から、大切なものを奪わないでくれーっ!

 私は泣きながら、大絶叫していた。
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