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第四章 エロー学術都市~20年越しのざまぁ編~

等価な命 (★ラヴォア視点)

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 ルブルム城、ラキノン国王陛下執務室にて。

 私が執務室に入ると、国王陛下が書類の束から顔を上げた。
 手前にある応接テーブルにつくよう促される。事前に人払いがされているためか、執務室には私と王の二人だけだった。
 王が私の向かいへと座る。

「今日は何故呼び出されたか分かるか?  」

「私の処遇について、ですよね?  」

「流石だな。話が早くて助かる。こういうのは、勿体ぶっても仕方ないので、単刀直入に言おう。お互い忙しい身だからな。
 ソナタを今月付で、マゼンタ王国色素研究所主席研究員の任から解く」

「はっ、謹んでお受け致します。
 これまで、私のような無名の研究員に過分な役職をご用意下さり、研究に没頭できる環境をお与え下さった御恩は、決して忘れません」

 これは心からの言葉だった。
 あの辛い時期に俗事を忘れ、色素ピグメント色素魔獣ピグモンに没頭させてもらえたことは、何にも増して救いだった。
 そして、今回の処遇も当然だった。
 直接手を下した訳では無いが、ピロルくんそして、マゼンタ王国第一皇女であるピロロピロール姫を危険に晒した責任は重い。本来なら、職を辞する程度では済まされないだろう。

「先走ってもらっちゃ困るな。まだ、続きがある」

「はっ!?  」

 国王陛下のお言葉に、思わず変な声がでてしまった。

「ソナタの顔にも、この程度では足らないと書いてあるぞ」

「いやしかし、もう私に差し出せるものは何もありません。後は、この命ぐらいしか……」

「一国を背負うピロロピロールの命が危険に晒されたのだ。ソナタの命程度では、釣り合いが取れまい」

「……」

 グウの音もでない私を、国王陛下は愉快そうに見つめた。
 何だか分からないが、非常に不味い気がする。さっきから、背筋のゾワゾワが止まらないのだ。

「あの、私は、どうすればいいのです?  」

 堪えきれずに、尋ねてしまった。
 ラキノン国王陛下がニヤリと微笑んだ。

「差し出せるものが何もないのなら、その命を頂くより他あるまい。そして、価値が釣り合わぬのなら、質を向上させるまでだ」

「はぁ」

 見えない話に、生返事を返してしまった。とりあえず、私は命を差し出すみたいだ。しかし、質の向上とは何のことだ?

 ラキノン国王陛下が咳払いをし、居住まいを正した。今までの巫山戯た空気感が、一瞬で引き締まる。

「アント・ラキノン・ディ・マゼンタの名の元、ヨーメン学術院長を解任し、ラヴォア博士を新学術院長ひいてはエロー学術都市の国家元首に任命する」

「はっ、謹んでお受け致します……」

 重厚かつ荘厳で神々しくもある美声が、執務室に轟いた。余りの圧に、思わず頭を下げ恭順の意を表してしまう。

「はっ!! えっ!?  なっ、なんとっ!?
  」

 数秒後、我に帰った私は抵抗を試みた。

「ハッハッハ!  しかと、聞いたぞ。そして、期待している」

 話は終わったとばかりに、手をヒラヒラとふる国王陛下。
  
 いや、まだ、全然話は終わってないのですが……

 それなのに、呆気なく執務室を追い出されてしまった。

 最初から国王の狙いは、これだったのだろう。
 マゼンタ王国に頭の上がらない私を、エローのトップに据えることで、世界を円滑に支配する。万物を見通す慈愛に充ちた目とは、よく言ったものだ。

 私の人事はエローに居る時から画策されたものだったらしい。私が、意識を失っている3人の受け入れ先を必死で探している最中、裏でアイザック副学術院長と会談が行われていた。

「ソナタをトップに据えれば、彼らの責任は問わないと約束したら、ソナタは即差し出されたぞ」

 国王陛下は嬉しそうに言った。その緩んだ目元が、後は好きにやれと言っている。

 好きにやるんだったら、国家運営ではなくて、研究をやりたいんだがなぁ。

 ルブルム城の長い廊下で、思わず独りごちてしまった。
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