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第五章 ニガレオス帝国~暗黒帝と決戦編~

余興

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 ゆっくりと視界が晴れてゆく。
 無機質の床が目に浮かび上がってきた。

 ここが何処なのか、どれ程の時間が経過したのかすら分からなかった。

 相変わらず、体は拘束され俯かされている上に、球状牢獄に捕えられたままだった。
 首を動かし横を見ると、ピロロもやはり拘束され俯かされているようだ。

「ようこそ、我が宮殿へ。面をあげよ」

 抑揚のない言葉とともに、拘束が緩まる。
 顔をあげると、全身黒ずくめの初老男性──皇帝ボン・ブラック──が豪華な椅子に座っていた。
 白髪に同色の口ひげをたくわえたそのご尊顔は、能面のように無表情で不気味だった。




 パーーーーンッ!

 乾いた破裂音のあとに、轟音が轟いた。
 ピロロが一瞬で拘束を解き、斬撃を放ったのだ。

 微動打にしないボン・ブラックに、それが襲いかかる。絶妙な不意打ちにより、その攻撃は成功するかに見えた。

 ──がしかし、直前で阻まれた。
 突如として現れたブラックホール?  により、斬撃が吸収されてしまったのだ。

「ソナタらは、各国の様子が気になるであろう。見せてやろう」

 ボン・ブラックが話続ける。
 まるで、何事も無かったかのようだ。

 かざされた手から色素ピグメントが放たれた。
 それは四つに分裂し、俺達の間に四枚の四角を形成する。
 そこに各国の様子が映し出された。まるで、白黒テレビのモニターみたいだ。

 左から順に、チタニア教帝領、マゼンタ王国、シアニン帝国、エロー学術都市の様子が映し出されていた。

 チタニア神殿であろうか。
 教帝聖下が修道女と戦っている。
 押され気味なようだ。

 マゼンタ王国。
 こちらも神殿のようだ。
 ラキノン王と見知らぬ男が格闘していた。
 こちらはラキノン王が優勢のようだ。

 シアニン帝国では……。
 場所は平原のようだが、状況がよく分からない。
 翼のはえた三股龍に乗った男と、二人の戦士が闘っていた。
 戦士の背中には翼が生え、体は鱗で覆われている。立派な剣と盾まで装備していた。
 カッパー・ジンク両皇子に何処と無く風貌がなているようだ。

 かなり、分が悪そうだ。
 片方は既に倒れ、もう1人が今正に吹き飛ばされてしまった。
 男が止めを刺そうと動く。
 が、何かの気配を察知したのだろう。勢いよく後ろに飛び退いた。
 その場所を光線が襲う。

 光線が放たれた方角の上空には、可憐な女の子が浮遊していた。こちらも背中には翼が生えている。
 そして、なにより髪の毛が蛇だった。
 二人の戦士に何かを投げ渡すと、二人が回復し再び戦闘が始まった。

 最後が、エロー学術都市。
 激しい空中戦が展開されていた。
 空中を縦横無尽に駆け回っているモノがいる。
 まるで、嘗て俺と戦った黄虎おうこを彷彿とさせる。というか、シルエットが黄虎おうこそのものなのだが……。

 ……なるほど。

 その人物が大きく映し出されたことで、合点がいった。可愛い虎のコスプレに身を包んだアミちゃんだったのだ。

 よしんば、ラヴォア博士が黄虎おうこの色素核を取り出して、武器にでも仕立てあげたのだろう。知らんけど。

 アミちゃんの戦闘能力は相当のものなようで、無難な戦いを繰り広げていた。




「貴様らの同胞は頑張っているようだな」

「今に各国の王が、貴様の放った刺客達を葬り去る。さすれば、私達の勝利だ」

「……。
 何か勘違いをしているようだが、あんなものは余興にすぎん。奴らの勝ち負けなど、我にはどうだって良い。少しばかり我の手間が増えるだけだ」

「余興、だと?  」

 ピロロが苛立たしげに問い返した。
 今にも歯軋りが聞こえてきそうだ。

「所詮、貴様等はここで潰えるのだ。冥土の土産に、我の真の目的を教えてやろう」

 四つの四角が1つに収束した。
 そこにピグミア大陸が映し出される。
 各国の所在地に四つの黒丸があり、それが徐々に広がりつつあった。

「こ、これはっ!?  」

「気付いたか。我の目的はこの忌々しい大陸を黒く塗り潰すこと、だ」

「どっ、どういうことだっ?  」

 話に着いていけず、思わず割って入ってしまった。

「そっちの守護魔獣は、幾分鈍いようだな」

「四つの大きい黒丸が各国の神殿だ。そこから溢れ出しているのが、漆黒兵なのであろう」

「正確には、我の色素ピグメントと粘土で作った泥人形だ。斬れば斬る程強くなる、特別仕様だ」

「貴様っ!!  この大陸から人を消し去る気かっ?  」

「我に仇なす者のみだ」

「ふざけるなっ!!  」

 ピロロが飛びかかった。

 ガキーーーーンッ!!

 凄まじい衝撃音と共に、吹き飛ばされる。

「我も少しは、余興に加わるとするか」

 色素ピグメントを回収したボン・ブラックが、気だるげに立ち上がった。
 そして、ピロロへと向かっていった。





 キン、キン、カキーン

 それからというもの、俺は二人の知覚することすらできなくなった。
 ただただ、金属音が聞こえ、火花が見えるのみだ。それでさえ、二、三テンポ──いや、もっとだろうか──遅れて認知しているようだった。

 まぁ、無理もない。
 今まで剣術など学んだことすらないのだから。
 自慢ではないが、ここまで化学の知識と野生の本能のみで乗り越えてきたのだ。

 せめて、結界とかでピロロを援護出来ればいいのだが。



「余興は退屈であった」

 俺が手をこまねいていると、そんなに呑気な声が真正面から聞こえてきた。

 剣を合わせて、二人が向かい合っている。
 肩で息をしているピロロが、ぐらりと傾いた。
 その心臓は床から伸びた、無数のファイバーにより貫かれていた。




「やっ、やめろーーーーっ!!  」

 俺は大馬鹿者だ。
 ことここに至るまで、ピロロが負けるなど信じられなかった。

 ピロロがゆっくりと倒れていく。それは無限に続く走馬灯のようだった。

 全身を、とてつもない後悔と絶望、憎悪、そして、何にもまさる愛おしさが迸るのだった。
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